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942.転売屋はアイスを食べる

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昆虫採集も無事に終わり、ファブルさんはホクホク顔で旅立って行った。

滅多に出会えないと言われた金色のカブトムシを10匹も捕まえたらそうなるだろう。

もっとも、全部買い付ける金は用意していなかったようで雄雌のペアを買った残りは全部俺が買い占めさせてもらった。

なんでも王都にいる知り合いの昆虫マニアに俺の事を広めてくれるそうなので、一緒に買い付けた虫なんかも一緒に売れるかもしれない。

標本の作り方なんかはしらないので、その辺はお礼もかねてファブルさんがやってくれたので助かった。

「あぢぃ。」

馬車が見えなくなるまで見送ったところで、思わず声が漏れてしまう。

まだ夏が始まって一週間もたっていないのにこの暑さ。

あと四か月これが続くと思うと正直げんなりしてしまう。

「行った?」

「あぁ、最後までハイテンションのまま帰ってったよ。」

暑さに参っているとエリザが様子を見にやてきた。

屋敷の前で見送るときは寝かしつけをしていて出てこれなかったはずなんだが。

「凄いわねぇ虫だけであれだけ大喜びできるって。」

「俺からしてみれば武器だけで大喜びできるお前も同類だけどな。」

「それを言えばシロウもでしょ。」

「つまりはみんなそうだってことだ。わざわざこんな暑い所までどうしたんだ?ルカと昼寝してたんだろ?」

「今日はすんなり寝てくれたから今のうちに冷たい物でも飲もうと思って。」

つまりは昼間から一杯ひっかけようというわけか。

もっとも、まだ母乳を与えているエリザが飲むのは酒精の石で香り付けしたノンアルコールの方だが、ダンジョンに潜るようになってから飲む量が増えてきたように思える。

まぁ、今までの飲酒量を考えれば産前産後よく我慢しているよな。

三度の飯より酒が好きっていう感じだったのに今は一滴も飲まなくなってしまったので、本人も飲み始めた時にどうなるか不安だと言ってた。

そこまで心配する必要は無いと思うが、どうなるんだろうなぁ。

「ならマスターの所か?」

「ううん、今日はイライザさんの所。」

「珍しいな。」

「美味しいお肉が入ったって連絡があったのよ。一緒に行く?」

「肉と聞いたら行かない理由は無いよな。」

さっき昼飯を食べたはずなのに肉と聞いただけで胃袋に空きが出来てしまうのはなぜだろうか。

昔から甘いものは別腹というが肉もまた別腹なんだろう。

「いらっしゃい。おや、二人一緒とは珍しいね。」

「良い肉が入ったって聞いたんでな、便乗させてもらったんだが構わないか?」

「もちろんだとも。」

昼間だというのに店の中はそれなりの冒険者で賑わっているようだ。

よく見ると全員同じ物を食べている。

厚さ3cmは有ろうかという巨大な肉の塊。

昔の俺なら見ただけで胸焼けしてしまったかもしれないが、今の俺にはこれぐらい昼飯後でもいけてしまう。

若いって素晴らしい。

注文もせずに待つ頃数分。

ジュウジュウと凄い音を立てながら、鉄板ごと巨大なそれが運ばれて来た。

「お待ちどうさま。」

「凄い肉だな。」

「馴染みの冒険者がレッドドラゴンを仕留めてね、わざわざ収納カバンに入れて持って来てくれたのさ。とはいえうちの魔導冷蔵庫じゃ入る量にも限界があるし、こうやって皆に楽しんでもらうことにしたの。」

