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939.転売屋はセミを捕まえる
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「大変だ!」
ある日の事。
いつも頼んでいるトレント系の素材が入荷しないので冒険者ギルドに確認をしに行った時だった。
冒険者が転がるようにしてギルドに飛び込んできたかと思うと、そのままカウンターに突っ込んできた。
中々に派手な音はしたものの、そこは怪我に慣れた冒険者。
そのまま立ち上が・・・らないな。
「大丈夫か。」
「いってぇ。」
「いい音したからなぁ。ほら、しっかりしろ。」
腕を掴んで立たせると、デコの部分にくっきりと四角い跡がついていた。
頭蓋骨陥没とかしていないだろうか。
まぁ、そんな怪我もポーションを飲めばすんなり治ってしまうわけだけども。
「すみません。」
「で、何があったんだ?」
「そうでした!ブラックチカーダが大量発生してトレントに群がってます。このままじゃダンジョン中の木があいつらに枯らされちゃいますよ!」
「チカーダ?」
「チカーダっていえば大きな音を鳴らす昆虫系の魔物ね。人間を襲うことは無いけど、植物系の魔物にしがみついて生きたまま魔素を吸い取る厄介な奴よ。」
頭をぶつけた轟音を聞きつけてカウンターまでやってきたニアが魔物について説明をしてくれる。
音を鳴らす昆虫は色々居るが、一体どんな奴なんだろうか。
人を襲ってこないのはいいことだが植物系の素材が入ってこないのはよろしくない。
特に建築資材に多用されている現状では死活問題になりかねないからなぁ。
「もしかして素材が入ってこないのはそのせいなのか?」
「分からないけど可能性はあるわね。それに、人を襲わないとはいえあんなのが大量発生しているなら駆除する必要があるし。はぁ、耳栓の準備しなきゃ。」
「それなら在庫があるぞ、分けてやろうか?」
「そっか、ゴーレムの緩衝材があったわね。じゃあ30人分大至急お願い。」
「毎度あり。」
スクリームバードの時に使った耳栓がまだ残っていたはずだ。
ギルドが討伐隊を編成するということなので、耳栓の提供ついでに討伐隊に参加させてもらうことにした。
大量発生しているということは、それらの素材を格安で確保できるということ。
時間が無くて何に使えるかまでは確認出来なかったが、まぁ何かに使えるだろう。
「チカーダかぁ、気持ち悪いからあまり好きじゃないのよね。」
「じゃあついてくるなよ。」
「仕方ないでしょ、大会に出るんだし実戦感覚を取り戻しておきたいのよ。」
「でも襲ってこないぞ?」
「襲ってこなくても自分の意思とは違う動きをするでしょ?そういう感覚ってやっぱり忘れちゃうから危険もないし好都合よ。」
そういうものか。
エリザが同行すると聞いた時はどうしようかと思ったのだが、本人が言うように実戦経験に勝るリハビリはない。
襲ってこない魔物だけに危険も少ないのでいい機会だからと同行を許可したのだが、出発前に産後の体型変化で元々使っていた鎧が入らず大騒ぎをしていた。
仕方が無いので今回は胸当てと胴垂れだけを実につけ、使い慣れた斧を手に参加することになった。
エリザが嫌がる魔物なのだが、思った以上に冒険者の集まりがよく20人もの冒険者が急ぎ集まってくれた。
襲ってこない魔物なので初心者が多いのかと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
「熟練者がちらほら居るな。」
「そりゃぁ、チカーダは襲ってこなくてもあいつらに襲われている魔物が襲ってくるかもしれないじゃない。そういうのに対応できる冒険者も必要よ。」
「・・・危ないじゃねぇか。」
「大丈夫よ私が守るから。」
「援護は任せろ。」
「ふふ、頼りにしてるわね。」
これまでの俺は守られてばかりだったが、今の俺は装備のおかげで多少の援護ぐらいは出来るようになっている。
とはいえ近づいてこられるとどうにもならないので、当たり前だが戦力にはカウントされることは無い。
