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902.転売屋は乾燥剤を探す

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珍しく曇天の春の日。

この時期は比較的晴天が続くはずなのだが、今日は朝から分厚い雲が広がっていた。

屋敷の備蓄が少なくなったのでハワードとドーラさんを連れてモーリスさんの店に向かっているのだが、帰りに降られるのは勘弁願いたい。

いつもならばモーリスさんの手配した業者が買い付けた品を運んできてくれるのだが、その人がけがをしてしまったらしく搬入が遅れているようだ。

こちらとしても例の人物がやってくる夏に向けて色々と準備をしたかったので、ちょうど良かったといえばちょうど良かったのかもしれない。

自分が作った料理を国王陛下が口にするという事もあり、二人のやる気はかなりの物だ。

俺ならプレッシャーで押しつぶされそうなもんだが、そういうわけではないらしい。

ほんと、ポジティブだなぁ。

「いらっしゃいませ。あ、皆さんようこそお越しくださいました。」

「こんにちはアンナさん、お世話になってます。」

「ウ、コンニチハ。」

「アンナさんも元気そうで何よりだ。あれ、モーリスさんは?」

「申し訳ありません、主人は今裏の倉庫でして。」

産後の肥立ちが心配だったアンナさんもすっかり元気になったようで、今日も元気いっぱいに迎えてくれた。

なんでもお子さんは教会の託児所に預けているらしいとマリーさんから聞いている。

当初は世話をしながらという事だったのだが、やはり共働きでは中々に難しいようだ。

とはいえ、年の近い奥様方との繋がりも出来て色々とプラスになることも多いと聞く。

これが俗にいうママ友というやつになるんだろうか。

しかし、アポを取っていたにもかかわらず遅れて来るとは、モーリスさんにしては珍しいな。

「はぁ、どうしたもんか。」

「お、モーリスさん。どうかしたのか?」

「これはシロウ様!申し訳ありません、遅れてしまいまして。」

「今来た所だし気にしないでくれ。とりあえずハワード、ドーラさん、アンナさんと一緒に補充分の選定を頼む。」

「上限は?」

「この前みたいにならない程度で頼むぞ、一応グレイスにもクギは刺されてるんだから。」

「へへ、わかりました。」

自分の金じゃないのをいいことに、高級食材ばかりかき集めた前例があるからなこの男は。

一応クギはさしておいて、後で確認すれば大丈夫だろう。

多分。

買い付けは任せつつ、困り顔のモーリスさんの話を聞く。

どうやら思ったよりも状況は深刻なようだ。

「湿気か。」

「はい。倉庫のどこかで雨漏りしているのでしょう。調査しようにも奥まで荷がいっぱいですぐに調べられないんです。はぁ、このままでは乾物に被害が出かねません。」

「うちの倉庫ならそれなりに空きはあるから避難させることはできるが、根本的な解決にならないしなぁ。」

「他の物も常に乾燥させておく必要がありますので。困りました。」

大きなため息とともにうなだれてしまうモーリスさん。

乾物に湿気はご法度。

元の世界ならシリカゲル的な物を入れておけばそれなりに何とかなるが、生憎この世界ではお目にかかっていない。

確かあれって科学化合物だよな?

除湿系で思いつくのは炭や重曹を置いておくっていうばあちゃんの知恵的なやつだが、本職に比べると効果は薄い。

流石に乾燥剤の原料までは覚えてないなぁ。

シリカゲルって何で作ってるんだろう。

「何か力になれればよかったんだが、とりあえず荷物を移動させたい時は遠慮なく相談してくれ。今は比較的余裕があるからメルディに言えば場所を開けてくれるはずだ。」

「その時はお願い致します。すみません、このような愚痴を漏らしてしまいまして。」

「気持ちはわかる、こういう商売だし商品がダメになるのはキツイよな。」

「シロウ様のおかげで前以上に取引が増えた矢先のことでしたので。それよりも今日は買い付けでしたね、ちょうど良い西方からの荷が届いた所なんです。是非見て行ってください。」

