転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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944.転売屋は販売品を見直す

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レイブさんから教えてもらった情報は、なんていうか俺の予想の斜め上をいく内容だった。

鎖国するだろうとは思っていたのだが、まさかココまで強硬な姿勢をとってくるとは。

もちろん国が違う以上それに従う義理もないのだけれど、下手にやると国際問題になりかねないようで色々とめんどくさいのだそうだ。

はぁ、どうするかねぇこれ。

一度屋敷に戻り改めて情報を整理する。

戻ってきた俺達の表情を見て、戻ってきていたマリーさんが心配して執務室にやってきた。

「西方国人の取引停止と返還要求、それに加えて西方国製品の販売停止ですか。」

「あぁ。混乱を懸念してまだ市場には通達していないそうだが、国の上層部にはもう通達がいっているらしい。まったく、ギルド協会も知らないような内容をなんでレイブさんが知ってるんだか。相変わらずわからない人だ。」

「だからオークションに出品できないんですね。」

「あぁ、施行開始は今月15日。20月どころか18月のチャリティーも間に合わない。」

『それまでには自由に売買しても差支えが無いからそれまでに購入して頂けるとありがたい』という理由でかなりの値引きをして値段を提示してきた。

金貨100枚。

購入金額とほぼ同額であろうというのがミラの見立て。

それを過ぎると表立って売買が出来ず、そうなるとどうしても値段を下げざるを得ないので損をしないために売り切ってしまおうというわけだ。

普通ならもう少し値段を加えて金貨150枚ぐらいで売りに出されるんだろうけど、それをしないのは相手が俺だからという事なんだろう。

元々俺に売るために仕入れたわけだし、俺が買えば万々歳。

そうでなければ別の人に売るだけなのだが、同席したミラとハーシェさんは是非買うべきだというスタンスのようだ。

もちろん買うことに反対ではないんだが、なんていうか裏がありそうな気がしてならないんだよな。

「アナタは何を気にしておられるのでしょう?」

「気になるっていうか、いやな予感がするというか。」

「といいますと?」

「別に買うのは反対じゃないんだよ。西方食材の輸入が止まる可能性を考えると今後は自分で作らないといけなくなるだろうし、それに精通している人がいるのは非常に助かる。でもなぁ、西方国がこういった強硬な姿勢をとるのには何か理由があるんだろうし、しまいに『奴隷は全員返還しろ!』とか言い出すかもしれないだろ。そうなれば大損なわけだし、国がどう動くかわからない以上下手に手が出せないんだよなぁ。なんせ俺達も向こうの品を扱っているわけだし、そっちの対応もしなきゃならない。」

そう、問題は奴隷を買うことだけじゃない。

現在扱っている品の販売停止が本当に行われるのであれば、早急に在庫を吐き出す必要がある。

向こうの品は高級品が多いだけにいきなりの取引停止は無いだろうし、別に表立って売らなければいいだけなのだが、やっぱり多少の値下げは覚悟しなければならないだろう。

レイブさんのように事前に情報を仕入れた王都の商人や貴族は今頃大慌てだろうなぁ。

国の閉鎖から値段の高騰までは予期していても、まさか販売停止を強制されるとは思っていないはず。

別に関係ない!でとおす人も多いだろうが、国の出方次第では大損するのは間違いない。

そうならないためにも今のうちに売り出してと考えているはずだ。

「そうなりますとシュウ様の作るガラス製品が対象になりますね。」

「食料品は消費すればどうとでもなるが、あれは間違いなく引っかかる。ついこの間仕入れたばかりなんだよなぁ。ここの貴族は殆ど所有しているし、港町で売るのも難しい。後はナミルさんの所かアイルさんのところぐらいか・・・。はぁ、どうしたもんか。」