「なるほどなぁ。」

「ドラゴンステーキなんて久々ね。」

真っ赤な血と肉汁を滴らせて鉄板の上で焼けるドラゴンの肉。

バーンとディーネには見せられない光景・・・でもないか、結構食べてるもんな二人共。

汗だくになりながらぺろりと完食し、発泡水を片手に屋敷へとゆっくりと戻る。

ただでさえ暑いのに肉を食べたせいで余計に暑くなってしまった。

早く帰ってシャワーを浴びたい。

なんなら風呂上がりに冷た~いアイスでも・・・。

「そういやアイス食ってないな。」

「アイス?アイスってあの冷たくてちょっと甘いやつ?」

「なんだこっちにもあるのか。」

「昔、北の山奥に護衛で行った時に食べたことあるけど、確かにあの冷たいのをこの暑い中食べられたら最高でしょうね。」

ふむ、エリザのこの口ぶりだと存在はしていてもこの辺りでは食べれないってことになっているみたいだな。

氷さえあれば別段作るのが難しいって訳じゃないと思うんだが・・・

「食べたいか?」

「え!?作れるの?」

「氷があれば難しくはない、はずだ。一応屋敷に戻って材料があるか確認するけどあれば何とかなるだろう。」

「食べる!」

「わかったからそんなに腕を引っ張るな、お前の本気は腕が千切れる。」

飼い主に引っ張られる飼い犬の如くグイグイと引っ張られながら屋敷へと戻った俺達は、その足で食堂へ。

ハワードに材料を尋ねると全部そろっているらしいので早速厨房でアイス作りがはじまった。

とはいえ作ること自体は難しい訳じゃない。

必要なのは材料を冷やすための冷気であって、それさえあればどうとでもなる。

ちょうど冒険者ギルドから部屋を冷やす用の氷柱が届いていたので少し分けてもらって、それに塩を振りかける。

「何で塩?」

「こうすると更に冷たくなるんだ。」

「へ~、知らなかった!」

「後はさっき混ぜた材料の入ったボウルをこの上に乗せて、エリザ混ぜろ。」

「まっかせて!」

材料は卵と牛乳と砂糖だけ。

本当はバニラビーンズがあれば香りづけになるんだが、生憎と見当たらないので割愛。

メレンゲ作りも冷やすのもミキサー代わりのエリザがいれば万事解決ってね。

程よく冷やされた材料が少しずつ固まっていく。

とはいえ、本来であれば冷凍庫にぶち込む必要があるのでここでもう一つ、秘密兵器の登場だ。

「さて、ここまで固まったわけだが流石にあと三時間これを続けるのは無理だろ?」

「無理!もう腕パンパン。」

ボウルから手を離し、汗だくのエリザが腕をだらんと垂らして椅子に座り込む。

まだまだアイスとしては柔らかいが、スプーンで掬って口に入れてやると見る見るうちに目が輝きだした。

「あま~い!美味しい!」

「頑張ったご褒美だ。とはいえ、これじゃあ冷えが弱いからな、なので後はこいつに任せるとしよう。」

「あ、前にもらった雪妖精の結晶。」

「これがあれば常に冷気を補充できるからな。さらにはヒートゴーレムの外装で作った断熱容器に結晶を入れて、その上から氷を補充。最後に程よく冷えた材料ボウルのまま入れて蓋をする。念のために魔導冷蔵庫にいれておけば夕食までには冷えてるだろうよ。」