むしろ足手まといだと言っていいかもしれない。
ぞろぞろと冒険者の列に混じってダンジョンを奥へ奥へと進んでいく。
植物の多いエリアはダンジョンの上層部にあるが、本通りをわき道にそれて少し歩かなければならない。
だんだんと湿気が増えてきて、どこと無く青臭い匂いもする。
しかし、それよりも不快な『音』がだんだんと大きくなってきた。
「うるさいな。」
「こんなの序の口よ、現場に着いたら耳栓ナシじゃ鼓膜破れちゃうから覚悟しなさいよね。」
「何だよそれ怖すぎだろ。」
その場に居るだけで鼓膜が破れるとか危険にも程がある。
が、それをどうにかする為にここまで来たんだ。
だんだんと大きくなる音に我慢が出来なくなる前に各自耳栓を装着し、現場へと突入した。
そこで見たのは、信じられない光景。
黒くて大きな体に透明ながら巨大な羽をした魔物が、エルダートレントにしがみついてその体を震わせている。
耳栓をしても尚聞こえてくる不快な音。
ジジジジとかジージージーとか、ともかくそんな音がそこらじゅうから聞こえてくる。
あれはセミだ。
体長はゆうに1mを越えており、雄と思われる個体が爆音で自己アピールを続けている。
そんな個体の横では、まったく興味が無いという感じのメスが巨大な注射針の如き口の先端をエルダートレントとの体にぶっさしていた。
襲われている?というのに抵抗することなくトレントは生き血、じゃなかった魔素を吸われ続けているようだ。
「ヤバイな。」
そんな状況ががそこらじゅうでおきている。
巨大なセミの大反乱、いや大氾濫。
この量はある程度昆虫耐性のある俺でもさすがに気持ちが悪い。
ツンツンと俺の肩をつついたエリザが手信号で戦闘開始を教えてくれる。
あちらこちらで冒険者がセミに襲い掛かり、そして逃げられていた。
どうやら図体はでかくても中身は普通のセミと同じようだ。
流石にあの大きさを捕まえる網はないので、逃げ回るのを追いかけるしかない。
なんという非効率。
魔物に襲われないからこそ出来る芸当だな。
とはいえ、この空間にあまり長居はしたくないので俺も一肌脱ぐことにした。
スリングを取り出しいつもとは違う弾を準備する。
『ショックシード。親指の先ほどの大きさをした一見どこにでもありそうな種だが、刺激を与えると10秒ほどで一気にふくらみ大きな音と共に破裂し、無数の小さな種をばら撒く。主にスリング用の弾として用いられ、飛行する魔物を打ち落とすのに使われる。最近の平均取引価格は銅貨10枚、最安値銅貨5枚、最高値銅貨25枚、最終取引日は昨日と記録されています。』
魔物を殺すほどの能力はほぼ無いのだが、破裂した際に飛び散る小さい種が飛行を妨げて撃墜させるのに用いられている。
スリングに番えてから親指で種をぎゅっと潰し、心の中でゆっくりと5を数えたところでトレントにしがみついている雌めがけて打ち出した。
まっすぐに飛んで言った種は着弾するかそれよりも前に破裂し、セミの体中に小さな種が炸裂する。
羽が破れ、衝撃に耐えられなかったメスは飛ぶことも出来ず地面に落下。
ジタバタもがいているところを、襲い掛かった冒険者にしとめられていた。
よしよしいい感じだ。
再び肩を叩かれ、エリザがいい笑顔でサムズアップする。
他にも魔術師の放った風魔法があちらこちらで炸裂し、キリモミするように落ちたセミがどんどんしとめられていく。
襲われないのは非常にありがたいのだが、ここまでくると作業だな。
だがそう感じたのも半数ほどのセミを駆除するまでの事。
先ほどまで身動き一つしなかったトレントたちが、突然活発に動き出し冒険者めがけて襲い掛かってきた。
ここはお礼を言うところだろ!とツッコミを入れてやりたいところだが、魔素をすわれすぎてヘロヘロになった個体の動きは遅く、あっという間にエリザの斧に切り倒されていった。
合掌。
「アー!終わった終わった。」
作業時間はおおよそ二時間ほど。
耳栓を外してもあの不快な音はもう聞こえてこない。
そこらじゅうに転がるセミの死骸はアニメ映画の巨匠が作った昔の映画を髣髴とさせた。
アレは確か、巨大な蟲が襲い掛かってくるんだったか?
