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888.転売屋はコツコツ稼ぐ

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「あれ?」

仕事を終えいつものように買い付けでもするかと市場にやってきたのだが、かばんを開けてみても財布が無い。

もしかして盗まれたか!?とか思ってしまったのだが、記憶を辿るとどうやら机の上に忘れてきてしまったようだ。

確かあの時現金を補充しようとして机の上に置き、そうする前に別の用事を思い出してそのまま置いてきたのか。

まいったなぁ。

別に10分も掛からず取りに戻れるのだが、それ自体がめんどくさい。

えーっと、何か無いかなと。

ポケットを漁って出てきたのは銀貨が1枚。

いつもなら金貨の1枚ぐらいは入れていると思うのだが、それすらもないようだ。

うーん、銀貨1枚程度じゃあまり買い付けできないよなぁ。

せめて銀貨10枚は欲しいところ。

いや、待てよ・・・。

そこまで考えて俺は思考を切り替えた。

金が無いなら稼げばいい。

何の為に特別なスキルを持っているんだと。

最近は扱う金額が大きくなりすぎて銀貨1枚が安く見えてしまうが、普通に考えればこれで一日不自由なく過ごせるんだよな。

イメージは1万円。

それだけあればアレやコレやとできるはず。

それこそ、前に女達とやったわらしべ長者的なこともできる。

前もそうだったが、定期的に金銭感覚を正しておかないといつか痛い目をみてしまう。

そう、コレは大金だ。

そして俺はその大金を増やすスキルを持っている。

鑑定や相場というスキルじゃない。

経験という最高の土台で作り上げられたものだ。

「ってことで、今日はどこまで増やせるかちょっとやってみるか。」

誰に言うわけでもなくそう呟いて気合を入れる。

手には銀貨が1枚。

そろそろ昼前だし、まずは手堅い所から攻めてみよう。

ひとまず市場をぐるりと回り、目当ての品を探す。

お、あったあった。

「いらっしゃい、新鮮なワイルドチキンだよ。」

「ほぉ、〆たばかりって感じだな。」

「兄ちゃん良い目してるなぁ。朝締めだから鮮度は抜群だ、ムネ肉は銅貨10枚。モモ肉は銅貨30枚だよ。」

「そうだなムネを4、モモを2くれ。モモは皮をはいで、筋を切ってもらえると助かる。ムネはぶつ切りにしてもらえるか?」

「それぐらいお安い御用だ。ちょいとまってな!」

見つけたのは鶏肉を売る店。

素人でも分かる鮮度の良い肉が牛よりも安く手に入るのは今の俺にはありがたい。

加工してもらった肉をビッガマウスのエコバックに入れ、その足で食べ物の露天が集まる一角へ移動する。

昼飯時ということもありいい臭いにつられた大勢の客でにぎわっていた。

さーてと、どこにあるかな・・・あったあった。

いつもなら気になった露店で好きな物を食べただろうけど、生憎と今は無一文。

今はな。

「いらっしゃい。」

「良い匂いだな。」

「だろ?一本10枚だ。」

「買いたい所なんだが客じゃないんだ、朝締め肉に興味は無いか?」

「肉?」

「さっきから見ていたんだが中々良い客入りだ、せっかくなら繁盛してる店に買って欲しいと思っているんだ。もちろん見るだけ見ていらなかったら遠慮なくいってくれ。」

目をつけたのは比較的客の出入りが多い串焼きの店。

市場には同じような店が何件もあるのだが、その中でも二番目ぐらいに繁盛している店を狙って声をかけた。

繁盛していることを褒め、さらに自分の希望を伝えつつヨイショする。

客入りがいいって事は在庫の減りも早いということ。

今からが一番繁盛する時間だ、そのタイミングで在庫が尽きるのはもったいない。

そう考えるのが普通だろう。

店主の反応が拒否ではなかったので若干強引にモモ肉を店頭に並べる。

怪訝そうな顔をしていた手店主だったが、肉を見た瞬間目の色が変わった。

「ほぉ、これは良い肉だ。」

「だろ?朝締めたばかりの最高の奴だ、味ももちろん保障する。こいつをその炭の上で焼けば岩塩とペパペッパーだけでも十分に美味い。それに下処理もしてるから串に刺せばすぐ焼けるぞ。」

