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947.転売屋は夏祭りを開く

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「これでよしっと。」

「すみません、お忙しいのにこんな事を頼んで。」

「なに、元をたどれば俺が原因みたいなものだからな。そっちの準備はどうだ?」

「注文していた品は無事に到着しています。あとは、現地で組み立てれば大丈夫です。」

ある日の昼過ぎ。

俺は教会に向かってモニカと共に準備を進めていた。

ガキ共は何も知らずに昼寝の真っ最中、まぁ起きて来たとしてもコレを見ただけでは何をするか察することは無いだろう。

手元には色鮮やかな丸い物体が小さな箱に押し込められている。

その数200。

少々多すぎな気もするが、まぁ折角の機会だしあまれば適当に配ってしまえばいい。

『スプリングスライムの核。他のスライム種と違いダンジョン内をぴょんぴょん飛び回りながら移動するスライム。その体は硬く、獲物を体内に閉じ込めるのではなく物理的に体当たりをしてくる。当たると結構痛い。最近の平均取引価格は銅貨5枚。最安値銅貨2枚、最高値銅貨7枚、最終取引日は本日と記録されています。』

スプリングスライムはカラフルな核を持ち、見た目は綺麗だが襲ってくるときは一匹ではなく数十匹単位で襲ってくるので『色の洪水』とも呼ばれている。

核そのものにも弾力があるので、元の世界にあったスーパーボールとほぼ同じような感じだ。

ちなみにモニカの足元には20cm程の輪っかと10cm程の輪っかがそれぞれ10個ずつ置かれている。

『エンジェルリング。天使と呼ばれる魔物が頭上に浮かべている不思議な輪っか。彼らの視界に入らなければ危害を加えてくることは無いのだが、誤って入ってしまうとその輪っかを投げて攻撃してくる。一度投げられた輪っかはしばらくすると硬くなり、変わりに新しいものが頭上に現れる。最近の平均取引価格は銅貨10枚、最安値銅貨5枚、最高値銅貨15枚、最終取引日々は7日前と記録されています。』

