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917.転売屋は貝を売る

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「お館様、ジャニス様が参られました。」

「予定より早かったな、すぐに行くから応接室で待ってもらってくれ。飲み物はそうだな抹茶を出してもらっていいか?」

「かしこまりました。」

この間の抹茶ラテは大盛況だったが、それでも買い付けた抹茶粉が少し残っている。

液体のミルクと違って粉は場所を取らないのだが如何せん量が多い。

十分元は取れたし、嫌いではないので毎日飲んでも惜しくはない。

書類整理を切り上げ、セーラさんと共に応接室へ。

「シロウ様が参られました。」

「どうぞ!」

「失礼します。」

先にセーラさんが中に入り、それから少し間をおいて俺も中へ。

応接室には初めて会うセーラさんに若干ビビリぎみのジャニスさんが俺を見てほっとした顔をしていた。

「久しぶりだなジャニスさん。」

「お久しぶりですシロウ名誉男爵。えっと、そちらの方は・・・。」

「セーラと申します。シロウ様の秘書として同席させて頂いておりますので、どうぞご容赦ください。」

「そうでしたか。てっきりハーシェ様が来られるとばかり。」

南方担当はハーシェさんだったのでそう思うのも無理はない。

今回来てもらったのも声掛けはハーシェさん経由だったしな。

「今日は子供の成長を見てもらうために先生に診てもらっているんだ、悪かったな。」

「いえいえ、大丈夫です。それで今日はどういったご用件で?ご注文頂いていました南方の果物はもう少し先になりそうですが・・・。」

「実は19月頃に南方を旅行しようと思っているんだが、何処かいい場所知らないか?子連れだし如何せん南方は初めてでな。」

「そういう事でしたら喜んでお手伝いさせて頂きます。お屋敷の皆様とですか?」

「あぁ、大型馬車二台ってところか。妊婦もいるしあまり悪い道は通れないんだが、南方は高低差がない上に街道も整備されているそうじゃないか。是非お勧めの場所を教えてくれ。」

この間出た休暇の話で南方に行こうという話になったので、その件も含めてジャニスさんには来てもらったわけだ。

注文しておいた果物の他にいくつか工事に使えそうな素材を仕入れる事ができ、加えていい感じの場所も教えて貰うことが出来た。

抹茶も気に入ってもらえ、お互いに利のある話し合いだっただけに終始穏やかに商談は進んだのだが・・・。

「ん?」

「どうされました?」

「いや、珍しい髪飾りだと思ってな。」

「あぁ、これですか。」

前髪を押さえていた髪飾りがパチンと外され、机の上に置かれる。

見た感じ花弁のようにも見えるがよく見るとどうやら違うようだ。

「石、いや違うな。」

「花貝といいまして、花弁のような形をした貝殻なんです。南方では男女を問わずこれを付けているので、こちらで付けている人を見ると同郷だとすぐわかります。」

「そういえば工事に来ている労働者の中にも付けている人がいたが、成程そういう物なのか。」

「女性はともかく男性で付ける人はこちらにあまりおられませんので変な目で見られることもありますが、まぁ目印みたいなものです。」

「この貝は髪飾りにしか使えないのか?」

「そういうわけではないですが、あまり強度がないのでぶつかったりすると壊れてしまうのが難点でして。」

なるほどなぁ、ブローチとかにすると綺麗かと思ったんだが、人にぶつかった時に割れるのは困る。

その点髪飾りとかは余程の頃が無いとぶつからない場所だけに、使用できるわけか。

なるほどなぁ。

「ふむ、衝撃には弱いわけか。」

「それさえなければ色々と使い道があるのですが、勿体ない限りです。」

一声かけてから髪飾りに手を伸ばす。

『花貝の髪飾り。南方でのみ採れる花貝は見た目の華やかさから海中花とも呼ばれている。南方では男女問わずこの髪飾りを身に着けており、同郷の証としても使われている。衝撃に弱く取り扱いには注意が必要。最近の平均取引価格は銅貨70枚。最安値銅貨39枚、最高値銀貨1枚、最終取引日は二日前と記録されています。』

ふむ、髪飾りでこの値段ってことは花貝そのものの値段はさほど高くなさそうだ。

ルティエのアクセサリーにと思ったんだが、強度的に不安があるだけに作れてもせいぜいネックレス程度だろう。

それも衝撃から守るために別の加工を施さなければならない。

うーむ、良さげな素材だと思ったんだがあぁ。

「手に入れる事は出来るのか?」

「髪留めですか?」

「いや、花貝を仕入れてみたい。」

「もちろん可能ではありますが、量が多いとどうしても割れてしまうものが出てしまいます、構いませんでしょうか?」

「むしろ割れていいんだが。」

「「え?」」

後ろで控えているセーラさんまでもが素っ頓狂な声を出したのはちょっと面白い。

いや、割れてしまって後悔するぐらいなら初めから割れているものを手配すればと思ったんだ。

この色使いなら割れても綺麗だろうし、むしろそれをうまく使うことが出来れば良い物を安く手に入れられるというわけで。

「シロウ様、割れているものを仕入れるのですか?」

「この色なら割れていても綺麗だろうし、無事な物と割れた物両方買うといえば向こうも安心して出荷できるだろ。割れる事前提の値段設定だろうし、値下げ交渉にも使えるはず、そうだよな?」

