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910.転売屋は爪を塗る

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街では爪磨きがブームになっていた。

老いも若きも自らの爪を綺麗に磨き、ピカピカになった爪を見てご満悦の様子。

もちろんうちの女達もそれに違わず各自が爪のケアに余念がない様だ。

エリザなんかは自分の指にコンプレックスがあるからか、尚の事ご執心である。

もっとも、尖らせたりする訳ではないので子供達を抱くには何ら問題もないんだけど。

「な~んか地味なのよね~。」

「そうか?前よりもすべすべで綺麗になって来たぞ?」

「そうなんだけど、ほら私の指って武器の握りすぎでごつごつじゃない?だからキキとかハーシェさんみたいに柔らかくないし。だから爪を磨いてもあんまり可愛くないという。」

「そういうもんか。」

「まぁ、シロウが喜んでくれているならそれでいいんだけど。」

「じゃあ塗ったらどうだ?」

元の世界じゃ爪を磨いた後は色を塗ったり飾りをつけたりと色々していたはずだ。

それはもう職業としてネイリストが存在しているぐらいだからかなりの儲けが出るんだろう。

そうじゃないと生活できないからな。

爪を磨くだけじゃなく飾る。

とはいえ、冒険者がゴテゴテしたのをつけて戦いになりませんでしたじゃ意味ないからな。

塗るぐらいなら問題はないだろう。

「塗るって何を?」

「いや、色を。」

「え、そんな事出来るの?取れない?色変えたいときはどうするの?」

「いや、そこまではくわしくないが元の世界じゃ普通に誰でも色塗ってたからなぁ。別に専門の人に頼まなくても自分で色塗ってる人いたし。」

興味がなくてその辺は全然知らないが、雑貨屋に行けばその手の品は山ほど売られていた。

普通に塗るだけのやつもあれば、紫外線に当てて固めるやつもあったし、なんなら塗った上に乗せるビーズなんてのもあったな。

それをこの世界でやるとして、一体何を塗ればいいんだろうか。

除光液は例の漂白剤でいいかもしれないけれど塗る方だよなぁ。

絵具ってわけにもいかないだろうし、水に強くてそれでいてはがれにくい物。

うーむ、わからん。

「って事で、なにかいい物知らないか?」

「最近僕を手軽な相談役か何かだと思っていないかい?」

「むしろ本ってのは手軽に知識を得るための物だろ?」

「それを言われると何も言い返せないじゃないか。」

知りたいことがあればすぐ図書館へが最近の流れになっている。

もちろん魔物系の事ならばキキに相談するのだが、今回は知識系だからなぁ。

結果的に魔物の素材って可能性は十分にあるが、わからなければい聞いてみるに限る。

「理想は発色が良く、それでいてすぐにはがせるようなものがあれば最高だ。」

「画材関係の本なら色々あるけど、そんな便利な物は生憎とわからないなぁ。せめて素材名とかないのかい?」

「それが分かっていれば苦労しないって。」

「うーん、困ったなぁ。」

流石のアレン少年でも情報が少ないとどうにもならないようだ。

情報量を増やすか、それとも精査するか。

俺が求めている素材は何か今一度よく考えてみる。

「それなら太陽光で硬化する様な素材はないか?できれば液体で。」

「ふむ、それならシャドウプラントだね。太陽に当たると樹液が固まってしまうダンジョンや洞窟の奥に生える植物だよ。確か詳しく描かれた図鑑があったはずだ、持って来よう。」

さすが生き字引、この少ない情報で最適な物を導き出すとは。

物知り博士っていうのか、昔はこういう人がたくさんいたんだろうあぁ。

運ばれてきたのは鮮やかな緑色をした図鑑。

中には元の世界では見た事のない植物がたくさん描かれている。

普通の植物もあれば、植物系の魔物もあってページを捲るだけでも面白い。

「シャドウプラントは・・・こいつか。」

「植物というと緑色が多いけど、これは陽の当たらない所にいるせいでほぼ透明みたいだね。」

「って事は樹液も透明なのか。」

「樹液そのものは透明でサラサラ、他の物ともよく混じる。ただし、太陽の日を浴びると樹液が固まってしまうんだ。主に屋外の建築物なんかに使われるんだけど、お湯に弱いから夏場雨が降っただけでも効果が緩くなるから一時固定に使われている素材だね。保存するには太陽光が当たらないよう瓶ではなく陶器の入れ物に入れるといい。」

さすが本も見ないで書かれている内容をすらすらと読み上げてしまう。

メルディもそうだが時々ものすごい記憶力の人がいるよなぁ。

俺の相場スキルの様に何か特別なスキルで覚えているんだろうか。

便利そうだけど、一度読んだ内容を覚えてしまうと同じ本を二度読めなくなるというデメリットもあるな。

「ふむ、後はどうやって色を作るかか。」

「それなら果物から色を取ったらどうだい?」

「ん?果物?」

「それか花でもいい、ダンジョンの中には様々な色があるだろう?折角爪を彩るんだ、わざわざ絵具を混ぜるなんてもったいないじゃないかな。」

この少年、見た目の割に中々女たらしなことを言うよな。

もっとも、見た目が少年なだけで中身は俺みたいなオッサンなのかもしれないけど。

「ふむ、それはいいかもしれないな。ちょうど果物を大量に仕入れてきた所だし、試しに作ってみるか。」

「お礼はいつもみたいに甘い物でいいよ。」

「それならこの間作ったキウィのジャムがある、後で誰かに持ってこさせよう。」

「それなら一緒にスコーンもよろしく。」

ちゃっかりおまけも追加されてしまったが、いい素材を教えてもらったのでそれぐらい朝飯前だ。

図書館を後にして、一度店に寄って在庫がないか聞いてみたが残念ながら買い取ってはいなかった。

「シャドウプラントの樹液ですか?ありますよ。」

「え、マジで?」

仕方ない冒険者ギルドに依頼を出すか、と気持ちを切り替える前に店に遊びに来ていたルティエがまさの提案をして来る。

っていうかなんでそんなものをルティエが?

