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896.転売屋は連れ攫われる

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いつものように仕事を終え、買出しついでに畑に顔を出した時だった。

アグリから春野菜の進捗と貸し畑の状況を聞きながら、足元に絡んでくるレイの体を撫でる。

相変わらずモフモフで可愛いなぁお前は。

なぜかルフは来ないのだが娘に順番を譲ったような感じなんだろうか。

まぁいいけど。

「他に何か聞きたいことはございますか?」

「特に無いかな。月末の出荷準備は出来ているんだろ?」

「はい、出発当日に肉を詰め込めば問題ありません。氷室も出来たそうですので生鮮食品を多めに積み込むつもりです。」

「ここの野菜なら彼らも喜んでくれるだろう。引き続きよろし・・・ん?」

ふと強烈な背中に視線を感じ、後ろを振り向く。

そこにいたのは一人の少女。

距離は有るが間違いなく彼女だと分かる真っ赤な髪が風にたなびいていた。

「ディーネ?」

「あれはディーネ様ですね。どうされたんでしょうか。」

「わからん。最近はダンジョンから出てこなかったし、運搬も全部バーン任せ立ったからなぁ。珍しいっちゃぁ珍しいが。」

「あ、こちらに来られますね。」

ズンズンという効果音がピッタリの力強い歩みでこちらへと向かってくるディーネ。

それから逃げるように足元に絡んでいたレイが離れていく。

いったいどういう事だろうか。

表情は硬く、何か思いつめたような感じすらある。

もしかしてダンジョンで何かあったんだろうか。

「ディーネ、どうしたんだめずらし・・・。」

最後まで言い切る前に目の前の景色が、ディーネから空へと切り替わる。

それと共に最近おなじみになった急激な上昇感覚。

手足をじたばたさせ何とか体勢を立て直そうとするが飛べるわけもなく、くるくると回転しながら感じる浮遊感が次第にゼロに近づいていくのが分かった。

上昇が終われば次に待っているのは下降。

内臓を上に置いていく様な違和感と共に体がまっすぐ地上へと落下を始める。

正面には茶色い地面。

グングン近づいていくその中心が突然光と共に赤く染まった。

空を裂くような咆哮。

突然の事に耳をふさぐことも出来ず、頭を貫通するように音と圧が通り抜けていくのが分かった。

そして体が何かにぶつかり再び体が上昇を始める。

さっきと比較にならないような急激な上昇感覚に、ぶつかったままの何かにしがみつくことしか出来ない。

あまりの速度に目も開かず状況把握は何一つ出来ていないのだが、絶対の自信を持って言えるのは空を飛んでいるということだ。

こんなことが出来るのは二人しかいない。

そしてそのうちの一人がディーネだ。

「ディーネ!一体何なんだ!?なんで飛んでるんだ!?」

「うるさい!ちょいとだまっておれ!」

「黙ってられるか!このままだと落ちるんだって、こんな所で死ぬのはごめんだぞ!」

上昇速度に耐え切れず俺の体がずるずると滑っていくのが分かる。

必死に何かにつかまりながらうっすらと目を開けると、視界いっぱいに鮮やかな青色が広がっていた。

空だ。

間違いない、バーンとよく見る雲の上の世界。

圧倒的な群青色は何度見ても圧倒されてしまう。

って、圧倒されてる場合じゃなかった。

しがみつきながらも周りを見渡し、なんとか首らしき部分に手を伸ばして体制を整えることが出来た。

バーンと違う真っ赤な鱗。

やはり龍の姿になったディーネの上に乗っているようだ。

「とりあえず事情を説明してくれ。」

ポンポンと首元を軽く叩いてやるとやっと上昇速度が落ち着いた。

このまま上に上がられると酸素不足になってしまう。

実際今も少し息苦しいし。

そんな俺の状況に気づいたのか、少しずつ高度を下げながら水平飛行に入るもディーネは何も言わなかった。

最初とは違いなんとなく落ち着いた雰囲気は感じる。

今は問い詰めるよりも好きにさせておくほうがいいだろうな。

いつもは騎乗用の鞍があるのだが今日は何もないので、跨った状態でしっかりとしがみついて体を預ける。

「シロウ。」

「どうした?」

「その、急に連れ去って、悪かった。」

「まぁかなり驚いたが怒っているわけじゃないから気にするな。何か理由があるんだろう?」

「うむ。」

やっとディーネが声を発した。

