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899.転売屋は爪を磨く
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「お姉様、市場に爪をピカピカにしてくれる職人さんが来ているみたいですよ、行ってみませんか?」
朝食時、オリンピアがマリーさんを市場に誘っているのを耳にした。
ふむ、爪を磨く職人か。
元の世界ではネイリストとかいって、爪を磨いたり爪に色を塗ったりする仕事があったなぁ。
男性でも爪が傷むからと何かを塗っている人もいた気がする。
俺はほら、万年ずぼらなのでそういった事は一切してこなかった。
そのおかげで爪には縦筋が入り、決して綺麗な状態ではなかっただろう。
爪切りも適当でガタガタだったしな。
この世界に来てからは体が若くなったおかげで新陳代謝も盛んなのか、比較的綺麗な方だと思うんだが・・・。
「シロウ様も気になりますか?」
「んー、自分の爪には興味ないが皆は気になってるんだろ?」
「えへへ、実は。」
「私も龍宮館にお薬を持って行った時に、娘さんたちが話しているのを聞きました。」
「ふむ、固定の店を持っていないってことは流れの職人なんだろう。せっかくだし皆で見てもらいに行くか。」
「え!いいの!?」
エリザが大きな声を出して立ち上がる。
なんだ、そんなに興味あったのかお前は。
そんな感じで急遽決まった爪磨き体験ツアー。
先行してキキが市場の様子を見に行ってくれた。
王族を連れて行くのであまりにも混んでいるようだったらある程度の配慮をしなければならない。
一応オリンピア専属の護衛隊にも話をして辺りを警戒してもらう必要があるしな。
いずれ平民になればそんな事をする必要も無くなるのだが、今はまだやんごとなき身分なので致し方ない。
本人はあまり気にしていないようだが、預かっている身としてはもしもがあっては困る。
特に父親が夏にやってくる前だしな。
「ということで、大人数で詰めかけてしまい申し訳ない。」
「そんな!名誉男爵様の奥方様をお相手できるなんて光栄です!」
「あー、そこまでかしこまらないでくれ。貴族って言っても元は平民だし、こいつはただの冒険者。」
「私達は奴隷ですのでどうぞお気遣いなく。」
まぁ、本物の王族はいるのが変にかしこまられても困るのでその辺はスルーしておいた。
キキが先に行って話をつけてくれたおかげで、開店早々貸し切りという事で対応してくれることになった。
他の客には申し訳ないが少し待ってもらおう。
露店には対面の椅子と小さな机、その横には作業用の道具が入っているであろうチェストが置いてあるだけ。
いや、よく見ると後ろで携帯コンロにヤカンが置いてある。
ふむふむ、そんなに特別な物を使うわけじゃなさそうだ。
「では誰からしましょうか。」
「はい!」
「いや、なんでお前なんだよ。」
「良いでしょ、別に。」
「どうぞエリザ様、ルカ君は私があやしておきますので。」
「えへへ、マリーさんお願いね。」
元はオリンピアがマリーさんを誘ったはずなのになんでエリザが先なのかはわからないが、二人とも特に気にしていない様子なのでスルーしよう。
女達には女達の関係があるんだろうし、そこに男が顔を突っ込むのは野暮ってもんだ。
ルカをマリーさんが、シャルを俺が抱っこして皆がエリザの手に注目する。
「そんなに見られるとちょっと緊張してしまいますね。」
「あ、気が散るか。すまない。」
「いえいえ、大丈夫です!では始めます。」
深呼吸を二つした瞬間、さっきまでおっとりとした感じの表情が一気に引き締まった。
まずはエリザの手を取り、状態を確認。
全部の指を確認した後、ヤスリのような物をチェストから取り出す。