「そりゃ助かる。いくらだ?」

「モモは銅貨45枚で二枚ある。後は処理済のムネ肉が四枚分でこっちは銅貨20枚、もし全部買ってくれるなら合わせて銀貨1枚と銅貨50枚でいい。」

「そっちの肉も悪くないな、だがムネはなぁ。」

「モモと交互に刺せば量を増やせるし、脂が混ざればパサパサ感もなくなるから俺は好きだ。」

「ま、その値段なら悪くない。いいだろう、買ってやる。」

よし、まずは銅貨50枚確保。

ただの肉の塊のままならそもそも買ってすらもらえなかっただろうけど、ひと手間加えるだけで結果が変わる。

タダ売るだけじゃなく買う側が何を求めているか、それが考えられるようになれば転がす商売はそんなに難しくない。

加えて、何を売るかしっかりターゲットを絞るのも重要だ。

適当にアレやコレやとやったからって失敗する。

今の状況で何が求められているのか、しっかり見極めないとな。

そんな感じで商材を変えつつコツコツと金を増やす。

鶏肉の次は発泡水、その次はワイルドストロベリー、さらにその次は少し珍しい香茶。

暑さからサッパリする水分が売れると考え、その後おやつの時間に向けて旬の果物を菓子職人に提案、菓子が売れれば香茶が欲しくなるはずなのでそれ用の茶葉を買う。

まぁ最後はおばちゃんに無理いってポットとカップを貸してもらったんだが、使える物は何でも使ってこそ金が儲かる。

もちろんリース代は払ったさ、格安だけどな。

「毎度あり、これで店じまいだ。」

「えー、もうないの?」

「茶葉が欲しけりゃ市場の西に商人がいるぞ、中々珍しい茶葉を扱ってる店だ。」

「へ~、ちょっと興味あるかも。」

「向こうも売れたら喜ぶだろうさ。それじゃあな。」

さぁ、後はカップを洗って返すだけだ。

コツコツ稼いだ金で露店を出すのはかなり勇気のいる決断だったが、その結果がかばんの中でジャラジャラと音を立てている。

茶葉単体で販売するよりもそれを淹れて売った方が、匂いに誘われた客も来るし水でかさ増しすることで原価が大きく変わる。

こちらもひと手間くわえるだけだが、それをする為の投資に臆してしまったらこの利益は出なかった。

コツコツももちろん大切だが、時に攻めることも忘れちゃいけない。

婦人会の広場でカップを洗わせて貰いおばちゃんの所へ。

「あれ、ミラ何してるんだ?」

「シロウ様がお財布を忘れておられたので持って来たのですが、不要だったようですね。」

市場に戻るとミラがおばちゃんと楽しそうに談笑していた。

やはり母と子、笑ったときの目じりの感じはそっくりだ。

「不要ってわけじゃないがなんとかなった。おばちゃん、これカップとお礼ね。」

「おや、美味しそうなジャムじゃないか。」

「せっかくだしこういうのもいいだろ?」

「ありがたく頂戴しておくよ。で、いくら儲かったんだい?」

「まだ勘定してない、ちょっと場所貸して。」

「お手伝いします。」

裏のスペースに香茶で稼いだ金を全部出してミラと共に勘定する。

枚数があるとすごい儲かった気になるが、残念ながらほぼ銅貨だ。

ちゅーちゅーたこかいなっと。 

「こっちは銅貨211枚です。」

「結構あるな。こっちは銀貨1枚と銅貨178枚か。」

「全部でおおよそ銀貨5枚ですね。」

「元手が銀貨1枚ってことを考えたらなかなかのもんだろう。」

露店の出店料におばちゃんへのお土産を買ってこれだ。

元本の四倍、十分すぎる儲けといえるだろう。

あー、楽しかった。

「良い顔してるじゃないか。」

「たまにはこういうのも悪くないなと思ってな。」

「あんたはちょいと大きな事をしすぎなんだよ。たまには私達の目線で考えないと痛い目みるよ。」

「ちょっと、お母さん。」

「いや、モイラさんの言うとおりだ。初心を忘れずコツコツがんばるさ。」

「素直じゃないか、明日は雨が降るね。」

恵みの雨かそれとも大雨か。

別に人の忠告を聞かないわけじゃない。

思うところがあればしっかりと考えているつもりなんだけど、モイラさんが言うように天狗になっているところも少なからずある。

初心忘るるべからずってやつだな。

小さいことからコツコツと。

それを忘れず引き続きがんばるとしよう。

「なら今のうちに買い付けしとかないとな。ミラ、いくか?」

「ご一緒します。」

「くれぐれもこの子に荷物持ちなんてさせるんじゃないよ。」

「わかってるって。それじゃあまた。」

「お母さんも風邪引かないで。」

おばちゃんとおっちゃんに見送られて再び市場を見て回る。

コツコツとはいったものの、やはり軍資金があるのと無いのとでは物の見方も大きく変わる。

さっき買えなくて諦めたものを躊躇なく買う楽しい。

これもやめられないんだよなぁ。

そうだ、さっき買った茶葉をみんなに買って帰ろう。

フレーバーっていうんだろうか、色々な香りがあって面白かった。

まだ残っていたらいいんだがなぁ。

ミラと手を組みながらのんびりと市場を歩く。

こういう時間もまたいいもんだ。
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