一応悪いと思っているあたり、まずいことをしたという自覚はあるんだろう。

ならば俺が責める理由はない。

そりゃいきなり上空に放り投げられそのままつれさらわれたのは事実だが、だがそれだけだ。

何か害をなされたわけじゃないし、それを許容するだけの恩が俺にはある。

「聞かせてもらえるか?」

「そのな、別にたいそうな理由ではないんじゃ。その、なんていうか・・・。」

「なんていうか?」

「うらやましかったんじゃ。」

「ん?」

「バーンばかりシロウと共にあちこち飛び回り、更には現地で美味い物を食べる。方や私はダンジョンの奥底で留守番じゃ。今までなら何てことなかったかもしれないが、それが我慢ならなくなってしもうた。私だってシロウを背に乗せ飛び回りたいし、好きな場所に行って美味しい物を食べたい。そう考えてしまったら居てもたってもいられなくなってしまってな。」

「なるほど、それで俺を連れ去ったと。」

それで合点がいった。

ようは息子ばかり贔屓にされて寂しかったということか。

でもまぁそうだよなぁ。

俺のムチャ振りでバーンを育てることになり、それがひと段落したと思ったら今度はその息子ばかり可愛がられる始末。

地上に出たくても息子の手前恥ずかしいことは出来ないし、それでついつい足が遠のいてしまった。

結局我慢の限界が来て、火山が噴火するように大爆発してしまったと。

飛びながらもうな垂れてしまったディーネの体を何度も撫でてやる。

こうなってしまった原因の半分は俺にもあるわけだし、それに報いる必要があるだろう。

「すまぬ。」

「別にいいって。で、コレは今どこに向かっているんだ?」

「えぇっと、そうじゃな前に行った港町の方角じゃ。」

「せっかくだしそこに向かってくれ。今日はそこでデートしよう。」

「デート?」

「ようはバーンと同じことしたいんだろ?なら思いっきりやればいい、美味いもの食べて好きな物を買って、たまにはそんな時間があってもいいじゃないか。」

港町なら色々と見るものもあるし、美味い物もたくさん置いている。

拡張工事の進行具合も見てみたいと思っていたところなのでむしろ好都合だ。

せっかくならとことん楽しまないと損ってもんだろ?

「じゃが仕事はどうする。」

「今日の分は終わってるし、明日までに戻れば問題ない。今からなら行って帰っても十分に時間はあるだろ?ならとことん遊ぼうぜ。」

「本当に?本当にいいのか?」

「だから大丈夫だって。時間も時間だしとりあえずついたら飯だな。バーンは肉ばっかりだったがディーネはどうする?お勧めは魚料理だが、がっつりいくか?」

「それよりも私は買い物がしたい。この前からバーンの奴がシロウにもらった物を自慢ばかりするのじゃ。私もお前の選んだものが欲しい。」

この間廃鉱山に行く前に倉庫で見つけたお古の装備をバーンにつけてやったんだ。

そんな珍しいものでもなかったが、真っ黒いスカーフをつけてやるとむちゃくちゃ喜んでいた。

それを自慢されたのが悔しかったんだろうなぁ。

「了解した、なら買い物が先だな。」

「うむ。」

「何が欲しい?アクセサリーか?それともバーンみたいな奴か?」

「それはお前が決めてくれれば何でもいい。」

「何でもいいが一番困るんだっての。」

飯もそうだが何でもいいっていう回答が一番めんどくさくて困る。

何でもとか言いながら希望のものじゃなかったら機嫌悪くなるしさぁ。

嫌なら最初から食いたいもの言えよ!と、ついつい思ってしまう。

例え本人に悪意はなく、むしろ善意で言っていたとしてもだ。

「じゃあ何がいいと思う?」

「そうだな、もうすぐ夏だし薄手の服とかアクセサリーとかがいいかもしれない。それか人形か。」

「そんな子供だましの興味はないぞ。」

「案外大人にも人気なんだぞ。話し相手とかかいがいしくお世話したりとか。」

「世話ならバーンだけで十分じゃよ。」

まぁそれもそうか。

やる気を取り戻したディーネが先ほど以上に速度を上げ、まっすぐに港町まで飛び続ける。

突然の拉致で屋敷のほうは大騒ぎになっているかもしれないが、アグリがその場にいたので状況は説明してくれるだろう。

ディーネと一緒だと分かれば安心してくれるはずだが、一応ギルド協会に寄って念話通信しておいたほうがいいかもしれない。

報・連・相はしっかりとってね。

こうして、突然ではあるがディーネとの港町デートが開始されたのだった。
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