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883.転売屋は調査を受ける
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「悪いな、ダンジョンから戻ってすぐなのに。」
「問題ありません。」
魔術師ギルドが俺を調査しに来るとの報告を受け、すぐにキキを呼び寄せて話を聞くことにした。
ちょうどダンジョンから、戻ってきたばかりで装備も降ろしていない状況だったにも関わらず嫌な顔せず飛んできてくれたのがありがたい。
話が終わったらうちの風呂でゆっくりしてもらうとしよう。
「それじゃあ魔術師ギルドについて、教えてくれ?」
「魔術師ギルドは基本的に全魔術師が所属しなければならない国家機関です。魔術が使えるようになった者はすぐに家族もしくは本人が登録します。魔術資源の管理を目的としていますので基本的に登録したから何かを強制されるというわけではないのですが、ダンジョンから算出される希少な魔道具の管理や保管も担っています。まぁ、危ない物を野放しにしない為ですね。その他魔術関係の素材や材料に関しても管理しています。」
「ふむ、魔術関係全般って感じか。なら余計に俺の調査に来る理由が分からんな。」
「そうよね、シロウは魔法使えないし危険な魔術品なんかはこの前王家に引き取ってもらったでしょ?」
「他にもいくつか扱ってはいるが、報告しなきゃならないようなものじゃない。というかどこからそんな情報仕入れるんだよ、情報漏れしないと分からない内容だぞ?誰かもらしてるのか?」
ダンジョンのお膝元ということもあって毎日様々な魔術関係の品が持ち込まれる。
大半は俺を経由して右から左に所有者が変わるが、そうでない物もいくつかある。
が、その情報は俺の所で止まっているはずなので外部には流出しないはずだ。
だが、もし今回の調査がそれを標的としたものなのだとしたらその前提が崩れることになる。
俺達の中に内通者がいるとは考えたくないのだが、そう考えるしかなくなるよな。
あー、やだやだ。
「もしくは、魔術素材の調達にくるのではないでしょうか。」
「調達?」
「一般では中々手に入らない素材もここでは比較的簡単に手に入ります。どのような品を扱っているか調査することで、必要になったときに円滑に手配できるようパイプをつなぎたいのかもしれません。」
「そういう考え方もあるか。」
もしそうだとしたら非常にありがたい話だ。
本部は王都にあるのだが、支部は各街に点在している。
この辺だったら港町にあるらしい。
ふむ、ぜんぜん知らなかった。
「とはいえ警戒はしておくべきだろう。別に疚しいことをしているわけではないが、俺に害をなすのであれば戦う必要も出てくる。ま、バックに王家のいる貴族相手にそんなことして来るとは思えないのだが。」
「それに関してはなんとも。所属しておいて言うのもあれですが、中々過激なところもあるので。」
「怖い事いうなよな。」
さっきも言ったように、不正をしているわけでもないのでこられたからといってどうということでもない。
それでも、急にこられることが分かると身構えてしまうのが人間だ。
はてさて何が起きるのやら。
「このたびは突然の来訪にも関わらず貴重なお時間をいただきましてありがとうございます、シロウ名誉男爵。わたくし、魔術師ギルド、ギルド本部所属調査担当官のスミスです。横におりますのは助手のワトソンです。ワトソン君、ご挨拶を。」
翌日。
朝一番にやってきたのは、いかにも!という感じの深緑のローブを着た二人組。
スミスという名の背の高い女性と、ワトソンという名の背の低い男性。
凸凹コンビというあだ名が相応しい非対称な二人だった。
まずスミスさん。
名前で誤解しがちだがバリバリのキャリアウーマンタイプ。
切れ長の目、すらりとした長身、そして腰までありそうなさらっさらの銀髪の横から細長い耳が飛び出している。
一目で気が強いと感じてしまうその人と対照的に、THE助手って感じのワトソン君。
名前から助手感バリバリなのだが、背は彼女の胸元ほどしかなくずんぐりむっくりの感じからドワーダだろうと推測できる。
残念ながら子犬タイプではなさそうだ。
「は、はい!魔術師ギルド、ギルド本部所属調査担当補佐ワトソンです!今日も元気です!」
あ、この子そっち担当か。
