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894.転売屋は虫を捕まえる

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「シロウ様、到着しました。」

「思ったより早くついたな。」

「ひとまず偵察に向かいますので、ウーラさんは木箱の準備をお願いします。」

「ウ、わかった。」

馬車から飛び降り、大きく伸びをすると背中の骨がボキボキといい音を立てながらまっすぐに伸びる。

あー気持ちいい。

そのまま首の骨もぽきぽきと鳴らす。

あまり鳴らすのはよろしくないという話を聞いたことがあるのだが、ついつい鳴らしちゃうんだよなぁ。

俺の後に続くようにアニエスさんとウーラさんが馬車を降りる。

今日のメンバーはこの三人。

本当はキキも一緒に来る予定だったのだが、ダンジョンのほうで問題が発生したようで致し方なく別行動になった。

まぁ、今回の目的は討伐ではないのでこの二人がいれば問題ないだろう。

アニエスさんの指示を受けてウーラさんが巨大な木箱を下ろしていく。

今回持ってきたのは全部で五つ。

必要最低数は三つなので、別に全部使う必要は無い。

俺はというと、することが無いので馬に持ってきた飼い葉をやりつつその様子を眺めるだけ。

ボーっとしていたら突然誰かが俺を後ろから抱きしめてきた。

「では、行って参ります。」

「気をつけてな。」

「偵察だけですので、30分で戻ります。」

犯人はアニエスさん。

俺の頬に口付けをすると、得物を手にぽっかりと開いた穴の中へと消えていく。

主人であるマリーさんがいないのをいい事に最近はかなり積極的なんだよなぁ。

別にそれが嫌ってわけではないのだがエスカレートしないか結構心配だ。

「しっかし、ダンジョン街に住んでいながらダンジョンを利用できないとはなぁ。」

「ウシカルタアフリマセン。」

「ダンジョンで生まれた魔物は地上のとは違いエサを必要としない代わりに、空気中の魔素を吸って生きているので外に出すことはできない。理屈では分かっているが何とも変な感じだ。」