「アクセサリーを一時的に固定するのに使うんです。もしかしてまた何か思いついたんですか?」

「そんな所だ。でかした、あとでキウィのジャムを差し入れてやる。」

「え~、それなら美味しいお肉が良いです。お肉食べたいです、お肉食べに行きましょうよ。」

「エリザかよ。」

「最近忙しくてお肉食べてないんですよね~。だからね、行きましょう!」

「あ!私も行きたいです!」

「あー、わかったわかった、とりあえず今作ろうとしてるやつが出来たらな。」

「やった!約束ですからね!」

あまりにもしつこくてついオッケーしてしまったが、来るのはこの二人だけだよな?

まさか職人全員とか言わないよな?

一度ルティエの店に戻って小さな壺に入った樹液を分けてもらい、それを手に屋敷へと戻る。

日光を当てられないので作業場はアネットの地下工房だ。

『シャドウプラントの樹液。光の入らない所に生息するシャドウプラントは色を持たず、半透明の体を多量の樹液で満たしている。樹液は日光に弱く浴びると数分で固まってしまうが、少し熱い程度のお湯をかけるとお湯に溶けだしてしまう。その性質を生かして簡易の接着材に利用されることが多い。最近の平均取引価格は銅貨30枚。最安値銅貨20枚、最高値銅貨45枚、最終取引日は13日前と記録されています。』

「これがシャドウプラントの樹液ですか。」

「見た感じ少し粘度のある水って感じだが、こっちがさっき太陽を当てたやつだ。」

「あ、硬くなってます。」

木の棒に樹液をつけて太陽にかざすと、ものの二・三分で若干白濁した感じで固まってしまった。

魔灯の明かりでは固まらなかったので、おそらくは太陽に含まれる光、それこそ紫外線みたいなのに反応しているんだろう。

「で、話ではこれをお湯につけると元に戻るらしい。砂時計の準備は良いか?」

「いつでも。」

「それじゃあいくぞ。」

手を入れて少しぐらいのお湯に木の棒を入れ、硬くなった部分を二人で見つめる。

すると五分ほどで半透明の部分がじんわりと透明になった。

棒を取り出すもそこには何もついていない、どうやらお湯に溶けてしまったようだ。

「すぐに取れる感じじゃないが、この分なら風呂に入るぐらいで全部取れるな。」

「簡単に取れるのは良いですが、毎回塗り直すのはちょっとめんどくさいですね。」

「その代わり日替わりで色を楽しめると考える事も出来るだろ。もしくは厚塗りすると時間が伸びるとか。その辺は改良が必要だが物としては悪くなさそうだ。後は、着色だな。」

「昨日の二つとは別に、マジックアップルとスノーピーチを用意しました。」

「良く手に入ったな。」

「月末にビアンカが来た時にもらったんです。中身は食べちゃいましたけど。」

まぁ今回は着色だけなので中身は不要だ。

調合用の機材を使って皮から色素を分離、樹液に混ぜると淡い感じの色に染まった。

それを試しにアネットの指に塗ってみる。

親指を除いた四本の指が緑、黄、桃、赤とカラフルに染まりそのまま裏口から外へ。

「思ったよりも良い色だな。」

「もっと白濁するのかと思いましたけど、これだけ明るいなら綺麗に見えますね。」

「よし、しっかり固まったな。それじゃあ今度は指をお湯につけるぞ。」

「はい!」

再び地下室へと戻り、お湯に手を付けてみると指でも同じ結果になった。

塗るのも剥すのも簡単、普段から手入れをしておけば見栄えもする。

まだまだ改良する部分はあるが、思った以上に理想形に近いな。

まずはエリザ達にも試してもらって、それから冒険者と奥様方の需要を探ろう。

オリンピアの店に来ている客をモニターにするのもいいかもしれない。

もし反応が良ければそこから量産するための算段を立てて・・・。

「御主人様楽しそうですね。」

「そりゃな。化粧品に代わる新しい商材だ、しっかりと準備して夏に売り出すとしよう。」

「後一か月、楽しみです。」

「他に欲しい色があったら教えてくれ、10色ぐらいは準備したい。」

「そんなにですか?」

「色々あった方が楽しいだろ?」

「それはまぁそうですけど。」

少量でもいいんだが、こう言ったものは数があった方がついでにもう一本と手が出やすい。

樹液そのものの値段は安いので、着色料さえあれば数を増やすことは容易だろう。

あとは、それを入れる入れ物をどうするかだ。

見た目に綺麗でそれでいて日光を防いでくれるような素材があればいいんだが・・・。

ま、まだ時間はあるしじっくり考えるとしよう。
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