「敬称は不要だ、シロウと呼んでくれ。それで、今回は調査だと聞いているが一体何の調査なんだ?確かに本業の都合上魔導具や魔術関係の素材は多くあつかっているが、調査されるようなものは無いと思うんだが。」
「それに関しては改めてご説明させていただきます。ワトソン君、資料を。」
「ハイ!スミス様!」
元気よく返事をしたワトソン君がかばんをあけ二枚の書類を机の上に並べた。
応接室に同席しているのはキキとセラフィムさん。
ミラは別件で動いてもらっている。
先に書類に目を通し、後ろに控える二人にも流す。
うーむ、まさかそれ関係で調査が入るとは。
確かにこれは俺の仕事の仲で唯一公表できない案件。
その為かなり気をつけて管理していたのだが、それでもダメだったか。
「魔力水、ですか。」
「はい。シロウ様はここ数ヶ月一定数の魔力水を海運業者を通じて輸出しておられますね。採集の非常に難しい魔力水を単発ではなく継続してお送りされているとの事、一体どのようにして手に入れているのでしょうか。」
なるほど、調査の目的は魔力水だったか。
地上ではほぼ手に入らず、主にダンジョンや魔石鉱山でしか回収ができない特別な水。
需要は非常に多く、王都に流せば一回につき金貨7枚もの利益を出す俺のとっておきだ。
もちろん希少なものだと理解しているので、個数を分けて少しずつ輸出していたのだがどうやらそれに感づいてしまったらしい。
「どのようにって、普通に仕入れているだけだが?」
「仕入れって、あの魔力水ですよ!?そんな簡単に手に入るものではないと思うんですけど。」
「ここをどこだと思ってるんだ?ダンジョン街だぞ?確かに採集そのものは難しいが、方法が無いわけじゃないしその方法も確立されている。それをクラインの壷を用いて冒険者に回収してもらっているだけの話だ。」
嘘ではない。
クラインの壷を用いた魔力水の回収方法は確立されており、常設以来として常にギルドに張り出されている。
ちなみに壷そのものは俺の持ち物なので、冒険者ギルドに貸し出し中だ。
今までは自分で依頼を出していたのだが、廃鉱山から定期回収できるようになったのでそれを停止している。
「クラインの壷、たしか水を多量に溜めることのできる魔術道具ですね。」
「よく知ってるじゃないか。」
「それを用いて毎月あれだけの量を回収できると?」
「やり方については冒険者ギルドに聞いてくれ、さっきも言ったように採集方法は確立している。秘匿でもないから行けば教えてくれるだろう。そっちじゃ手に入りにくいかもしれないがこっちじゃ比較的簡単に手に入る。だが、そのためどうしても取引価格が下がるからそっちで売らせてもらっているだけの話だ。安く仕入れて高く売る、商売の基本に忠実にやっているだけで、なんで目を付けられなきゃいけないのかまったく分からないな。」
廃鉱山で採取しているなんて口が裂けてもいえない。
もしそれをバラそうものなら、魔術師ギルドがどんな手を使ってでも手に入れようとしてくるだろう。
そうなると彼らの存在も明るみに出てしまう。
彼らはただあそこで静かに生きて生きたいだけ。
彼らの望みをかなえるため、そして俺の大事な金づるを守るためにも存在は隠し通さなければ。
「スミス様、冒険者ギルドに事前提出させた採集方法とも相違ありません。」
「でも毎月100個も回収できる?」
「産出量は確認していませんが、もしかすると・・・。」
「失礼します。」
コンコンというノックの音がして、外からミラの声が聞こえてきた。
ナイスタイミング。
「入ってくれ。」
扉が開き、書類を抱くように持ってミラが入ってくる。
念のためにと調べさせていた奴だったが、頼んでいて正解だった。
「ギルドより今月の買取価格と提供可能数の資料が出てまいりました。」
「お、ちょうどよかった貸してくれ。」
ぺこりと二人に挨拶した後、まっすぐにミラがこちらに向かってくる。
手に抱いた資料を静かに差出して俺の横に座った。
よしよし、辻褄は合う。
公式な書類だけに偽造はしていないだろうけど、偶然とはいえこれはありがたい。
「別件で用意していた資料なんだがその答えはここに書いてある。」
「拝見します。」
スミスさんに書類を手渡すとワトソン君も覗き込むようにしてそれを読む。
くるくると表情の変わる彼と対照的に彼女は表情一つ変えずに最後まで読み終えた。
「ギルド協会の署名と押印、間違いではなさそうですね。」