いや、メインは芋虫みたいな奴だった気がする。
確か赤い目をした奴だ。
「お疲れ様。」
「おぅ、お疲れさん。久々の実戦はどうだった?」
「ぜんぜんダメ。自分の思っているように体が動かないのが気持ちが悪いしイライラするわ。」
斧を肩に担いだエリザが不満げに口を尖らせて戻ってきた。
セミはともかくトレントは殺意を持って襲ってきたはずだが、エリザには物足りなかったらしい。
それ以上に思っていた動きが出来ないことにイラだって居るように思える。
現場から離れて半年ほど、体型の変化もあるだけにブランクとズレは生半可なものじゃないはずだ。
「最初はそんなもんだろう。」
「でもあと一ヶ月しかないもの、これは本格的に鍛えなおさないと。」
「無理はしていいが無茶はするなよ。」
「うん、わかってる。とりあえずニアには簡単な依頼をまわしてもらえるようにお願いしてるから、明日から毎日ダンジョンに潜るつもり。あ、ちゃんとルカの面倒も見るわよ。一時間、一時間だけだから。」
別にルカの面倒を見るのは俺でも出来るし、ミミィもハーシェさんもマリーさんも居る。
みんなエリザの決定を快く受け入れてくれることだろう。
こいつは戦うことでより一層輝く女だ。
それを邪魔するつもりは無い。
それに、守るものがあるのは本人も一番分かっている。
昔のような無茶はしないだろう。
多分。
その後、討伐されたチカーダは必要な素材を剥ぎ取られ俺の所に運ばれることになった。
『ブラックチカーダの増幅腹。チカーダ種の中でもブラックチカーダのオスは特に大きな増幅腹をもっており、ここで音を増幅させ爆音と共にメスに求愛を届ける。その性質を利用して、遠距離伝達用の拡声器や、魔法の増幅機として用いられることがある。最近の平均取引価格は銀貨4枚。最安値銀貨1枚、最高値銀貨7枚、最終取引日は9日前と記録されています。』
『チカーダの産卵管。トレント種の内部に卵を産みつけるための産卵管は非常に鋭い上に強度があり、奥深くに差し込めるようになっている。接着剤の注入や壁内部の補強など主に工業製品として需要が多い。最近の平均取引価格は銅貨51枚。最安値銅貨40枚、最高値銅貨77枚、最終取引日は4日前と記録されています。』
どちらも比較的珍しい素材ながら使用用途は限られている感じだが、おりしも今は拡張工事の真っ只中。
至る所で大きな音が溢れている場所で、しっかりと指示を出せるのは便利だし城壁用の石材を接着するのにこの産卵管は非常に役に立ちそうだ。
地上に戻ったら早速拡張工事のつめ所に持ち込んで、皆の意見を聞くとしよう。
工事用の予算は比較的潤沢にあるのでそこそこの値段で売れるかもしれない。
加えて木材の素材も復活することだろう。
残念ながら痩せたトレントは素材としては使えなさそうだが、焚き付けぐらいには使えるはずだ。
ある物はしっかりと利用しないともったいない。
こうして、夏早々に起きた昆虫騒動はひとまず幕を閉じたのだった。
ある日の事。
いつも頼んでいるトレント系の素材が入荷しないので冒険者ギルドに確認をしに行った時だった。
冒険者が転がるようにしてギルドに飛び込んできたかと思うと、そのままカウンターに突っ込んできた。
中々に派手な音はしたものの、そこは怪我に慣れた冒険者。
そのまま立ち上が・・・らないな。
「大丈夫か。」
「いってぇ。」
「いい音したからなぁ。ほら、しっかりしろ。」
腕を掴んで立たせると、デコの部分にくっきりと四角い跡がついていた。
頭蓋骨陥没とかしていないだろうか。
まぁ、そんな怪我もポーションを飲めばすんなり治ってしまうわけだけども。
「すみません。」
「で、何があったんだ?」
「そうでした!ブラックチカーダが大量発生してトレントに群がってます。このままじゃダンジョン中の木があいつらに枯らされちゃいますよ!」
「チカーダ?」
「チカーダっていえば大きな音を鳴らす昆虫系の魔物ね。人間を襲うことは無いけど、植物系の魔物にしがみついて生きたまま魔素を吸い取る厄介な奴よ。」
頭をぶつけた轟音を聞きつけてカウンターまでやってきたニアが魔物について説明をしてくれる。
音を鳴らす昆虫は色々居るが、一体どんな奴なんだろうか。
人を襲ってこないのはいいことだが植物系の素材が入ってこないのはよろしくない。
特に建築資材に多用されている現状では死活問題になりかねないからなぁ。
「もしかして素材が入ってこないのはそのせいなのか?」
「分からないけど可能性はあるわね。それに、人を襲わないとはいえあんなのが大量発生しているなら駆除する必要があるし。はぁ、耳栓の準備しなきゃ。」
「それなら在庫があるぞ、分けてやろうか?」