ヤスリといっても平べったい板のような感じだが、先端の感じから爪のようにも見える。
それが全部で五種類。
それを器用に使い分けながら、あっという間に10本の指を磨き上げてしまった。
「ひとまずこれで終わりです、では爪を温めますのでちょっと準備しますね。」
テキパキと道具を片付け、彼女はコンロにかけたヤカンのお湯をタライに入れる。
「ねぇ見て!こんなにピカピカ!」
「凄いですね、まるでお姫様の爪みたいです。」
「って、言ってるが本職はどう思う?」
「ここまで綺麗じゃなかったですよ。」
「つまりそれ以上の出来栄えってことだ。あんなにゴツゴツしてた爪がなぁ、正直しんじられん。」
どや顔で両腕を伸ばし、爪を自慢するエリザ。
いや、お前は何もしてないからな。
凄いのはこの人だからな。
冒険者としての一線を離れはしたものの、長年酷使した指や爪はすぐに治るわけもなくお世辞にも綺麗とは言えなかったエリザの爪が、まるで絵に描いたようにピカピカに磨き上げられている。
凄いもんだなぁ。
「お待たせしました、後はこっちのお湯に手を入れて下さい。香油を入れてあるのでリラックスできると思います。」
「わ、いい匂い。それにポカポカして気持ちがいい。」
「本当はじっくり甘皮も取りたいんですけど、この人数なのですみません。では、次の方どうぞ。」
時短の為に別の作業を並行するのか、その場の客数に合わせて臨機応変に対応出来るとはなかなかやるな。
その後も女達が順番に爪をピカピカにしてもらい、全員満足気な顔で最後に手入れをしてもらっているミラを待っていた。
「これでおしまいです、皆様お疲れさまでした。」
「こっちこそ無理言って押しかけたのに丁寧にしてもらった。いくらだ?」
「えーっと、6人なので銀貨9枚です。」
「え、そんなに安いのか?」
「安いですか?」
「あぁ、てっきり一人銀貨3枚ぐらいかかると思ったんだが。手際もいいし、何処かで店を出しているなら教えてほしいんだが。」
確かに大量に消耗品は使っておらず、使ったものといえば香油と爪を保護するオイル、それとヤスリぐらいな物だろう。
それでも技術料を考えればかなり安い。
この世界ではあまり爪をメンテするという文化がないからかもしれないが、絶対に流行ると思うんだがなぁ。
「王都にお店はあるんですが、今はちょっとお休みしてるんです。」
「なるほど、修行みたいなものか。」
「そんな感じです。」
なるほどなぁ、これだけの実力があれば十分やっていけそうなものだが王都ではそういうわけにはいかないんだろう。
場所が変われば需要も変わる。
とはいえ、これだけの実力ならやっていけそうなものだが。
「客層はどんな感じだ?住民がメインなのか?」
「そうですね、観光客や地元の方に使って頂いていました。とはいえ、やっぱりそれなりの値段はしますのでそんな頻繁にというわけにはいかなくて。」
「と、いう事なんだがオリンピア率直な意見を頼む。」
「え、私ですか!?」
「俺は客層が問題だと思う、貴族の中で爪を磨く文化はあるのか?」
「そうですね、身支度の一部にはありますがこんなに本格的な事はしてもらったことはありません。」
ならば客層の問題だろう。
どれだけいい仕事をしてもそれを使用する客に金銭的な余裕が無ければ再度使用してもらうのは難しい。
だが、その余裕がある相手ならそうとも言えない。
「旦那様は相手を変えるべきとのお考えなんですね。」
「だな。これだけの技術を埋もれさせるのはもったいないし、需要があるのならそこで腕をふるうべきだ。ここで店を出してほしいぐらいだが、王都にもう店があるのならばそこを閉めるってのはもったいない。」
「私としてはここでお店を出してくれる方が嬉しいけど、そういうわけにもいかないもんね。」
「えっと、お話がよくわからないんですけど・・・。」