「あの、西方国製品ということは清酒はどうなるんでしょう。」

「しまった、それは考えてなかった。」

マリーさんに指摘されるまで全く気づかなかったが、確かに西方の製品ではある。

正確に言えばココで作っているので西方国製ではないのだが、明らかに向こうの品だと断定出来てしまうだけに扱いが難しい。

かといって、折角軌道に乗り始めた清酒作りをココで止めれば大赤字。

ぐぬぬ、こんなところに思いもしなかった爆弾を抱えていたか。

「私たちで作っていますから問題ないように思いますけど。」

「とはいえ基本は向こうでしか手に入れられない品だからな。今後販売するときに相手から指摘される可能性はある。まぁ、やましい品じゃないんだし堂々と出所を明かせばいいだけなんだが。マリーさん今回の通達に対して陛下はどう出ると思う?」

「そうですね・・・。父の性格から考えるに西方国人の取引停止には賛同しても返還要求は拒否すると思います。取引に関しても完全停止では無く自粛という形での告知にとどまるのではないでしょうか。」

「ってことは流通する事を咎める事はしないのか。」

「国同士で争っているのであれば話は別ですが、今回は一方的な通告ですのでそれに従う必要はそもそもありません。しかしながら何もしなければ心象が悪くなりますので、無難な所で着地させると思います。流通を止めることで経済に影響を出すわけにはいきませんから。」

いまや西方ブームはいまだ継続中。

それをいきなり止めればそれこそ破産する人も出てきてしまう。

破産は個人の問題ではない、一人がつぶれればそれに関係していた人が一人また一人と連鎖的に影響を受けてしまうものだ。

そうならないようにする為にも取引停止までは出来ないということだろう。

それならば無理にシュウたちのグラスを売る必要はないし、清酒だって継続して製造できる。

「とりあえずそのお達しが出るまでは様子見って事だな。はぁ、面倒なことになったもんだ。」

「でも西方国人の取引停止が行われるのであれば、やはりあの方は期限までに買う必要がありますよね。」

「まぁ、そうなるな。」

「そんなに凄い人だったんですか?」

「ものすごい美人でした。背が高くて、まるで西方の絵画から出てきたような綺麗な黒髪だったんです。」

ミラとハーシェさんがマリーさんに彼女の素晴らしさを説明している間に、俺は一服するべく食堂へと向かった。

お腹いっぱいのはずなんだが、なんていうか気分を落ち着けたい。

「お帰りなさいお館様。」

「確かモーリスさんのところから仕入れたリラックス効果のある香茶があったよな、出してもらえるか?」

「お疲れですね。」

「あぁ、頭が痛いよ。」
盛大なため息をつきつつ崩れ落ちるように席に座る。

夏はまだ始まったばかりだってのに早くも大問題勃発だ。

なんかもうこの時点で疲れているんだが、どうしてくれようか。

「ウ、どうぞ。」

「ドーラさんありがとうな。」

「ツウカレルテイフルトウキハルアマフイモウノガルイチフバウンルデフス。」

なぜかポンポンと俺の頭を軽く叩いてドーラさんは厨房に戻ってしまった。

大きめのクッキーの横に、アイスクリームが添えられている。

「お待たせしました。」

「おぉ、なかなか凄い匂いだな。」

「これがリラックスできるかは正直個人差あると思うんですが。」

「違いない。」

嫌いではないがハッカのような少しスースーする香りのする香茶のようだ。

恐る恐る口につけると匂い同様に口の中がスッとする。

その後に甘いアイスを口に入れると、思っている以上に甘さが際立った。

これは美味い。

やはり疲れているときは甘いものに限るな。

尖った心を香茶とアイスで癒しながらしばし平穏な時間を過ごす。

だが、この夏はそんな時間も長く続かないようだ。

「お館様、こちらにおられましたか。」

「どうしたグレイス、そんなに慌てて。」

「大至急お会いしたいというお客様が参られました。ですが、なんとも大荷物でして・・・。」

「んん?」

「正直見た目もよろしくないものですから、判断に迷った次第です。」

「名前は?」

「キョウとシュンと名乗っておられる男女でございます。」

嘘だろ、マジかよ!

