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898.転売屋は手紙を貰う

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激辛スープは思った以上に住民達や冒険者からの需要が多く、それに比例するようにいくつかの飲食店からレシピ購入の打診があった。

いつもと違い自己開発したものではない為販売をためらったものの、南方から来ていた労働者や冒険者からごくありふれた料理だと教えてもらったので思い切って公開することにした。

希望通り販売しても良かったんだが、一度流出すればいずれは俺を経由せずにレシピのやり取りが行われるだろう。

そうなると、金を払った人とそうでない人が出てきてしまう。

もちろんそれが悪いとは言わない。

俺はレシピで金を儲けることが出来るわけだし、その後に発生する不公平には関知する理由がない。

とはいえ、後々になって揉めるのはめんどくさいしなによりレシピを教えてくれと毎回時間を取られるのも邪魔くさい。

それならいっそ公開してしまって、自由にアレンジしてもらう方が自分で調理しなくていいので色々と都合がいいというわけだ。

それと、今回使用したデスキャプシカムは主に南方で採れる香辛料。

南方といえばジャニスさんだが、ちょうど新たな商材を持ってきた時に聞いてみると取り扱いしているようなので、少し無理を言って安く卸してもらうことに成功した。

ダンジョンでも手に入らないことは無いが、安定して供給できるのであれば俺から買ってもらえる可能性は高い。

モーリスさんに事情を説明して卸しを引き受けてもらったので、今後街で流行ればそれなりの輸入が見込めるだろう。

早くも麺を入れてラーメン風にしたり、ティーランド米を入れてリゾット風にしたりとアレンジした料理が続々登場している。

南方から来た人にとっては地元の味が食べられると喜んでもらっているんだとか。

連れ攫われた時はどうなる事かと思ったが、思った以上に収穫があってなによりだ。

「あー、腹減った。」

「ちょっと、さっきお昼食べた所でしょ。」

「それはそれ、これはこれ。何か口さみしいんだよな。」

「これはルカのだからね。」

そう言いながら乳を隠すようにクルっと反対を向くエリザ。

執務室に二人で遊びに来てくれたのだが、ルカが乳をねだったので窓際で授乳していた。

いくらエリザの乳が好きでも自分の息子が飲んでいるのを見て欲情する事は無いぞ。

失礼な。

「いや、流石に自分の息子に交じって吸おうとは思わないから。なんていうか、倫理的に無理。」

「そんなに拒否する程?まぁ、私も冗談で言ったんだけど。下に行ってなにか軽いもの作ってもらったら?」

「そうする。」

立ち上がり凝り固まった体をほぐしながら執務室を後にする。

口さみしいのであって無茶苦茶空腹って訳ではないんだよなぁ。

ガムみたいなのがあればいいんだが、生憎とあるのは干し肉ぐらい。

おやつの時間にはまだ早いが、クッキーとかあればいくつかいただいて戻るとしよう。

食堂に到着したものの、珍しくハワードもドーラさんの姿もなかった。

仕方ない、勝手に拝借するとしよう。

夜中に何度もつまみ食いしに来ているおかげで、どこに何を置いているかぐらいは把握している。

調理場に潜入し、向かって右から二つ目の下から二番目の引き戸を開ける。

えーっと、確かこの奥に・・・。

「旦那様?」

「うぉ!べ、別につまみ食いしようとしていたわけじゃないぞ!ってマリーさんか。」

「ふふ、そんなに慌てなくてもここは旦那様のお屋敷です。つまみ食いしても怒られませんよ。」

「それがそうでもないんだよなぁ。この前もハワードから『食べるのは構いませんが食べたなら食べた旨をメモしてください。』って怒られたんだ。」

突然の声に後ろを振り返ると、そこには女神のような笑みを浮かべたマリーさんの姿があった。

シャルがいない所から察すると寝かしつけた後なんだろう。

マリーさんも小腹が空いたって感じだろうか。

なら、共犯者は増やすべきだよな。

「そうだったんですね。」

「お、あったあった。ってことでマリーさんも共犯な。」

「ふふ、悪い事をするのってドキドキしますね。」

缶詰に入ったクッキーを発見、蓋を開け中身を二人で分ける。

この前のやつは俺が食べてしまったので新しいやつのはず。

これを食べきったらまた怒られてしまいそうなので、今度エリザに言ってクッキーを焼いて補充してもらうとしよう。

「そうだ、旦那様。」

「ん?」

「先程ローランド様の所から使者が来られまして、時間が出来次第私と共に来てほしいそうです。」

「ローランド様が?何かしたかな。」

「さぁ、そこまでは。」

別に何か特別な事をした覚えはないのだが、マリーさんと二人って所から察するに王家関係の何かだろう。

でもそれならオリンピアも呼ぶはずだよな?

