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924.転売屋は水着を売る

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雨はまだ続いているものの、コレが終わればいよいよ夏がそこまで来ることになる。

それまでには色々と準備しなければならないものもあるわけで。

「それで、全員分作れって?」

「あぁ、どうしても新しいのが欲しいんだと。産後で体型も変わってるし、お願いできるか?」

「そりゃあ仕事だから請けたいのは山々なんだけどね、こっちも随分と注文がたまっててねぇ。正直これ以上は難しいよ。悪いねぇ。」

「いやいやそういうことなら仕方がない。出足が遅かった俺達のせいだ、気にしないでくれ。」

申し訳なさそうに頭を下げるローザさん。

今度の旅行に持って行く水着を新調しようって話になったのだが、頼もうとしていたあてが外れてしまった。

まぁ、こんな間近になって注文するなよって話ではあるんだけども、思いついたのがついこの間だからなぁ。

既製品を着ればそれでいいのだが、この世界の水着って結構派手な感じの奴ばかりなんだよな。

そもそも水着っていう文化が少ないってのもあるだろうが、下着の延長上みたいな感じのが多い。

俺としてはそれでもかまわないのだが、主に腹回りを気にするのが数名いるわけで。

特にミラはまだ妊娠中なのでしっかりとした奴が必要になる。

じゃあ一人だけ腹巻をしろっていうわけにも行かないわけで、はてさてどうしたもんか。

「水着を探してるのなら知り合いを紹介できなくはないんだけど・・・。」

「それはありがたいが、そんなに紹介しづらい相手なのか?」

「作るのがねぇ、なんていうか独創的なんだよ。それでも構わないかい?」

「その辺は一度話をしてみてから考える。どこに行けばいい?」

「ブレラちゃんの店がある通りを更に一本奥に入った所にお店を出してるんだ、ビキニっていう子でね若いけど腕は確かだよ。」

名前からしてアレだが、ローザさんの紹介なら間違いないだろう。

店を出たその足で職人どおりへと向かい、話の通り更に一本奥へと足を伸ばす。

どちらかというと倉庫が立ち並ぶ一角に、突然下着、じゃなかった水着を纏った人形が姿を現した。

うーん、派手だ。

この世界の水着は確かにセクシーではあるんだが、黒だとか白だとか素材の色そのものなので淡色なものばかりだ。

だがここの水着は赤だの黄色だの原色をふんだんに使っている。

見た目には普通の水着と変わらないようだが、一体どういう素材を使っているんだろうか。

「あの、作品には手を触れないでもらいたいんですけど。」

「おっと、悪い。随分綺麗なんでどんな素材を使っているのか気になったんだ。大変失礼した。」

「そ、そんなに謝らなくても大丈夫です。でへへ、そんなに綺麗ですか?」

「あぁ。この赤と黄色、それと緑の色使いがいいな。まるで南方の花々みたいだ。」

「そーーーーなんです!よくお分かりで!せっかくの水着なんですから、なんていうか、こう!明るい開放的な感じがさいっこうに!似合うと思うんですよね!」

注意してきたときはなんていうか非常にテンションの低い感じだったんだが、作品を褒めた瞬間に怒涛のハイテンションに切り替わり、マシンガントークをし始めた。

なんだこのテンションのギャップは。

確かにローザさんの言うように個性的なようだ。

もっとも、そんな人が知り合いに多すぎてあまり気にはならないんだけど。

「俺はシロウ、街で買取屋をしている。ローザさんの紹介できたんだが、ビキニさんで間違いないか?」

「ローザおばちゃんの知り合いだったですね。はい、私がビキニです。」

「おばちゃん?」

「ローザおばちゃんは母のお姉ちゃんなんです。」

「なるほどな。子供はいないって聞いていたんだが、そういうことか。」

「おばちゃんの仕事に憧れてこの仕事に就いたんですけど、なんていうか私って普通の人と感覚が全然違うんで、あんまり売れてないんですよね~。だからお客さんみたいな人をたまに紹介してもらうんだけど、皆すぐ作品を見て帰っちゃうんです。でも、今日は褒めてもらえたしすっごい嬉しいです!」

感情を隠すことなくストレートに表すタイプなんだろう。

自分の状況を悲観するわけでもなく、今出来ることをやって満足している感じ。

もちろんそれで生活できているかといわれると話は別だが、それでも本人は満足しているんだろう。

個人的にはこういうのは嫌いじゃないし、女達にもよく似合うと思う。

とりあえずもう少し話をしてみてから考えるか。

「普通は黒とか白とかが多いと思うんだが、これは何を使ってるんだ?」

「ホワイトシャークの革に耐水性の色を塗ってるんです。コレなんかは最初に赤く染めて、その上から色を乗せる感じですね。」

「ってことは全部手作業なのか。」

「染めはブレラさんのお友達さんがやってくれるんですけど、塗りは全部私がやります。」

「染めってことはスカイだな。」

「え、知り合いなんですか!?」

知り合いというかビジネスパートナーというか雑用係というか。

王都ほど大きい街じゃないし職人同士が知り合いなんてのはよくある話だ。

しかし手作業となるとあまり大量に注文するのは難しいだろう。

せっかくだからキルシュたちの分も注文しようと思っていたんだが間に合うだろうか。

「一緒に仕事をしている仲って感じだ。しかし、手作業となると大変だろう。」

「そうでもないですよ。」

「そうなのか?」

「形さえ決まればパパっと切っちゃいますし、着色も半日あれば乾きますから。」

「デザインも自分でやっているんだよな?」

「でも、あんまり人気はないんですけどね。なんていうか下着っぽいのがあまり好きじゃなくて、ほら、私のおなかってこんな感じですし、胸もお尻も大きくないんで、てへへ。」