俺達だけで話を進めてしまっているせいで彼女が目を白黒させている。
恐らく王都にいただけあってオリンピアの正体に気が付いたって感じだろうか。
さっきから横目でチラチラと確認してるし。
「王都にイザベラという女がいるんだが彼女に連絡を取れるよう紹介状を用意しよう。彼女なら貴族に顔が利くし、この腕は然るべき相手には流行るはずだ。もちろん迷惑なら言ってくれてかまわないが・・・。」
「宜しくお願いします!」
せっかくのビジネスチャンスを逃すはずもないか。
元々王都で店を出せるだけのスキルはあるんだ、その場所さえ提供すれば問題無く活躍できるだろう。
目をキラキラと輝かせ、自分の次なるステップに興奮を隠せない感じだ。
本当ならエリザの言うようにここに店を出してもらった方が、街の女達は喜ぶだろうけど生憎とそれでは俺のしたいことが出来なくなってしまう。
我ながらせこいやり方だが、お互いにメリットがあるのならば悪い事ではないはずだ。
あと二日程街に滞在するとの事なので、ひとまず次の客の為に屋敷へと引き返す。
さーて、どうするかなぁ。
「失礼します。」
「ん、ミラか入ってくれ。」
執務室でイザベラへの手紙を書いていると、屋敷へと途中で別の場所に向かったミラが戻って来た。
何も言ってないし何も指示していないというのに、相変わらず仕事の出来る女だなぁ。
「それで、どうだった?」
「ご本人に確認を取りましたが、同業者は他にもいるそうで快く素材を教えてくださいました。」
「まぁ、王都でのステップアップを考えれば当然といえば当然か。」
「そこまで悪く捉える必要は無いと思います。すでにお店をお持ちでしたし、あの方がいなくなった後の事を考えると必要な事です。一度でも綺麗な姿を知ってしまったらそれを元に戻すのは大変ですし、私も綺麗なままでいたいと思います。どうですか?」
「綺麗だな、すべすべしていて柔らかくて。」
「ふふ、爪の話ですよ。」
差し出された手を握り、芸術品を眺めるように色々な角度から堪能する。
陶磁器のような白い肌に磨かれた爪が輝いていた。
俺もこの綺麗さを維持してもらえるのは嬉しいかぎりだ。
ミラが確認してくれたのは、爪を磨くために使っていた道具の種類。
それと同じようなことをして構わないか念のために確認を取ってきてくれたのだが、そっちの方も問題無いようだ。
同業者が他にもいるという事は俺が知らないだけでそれなりにポピュラーな仕事なのかもしれないけど、残念ながらこの街にはいないんだよなぁ。
もしかすると彼女の真似をして誰かが始めるかもしれないが、それまでは自分達でこの状態を維持しなければならない。
「それで、材料は何を使っているんだ?」
「グラススパイダーの針をヤスリに、オイルはアマンドの種子からとった物を使っているそうです。これは他の物でも代用できるそうで、イラソルの種もお勧めだとか。後は簡単なお手入れ方法を纏めてくださるそうで、紹介状と交換してくださるそうです。」
「そこまでしてくれるとは、正直助かる。」
「貴族を紹介して貰うなんて普通はありませんから、それだけの価値がシロウ様の紹介状にはあるんだと思います。」
「ま、全部イザベラ任せだしそこでやっていけるかは彼女次第だ。早速素材を確保して売り出す準備をしよう。美容関係だし販売はオリンピアに任せるつもりなんだが、いいよな?」
化粧品の販売にも慣れてきたところだし、新しい商材を任せてもいいかもしれない。
正直カーラが化粧品から手を引いた後どうしたもんかと悩んでいたんだが、ひとまずはこれで何とかやっていけるかもしれない。
爪は磨くだけじゃなく色を塗ったり飾ったりできたはず、そっち関係の素材をじっくり探して行くとしよう。
大丈夫、まだまだやれることはある。
「適任だと思います。」
「なら早速動くとしよう。」