「お、仰る通りです。」

「でも無事な物はともかく割れた物をどうされるのでしょう。」

二人ともそれが疑問のようで、前で話を聞いているジャニスさんまでウンウンと力強く頷いている。

「装飾に使うんだ。ほら、この前使ったシャドウプラントの樹液があるだろ?ルティエはアレをアクセサリーの仮固定に使っていたって話なんだが、それを普通に固定材として使ってしまえばいい。お湯に触れれば接着は取れてしまうが、ようはお湯につけなければいいだけの話だし。気温の変化では問題ないそうだからいけると思うんだがなぁ。」

「装飾ですか、それは思いつきませんでした。」

「ま、何をどうするかは出来上がってのお楽しみってね。それで、手配できそうか?」

「もちろんです、喜んで手配させて頂きます。」

よし、とりあえず仕込みは一つ出来そうだ。

後でルティエに話を持ち掛けてみるとしよう。

でもなぁ、せっかく仕入れるのであればもう少しバリエーションが欲しい物だが。

「他に珍しい貝とかはないか?出来れば色鮮やかでアクセサリーなんかに使えるものがいいんだが。」

「色鮮やか、ですか。そうですね・・・。」

ジャニスさんは腕を組み少し俯いて思案している。

その間に後ろを見てセーラさんに声をかけ、持って来てほしい物を伝える。

返事の代わりに小さく頷いてセーラさんは静かに部屋を出て行った。

「花貝の他に、いくつか候補はございますが私も現物をあまり見たことが無くて。もう一度こちらに来るときに現物を持ち込む感じでよろしいでしょうか。」

「あぁ、とりあえずどれも急ぎはしないから今度果物と一緒に持って来てくれ。」

「かしこまりました。」

南方にはまだまだ使えそうな素材が山ほどありそうなだけに、実際に現地に行って確認してみたいものだ。

その為にもジャニスさんには最高の旅行コースを提案してもらわないとなぁ。

商談終了後、屋敷の外までジャニスさんを見送り大きく深呼吸をする。

気温が上がり少し汗ばむような気候になって来た。

いよいよ夏。

夏といえば今準備しているネイルの発売も待っている。

今回仕入れる予定の花貝はそれに使うつもりだ。

問題は入れ物の方なんだよなぁ。

何かいい物ないものか。

「シロウ様、準備が整いました。」

「早いな。」

「屋敷に使えそうな素材がございましたので。あの、見学してもよろしいですか?」

「もちろん構わないぞ、意見は多い方がいいからな。」

「ありがとうございます。」

準備をしてくれていたセーラさんと共に裏口から地下の製薬室へと移動する。

アネットは不在のようだが中央のテーブルには手配してもらっていた素材が置いてあった。

「シャドウプラントの樹液にプロボックス、それと宝石の屑石です。」

「それじゃあ早速始めるとしよう。まずは箱の上に樹液を多めに流してコーティングして、さらにその上から屑石をちりばめる。」

「上からちりばめることで流れ出るのを防ぐわけですね。」

「側面に流れた分はヘラで落としてしまって、ひとまずこのまま外へ出る。」

爪を乾かすとき同様、日光に当たると樹液が固まりひっくり返しても落ちなくなった。

同じ要領で上部だけでなく側面にも屑石をちりばめて固定。

多めに垂らした事で爪のときよりもしっかりと硬くコーティングされているようだ。

上から触ってもそんなにごつごつしていない。

「ひっくり返しても落ちませんね。」

「とりあえずこの箱なら問題ないか。個人的にはもう少し高級感のある箱を使いたいんだが、それは後で布張りでもすればいいだろう。どう思う?」

「これは何に使う箱でしょう。」

「そうだな、化粧品やネイルを仕舞う為の箱につかうのはどうだ?この感じでも綺麗ではあるが、さっき見た花貝ならより華やかな感じになると思うんだが。」

「ようは宝石箱ですね。」

「そんな感じだ。せっかくなら楽しい気分になるのがいいよな、異国感って言うかあの感じはダンジョンの花にも出せそうにない。」

「確かにあの鮮やかな色使いは素敵でした。」

豪華な宝石をあしらった宝石箱なんてのはよく聞くが、鮮やかな貝をあしらった箱ってのは残念ながら聞いたことがない。

強度的に問題はありそうだが、コーティングすることで衝撃に多少強くなる上に宝石箱を無碍に使う人はいないだろう。

樹液もお湯には反応するが高温や湿度では溶け出したりしないので、部屋の中で大事に仕舞われるようなものなら問題ないはずだ。

化粧品や爪のケア商品が市場に出回っている中で、それを収納できる綺麗な箱が売りに出されたら間違いなく売れる。

その自信がある。

もちろん貝をあしらうだけでなくルティエ達に頼んで、それ用に何かデザインしてもらってもいいかもしれない。

宝石箱なら自分達も使える道具だけに色々と知恵を貸してくれるだろう。

あとは、花貝のほかにどんな物が見つかるかだが・・・。

「アクセサリーに出来る貝があればいいんだけどなぁ。」

「夢が膨らみますね。」

「だな。とりあえず固まることは確認できたから後は内側をどうするか考えるとしよう。ちなみにセーラさんは蓋を開けた時にどんな見た目ならうれしい?」

「そうですね・・・。」

女性が使うものだけに女性の意見はとても大切だ。

まずは屋敷全員の意見を集約して、それから娼館でアンケートをとるのもいいかもしれない。

彼女達にとって宝石は武器のようなものだ。

それを仕舞う為の箱なんだし、いい感じの答えが聞けるかもしれない。

たかが貝と侮るなかれってね。
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