「そっか、ゴーレムの緩衝材があったわね。じゃあ30人分大至急お願い。」
「毎度あり。」
スクリームバードの時に使った耳栓がまだ残っていたはずだ。
ギルドが討伐隊を編成するということなので、耳栓の提供ついでに討伐隊に参加させてもらうことにした。
大量発生しているということは、それらの素材を格安で確保できるということ。
時間が無くて何に使えるかまでは確認出来なかったが、まぁ何かに使えるだろう。
「チカーダかぁ、気持ち悪いからあまり好きじゃないのよね。」
「じゃあついてくるなよ。」
「仕方ないでしょ、大会に出るんだし実戦感覚を取り戻しておきたいのよ。」
「でも襲ってこないぞ?」
「襲ってこなくても自分の意思とは違う動きをするでしょ?そういう感覚ってやっぱり忘れちゃうから危険もないし好都合よ。」
そういうものか。
エリザが同行すると聞いた時はどうしようかと思ったのだが、本人が言うように実戦経験に勝るリハビリはない。
襲ってこない魔物だけに危険も少ないのでいい機会だからと同行を許可したのだが、出発前に産後の体型変化で元々使っていた鎧が入らず大騒ぎをしていた。
仕方が無いので今回は胸当てと胴垂れだけを実につけ、使い慣れた斧を手に参加することになった。
エリザが嫌がる魔物なのだが、思った以上に冒険者の集まりがよく20人もの冒険者が急ぎ集まってくれた。
襲ってこない魔物なので初心者が多いのかと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
「熟練者がちらほら居るな。」
「そりゃぁ、チカーダは襲ってこなくてもあいつらに襲われている魔物が襲ってくるかもしれないじゃない。そういうのに対応できる冒険者も必要よ。」
「・・・危ないじゃねぇか。」
「大丈夫よ私が守るから。」
「援護は任せろ。」
「ふふ、頼りにしてるわね。」
これまでの俺は守られてばかりだったが、今の俺は装備のおかげで多少の援護ぐらいは出来るようになっている。
とはいえ近づいてこられるとどうにもならないので、当たり前だが戦力にはカウントされることは無い。
むしろ足手まといだと言っていいかもしれない。
ぞろぞろと冒険者の列に混じってダンジョンを奥へ奥へと進んでいく。
植物の多いエリアはダンジョンの上層部にあるが、本通りをわき道にそれて少し歩かなければならない。
だんだんと湿気が増えてきて、どこと無く青臭い匂いもする。
しかし、それよりも不快な『音』がだんだんと大きくなってきた。
「うるさいな。」
「こんなの序の口よ、現場に着いたら耳栓ナシじゃ鼓膜破れちゃうから覚悟しなさいよね。」
「何だよそれ怖すぎだろ。」
その場に居るだけで鼓膜が破れるとか危険にも程がある。
が、それをどうにかする為にここまで来たんだ。
だんだんと大きくなる音に我慢が出来なくなる前に各自耳栓を装着し、現場へと突入した。
そこで見たのは、信じられない光景。
黒くて大きな体に透明ながら巨大な羽をした魔物が、エルダートレントにしがみついてその体を震わせている。
耳栓をしても尚聞こえてくる不快な音。
ジジジジとかジージージーとか、ともかくそんな音がそこらじゅうから聞こえてくる。
あれはセミだ。
体長はゆうに1mを越えており、雄と思われる個体が爆音で自己アピールを続けている。
そんな個体の横では、まったく興味が無いという感じのメスが巨大な注射針の如き口の先端をエルダートレントとの体にぶっさしていた。
襲われている?というのに抵抗することなくトレントは生き血、じゃなかった魔素を吸われ続けているようだ。
「ヤバイな。」
そんな状況ががそこらじゅうでおきている。
巨大なセミの大反乱、いや大氾濫。
この量はある程度昆虫耐性のある俺でもさすがに気持ちが悪い。
ツンツンと俺の肩をつついたエリザが手信号で戦闘開始を教えてくれる。
あちらこちらで冒険者がセミに襲い掛かり、そして逃げられていた。
どうやら図体はでかくても中身は普通のセミと同じようだ。
流石にあの大きさを捕まえる網はないので、逃げ回るのを追いかけるしかない。
なんという非効率。
魔物に襲われないからこそ出来る芸当だな。
とはいえ、この空間にあまり長居はしたくないので俺も一肌脱ぐことにした。
スリングを取り出しいつもとは違う弾を準備する。
『ショックシード。親指の先ほどの大きさをした一見どこにでもありそうな種だが、刺激を与えると10秒ほどで一気にふくらみ大きな音と共に破裂し、無数の小さな種をばら撒く。主にスリング用の弾として用いられ、飛行する魔物を打ち落とすのに使われる。最近の平均取引価格は銅貨10枚、最安値銅貨5枚、最高値銅貨25枚、最終取引日は昨日と記録されています。』