素材を集めるだけであればダンジョンでなんら問題は無い。

ダンジョンに生息していない魔物ももちろん存在しているが、おおよその素材は手に入れることができる。

が、今回は違う。

こうやってわざわざ辺鄙な山奥までやってきた理由はタダ一つ。

廃鉱山で飼育するケイブワームを確保する為だ。

あれから色々と調べてみたりみんなの意見を聞いてみたりしたのだが、ケイブワームが一番性格が穏やかで飼育しやすく更には生産物が使いやすい。

食事は草原に生えている草ならなんでもオッケー。

時々魔素を多く含んだ草を食べさせる必要があると調べた本には書いてあったのだが、マウジー曰く魔力水をかけるだけで対処出きるそうだ。

加えて魔力水を与えると彼らが吐き出す糸に魔力が多く含まれ、天然の魔糸に生まれ変わるんだとか。

天然物は加工したものと違い魔力の伝導率がかなり高いそうなので、発熱素材に使うとさらに効果が上がると予想できる。

ほらあれだ、某ファストファッションで通常版とより上等な奴と二種類作っている発熱素材と同じだ。

使用場所に応じて使い分ければ売れ行きも二倍。

そんな夢物語を実現する為にもまずは生きたケイブワームを手に入れなければならない。

「ウ、できた。」

「ご苦労さん。香茶を沸かしたから休憩してくれ。」

「ウ、ありがとう、ございます。」

「キキの話じゃ木箱の中にさえ入れてしまえばおとなしくなるって話だったが、こんなんで本当に大丈夫なのか?」

ウーラさんがセットしてくれたのは空中輸送用の特注木箱。

バーンに運んでもらうときに箱が傷まないよう色々な場所に手が加えてある。

大きさは俺達の規格でいう木箱『中』。

寝転がることはできないが座った状態であれば大人一人ぐらいなら余裕で隠してしまえるぐらいの大きさはある。

使用している木材自体も頑丈なものにしているのだが、入れるのは大人しいといえども魔物であることに変わりは無い。

中に入れて大暴れでもされたら大変なことになりそうだが・・・。

まぁ今更そんなことを言ったところでやるべきことに変わりは無い。

ダンジョンで手に入らない以上ここで手に入れるしかないんだから。

ドーラさんとハワードが作ってくれた軽食をつまみつつ待つ事きっかり30分。

洞窟から出てきたアニエスさんが両腕に抱えていたのは、真っ白い巨大な芋虫だった。

両腕で抱えられながらも必死に逃げ出そうとウネウネと体を動かす様はさながらホラー映画。

ガキ共と同じぐらいの大きさとは聞いていたが、この大きさの芋虫は正直気持ち悪い。

「いや、キモ。」

「ウーラさん、木箱を開けてください。シロウ様はエサの準備を。」

「エサってそこいらの葉っぱでいいんだよな?」

「問題ありません。」

思わず出た本音は華麗にスルーされ、言われるがままエサとなる葉っぱをむしって回る。

草原と違って周りの木々からちぎるので思った以上に重労働だ。

とはいえコレも金儲けの為。

両手一杯の葉っぱを手に戻り、木箱の中に葉っぱをぶちまける。

さっきまであんなに動き回っていたのに、木箱に入れられたそいつは静かに落ちてきた葉っぱを食べ始めた。

「随分と大人しくなったな。」

「ケイブワームは光に弱いので太陽光を浴びてパニックになったのでしょう。まだ中に二匹いますので、次からは木箱を中に入れることにします。」

「もう三匹も見つけたのか。キキの話じゃかなり奥に行かないと見つからないって話だったはずだが。」

「鼻がいいので。」

「そういうもんか?」

「そういうものです。」

なんとなく横で話を聞いていたウーラさんが二度ほど頷いたように見えたんだが、狼人族には出来て当然なんだろうか。

そもそも魔物の匂いって嗅ぎ分けられるのか?

イヌ科の嗅覚は人の何千何万倍もあるって聞いたことはあるが、さすがにそのまま適応されるって事はないと思うんだけどなぁ。

うーむ、分からん。

とりあえず残り二匹の分もエサが必要なので、再び後ろの森に入り比較的やわらかめの葉を選んで回収して回る。

森には魔物が出るのであまり遠くまで行かないようにと言われていたのだが、思ったよりも硬い葉っぱばかりで、気付いた時には奥の方まで入ってしまっていた。

後ろを振り返るも茂みばかり。

あれ、もしかして迷った?

一瞬焦ったもののよく見ると自分がむしった後があったので、それを目印に少しずつ戻る。

大丈夫何とかなる。

そんな根拠の無い自信だけを頼りに来た道を戻っていたのだが、とうとうその目印さえ見えなくなってしまった。

うっそうとした森の中にぽつんと一人。

さすがに帰りが遅ければ探しに来てくれるだろうけど、なんとも情けない。

せめて目印ぐらい作りながら歩けばよかった。

「おーい。」

大きな声で呼びかけてみるも返事は無い。

遭難した時ってどう動くのが正解だったっけ。

その場で待機?

それとも今いる場所を中心に円周上に探索?