善は急げだ、急ぎギルドに行って素材を手配。
売り出しの準備を始めよう。
全ては金の為、それと女達の美しい爪の為に。
朝食時、オリンピアがマリーさんを市場に誘っているのを耳にした。
ふむ、爪を磨く職人か。
元の世界ではネイリストとかいって、爪を磨いたり爪に色を塗ったりする仕事があったなぁ。
男性でも爪が傷むからと何かを塗っている人もいた気がする。
俺はほら、万年ずぼらなのでそういった事は一切してこなかった。
そのおかげで爪には縦筋が入り、決して綺麗な状態ではなかっただろう。
爪切りも適当でガタガタだったしな。
この世界に来てからは体が若くなったおかげで新陳代謝も盛んなのか、比較的綺麗な方だと思うんだが・・・。
「シロウ様も気になりますか?」
「んー、自分の爪には興味ないが皆は気になってるんだろ?」
「えへへ、実は。」
「私も龍宮館にお薬を持って行った時に、娘さんたちが話しているのを聞きました。」
「ふむ、固定の店を持っていないってことは流れの職人なんだろう。せっかくだし皆で見てもらいに行くか。」
「え!いいの!?」
エリザが大きな声を出して立ち上がる。
なんだ、そんなに興味あったのかお前は。
そんな感じで急遽決まった爪磨き体験ツアー。
先行してキキが市場の様子を見に行ってくれた。
王族を連れて行くのであまりにも混んでいるようだったらある程度の配慮をしなければならない。
一応オリンピア専属の護衛隊にも話をして辺りを警戒してもらう必要があるしな。
いずれ平民になればそんな事をする必要も無くなるのだが、今はまだやんごとなき身分なので致し方ない。
本人はあまり気にしていないようだが、預かっている身としてはもしもがあっては困る。
特に父親が夏にやってくる前だしな。
「ということで、大人数で詰めかけてしまい申し訳ない。」
「そんな!名誉男爵様の奥方様をお相手できるなんて光栄です!」
「あー、そこまでかしこまらないでくれ。貴族って言っても元は平民だし、こいつはただの冒険者。」
「私達は奴隷ですのでどうぞお気遣いなく。」
まぁ、本物の王族はいるのが変にかしこまられても困るのでその辺はスルーしておいた。
キキが先に行って話をつけてくれたおかげで、開店早々貸し切りという事で対応してくれることになった。
他の客には申し訳ないが少し待ってもらおう。
露店には対面の椅子と小さな机、その横には作業用の道具が入っているであろうチェストが置いてあるだけ。
いや、よく見ると後ろで携帯コンロにヤカンが置いてある。
ふむふむ、そんなに特別な物を使うわけじゃなさそうだ。
「では誰からしましょうか。」
「はい!」
「いや、なんでお前なんだよ。」
「良いでしょ、別に。」
「どうぞエリザ様、ルカ君は私があやしておきますので。」
「えへへ、マリーさんお願いね。」
元はオリンピアがマリーさんを誘ったはずなのになんでエリザが先なのかはわからないが、二人とも特に気にしていない様子なのでスルーしよう。
女達には女達の関係があるんだろうし、そこに男が顔を突っ込むのは野暮ってもんだ。
ルカをマリーさんが、シャルを俺が抱っこして皆がエリザの手に注目する。
「そんなに見られるとちょっと緊張してしまいますね。」
「あ、気が散るか。すまない。」
「いえいえ、大丈夫です!では始めます。」
深呼吸を二つした瞬間、さっきまでおっとりとした感じの表情が一気に引き締まった。
まずはエリザの手を取り、状態を確認。
全部の指を確認した後、ヤスリのような物をチェストから取り出す。
ヤスリといっても平べったい板のような感じだが、先端の感じから爪のようにも見える。
それが全部で五種類。
それを器用に使い分けながら、あっという間に10本の指を磨き上げてしまった。
「ひとまずこれで終わりです、では爪を温めますのでちょっと準備しますね。」