「それは楽しみだ。」

気分を切り替え、届いたばかりのとっておきの品々を色々と買い付けさせてもらった。

緑茶の茶葉が手に入ったのは嬉しい限り、粉末も悪くはないんだがやっぱり茶葉だと香りが違うんだよな香りが。

後はワサビと紅ショウガ。

そう、紅ショウガだよ。

あるとは思っていたがまさかこっちまで流れて来るとは思っていなかった。

さすがモーリスさん、俺の好みをよく理解してる。

ハワード達も良い感じで買い付け出来たようで、会計後の荷物の搬入は二人に任せて俺は別行動をとることにした。

まぁ行く場所は一つだけだ。

「やぁいらっしゃい、忙しそうだね。」

「新しい本を読む暇もない。そして今日も別件で来たんだ、乾燥剤を探してるんだが該当するものはあるか?」

調べものといえば図書館。

俺の世界に存在するものが無くても、こっちで流用できるものがあるかもしれない。

そんなときは生き字引に相談するのが一番だ。

「乾燥剤?」

「湿気を取ったり、一緒に入れておくと湿気るのを防いでくれるような奴だ。空気が乾燥するようなものでもいいぞ。」

「うーん、なんとなく言いたいことはわかるけど、ちょっと待ってくれるかな。」

今の説明で該当するものが見つけられるのか。

本当に彼の頭の中はどうなってるんだろうな。

いつもの席で待つこと・・・三分。

あれ、いつもより早い。

「該当するのはこの二冊だけだった。これでわかるといいんだけど。」

「むしろ候補があるだけ有難い。」

「一つは乾燥薬草を痛まないようにする粉末で、もう一つは倉庫のカビを防ぐ炭らしい。」

「個人的には前者だな。」

「それならこっちだね。」

渡されたのは薬師向けの入門書だろうか。

ラックさんに渡したら喜びそうなものだが今日は別件なのでスルーしよう。

もしかしたら敵かもしれない人に塩を贈るつもりもない。

中に書かれていたのはブルーペッティーネという貝の貝殻を使った乾燥剤だった。

なんでも大量の貝殻を粉末にして高温で熱することで水分を吸収する粉に変化するんだとか。

ただし吸収するといっても自然吸収だけで、上から水をかけると高温を発するらしい。

どのぐらいの高温になるかは不明だが、その辺を気をつけてやればうまくいくかもしれない。

元々乾燥しているものを湿気ないようにする為なので、そもそも水に触れる心配はない。

とはいえ油断は禁物、というか再現できるかも今はまだ分からん。

とりあえず貝を回収するところからだな。

「どうだった?」

「んー、まずは再現するところからスタートって感じだ。」

「そうか。本も湿気に弱いから流用できればと思ったんだけどね。」

「なるほどなぁ、もしうまくいきそうなら持ってくる。今はどんな湿気対策をしてるんだ?」

「そうだね、大きな炭を各所に置いて吸湿してるんだけどおまけみたいなものかな。」

つまりあまり効果はないって事なんだろう。

図書館を出た足で取引所へ。

いくつか売りに出されていたので全て買い占めることにした。

店員の話によるとごくありふれた食用の貝らしく、このあいだの巻貝よりは大きいようだ。

ちょうど殻があったので見せてもらったが、なんていうかまんまホタテだった。

色は鮮やかな青色だが、まるでどこぞの美女が胸を隠すのに使いそうな見覚えのあるフォルム。

間違いない。

『ブルーペッティーネの殻。鮮やかな青色をしたペッチューネの一種で、身は食用として一般に取引されている。殻は顔料としても用いられるが肥料などには向いていない。非常に高温で熱することにより殻が白く変質し、それを粉にした物に水をかけるといっきに発熱する為注意が必要。最近の平均取引価格は銅貨6枚。最安値銅貨2枚、最高値銅貨10枚。最終取引日は9日前と記録されています。』