天使の名の通り頭上に光る輪っかを浮かべる魔物で、普段は石像として主に壁のほうを向いたままダンジョン内に鎮座していることが多い。

しかしながらふとした拍子で向きが変わると、突然動き出し頭上の輪っかを投げつけてくる。

輪っかそのものが光っている間は非常に鋭利であり、人の腕など簡単に切り落としてしまうがしばらくすると骨のように硬くなってしまい鋭さがなくなってしまう。

そうなってしまったら唯の輪っか。

強度もあまり無いので投げるぐらいにしか使用用途がないんだよなぁ。

「それじゃあさっさとずらかるとするか。」

「ふふ、まるで泥棒になったみたいですよ。」

「生憎と盗人になるほど暇ではないんでね。」

「暇だとなるのですか?」

「人間暇になるとよからぬ事を考えてしまうものだ。だからそんな事を考える暇が無いぐらいに忙しければ、盗みなんてすることは無い。」

「なるほど。」

金になるならないは別として、常に手を動かし頭を使っていればそれ以外の事を考えなくて済む。

そうすればくだらない悪事に手を染めることも無い。

もっとも、そうやって忙しくすることでへんなことは考えなくても済むかもしれないが体を壊すリスクがある。

何事も程ほどにってね。

荷物を手にモニカと共に畑へ移動。

炎天下の中、畑仕事を終えた大人達が忙しそうに動き回っている。

「今戻った。」

「お帰りなさいませ、シロウ様モニカ様。」

「遅くなってごめんなさい。」

俺達を見つけて奥からアグリが走ってやってきた。

不在時の全てを一任しておいたのだが、いい感じに進めてくれているようだ。

さすが何をやらせてもいい仕事するなぁこの男は。

「まだまだ準備段階ですのでどうぞご心配なく。子供達はどんな様子ですか?」

「アグリ様のおかげで皆ぐっすりお昼寝中です。」

「そのおかげで準備も滞りなく終わった。あとはこいつらを設置するだけだが、出店のほうはどうなってる?」

「そっちももちろん順調よ。私達で三軒、他にも四軒ほど参加してくれるって。今度の武闘大会のいい試運転になるって喜んでいたわ。」

「くれぐれもツマミ食いするなよ。厳密なデータ収拾が今回の目的なんだからな。」

「言われなくてもわかってるわよ。」

頬を膨らませてエリザが元来た場所に戻っていく。

わざわざを言う為だけに戻ってきたんだろうか。

「なんだかすごいことになってしまいました。」

「いいじゃないか、せっかくの夏祭りなんだから大騒ぎしようぜ。」

「最初に聞いたときは本当に出来るのか心配でしたが、子供達は大喜びしてくれそうです。」

「子供だけじゃないぞ、俺たちも大喜びだ。」

夏。

夏といえば海、山、川だけではない。

夕暮れ以降どこからか聞こえてくるお囃子の音を辿れば、どこぞの神社やお寺ではやぐらが組まれその周りや賛同に出店が立ち並ぶ。

そう、今日は夏祭り。

この間ギルド協会で子供達への福祉が足りないって直訴したら、あっという間に多額の資金が集まってきた。

その金を使って不足分やら何やらと買い付けしたのだが、それでも余ってしまいそうなので折角なら子供達が喜ぶことをしようということでこの夏祭りが急遽決まったというわけだ。