テキパキと道具を片付け、彼女はコンロにかけたヤカンのお湯をタライに入れる。
「ねぇ見て!こんなにピカピカ!」
「凄いですね、まるでお姫様の爪みたいです。」
「って、言ってるが本職はどう思う?」
「ここまで綺麗じゃなかったですよ。」
「つまりそれ以上の出来栄えってことだ。あんなにゴツゴツしてた爪がなぁ、正直しんじられん。」
どや顔で両腕を伸ばし、爪を自慢するエリザ。
いや、お前は何もしてないからな。
凄いのはこの人だからな。
冒険者としての一線を離れはしたものの、長年酷使した指や爪はすぐに治るわけもなくお世辞にも綺麗とは言えなかったエリザの爪が、まるで絵に描いたようにピカピカに磨き上げられている。
凄いもんだなぁ。
「お待たせしました、後はこっちのお湯に手を入れて下さい。香油を入れてあるのでリラックスできると思います。」
「わ、いい匂い。それにポカポカして気持ちがいい。」
「本当はじっくり甘皮も取りたいんですけど、この人数なのですみません。では、次の方どうぞ。」
時短の為に別の作業を並行するのか、その場の客数に合わせて臨機応変に対応出来るとはなかなかやるな。
その後も女達が順番に爪をピカピカにしてもらい、全員満足気な顔で最後に手入れをしてもらっているミラを待っていた。
「これでおしまいです、皆様お疲れさまでした。」
「こっちこそ無理言って押しかけたのに丁寧にしてもらった。いくらだ?」
「えーっと、6人なので銀貨9枚です。」
「え、そんなに安いのか?」
「安いですか?」
「あぁ、てっきり一人銀貨3枚ぐらいかかると思ったんだが。手際もいいし、何処かで店を出しているなら教えてほしいんだが。」
確かに大量に消耗品は使っておらず、使ったものといえば香油と爪を保護するオイル、それとヤスリぐらいな物だろう。
それでも技術料を考えればかなり安い。
この世界ではあまり爪をメンテするという文化がないからかもしれないが、絶対に流行ると思うんだがなぁ。
「王都にお店はあるんですが、今はちょっとお休みしてるんです。」
「なるほど、修行みたいなものか。」
「そんな感じです。」
なるほどなぁ、これだけの実力があれば十分やっていけそうなものだが王都ではそういうわけにはいかないんだろう。
場所が変われば需要も変わる。
とはいえ、これだけの実力ならやっていけそうなものだが。
「客層はどんな感じだ?住民がメインなのか?」
「そうですね、観光客や地元の方に使って頂いていました。とはいえ、やっぱりそれなりの値段はしますのでそんな頻繁にというわけにはいかなくて。」
「と、いう事なんだがオリンピア率直な意見を頼む。」
「え、私ですか!?」
「俺は客層が問題だと思う、貴族の中で爪を磨く文化はあるのか?」
「そうですね、身支度の一部にはありますがこんなに本格的な事はしてもらったことはありません。」
ならば客層の問題だろう。
どれだけいい仕事をしてもそれを使用する客に金銭的な余裕が無ければ再度使用してもらうのは難しい。
だが、その余裕がある相手ならそうとも言えない。
「旦那様は相手を変えるべきとのお考えなんですね。」
「だな。これだけの技術を埋もれさせるのはもったいないし、需要があるのならそこで腕をふるうべきだ。ここで店を出してほしいぐらいだが、王都にもう店があるのならばそこを閉めるってのはもったいない。」
「私としてはここでお店を出してくれる方が嬉しいけど、そういうわけにもいかないもんね。」
「えっと、お話がよくわからないんですけど・・・。」
俺達だけで話を進めてしまっているせいで彼女が目を白黒させている。
恐らく王都にいただけあってオリンピアの正体に気が付いたって感じだろうか。
さっきから横目でチラチラと確認してるし。