向こうは向こうで声をかけているんだろうか。

「まぁ、行けばわかるか。おおかた仕事は終わってるから今から行こうと思うんだが、大丈夫か?」

「はい、今寝た所なのですぐに戻れば大丈夫です。ミミィちゃんも見てくれていますから。」

ま、遅くなればエリザが代わりに授乳してくれるから大丈夫だろう。

睡眠時間の確保のために、お互いに交代で授乳したりしているらしいし。

同時期に産んだからかエリザとマリーさんが前以上に仲良くなっている気がする。

いや、戦友という感覚かもしれないな。

ひとまず執務室に戻り、事情をエリザに説明してからエントランスへ。

部屋着から外出着に着替えたマリーさん、あの短時間で化粧まで済ませているとは流石だ。

外に出ようとしたところで扉が開き、ミラが外から戻って来た。

「おや、お二人共お出かけですか?」

「ローランド様に呼ばれたからちょっと出てくる。」

「そうでしたか。実はお二人にお手紙が届いているのですが。」

「手紙?」

「先程急ぎの手紙だと隣町から戻った冒険者より手渡されました。」

「あーーー、読む時間もないしとりあえず持って行って向こうで読む。」

ミラから受け取った手紙は二通。

そのどちらにも鮮やかな赤い蝋に王家の紋章が押されていた。

呼ばれた理由は間違いなくこれだろう。

ひとまず受け取り、ローランド様の屋敷へ向かう道中に開封する。

はぁ、マジか。

マジなのか。

「急な呼び出しで悪かったな。だが、呼ばれた理由はわかっているだろう。」

「先程手紙を受け取りまして、確認しました。」

「その、お父様が申し訳ありません。」

「本人の前でこういうのは何だが、陛下がロバート殿下を溺愛していたのは知っているが聊か度が過ぎるのではないか。孫ならもう何人もいるだろうが。それをあたかも初孫のように・・・。まったく、あの男は。」

ローランド様が苦虫を嚙み潰したように顔をしかめ、毒を吐く。

陛下をあの男呼ばわりできるってことはそれなりの関係なんだろうけど、未だ全容は不明。

しかしまぁ、そう毒づきたくなる気持ちもわかる。

まさに俺もそんな感じだ。

「まさか本当にシャルロットの顔を見に来るとは思いませんでした。」

「手紙では何度も遠慮するようにお願いしていたんですが、ダメだったようです。」

「親バカにも程があるだろう。他の息子共は止めなかったのか?」

「お兄様方も何度も止めてはくれたようですが、ダメだったと手紙には書いてありました。本当に申し訳ありません。」

さっきミラから受け取った手紙。

俺宛の手紙は陛下からの物で、マリーさん宛のはご兄弟からのものだったようだ。

俺の方には簡潔に『孫娘の顔を見に18月そっちにいくからよろしく』てな感じの文言が書かれており、そしてマリーさんの方には、『何度も止めたが聞く耳を持たずこんなことになってしまって申し訳ない、父をよろしく』的な内容になっていた。

息子に行くなって言われてるんだから少しは我慢しろよな、まったく。

でもまぁすぐに会いに来ない所から察するに色々と我慢したのは間違いないんだろうけど。

「名目は拡張工事の視察という事にもなっているし、こちらとしては断る理由もない。滞在中はお前に相手を任せる、くれぐれも頼んだぞ。」

「え、俺が?」

「当たり前だ。お前の娘に会いに来るんだぞ、お前が相手をするのが筋ってものだろうが。」

「ですが公務で来るのでは?」

「だからどうした。晩餐会を催した所で集まるのはいい顔を見せようとする貴族ぐらいなもの、その点お前の所であれば迎え入れる場所も名目も全て揃っている。名誉男爵に指名した本人がお前の仕事ぶりを確認しに来た事に加えオリンピア様の様子を見に来たんだ、滞在先であるお前の屋敷に泊まって何の問題がある。文句を言うやつがいれば、陛下が大げさな事を拒んだとでもいえば問題ない。なんなら私が言いくるめてやってもいい。」

確かにオリンピア様をうちの屋敷で預かっている以上、娘の様子を見に来たという名目は立つ。

店しかなかった時には陛下を迎え入れるなんて出来なかったが、屋敷を持ったことで可能になってしまったわけだ。

良かったのか悪かったのか。

っていうかアレだよな、ローランド様がめんどくさかっただけだよな絶対。

陛下が街に来た以上ローランド様が相手をするのは必須。

それでも俺の屋敷を使えば好きなタイミングで引き上げることが出来る。

ようは体のいい身代わりってやつだ。

やれやれ面倒なことになったなぁ。

いやまぁ、義理の父を捕まえてそんな事を言うのは大変失礼ではあるんだが。

エリザもハーシェさんもなんならミラも義理の父がいなかったので、どう接していいか想像がつかないんだよなぁ。

あの人をお義父さんっていうのか?

絶対に無理だ。

「はぁ、やるしかないか。陛下が来るって知ったらみんな驚くだろうなぁ。」

「驚くだけじゃすまないと思います。」

「グレイスもそうだしハワードなんて陛下の食事を作るわけだろ?倒れるんじゃないか?」

「くれぐれも粗相の無い様に頼むぞ、晩餐会は不要だが私もその場には同席する。食事にはもちろんダンジョン産の食材を使うように。それがここの伝統だ。」

「それならローランド様が迎えられては?」

「断る。」

いや断るってそんなに力強く言わなくても。

結局その場では詳しい話は聞けず陛下が来ることへのすり合わせだけでその場は終わった。

なにも暑い18月に来なくてもいいんじゃないかなぁとか思ったりもしたのが、マリーさん曰くそこが一番暇なんだそうだ。

そういやこの前王都に行ったのも夏だったが、そういう理由もあるのか。

こっちから行かなくていい分我慢しろってことなんだろう。

残された時間はあと三か月。

それまでに色々と準備しないとなぁ。

はぁ、やれやれだ。
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