「え、でもこれすごくないですか!?毎月150も手に入るって、これ過去最大量ですよ!」
「クラインの壷を冒険者ギルドに貸し出す代わりに、俺はその三分の二を買わせて貰っている。これで納得してもらえたか?」
「納得はしました。しかしながらそれで他の商人は納得しているのですか?」
「壷が無いときの算出量は今の三分の一以下、何の問題がある。」
これも事実。
壷が無かった時は需要があっても中々供給できずにいた。
だが壷を用いたことで供給総量は一気に増えている。
今までは増えた分を俺が買う形だったのだが、現在はそこからも手を引いているので手に入れられるようになった商人は多いはずだ。
が、誰にいくら売ったかまでは記録に残していないので追求することはできないだろう。
しかし、魔術師ギルドに目を付けられているのは事実。
今後も継続して監視されると考えるべきだろうな。
「なるほど、確かに嘘偽りはなさそうです。」
「納得していただいたようで何よりだ。」
「では最後にもう一つ。」
「ん?」
「最近廃鉱山を購入されたそうですね。調べましたが石材や魔石の算出はほぼなく、長年使われていなかったとか。にも関わらず最近では多くの労働者が出入りしており、一緒に大量の食材も運んでいるとか。一体何をされているのでしょう。」
刺すような目線が俺を貫く。
そこまで調べがついているんだぞという向こうの切り札が放たれたわけだが・・・。
「廃鉱山を購入した理由は二つ。一つは現在行われている拡張工事に使用するレールを回収するため。二つ目は、廃鉱山を巨大氷室と倉庫に利用するためだ。」
そんなことで動揺する俺ではない。
今の発言も嘘じゃないし、現地に飛ばれたところで確認のしようは無いだろう。
もっとも、中に入るとなれば話は別だ。
その場合は今の身分を最大限に利用して拒否させてもらう。
まぁ、いくらでも理由は付けられるしな。
それも事実で。
「なるほど。」
「俺が扱う品の中には可燃物や呪物なんてものもある。今後人口が増えれば増えるほど、そういった危険なものをここにおいておくのは難しくなる。また、長期保存するためだけに現状の倉庫を圧迫するのもよろしくない。色々考えた上でローランド様から譲ってもらったというわけだ。怪しい研究とかするつもりは無いから安心してくれ。」
「分かりました。突然の来訪にも関わらずこのようにお話していただき、ありがとうございました。」
「ということは調査は終わりか?」
「はい。」
「じゃあ、次は俺の番だ。」
さぁ帰ろうかと立ち上がったスミスさんがピタリと止まる。
せっかく王都の偉いさんがこんな所まで来たんだ、そのまま帰す手は無いだろう。
「何か。」
「ここに、うちで扱っている魔術素材の一覧がある。その中には王都ではそれなりの高値で取引されているものもあるんだが、もし必要ならここでの値段で取引しないことも無い。」
「買収ですか?」
「いいや、商談だ。王都に送っても高値でも売れないんじゃ意味が無い。それならこっちの価格で買ってもらえるのならありがたいってわけだ。そっちは格安で素材が手に入り、俺は在庫をさばける。それで何か便宜を図れってわけでもない。今の所魔術師ギルドのお世話になるようなことは無かったんでね、これは今後も同じだろうさ。」
「スミス様、どうします?」
一切視線をそらすことなく彼女は俺をじっと見る。
何を企んでいるのかと考えているんだろう。
もちろん色々と考えているさ。
だがそれを見抜いたところでどうということは無い。
俺は最後の砦を守るべく、策を講じるだけだ。
「いいでしょう、必要なものがあれば明日の朝までにお知らせします。資料を頂いても?」
「こちらになります。」
「では、失礼します。」
ミラから別の書類を受け取り、二人は静かに応接室を後にした。
扉がバタンと閉まってからきっかり5数えてから俺は大きく息を吐く。
「なんとかなったか?」
「おそらくは。」
「やれやれ、厄介な相手に目を付けられたもんだ。今後どうするか考えないといけないなぁ。」
とりあえず今回は何とかなった。
だがこれで納得したって感じでもなかった。
はてさてどうしたもんか。
ソファーから立ち上がり窓辺に向かうと、下から鋭い視線を感じる。
あわててそこを見ると、彼女が鋭い目で俺を見ていた。
『これで終わりと思うなよ』
そう言っていたのは間違いないだろう。
「問題ありません。」