「王都にイザベラという女がいるんだが彼女に連絡を取れるよう紹介状を用意しよう。彼女なら貴族に顔が利くし、この腕は然るべき相手には流行るはずだ。もちろん迷惑なら言ってくれてかまわないが・・・。」
「宜しくお願いします!」
せっかくのビジネスチャンスを逃すはずもないか。
元々王都で店を出せるだけのスキルはあるんだ、その場所さえ提供すれば問題無く活躍できるだろう。
目をキラキラと輝かせ、自分の次なるステップに興奮を隠せない感じだ。
本当ならエリザの言うようにここに店を出してもらった方が、街の女達は喜ぶだろうけど生憎とそれでは俺のしたいことが出来なくなってしまう。
我ながらせこいやり方だが、お互いにメリットがあるのならば悪い事ではないはずだ。
あと二日程街に滞在するとの事なので、ひとまず次の客の為に屋敷へと引き返す。
さーて、どうするかなぁ。
「失礼します。」
「ん、ミラか入ってくれ。」
執務室でイザベラへの手紙を書いていると、屋敷へと途中で別の場所に向かったミラが戻って来た。
何も言ってないし何も指示していないというのに、相変わらず仕事の出来る女だなぁ。
「それで、どうだった?」
「ご本人に確認を取りましたが、同業者は他にもいるそうで快く素材を教えてくださいました。」
「まぁ、王都でのステップアップを考えれば当然といえば当然か。」
「そこまで悪く捉える必要は無いと思います。すでにお店をお持ちでしたし、あの方がいなくなった後の事を考えると必要な事です。一度でも綺麗な姿を知ってしまったらそれを元に戻すのは大変ですし、私も綺麗なままでいたいと思います。どうですか?」
「綺麗だな、すべすべしていて柔らかくて。」
「ふふ、爪の話ですよ。」
差し出された手を握り、芸術品を眺めるように色々な角度から堪能する。
陶磁器のような白い肌に磨かれた爪が輝いていた。
俺もこの綺麗さを維持してもらえるのは嬉しいかぎりだ。
ミラが確認してくれたのは、爪を磨くために使っていた道具の種類。
それと同じようなことをして構わないか念のために確認を取ってきてくれたのだが、そっちの方も問題無いようだ。
同業者が他にもいるという事は俺が知らないだけでそれなりにポピュラーな仕事なのかもしれないけど、残念ながらこの街にはいないんだよなぁ。
もしかすると彼女の真似をして誰かが始めるかもしれないが、それまでは自分達でこの状態を維持しなければならない。
「それで、材料は何を使っているんだ?」
「グラススパイダーの針をヤスリに、オイルはアマンドの種子からとった物を使っているそうです。これは他の物でも代用できるそうで、イラソルの種もお勧めだとか。後は簡単なお手入れ方法を纏めてくださるそうで、紹介状と交換してくださるそうです。」
「そこまでしてくれるとは、正直助かる。」
「貴族を紹介して貰うなんて普通はありませんから、それだけの価値がシロウ様の紹介状にはあるんだと思います。」
「ま、全部イザベラ任せだしそこでやっていけるかは彼女次第だ。早速素材を確保して売り出す準備をしよう。美容関係だし販売はオリンピアに任せるつもりなんだが、いいよな?」
化粧品の販売にも慣れてきたところだし、新しい商材を任せてもいいかもしれない。
正直カーラが化粧品から手を引いた後どうしたもんかと悩んでいたんだが、ひとまずはこれで何とかやっていけるかもしれない。
爪は磨くだけじゃなく色を塗ったり飾ったりできたはず、そっち関係の素材をじっくり探して行くとしよう。
大丈夫、まだまだやれることはある。
「適任だと思います。」
「なら早速動くとしよう。」
善は急げだ、急ぎギルドに行って素材を手配。
売り出しの準備を始めよう。
全ては金の為、それと女達の美しい爪の為に。
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