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931.転売屋は西方の情報を収集する

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国王が変わったことでどれほどの影響が出るかは分からないのだが、今の生活水準を維持する為にも必要な物は買い占めておかなければならない。

とりあえず情報を得るべく、俺はバーンと共に港町まで急いで向かった。

「その件に関してはこちらでも把握しています。今の所商人の動きに変わった様子は無いですね。」

「そうか。それを聞いて安心した。」

「でも、いつどう変わるかは分かりません。私達としても西方商人が持ち込む品には色々と助けられていますので正直今居なくなられるのは苦しい限りです。」

真っ先に向かったのは街長であるポーラさんの所。

やはりこちらでも商人を通じて情報を掴んでいたようで、色々と調べていたようだが現状では大きな動きは無いようだ。

向こうも変わったばかりで、まずは内政を落ち着かせる事に注力しているのかもしれない。

俺はその辺詳しくないが、まずは足元を固めないことには何事も始まらないからな。

そして、それが収まった後いよいよ次の段階に移行すると。

それにどのぐらいの時間が掛かるかは分からないが、あまり悠長なことは言ってられないだろう。

「前国王の退位について何か分かってるのか?」

「なんでも、居なくなった奥様を探す為に弟さんに王位を譲られたそうですよ。」

「あー、やっぱりそうなのか。」

「奥様が居なくなった理由が定かではないそうですけど、あまり国民受けもしていなかったようですし代替わりするのは時間の問題だったんじゃないですかね。」

「とはいえ、これだけ西方の品が入るようになっていたのも、前国王が輸出を推奨したからって話だ。今更それを止められるのは正直きついな。」

せっかく西方製の品でどちらも潤ってきたところでいきなり梯子を外されると、どちらの商人も一気に苦しくなる。

それを売るために投資をして販路を確保し、さぁ今から儲けるぞ!というところでだ。

致し方ないとはいえ、これで廃業する商人も少なからず居るだろう。

「聡い商人や貴族が早くも西方製の品を買い占めているそうです。あ、シロウさんのことじゃないですよ!」

「まぁやろうとしていることは同じだしな、気にするな。」

「何かお力になれればいいんですけど。」

「コレといってやって欲しいことはないから気にせず街の運営に注力してくれ。そういや彼女はどうした?」

「彼女?」

「ビネル家の、確かトリーヌだったか。最近姿を見ないが・・・。」

「お呼びですか!」

突然後ろから元気一杯の声が聞こえてきた。

仕事モードのキリリとした顔が露骨に嫌な顔に変化するあたりご本人の登場で間違いないだろう。

「元気そうだな。」

「お蔭様で、お父様に代わり仕事に邁進しておりましたの。しばらくお顔を出せませんでしたのに私の事を気にかけてくださり光栄ですわ。」

「トリーヌ、ここは僕の執務室なんだけど?」

「それがどうしまして?貴女が私を呼び出したのでしょう、『西方の動向が知りたい』って。」

胸元に垂れる金髪ロングヘアーをいつものように右手で後ろに払い、腰に手を当てて胸を張るトリーヌさん。

相変わらずの感じだが、心なしか前よりも堂々としている気がする。

さっき父親に代わって仕事をしているといっていたあたり、こちらも代替わりをしたんだろう。

「西方の動向?そうか、海運業をしているんだったな。」

「シロウ様のお邪魔をしないよう今は西方の商人と取引をしておりますの。今回の情報も、私がポーラに提供しましたのよ。」

「ってことは一番鮮度のいい情報を持っているのか。」

「そういうことです。他でもないシロウ様でしたら、とっておきの情報を提供して差し上げるのですが・・・、この後お時間ありまして?」

前までの高飛車な感じとはうって変わって、女豹のような雰囲気を感じる。

持っているものをどうやって使えば最善を引き出せるのか、商人としてかなり成長したようだ。

これは前みたいに舐めてかかると痛い目を見るかもしれない。

そういう意味では、ポーラさんは随分と出遅れた感じだな。

「生憎あまり時間は無いんだが、ランチぐらいなら付き合えるぞ。」

「最近出来たいいお店を知っていますの、よろしければそちらでゆっくり情報交換いたしましょう。」

「ちょっと!シロウさんは僕と情報交換していたんだけど!邪魔しないでよ。」

「そんな鮮度の低い情報なんて聞くだけ無駄ですわ。お魚と同じ、取れたてが一番ですのよ。」

「違いない。」

「じゃあ僕も行く!街長命令!拒否したら営業権剥奪してやるんだから!」

おいおい、職権乱用も甚だし過ぎるだろ。

いくら気心の知れた相手とはいえ言っていい事と悪いことがある。

彼女は傾いた自分の家を救うべく、前の宣言どおりプライドを捨て汚れた仕事も引き受けて必死になって家を建て直した。

海運業としては一番手から三番手にまで落ちたものの、現在では前とは比べものにならないぐらいに成長している。

西方商人にいち早く目をつけ、父親の買い付けた不用品を俺に全て買い取らせた後、その金を使ってうちの規格木箱を導入したんだ。

全ては家を残す為。

正直彼女がそこまでするとは思っても居なかったのだが、あの時の言葉は本気だったと後になって理解した。

正直動機は不純だが、それがモチベーションに繋がった上に結果を残しているんだから誰にも文句は言えないだろう。

『俺と結婚する』、か。

正直好みでもないしそもそもその気は無いのだが、一緒に仕事をするという部分では十分にその実力を身につけている。

それを知っているからこそ、彼女がこの場に居ないことをポーラさんに聞いたんだ。

西方について今一番鮮度の高い情報を持っている人物はどこかってね。

そんな人物の営業権を剥奪するとか、もちろん本気じゃないだろうが・・・本気じゃないよな?