ふむ、やはり加熱することで変質すると鑑定結果には出ているが、具体的ににどのぐらいかまではわからないなぁ。

殻は顔料にも使われるのか。

フェルさん用にいくつか用意しておいてもいいかもしれない。

とりあえず代金を先払いして後で屋敷に運んでもらうように手配しておく。

さて、後はどうやって加熱するかだが・・・。

「うーむ、どれも普通だなぁ。」

「むしろ普通じゃないって何よ。」

「なんていうか、もっとこうとてつもなく熱くなるのって無理かな。」

「どのぐらい?」

「マートンさんが叩いてる金属ぐらい。」

「さすがにそれをここで再現するのは無理でしょ。」

裏庭に加熱用の道具をいくつか並べてみたのだが、どれも似たり寄ったりであまり違いが感じられなかった。

携帯用コンロ、焚き火、火の魔道具、そしてキキの魔法。

とりあえず魔法が一番火力がありそうだったのだが、持ち帰った殻を焼いてもらっても変化はない。

タダ加熱するだけでこれ以上の高温にするのは難しそうだ。

「だよなぁ。」

「そこまでしなきゃいけないものなの?」

「まぁ、目的はモーリスさんの為なんだが再現できれば色々使い道があると思ってる。」

「例えば?」

「湿気に弱い薬草を長期保存できたり、入れておくだけでクッキーがいつ食べてもさくさくになる。」

「それは重要ね。」

二人してウンウンと力強くうなずきあう。

しんなりした奴が悪とは言わないが、やっぱりサクッとしたやつが一番だ。

ってそうじゃなくて、もっと加熱できればって話なんだが・・・。

「あ。」

「どうした?」

「前に燃料を集めた時にオーガ白炭を仕入れたでしょ?あれを使えないかしら。」

「あー、そういえばあったなそんなの。」

「あの時は火力を下げる為にファットボアの脂を使ったけど今回は火力が欲しいわけだし、しっかり空気を入れてやればかなりの火力になるんじゃないかしら。」

「ふむ、やる価値はあるか。」

燃料問題が解決した後は火気厳禁の状態で保管してあったはずだ。。

いつまでも置いていたって使い道はないし、下手に火がついたら大変なので処理するにはいい機会かもしれない。

倉庫から運んできたタイミングで、取引所からペッティーネが運ばれてきた。

その数30。

「結構な量ねぇ。」

「とりあえずこっちはこっちで加熱しつつ、届いた分は焼いて食っちまうか。」

見た目は食用に向いてなさそうな色をしているが、コンロであぶっていると口が開き、なかから大きな貝柱が姿を現した。

うん、ホタテだ。

フツフツと汁が茹で上がったところに醤油をかけてバターを乗せる。

あ、ヤバイ。

むちゃくちゃ美味そうなにおいがする。

夕飯を前にして、匂いに釣られてぞろぞろと皆が裏庭に出てくるぐらいに。

「お館様、いったいなんですかこの美味そうなやつ。」

「ちょいと試したいことが合って買い付けたんだが、とりあえず殻が欲しいから皆食べてくれないか?」

「え、中身が目的ではなくて?」

「その予定だったんだが、味次第では中身も考えなくはない。」

味がよければ前みたいに畑で売り出してもいいかもしれない。

もちろん殻が有効利用できればの話ではあるのだが、最悪使えなくても顔料にしてしまうという手もあるしな。

「ねぇ、シロウ見て!」

「どうした!」

エリザの慌てたような声に急いで向かうと、そこには新雪のような鮮やかな白色に変化した貝が火にかけられていた。

近づくのも憚られるような高温。

なるほど、コレだけ熱ければ変化するのか。

さすがに温度が高すぎて白炭自体もすぐにボロボロになってしまったが、まだまだ在庫はあるので一気に消費してしまうとしよう。

とりあえず使用できるめどは立った、後は実際に効果があるのかだが・・・。

ま、とりあえず食ってから考えるかな。
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