魔術師ギルドが俺を調査しに来るとの報告を受け、すぐにキキを呼び寄せて話を聞くことにした。
ちょうどダンジョンから、戻ってきたばかりで装備も降ろしていない状況だったにも関わらず嫌な顔せず飛んできてくれたのがありがたい。
話が終わったらうちの風呂でゆっくりしてもらうとしよう。
「それじゃあ魔術師ギルドについて、教えてくれ?」
「魔術師ギルドは基本的に全魔術師が所属しなければならない国家機関です。魔術が使えるようになった者はすぐに家族もしくは本人が登録します。魔術資源の管理を目的としていますので基本的に登録したから何かを強制されるというわけではないのですが、ダンジョンから算出される希少な魔道具の管理や保管も担っています。まぁ、危ない物を野放しにしない為ですね。その他魔術関係の素材や材料に関しても管理しています。」
「ふむ、魔術関係全般って感じか。なら余計に俺の調査に来る理由が分からんな。」
「そうよね、シロウは魔法使えないし危険な魔術品なんかはこの前王家に引き取ってもらったでしょ?」
「他にもいくつか扱ってはいるが、報告しなきゃならないようなものじゃない。というかどこからそんな情報仕入れるんだよ、情報漏れしないと分からない内容だぞ?誰かもらしてるのか?」
ダンジョンのお膝元ということもあって毎日様々な魔術関係の品が持ち込まれる。
大半は俺を経由して右から左に所有者が変わるが、そうでない物もいくつかある。
が、その情報は俺の所で止まっているはずなので外部には流出しないはずだ。
だが、もし今回の調査がそれを標的としたものなのだとしたらその前提が崩れることになる。
俺達の中に内通者がいるとは考えたくないのだが、そう考えるしかなくなるよな。
あー、やだやだ。
「もしくは、魔術素材の調達にくるのではないでしょうか。」
「調達?」
「一般では中々手に入らない素材もここでは比較的簡単に手に入ります。どのような品を扱っているか調査することで、必要になったときに円滑に手配できるようパイプをつなぎたいのかもしれません。」
「そういう考え方もあるか。」
もしそうだとしたら非常にありがたい話だ。
本部は王都にあるのだが、支部は各街に点在している。
この辺だったら港町にあるらしい。
ふむ、ぜんぜん知らなかった。
「とはいえ警戒はしておくべきだろう。別に疚しいことをしているわけではないが、俺に害をなすのであれば戦う必要も出てくる。ま、バックに王家のいる貴族相手にそんなことして来るとは思えないのだが。」
「それに関してはなんとも。所属しておいて言うのもあれですが、中々過激なところもあるので。」
「怖い事いうなよな。」
さっきも言ったように、不正をしているわけでもないのでこられたからといってどうということでもない。
それでも、急にこられることが分かると身構えてしまうのが人間だ。
はてさて何が起きるのやら。
「このたびは突然の来訪にも関わらず貴重なお時間をいただきましてありがとうございます、シロウ名誉男爵。わたくし、魔術師ギルド、ギルド本部所属調査担当官のスミスです。横におりますのは助手のワトソンです。ワトソン君、ご挨拶を。」
翌日。
朝一番にやってきたのは、いかにも!という感じの深緑のローブを着た二人組。
スミスという名の背の高い女性と、ワトソンという名の背の低い男性。
凸凹コンビというあだ名が相応しい非対称な二人だった。
まずスミスさん。
名前で誤解しがちだがバリバリのキャリアウーマンタイプ。
切れ長の目、すらりとした長身、そして腰までありそうなさらっさらの銀髪の横から細長い耳が飛び出している。
一目で気が強いと感じてしまうその人と対照的に、THE助手って感じのワトソン君。
名前から助手感バリバリなのだが、背は彼女の胸元ほどしかなくずんぐりむっくりの感じからドワーダだろうと推測できる。
残念ながら子犬タイプではなさそうだ。
「は、はい!魔術師ギルド、ギルド本部所属調査担当補佐ワトソンです!今日も元気です!」
あ、この子そっち担当か。
「敬称は不要だ、シロウと呼んでくれ。それで、今回は調査だと聞いているが一体何の調査なんだ?確かに本業の都合上魔導具や魔術関係の素材は多くあつかっているが、調査されるようなものは無いと思うんだが。」
「それに関しては改めてご説明させていただきます。ワトソン君、資料を。」
「ハイ!スミス様!」