慌てて立ち上がりグレイスとともにエントランスへと走る。

扉を開けた先に待っていたのは、着の身着のままでやってきましたという感じで大きな荷物を抱えたあの兄妹だった。

「キョウ、シュン!どうしたんだこんな所まで。国はどうした。」

「あんな国、こっちから捨ててやったのさ!」

「捨てた!?」

「お、おでのガラス、こっちで売れなくなった。だ、だから、逃げてきた。おで、ここが好きだ。ここで、ガラス、作りたい。」

「いや、作りたいって・・・マジか。」

西方で切子ガラスを作っていた兄妹、正確には作っているのは兄貴の方で妹は売り子だが、まさかこの二人が逃げ出してくるとは。

詳しい話を聞いてみないとわからないが、国内はかなり大変なことになっているのかもしれない。

聞けば封鎖するとのお触れが出てからすぐに荷物をまとめ、こっちに出てきたらしい。

全部持っていけないので随分と置いてきたものもあるそうだが、最低限の荷物を持っての逃避行。

ここに着てやっと落ち着いたのか、二人とも部屋に案内するとその場にへたり込んでしまった。

とりあえず風呂に入るように伝え休んでもらうと、夕食までには何とか復活したようだ。

「急に押しかけてしまってごめんなさい。でも、あんな国には一秒たりとも居たくなかったんだよ。」

「そんな言い方するなんて、よっぽどだな。」

「だって、国の外と取引するやつらは許さない!とか言い出したんだよ。せっかく兄さんのグラスを認めてくれるようになったのにまた元の生活に戻るなんて。そしたら、兄さんが国を出るって言ったんだ。」

「お、おでなんでもする、何でも作る。だから、置いて欲しい。無茶なのはわかってる、でも、どうか、おでがいします。」

熊のような大男がゴンと机に頭を押し付けるようにして深々と頭を下げる。

その様子に妹も慌てて頭を下げた。

「とりあえず頭を上げてくれ。詳しい話はなしにして、今日はゆっくり休むといい。まともに食ってないんだろ?」

「えへへ、まぁ。」

「なら腹がはちきれるまで食っていいぞ。今日は肉祭りだ。」

「え、お肉!」

「キョウ。」

「だって、アニキ・・・。」

「気にするな。折角友人が遠路はるばるココまで来てくれたんだ、迎えない理由は無いだろ。」

「お、おで、友達?」

「あぁ、違ったのか?」

そういいながら体を低くしたままのシュウに手を差し出す。

あの時、初めて会ったときもこうやって握手を交わしたのを覚えている。

ごつごつした指でよくまぁあんな繊細な細工が出来ると感心したものだ。

その後も仕入れを行う関係ではあるけれど、それなりに話し込んだりもしているし俺の中では立派にこの世界での友人として認識していたんだが、まさか俺だけ?

「お、おで、おで!」

「アニキ落ち着いて!」

「おで、嬉しい!」

巨大な体からありったけの声が絞り出され、ビリビリと食堂の窓が揺れる。

あまりの声の大きさに全員の動きがぴたりと止まってしまった、それこそ子供達も。

が、さすがに許容できなかったんだろう。

子供三人が同じタイミングで泣き出してしまった。

「あーもう、アニキのバカ!」

「お、おで、ごめん。」

「まぁまぁ気にするな。さぁ、食べようぜ。」

ポンポンとシュウの肩を叩きハワードに料理を運ぶように指示を出す。

その足で泣き叫ぶルカを抱き上げるべくミミィのところへと向かった。

何故ルカなのか。

だって母親は肉に夢中でそれどころじゃないからだよ。

まぁ、毎日ダンジョンに潜るようになったからしかたないんだけどさぁ。

熊のような大男がぽろぽろと涙を流し、それを見て妹もまた涙を流しながら肉にかぶりつく様は滑稽でありながらも酷く心を打たれるものがあった。

しかしその原因を作ったのは間違いなく西方国。

なんだかきな臭い感じになっている気もするんだよなぁ。
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