メインはガキ共だが、コレだけの騒ぎを起こせば住民たちも遊びに来てくれるだろう。

今回は金儲けではなく、あくまでも子供達の喜ぶ顔を見る為なので採算は度外視。

とはいえ来月には武闘大会も待っているのでその時に出す出店の事前準備も兼ねている。

さーて、持ってきた核を水を入れたビープルニールの中に流し込んでっと。

「よしよし、いい感じで浮かぶな。後はポイ代わりのこいつを・・・。」

出店といえば射的に輪投げにスーパーボールすくいと相場は決まっている。

金魚も考えたのだが生き物は後々面倒なんだよなぁ。

この世界にもちろんポイなんてものは存在しないので、先ほどのエンジェルリングに取っ手をつけてウッドカーテンと呼ばれる植物の薄い皮を上に張って代用することに。

これまた水溶性でいい感じに破れてくれるんだよなぁ。

他にも色々とあるのだが、まぁ基本は子供向けの遊びだ。

もちろん出店は無料・・・ではなく、どの店も一回銅貨5枚で遊べるようにしてある。

子供達が疲れ果てたのは出店のための小遣い稼ぎというわけだ。

タダだと何のありがたみもないし、こうやってお金を使うのもまた楽しいもんだ。

「ご主人様、準備終わりました!」

「お、ご苦労さん。射的の景品は無事に集まったのか?」

「はい。職人の皆さんが色々と玩具を作ってくださいまして、他にも婦人会の奥様方がお菓子を作ってくださったので並べてあります。」

「そんじゃ、後は奴らが来るのを待つだけだな。」

遊びの準備良し、食べ物屋台の準備良し。

さぁ、後は日が暮れるのを待つばかりだ。


「「「「「うわぁぁぁぁぁ!」」」」」

夕方。

モニカに呼び出された子供たちが、昼前までなかった夏祭りの舞台に歓声を上げる。

その様子にモニカと目を合わせウンウンと頷きあった。

「さぁ、好きなだけ遊んで来い。ただし小遣い分だけだからな、何をするかちゃんと考えて使うんだぞ。」

「「「「「「はい!」」」」」」

「よし、いってこい!」

夕暮れに背中を照らされながら、合図と共に子供達がいっせいに走り出した。

一直線に食べ物やゲームの出店に行くやつもいれば、どうしたらいいかわからないでいるところを別の子供に手を引かれてゆっくり見て回る子もいる。

彼らのポケットには自分で稼いだ銅貨50枚が入っており、それをどう使うかは本人達次第だ。

「楽しそうねぇ。」

「だな。」

「私も子供の時にこんな遊びがしたかったわ。」

「じゃあ今楽しめばいい。ただし、子供の邪魔はするなよ。」

「わかってるわよ。」

ちなみに子供向けの出店のほかに、大人向けのものも用意されている。

輪投げの代わりに的当て、射的はスリング、スーパーボールすくいは何故かアームレスリングに。

参加費は少し上がって銅貨10枚だが、それでも安いほうだろう。

景品も酒やアクセサリー、日用品にいたるまで何でもござれ。

最初は飲食も含めて7軒って予定だったんだが、あれよあれよという間に20軒を越えてしまった。

いつの間に用意したのか、ドルチェが可愛らしい飴細工の店を出していたりもする。

利益が出ないというのに、後でお礼を言っておかないと。

日が暮れる頃にはまさにお祭り騒ぎ。

遊びに飽きたガキ共は、屋台の料理をほおばりながら手に入れた玩具で遊びまわっているようだ。

「このから揚げ棒、うまいなぁ。」

「そうそう、手が汚れないってのがいいよな。あ~、エールがすすむぜ。」

「俺はこっちの肉詰めだな。みろよ、この太さにこの長さ。これで銅貨10枚だぜ、安すぎだろ。」

「おまえのナニよりもでかいな。」

「おま、食いにくいだろ!」

酒が入れば冒険者も労働者も関係なく騒ぎ出す。

とはいえ、子供の目があるからかそこまで羽目を外す感じはなさそうだ。

今日のメインはあくまでもこの街の子供達。

孤児院の子もそうでない子も、ひとつになって楽しんでくれているようだ。

そんな中、ひときわ行列をなしている店がある。

「お待たせしました!焼きそば二人前です!」

「よっしゃぁ!食おうぜ!」

「あ、俺にも一口よこせ!」

「やなこった!」

香ばしいソースの香りを撒き散らしながら、冒険者が二人目の前を横切っていく。

夏祭りといえばから揚げにフランクフルト、カキ氷やりんご飴など色々あるが出店といえば、やっぱりこれだろう。

焼きそば。

この間手に入れたソースを試行錯誤しながら味付けし、とうとう昔なつかしの味を再現することが出来た。

それはもう大変な戦いではあったのだが、この行列を見ればその苦労も報われるというもの。

どうやらこの時間はマリーさんが焼きそばの調理担当のようだ。

「マリーさん、代わろう。」

「あ、旦那様。まだまだ大丈夫ですよ。」

「それよりもオリンピアと色々と見て回るといい、後ろで目を輝かせて待ってるぞ。」

「それじゃあお言葉に甘えて。アニエス、行きましょう。」

「ではシロウ様、宜しくお願いします。」

エプロンをつけてもらって選手交代。

ちょうど在庫が切れたところのようなのですばやくラーメン用の麺を鉄板の上に並べ、空いたスペースでワイルドボアのバラ肉と大量のキャベッジを炒める。

途中何度か出汁を麺に絡めながら加熱して、野菜と肉を投入したところでおまちかねのソースをぶっかける。

「「「「おぉぉぉぉ!!」」」」

ソースのこげた匂いと煙で並んでいた客から歓声が上がる。

ここからは時間との勝負、マートンさん特注の金属ヘラを華麗に操りソースをしっかり絡めればお馴染みのソース焼きそばの完成だ。

「大人は一人前銀貨1枚、子供は銅貨10枚だ。さぁ、食べていってくれ。」

「アナタ、お皿をどうぞ。」

「御代はこちらへ、二人前ありがとうございます。」

いつの間にかハーシェさんとミラが手伝いに来てくれたようだ。

三人で手際よく客を捌き、鉄板が空けば再び麺を焼き始める。

その日は暗くなってもなお行列は尽きず、材料がなくなったところでやっと打ち止めと相成った。

このぶんなら武闘大会でもかなりの人気店になれそうな勢いだ。

さて、いい感じの時間だし夏祭りのフィナーレといこうじゃないか。

最後はもちろん打ち上げ花火。

とはいえ、この前のような花火は生憎仕入れられなかったので今回は冒険者による魔法の打ち上げ花火だ。

「よーし、いっちょやったれー!」

「「「はい!」」」

キキを筆頭に冒険者ギルドから手伝いに来てくれた魔術師達が、思い思いの魔法を夜空に打ち上げる。

火の魔法だけでなく風の魔法も駆使しながらの打ち上げ花火は、中々独創的で見ごたえのあるものだった。

夏祭り。

儲けらしい儲けは出なかったがたまにはこういう日があってもいいだろう。

あぁ夏が来た、そう感じさせる一日になったのだった。
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