元気よく返事をしたワトソン君がかばんをあけ二枚の書類を机の上に並べた。
応接室に同席しているのはキキとセラフィムさん。
ミラは別件で動いてもらっている。
先に書類に目を通し、後ろに控える二人にも流す。
うーむ、まさかそれ関係で調査が入るとは。
確かにこれは俺の仕事の仲で唯一公表できない案件。
その為かなり気をつけて管理していたのだが、それでもダメだったか。
「魔力水、ですか。」
「はい。シロウ様はここ数ヶ月一定数の魔力水を海運業者を通じて輸出しておられますね。採集の非常に難しい魔力水を単発ではなく継続してお送りされているとの事、一体どのようにして手に入れているのでしょうか。」
なるほど、調査の目的は魔力水だったか。
地上ではほぼ手に入らず、主にダンジョンや魔石鉱山でしか回収ができない特別な水。
需要は非常に多く、王都に流せば一回につき金貨7枚もの利益を出す俺のとっておきだ。
もちろん希少なものだと理解しているので、個数を分けて少しずつ輸出していたのだがどうやらそれに感づいてしまったらしい。
「どのようにって、普通に仕入れているだけだが?」
「仕入れって、あの魔力水ですよ!?そんな簡単に手に入るものではないと思うんですけど。」
「ここをどこだと思ってるんだ?ダンジョン街だぞ?確かに採集そのものは難しいが、方法が無いわけじゃないしその方法も確立されている。それをクラインの壷を用いて冒険者に回収してもらっているだけの話だ。」
嘘ではない。
クラインの壷を用いた魔力水の回収方法は確立されており、常設以来として常にギルドに張り出されている。
ちなみに壷そのものは俺の持ち物なので、冒険者ギルドに貸し出し中だ。
今までは自分で依頼を出していたのだが、廃鉱山から定期回収できるようになったのでそれを停止している。
「クラインの壷、たしか水を多量に溜めることのできる魔術道具ですね。」
「よく知ってるじゃないか。」
「それを用いて毎月あれだけの量を回収できると?」
「やり方については冒険者ギルドに聞いてくれ、さっきも言ったように採集方法は確立している。秘匿でもないから行けば教えてくれるだろう。そっちじゃ手に入りにくいかもしれないがこっちじゃ比較的簡単に手に入る。だが、そのためどうしても取引価格が下がるからそっちで売らせてもらっているだけの話だ。安く仕入れて高く売る、商売の基本に忠実にやっているだけで、なんで目を付けられなきゃいけないのかまったく分からないな。」
廃鉱山で採取しているなんて口が裂けてもいえない。
もしそれをバラそうものなら、魔術師ギルドがどんな手を使ってでも手に入れようとしてくるだろう。
そうなると彼らの存在も明るみに出てしまう。
彼らはただあそこで静かに生きて生きたいだけ。
彼らの望みをかなえるため、そして俺の大事な金づるを守るためにも存在は隠し通さなければ。
「スミス様、冒険者ギルドに事前提出させた採集方法とも相違ありません。」
「でも毎月100個も回収できる?」
「産出量は確認していませんが、もしかすると・・・。」
「失礼します。」
コンコンというノックの音がして、外からミラの声が聞こえてきた。
ナイスタイミング。
「入ってくれ。」
扉が開き、書類を抱くように持ってミラが入ってくる。
念のためにと調べさせていた奴だったが、頼んでいて正解だった。
「ギルドより今月の買取価格と提供可能数の資料が出てまいりました。」
「お、ちょうどよかった貸してくれ。」
ぺこりと二人に挨拶した後、まっすぐにミラがこちらに向かってくる。
手に抱いた資料を静かに差出して俺の横に座った。
よしよし、辻褄は合う。
公式な書類だけに偽造はしていないだろうけど、偶然とはいえこれはありがたい。
「別件で用意していた資料なんだがその答えはここに書いてある。」
「拝見します。」
スミスさんに書類を手渡すとワトソン君も覗き込むようにしてそれを読む。
くるくると表情の変わる彼と対照的に彼女は表情一つ変えずに最後まで読み終えた。
「ギルド協会の署名と押印、間違いではなさそうですね。」
「え、でもこれすごくないですか!?毎月150も手に入るって、これ過去最大量ですよ!」
「クラインの壷を冒険者ギルドに貸し出す代わりに、俺はその三分の二を買わせて貰っている。これで納得してもらえたか?」
「納得はしました。しかしながらそれで他の商人は納得しているのですか?」