「えー、すぐに食べれないの?」

「もっと冷やした方がおいしくなるんだよ、我慢しろ。」

多少溶けたアイスも好きだが、やっぱりキンキンに冷えたやつがいいよな。

まだ文句を言うエリザをなだめつつ、夕食まで残りの仕事を片づける。

仕事の後に楽しみがあるのはいい事だ。

どうやらエリザも同じようで、窓の外から素振りをする声が聞こえていた。

「それじゃあお待ちかねの時間だ。」

夕食後。

全員の視線が冷蔵庫から出された金属製の箱に集中している。

程よく冷えたふたをゆっくりと開けると、中から冷気がモワっと出てくるのがわかる。

「「「「お~。」」」」

まるでドライアイスの煙のような冷気。

それがかき消えた後に見えるのは、卵色に染まったアイスクリームだ。

恐る恐るスプーンでつついてみると、カチカチに凍っており強く押し込んでやっと刺さるぐらいに固まっていた。

「成功だ、皿を持って来てくれ。」

「やったぁ!シロウ、早く早く!」

「わかったから落ち着け。」

エリザに尻尾があったら間違いなく目にも止まらぬ速さで左右に揺れていたところだろう。

いや、後ろに控えるアニエスさんの尻尾は間違いなく揺れているに違いない。

今回作ったのはおおよそ2リットルほど。

業務用のアイスでそのぐらいの大きさのが売られていたのを覚えている。

多いように見えてこの人数だとあっという間に消費されてしまう量。

その証拠に、全員に配ったら五分の一も残らなかった。

「つっめた~い!」

「甘いのに冷たい、不思議です。」

「お姉ちゃん、頭が痛くなってきた。」

「急いで食べるとそうなるんだ。って、いてててて。」

ジョンに説明しながら俺の頭も痛くなってきたぞ。

そんな痛みなど感じないかの勢いでエリザは全て食べきってしまった。

どうやらお気に召したようだ。

「お代わり!」

「少ないからちょっとだけな。」

「え~、もっと食べたい~。」

「あの重労働をまたやれば食べられるぞ。」

「この味の為ならやるわ。なんとなく鍛えられる感じもするし。」

そこまでして食べたいものだろうか。

まぁ、こうやって食べられるのはエリザのおかげなので最初のヤツと同じぐらい盛り付けてやった。

作るのは大変なのに消費するのは一瞬だなぁ。

「これ、昼間に売り出せば大儲けできるんじゃないですか?銀貨1枚でも売れる気がします。」

「いや、それは高すぎだろ。」

「いいえ、売れますよ。」

「ね、売れるわよね。あの暑さの中でこれを食べたら最高の気分になれるわよ、絶対。」

原材料費はおおよそ銀貨3枚ほど。

蟻砂糖を使わなかったらもう少し安くなるが、せっかく食べるなら美味しい方がいいと奮発してこの値段だ。

これで作れたのがおおよそ20人前なので、銀貨1枚で売れば儲けは銀貨17枚。

労働力を無視した利益率は驚きの85%になる。

皆が言うように間違いなく売れるだろうし、この利益率なら大儲けもいい所。

だが一番の問題があるんだよな。

「あれだけ頑張って作れたのがこれっぽっち。売るとしたら最低でもこの10倍、いや50倍は作らないとあっという間に売り切れるだろうな。」

「え、50倍!?」

「ざっと1000人分だが、一人で何回も食べるやつもいるだろうから朝から売り出して昼過ぎまでもえばいい方だろな。やれば大儲け間違いなし、ただしあの地獄のような混ぜを50回やるのか?それに冷やすのはどうする。流石に氷だけじゃここまで硬くならないから別の方法を考える必要があるだろ。ヒートゴーレムの装甲も大量に仕入れないといけないし、なにより雪妖精の結晶が無い。金儲けのためにそこまで出来るのか?」

「う、それを言われると・・・。」

「でも出来れば凄い儲けになりますよね?人海戦術でやれば混ぜる方はどうにかなりますし、後はどうにかして冷やすことが出来れば・・・。」

確かに人海戦術でやれば混ぜる方はクリア出来るだろう。

氷も塩も用意しようと思えば大量に用意できる。

後はどうやって冷やすのか、そしてそれをどこで保存するのかって話になる。

廃鉱山のように氷室が近くにあればいいのだが、さすがに魔導冷蔵庫にそこまでの冷却能力は無い。

北側倉庫の巨大冷蔵庫を使えばかろうじて千人分はしまえるかもしれないが、保冷用のヒートゴーレムの装甲を短期間でどれだけ手配でいるかが勝負になるだろう。

流石に銀貨1枚は高いので半値の銅貨50枚で計算したとして、完売すれば金貨5枚の儲け。

そこから材料費の金貨1.5枚を引き更には人件費や場所代を銀貨50枚と見積もれば儲けは金貨3枚になる。

もう一度言う、一日の儲けが金貨3枚だ。

それを一か月やれば金貨90枚、仮に19月からの二か月間販売できたとして金貨180枚の儲けになるわけだな。

うぅむ、そう考えるとやりたくなってきた。

もちろん30日休まず材料を混ぜまくってくれる人を確保しなければいけないとか、冷やす場所や道具をどうするんだっていう話は出てくる。

規模を半分にしたとしても儲けは金貨90枚。

これをみすみす逃すのか・・・?

「あ、シロウがやりたがってる。」

「出来なくはないと思うんです。もちろん準備とかもありますし、どのぐらい大量に冷やせるのか実験も必要だと思いますが。」

「実験するということはまた食べられるわけですね!」

「もぅ、オリンピアったら。」

「だって、王都にいてもあんなに美味しいの食べられませんでしたよ!」

つまり、王都で売り出せばもっと稼ぐ事も出来るというわけで・・・。

いやいや、だからどうやって運搬するんだよ。

適当な事業計画は破産の元、しっかりと最悪を想定して売り出さなければ。

「ともかくだ、エリザが頑張れば毎日アイスを食べられる。頑張れよ、エリザ。」

「えぇ、シロウも手伝ってよ!」

「俺は俺で忙しいんだよ。いい筋トレになるだろ。」

そう言い聞かせて最後の溶けかけたアイスを口に運ぶ。

あぁ、甘い。

これだけ美味しいのなら絶対に受け入れられる、わかっていてもそれが出来ないのはもどかしい話だなぁ。
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