「なるほど、前国王の行方すら分からないのか。一体どうなってるんだ?」

「新国王である弟君に幽閉もしくは殺害されたという噂もあったんですが、その後この国に入ったのを見たという話が多数出ているんです。とはいえ、確証のある話ではないのであくまでも噂程度ですけど。」

「その噂は僕も聞いたことがあるよ。冒険者ギルドで護衛を雇って東に向かったんだって。」

「東ねぇ・・・。」

トリーヌさんに案内してもらった店で遅めの昼食を取りながらの情報交換。

交換って言うか提供だな、これは。

もちろん見返りは要求されるだろうけど、それを惜しむ必要の無いぐらいの鮮度の高い情報を貰うことができた。

火のないところに煙が立たないように、噂もまた事実から生み出される。

前国王がこの国に来て、そして俺達の街のほうへと向かった。

それは間違いないだろう。

じゃあ何の為?

決まってる、居なくなった嫁さんを探す為だ。

どう考えてもそれしかない。

前に聞いた話じゃ、虐げられていたとか言っていたがそれも事実ではないんだろう。

そんな嫁さんを地位を捨ててまで追いかけることなんてしないはずだ。

じゃあ嫁さんはどこに?

あまりにも出来すぎている流れに思わず身震いしてしまった。

「どうされまして?」

「いや、なんでもない。ともかく前国王はこの国に来ているんだな。」

「噂ですけど。」

「それが答えだよ。」

「シロウさんは随分その人の事を気にされているんですね。知り合いなんですか?」

「そんなわけ無いだろうが。そもそも西方になんていったことないし、その人がどんな顔かもしらないっての。」

話に聞いているだけで西方の事はまったくといっていいほど知らない。

前国王がどんな顔で、逃げ出した嫁がどんな人だったかも聞いた話だけだ。

地位を捨てたとはいえ元国王。

そんな人間がこの国に居るとなればどう考えても面倒ごとがおきるのは間違いない。

どの国にも隠しておきたい秘密の一つや二つはあるだろう。

それを知っている人間が外に出てしまったんだぞ?

普通は探して捕まえようとするよなぁ。

もしその場にいたり、かくまったとか言われたらどうなる?

うーん、考えたくも無い。

「それもそうですよね。」

「ともかくだ、当分は西方の情報を出来る限り集めておいてくれ。」

「それと醤油と味噌の仕入れでしたわね、謹んでお受けいたしますわ。」

「でもそんなにかき集めてどうするの?たしかに醤油は美味しいけど、かき集めるとすごい量になるんじゃない?」

「個人単位ではそうだろうが、街単位だとそうでもないんだよ。」

特にうちみたいに一般家庭レベルで使うとなると、消費量はかなりのものだ。

最初は多く感じるかもしれないが、気づけばすぐになくなってしまうのは間違いない。

だからこそ過剰に思えるぐらいに仕入れを行いもしもに備えておきたいんだ。

もっとも、輸出を減らしたりしなければその必要も無いわけだが。

コレまで集めた情報から察するにそうなるのは間違いないだろう。

「まだまだ発想が小娘ですわね。」

「小娘って、同い年じゃないか。」

「そんな小娘がこの街の長だなんて、いっそのことシロウ様がこの街の長になればよろしいのです。そうすればますます繁栄すること間違いありませんわ。」

「いやいや勘弁してくれ、そんなめんどくさい事ごめんだね。」

「ふふ、そうですわね。シロウ様にはもっと相応しいお仕事がありますもの。いかがです?我がドネル家と正式に手を結ばれるのは。なんでしたら籍を入れてもかまいませんが。」

「悪いがそれは遠慮しておく。」

街長も結婚もどちらも願い下げだ。

ともかく西方の最新情報は獲得できた。

さらには醤油と味噌もひとまずは問題なく手に入れることが出来そうだし、大きな収穫があったといえるだろう。

後は買い付けられるものを買い付けて、街に戻るとするかな。

「まったく、そんな強引なやり方だから断られるんだよ。」

「小娘に言われたくありませんわね。」

「あー、また小娘って言った!」

「だって本当の事ですもの。シロウ様に相応しいのはこの私、街長の地位に胡坐をかいている貴女と一緒にしないでくださいまし。」

「胡坐なんてかいてないよ!コレでも一生懸命なんだからね!」

やれやれ、また始まった。

長くなりそうなので一足先にお暇するとしよう。

やることはまだたくさんある。

そろそろバーンも待ちくたびれていることだろうし、急ぐとするか。

口論を続ける二人からそっと逃げ出し、港のほうへと駆け下りる。

潮風はもう夏の雰囲気を纏っていた。

夏はすぐそこ。

でも、この夏はいつも以上にめんどくさいことになりそうだ。
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