「壷が無いときの算出量は今の三分の一以下、何の問題がある。」
これも事実。
壷が無かった時は需要があっても中々供給できずにいた。
だが壷を用いたことで供給総量は一気に増えている。
今までは増えた分を俺が買う形だったのだが、現在はそこからも手を引いているので手に入れられるようになった商人は多いはずだ。
が、誰にいくら売ったかまでは記録に残していないので追求することはできないだろう。
しかし、魔術師ギルドに目を付けられているのは事実。
今後も継続して監視されると考えるべきだろうな。
「なるほど、確かに嘘偽りはなさそうです。」
「納得していただいたようで何よりだ。」
「では最後にもう一つ。」
「ん?」
「最近廃鉱山を購入されたそうですね。調べましたが石材や魔石の算出はほぼなく、長年使われていなかったとか。にも関わらず最近では多くの労働者が出入りしており、一緒に大量の食材も運んでいるとか。一体何をされているのでしょう。」
刺すような目線が俺を貫く。
そこまで調べがついているんだぞという向こうの切り札が放たれたわけだが・・・。
「廃鉱山を購入した理由は二つ。一つは現在行われている拡張工事に使用するレールを回収するため。二つ目は、廃鉱山を巨大氷室と倉庫に利用するためだ。」
そんなことで動揺する俺ではない。
今の発言も嘘じゃないし、現地に飛ばれたところで確認のしようは無いだろう。
もっとも、中に入るとなれば話は別だ。
その場合は今の身分を最大限に利用して拒否させてもらう。
まぁ、いくらでも理由は付けられるしな。
それも事実で。
「なるほど。」
「俺が扱う品の中には可燃物や呪物なんてものもある。今後人口が増えれば増えるほど、そういった危険なものをここにおいておくのは難しくなる。また、長期保存するためだけに現状の倉庫を圧迫するのもよろしくない。色々考えた上でローランド様から譲ってもらったというわけだ。怪しい研究とかするつもりは無いから安心してくれ。」
「分かりました。突然の来訪にも関わらずこのようにお話していただき、ありがとうございました。」
「ということは調査は終わりか?」
「はい。」
「じゃあ、次は俺の番だ。」
さぁ帰ろうかと立ち上がったスミスさんがピタリと止まる。
せっかく王都の偉いさんがこんな所まで来たんだ、そのまま帰す手は無いだろう。
「何か。」
「ここに、うちで扱っている魔術素材の一覧がある。その中には王都ではそれなりの高値で取引されているものもあるんだが、もし必要ならここでの値段で取引しないことも無い。」
「買収ですか?」
「いいや、商談だ。王都に送っても高値でも売れないんじゃ意味が無い。それならこっちの価格で買ってもらえるのならありがたいってわけだ。そっちは格安で素材が手に入り、俺は在庫をさばける。それで何か便宜を図れってわけでもない。今の所魔術師ギルドのお世話になるようなことは無かったんでね、これは今後も同じだろうさ。」
「スミス様、どうします?」
一切視線をそらすことなく彼女は俺をじっと見る。
何を企んでいるのかと考えているんだろう。
もちろん色々と考えているさ。
だがそれを見抜いたところでどうということは無い。
俺は最後の砦を守るべく、策を講じるだけだ。
「いいでしょう、必要なものがあれば明日の朝までにお知らせします。資料を頂いても?」
「こちらになります。」
「では、失礼します。」
ミラから別の書類を受け取り、二人は静かに応接室を後にした。
扉がバタンと閉まってからきっかり5数えてから俺は大きく息を吐く。
「なんとかなったか?」
「おそらくは。」
「やれやれ、厄介な相手に目を付けられたもんだ。今後どうするか考えないといけないなぁ。」
とりあえず今回は何とかなった。
だがこれで納得したって感じでもなかった。
はてさてどうしたもんか。
ソファーから立ち上がり窓辺に向かうと、下から鋭い視線を感じる。
あわててそこを見ると、彼女が鋭い目で俺を見ていた。
『これで終わりと思うなよ』
そう言っていたのは間違いないだろう。
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クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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