魔物を殺すほどの能力はほぼ無いのだが、破裂した際に飛び散る小さい種が飛行を妨げて撃墜させるのに用いられている。
スリングに番えてから親指で種をぎゅっと潰し、心の中でゆっくりと5を数えたところでトレントにしがみついている雌めがけて打ち出した。
まっすぐに飛んで言った種は着弾するかそれよりも前に破裂し、セミの体中に小さな種が炸裂する。
羽が破れ、衝撃に耐えられなかったメスは飛ぶことも出来ず地面に落下。
ジタバタもがいているところを、襲い掛かった冒険者にしとめられていた。
よしよしいい感じだ。
再び肩を叩かれ、エリザがいい笑顔でサムズアップする。
他にも魔術師の放った風魔法があちらこちらで炸裂し、キリモミするように落ちたセミがどんどんしとめられていく。
襲われないのは非常にありがたいのだが、ここまでくると作業だな。
だがそう感じたのも半数ほどのセミを駆除するまでの事。
先ほどまで身動き一つしなかったトレントたちが、突然活発に動き出し冒険者めがけて襲い掛かってきた。
ここはお礼を言うところだろ!とツッコミを入れてやりたいところだが、魔素をすわれすぎてヘロヘロになった個体の動きは遅く、あっという間にエリザの斧に切り倒されていった。
合掌。
「アー!終わった終わった。」
作業時間はおおよそ二時間ほど。
耳栓を外してもあの不快な音はもう聞こえてこない。
そこらじゅうに転がるセミの死骸はアニメ映画の巨匠が作った昔の映画を髣髴とさせた。
アレは確か、巨大な蟲が襲い掛かってくるんだったか?
いや、メインは芋虫みたいな奴だった気がする。
確か赤い目をした奴だ。
「お疲れ様。」
「おぅ、お疲れさん。久々の実戦はどうだった?」
「ぜんぜんダメ。自分の思っているように体が動かないのが気持ちが悪いしイライラするわ。」
斧を肩に担いだエリザが不満げに口を尖らせて戻ってきた。
セミはともかくトレントは殺意を持って襲ってきたはずだが、エリザには物足りなかったらしい。
それ以上に思っていた動きが出来ないことにイラだって居るように思える。
現場から離れて半年ほど、体型の変化もあるだけにブランクとズレは生半可なものじゃないはずだ。
「最初はそんなもんだろう。」
「でもあと一ヶ月しかないもの、これは本格的に鍛えなおさないと。」
「無理はしていいが無茶はするなよ。」
「うん、わかってる。とりあえずニアには簡単な依頼をまわしてもらえるようにお願いしてるから、明日から毎日ダンジョンに潜るつもり。あ、ちゃんとルカの面倒も見るわよ。一時間、一時間だけだから。」
別にルカの面倒を見るのは俺でも出来るし、ミミィもハーシェさんもマリーさんも居る。
みんなエリザの決定を快く受け入れてくれることだろう。
こいつは戦うことでより一層輝く女だ。
それを邪魔するつもりは無い。
それに、守るものがあるのは本人も一番分かっている。
昔のような無茶はしないだろう。
多分。
その後、討伐されたチカーダは必要な素材を剥ぎ取られ俺の所に運ばれることになった。
『ブラックチカーダの増幅腹。チカーダ種の中でもブラックチカーダのオスは特に大きな増幅腹をもっており、ここで音を増幅させ爆音と共にメスに求愛を届ける。その性質を利用して、遠距離伝達用の拡声器や、魔法の増幅機として用いられることがある。最近の平均取引価格は銀貨4枚。最安値銀貨1枚、最高値銀貨7枚、最終取引日は9日前と記録されています。』
『チカーダの産卵管。トレント種の内部に卵を産みつけるための産卵管は非常に鋭い上に強度があり、奥深くに差し込めるようになっている。接着剤の注入や壁内部の補強など主に工業製品として需要が多い。最近の平均取引価格は銅貨51枚。最安値銅貨40枚、最高値銅貨77枚、最終取引日は4日前と記録されています。』
どちらも比較的珍しい素材ながら使用用途は限られている感じだが、おりしも今は拡張工事の真っ只中。
至る所で大きな音が溢れている場所で、しっかりと指示を出せるのは便利だし城壁用の石材を接着するのにこの産卵管は非常に役に立ちそうだ。
地上に戻ったら早速拡張工事のつめ所に持ち込んで、皆の意見を聞くとしよう。
工事用の予算は比較的潤沢にあるのでそこそこの値段で売れるかもしれない。
加えて木材の素材も復活することだろう。
残念ながら痩せたトレントは素材としては使えなさそうだが、焚き付けぐらいには使えるはずだ。
ある物はしっかりと利用しないともったいない。
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