どれだったかなぁ。

とりあえず集めた葉っぱをかばんに入れ、何度も声を出しながら近くを見て回る。

が、注意深く見ても目印は無い。

「うーむ、本格的にヤバイ。」

魔物の匂いを嗅ぎ採れるアニエスさん達の鼻があればすぐに助けに来てくれそうなものなんだが・・・。

「ん?」

一歩進んだところでパキンという乾いた音と何か硬いものを踏んだ感覚があった。

恐る恐る下を見るとどうやら白い枝を踏んだようだ。

中は空洞で、他にも大小さまざまな白い枝が落ちている。

周りは緑一色。

なのに足元だけ白い枝が無数に転がっている。

一歩二歩と白い枝の上を歩くたびパキパキと乾いた音がする。

まるで枯れた珊瑚で作られた砂浜を歩いているようだ。

なんて現実を直視したくなくてロマンチックなことを考えてみるけれど、どう見ても骨だよな、これ。

それも少しだけじゃない。

ものすごい大量の骨が転がっている。

さすがにこんなところに墓場は無いわけで、なら何でこんなに骨が転がっているのか。

そんなの簡単だ。

何かが食ったんだよ。

鋭い視線を感じあわてて上を見上げると、そこにあったのは無数の目。

いや、正確には四つずつ二列に並んだ黒い目がじっと俺を見つめていた。

そこから後ろを見ると、黄色と黒のいかにも!という色をした毛深い体が見える。

蜘蛛。

誰がなんと言おうと蜘蛛だろう、これ。

「あー、どうもこんにちは。」

話しかけたところで返事は無い。

芋虫を探しに来てまさか蜘蛛に遭遇するとは思わなかったが、それも全て迷子になった俺のせい。

さて、どうする。

幸いにもスリングは持ってきているし、例の腕輪も装着済み。

今ならまだ戦える。

静かに腕をだらんと下げ、そのまま右手でスリングに触れようかというタイミングでそいつはまっすぐこちらへ突っ込んできた。

「先手必勝!」

それに負けない速度でスリングを構え、左ポケットから取り出した何かを番えて発射する。

命中補正の掛かったそいつはまっすぐに巨大な顔へと吸い込まれ・・・。

「ギィィィィィィィ!」

耳を劈く悲鳴と同時にオレンジ色の炎が蜘蛛の顔を走った。

これで逃げてくれたら、なんて一瞬だけ、ほんの一瞬だけ考えたけれど現実はそんなに甘くない。

一度は動きを止めた蜘蛛だったが、炎を纏ったまま再度こっちに突っ込んでくる。

あわててその場から離れると同時に、巨体が地面に落下。

バキバキと渇いた音を立てながら足元の骨を潰していく。

俺は芋虫を探しに来ただけでこいつのエサになりに来たわけじゃない。

再び対峙しつつ、もう一発顔面にぶち込んでやる。

そんなことを考えてつぶれそうな自分の心を奮い立たせる。

向こうが早いかこっちが早いか。

ほんの数秒が何十倍にも引き伸ばされたように感じたが、そんな時間は突然終わりを迎えた。

「シロウ様!」

聞き覚えのある声と同時に蜘蛛の巨体から紫色の血が吹き上がった。

悲鳴とも奇声ともとれる声が聞こえたと思ったら、その音はすぐに止み巨大な顔がゴトリと地面に転がる。

噴水のように吹き出る体液が足元の骨を紫色に染めていく。

その様子を身動き一つ取ることもできずただ見つめるしか出来なかった。

「ご無事なようですね。」

「ん、あ、あぁ。」

血に染まった斧を手に、アニエスさんがほっとした顔をする。

その後ろでウーラさんがテキパキと蜘蛛の足を分解していた。

なんだろう、助かったはずなのに体がこわばったままだ。

「まったく、ケイブワームを探しに来て何故デススパイダーと遭遇するんですか。」

「わからん。」

「餌になる葉っぱを捜してくれとお願いはしましたが、素材を取ってきてくれとは言っていませんよ。まぁ、デススパイダーはダンジョンにもいない珍しい魔物ですし、売ればそれなりの値段にはなるでしょう。大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃなさそうだ。」

「どうぞ手を。」

血を振り払い得物をしまったアニエスさんが右手を俺に差し出す。

その手を震える手で掴んだ瞬間、恐怖と疲労と興奮が一緒になって襲い掛かってきた。

大声を出したいような泣きたいような座り込みたいような。

ともかく複数の感情が溢れどうしたらいいか分からなくなってしまう。

「もう大丈夫ですよ。」

まるで子供をあやす母親のようにアニエスさんが俺を抱きしめ背中を撫でてくれる。

生きててよかった。

生を噛み締めつつ今更ながらわかったことがある。

どれだけ素晴らしい装備があったとしても、訓練をして動けるようになったとしても、俺に冒険者は向いていない。

それは間違いようの無い事実だ。

しばらくそうして、やっと心と体が同じ動きをするようになった。

「すまない、助かった。」

「いえ。全てはシロウ様を一人にした私のミスです、申し訳ありませんでした。」

「気にしないでくれ、それにちゃんと助けてくれたじゃないか。」

「それが出来たのもシロウ様が時間を稼いでくれたおかげです。デススパイダーに睨まれながらスリングを放つとは、恐れ入りました。」

「必死だっただけだって。」

アニエスさんは褒めてくれるがほんとそういうのじゃない。

タダ必死だっただけなんだ。

「しかし、よく俺の場所が分かったな。」

「鼻がいいので。」

「確かにそうみたいだ。そっちはもう終わったのか?」

「はい。残りも含めて合計三匹馬車に積み込みましたので、後は合流地点に移動してバーン様に運んでもらうだけです。」

「今頃首を長くして待っていることだろう、早く戻ろうか。」

やっと足にも力が戻ってきた。

深呼吸をして心を落ち着かせる。

「ウカイルタイフオワウリマルシフタ、ウモチルカエフリウマルスフカ?」

「時間がありませんし足だけ持ち帰りましょう。必要であればまた取りに来れます。」

「ウ、はい。」

「手伝うか?」

「二人で運べば大丈夫です。」

二人はうれしそうに蜘蛛の足を半分ずつ背負い、俺はその背中を追いかけるように馬車へと向かう。

早く屋敷に戻りたいところだが、まだもう一仕事残っているんだ。

芋虫が馬車の振動に弱いので、開けた場所まで行ってからバーンに運んでもらうことになっている。

さすがにもうトラブルは起きないだろう。

そう願いつつ蜘蛛の足を揺らしながら先を行く二人の後を追いかけるのだった。
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