あえて見ないフリをしていたのだが、確かに貧相・・・失礼、大人しい体型ではある。

胸はわずかにシャツを押し上げる程度で、尻はズボンに綺麗に収まっている。

腹はまぁ、本人は気にしているかもしれないがほぼ出ていない。

筋肉がほぼない曲線だけで作られた体。

これで背が低かったら完全に幼児体型といわれていただろうが、165は越えてそうな背の高さがスリムさを更に強調している。

残念ながら俺の好みではないけどな。

「むしろそういう水着を探していたんだ、今から時間はあるか?」

「時間でしたらいくらでもありますけど。」

「仕事を依頼したい、是非屋敷で俺の女達の話を聞いてやってもらえないか?」

「えぇぇぇぇぇ!もしかして、お仕事!?お仕事ですか!?」

「いや、だからそう言って・・・。」

「どどどど、どうしよぉぉぉぉぉ!お仕事なんていつ振り?え、私が?うそぉぉぉ!がんばってきてよかったぁぁぁぁぁ!」

うーん、このハイテンション五周ぐらい回って新鮮かもしれない。

いや、好きか嫌いかと言われれば嫌いだが、決して嫌いだから終わりって感じにはならないんだから不思議だ。

仕事の腕は確かなようなのでとりあえず落ち着くのを待って屋敷に連れて行こう。

落ち着けばの話だけど。

それから10分ほど騒ぎまくった彼女だったが、さすがに体力がなくなったのかぜいぜいと荒い呼吸を落ち着かせているタイミングで屋敷まで移動させることに成功した。

はぁ、やれやれだ。

「ってことで、今回はローザさんではなく彼女に水着を作ってもらうことになった。ビキニさん、自己紹介宜しく。」

「は、ハイ!ビキニって言います。皆さんのご希望をかなえられる水着を頑張って作りますので、宜しくお願いします!」

「とりあえず今日は各自どんな水着にしたいか話し合ってくれ。サンプルはここに置いておくから気に入ったのがあればそれを元に話しても構わない。グレイス達もちゃんと作ってもらえよ。」

「お館様、私もですか?」

「当然だ。」

着る着ないは別として一人だけ作らないわけにはいかないだろう。

男連中はともかくうちは女性が多いからな、仲間はずれはよくない。

早速向こうでワイワイと話し合いが始まったので、俺は今のうちに別の用事を済ませるとしよう。

「それで私の所に来たのね?」

「あぁ、ホワイトシャークの革を手に入れるついでに既製品でなにか作れないと思ったんだ。」

「確かに私の紺は濡れて透けたりしないから水着にはいいかも。」

やってきたのはスカイの染色工房。

冒険者ギルドで買い付けてきたホワイトシャークの革は、早速染め液に沈められている。

受け取ってすぐ許可も取らずにダイレクトイン。

いやまぁ、それをお願いするために持ってきたんだから別に良いんだけどさぁ。

ビキニも中々個性が強いが、この人も中々の個性派だ。

「だろ?この間みたいに模様を書くのはどうだ?確か型染めをはじめたんだよな?」

「でも、胸当てみたいな小さい面積に型抜きしても意味無いと思う。」

「それに関しては心配無用だ。ビキニの作る作品知ってるだろ?ほら、あの上から下まで隠すような奴。」

ビキニの作品の中にワンピースタイプの水着があった。

小学生の時なんかに水泳の授業で女子が着ていたような奴、あんな感じで上から下まで布で覆われている水着はこの世界ではあまり見たことが無い。

いや、無いわけじゃないけどどっちかって言うと少数派。

だが、腹部を隠したいという繊細な乙女心を刺激するにはぴったりのデザインだろ思う。

水場の無いこの街ではビープルニールを使ったプールが普及し始めているが、さすがに家事の合間に下着のような水着にわざわざ着替えてっていう奥様は少ない。

その点ワンピースタイプなら上からカーディガン的なのを羽織れば一応隠すところは隠せる。

なんならパレオも作ってしまえば完璧ではないだろうか。

冒険者の街を示すインディードブルーを使った水着、流行るとおもうんだけどなぁ。

「確かにアレなら型抜きできる。」

「魚とか花とか、なんていうか大人しいけど地味じゃない感じで作れたらって思うんだがどうだ?」

「いいと思う。色々と試したいものがあるし、ちょうどいい。」

「決まりだな。それじゃあついでに腰巻も頼めるか?水着の上から巻きつけて下半身を隠すような感じにしたいんだ。」

「それ、水着の意味ある?」

「逆に聞くが、普通の水着姿でいるときに突然俺が来たらどうおもう?」

「別に?」

あー、うん例えが悪かった。

スカイにとって俺はビジネスパートナー兼雑用係であって、そこに性別は存在しない。

俺が彼女を女として意識していないように、彼女もまた俺を男として認識していない。

そりゃあ彼女が下着一枚とか全裸だったら見るところ見てしまうだろうけど、それとコレとは話が別だ。

ようは抱きたいと思うかどうか・・・それも違うか。

ともかくだ、そういうときに使える付属品を一緒に売れば、水着の売上げも増えるというもの。

別に水着だけじゃなくても、あの紺色なら普段の生活でも使えるだろう。

せっかく水着を作るのならこれからのシーズンに売れる奴がいいよな。

まぁ、この前回収したビープルニールをどうにかして補充しないといけないんだけども・・・。

早く冒険者帰ってこないかなぁ。

不思議そうに首をかしげるスカイを前に俺は小さな溜息をつくのだった。
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