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879.転売屋は職人と出かける
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「よーし、ついたぞ。各自荷物を降ろして天幕の設営をはじめろ。コンロは・・・お、今回は無事みたいだな。」
小春日和の昼間。
馬車から降りたそこには見慣れた景色が広がっていた。
いつもは川の氾濫で崩れる簡易の調理台も今回は無事、そういや大雪は降ったけど大雨は一回しかなかったしな。
ここまで水が上がってこなかったんだろう。
ゴミもそこまで無いし、この分ならすぐに調理ができそうだ。
「ここが、シロウさんの秘密の場所なんですね。」
「別に秘密ってわけでもないけどな。実際にこうやって連れて来てるわけだし。」
「あ、そっか。」
「おーいルティエ、自分の天幕は自分で張れよ。」
「わかってるー!」
「んじゃま俺は魔除けの香を設置してくるから、しっかりがんばれよ。」
ルティエの肩をポンポンと叩いて、俺は後ろに広がるうっそうとした森へと足を踏み入れた。
いつもはキキやアネットの仕事なのだが、生憎と今回は不参加。
というかいつものメンバーはハワードぐらいか。
さっきウーラさんとソラと一緒に馬車から大量の調理器具を降ろしていた。
今日の夜は川魚のフルコースって感じだろうか。
楽しみだ。
アロマお手製の特別な魔除け香を等間隔で木にぶら下げていく。
効果は丸一日。
明日の昼前には撤退するのでそれまで持てば上々だ。
今年一発目の原石回収。
いつもは休暇も兼ねて皆で行くのだが、今回はマリーさんとエリザの出産後すぐということで見送りになった。
が、原石が無ければルティエ達は商売ができないので、それなら自分で回収してもらえばいいってことになったわけだ。
今までは俺が仕入れてルティエたちに卸すことで利益を出していたのだが、いい加減ガーネットルージュも軌道に乗っているし要らない経費をかけるぐらいならそれを職人に還元したほうが良いという話にまとまった。
これが終わればルティエ達の仕事は俺の手から完全に離れることになる。
今後は俺がルティエから商品を買いつけ王都に流す、要は対等な関係になるわけだ。
もちろんそうなることで俺の利益は減るだろう。
だがその分職人に回る金が増え結果として新たな作品が生み出される。
それが王都で流行るのなら喜んで転売させてもらおうじゃないか。
土壌を育てるというのも商売にとっては大切なこと、其れは俺みたいな転売屋でも同じことだ。
需要が無きゃどれだけ待っても儲けは出ない。
なら、その需要を作り出せばいいわけだな。
最後の香を木にぶら下げベースキャンプに戻ると、ルティエが他の職人に見守られながら天幕の設置に悪戦私闘していた。
「あ、シロウさ~ん助けてくださいよぉ。見てるだけで誰も助けてくれないんです、ひどくないですか!?」
「じゃあ俺も見とく。」
「なんでですかぁぁぁぁ!」
半泣き、いやマジ泣きするルティエを見てまた他の職人から笑みがこぼれる。
別にいじめているわけじゃない。
自分の事は自分でするというごく当たり前の事を皆で見守っているだけだ。
何でもかんでも手を出したら子供が成長しないって言う考えと一緒だな。
「はぁ、やっとできた。」
「ご苦労さんよくがんばったな。」
「天幕を張るぐらいなら工房でアクセサリーを作ってるほうが何倍もマシなんですけど。」
「そういうなって、工房にこもってたらこんな美味い空気吸えなかっただろ?」
「まぁ、確かに空気は美味しいんですけど。」
まだ誰も手伝ってくれなかったことに怒っているらしい。
まだあどけなさの残る顔でプリプリと怒るさまはレディ、とはまだいえないなぁ。
「おーい、ひと働きした後は休憩したらどうだ?香茶が入ったぞ。」
「あ、飲みます!」
「それが終わったら各自話し合った作業についてくれ。魚班死ぬ気で釣れよ、釣果が少なかったら分かってるよな?」
「安心するアル、魚がいなくなるまで釣り上げるアル。」
「俺はシロウさんと一緒に原石の採取だぜ。まってろよ俺の可愛い子ちゃんたち!」
各自気合十分って感じでなによりだ。
今回参加したのは俺達を入れて総勢12人。
それを調達、釣り、調理の三班に分けておいた。
ルティエが調理なのはいささか不安だが、まぁハワードがいれば不味い物はでてこない、はずだ。
釣りにはウーラさんが調達にはソラがくっついてくる。
水はまだまだ冷たい、いつもは俺が潜るのだが今回は若いのに任せるとしよう。
休憩を追え各自持ち場へ。
夏場はともかく春先は川辺にも火をたいておかないと大変なことになる。
いや、マジで。
「おぉぉぉぉ!可愛い子ちゃんがあんなにたくさん!待ってろ!今行くぞ!」
「勝手に行くのはいいが、準備運動して入らなかったら死ぬぞ。」
「俺の愛を舐めないでくださいよ、そんな障害この熱い思いに比べたら・・・ってぇ!冷たい!無理!死ぬ!何だあれ!」
「だから言っただろうが。」
火起こしをしている最中にディアスは服を脱ぎ始め、制止を聞かずにロープを巻いて水の中へ。
だが、勢いよく腰まで入ったところで悲鳴を上げながら引き上げてきた。
残念な奴め。
ガタガタと震えながらぬれた足を必死に暖めようとするも、まだ火はそこまで大きくなっていない。
だから待てって言ったのに。
「なんだ、お前の愛はそんなもんか?」
「そそそんなことはない!俺の愛はもっと深く強いんです!」
「ならもう一回いけるよな。」
「せめてもう少し火が大きくなってからでお願いします。」
腰をきっかり90度にまげて頭を下げられても困るんだが。
相変わらず面白い奴だよ、お前は。
もちろんディアスはしっかりと自分の愛を証明して見せ、唇を紫色にしてガタガタと震えながらも回収してきた原石を離す事は無かった。
なんだかんだで俺も二度ほど潜ることになったけど、まぁ覚悟はしていたし過去にやっているので問題は無い。
とはいえ寒いのは寒い。
ディアス同様震えながら毛布を被り火の傍で暖を取る。
「夏はもう少しマシになるし、外が暑いからそこまで寒くないはずだ。できるよな?」
「正直もうやりたくない。」
「可愛い子達がまだまだ眠ってるのにか?ここだけじゃなく釣りが終わったら上流にも行くぞ、あっちにもまだ山のようにあるからな。」
「マジか。」
「むしろ今までの需要をたったこれだけで賄えると思ってるのか?ガーネットルージュは今やお前らの主力、この数倍回収しても使えるのは半分以下だってわかってるだろ。今後は自分達で回収から仕分け、選別までするんだからしっかりしろよ副リーダー。」
いまや職人集団となった彼らを取りまとめているのがルティエ。
そのサポートとしてディアスとフェイが、他にも大勢の職人が各々の得意とするところで助け合っている。
一応俺も相談役という形で所属はしているも、形だけだ。
今回の回収が成功すれば正式に手を引くつもりだし。
「俺を待っている子がまだいるのか。」
「あぁ、まだまだいるぞ。向こうは特に大きいのが多い。」
「大きいのはいいことだ!待ってろ俺の可愛い子ちゃん!」
突然がばっと立ち上がり、毛布を下に落としたままディアスは上流へと走っていってしまった。
いや、まだ向こうで魚釣ってるから。
ほら、フェイに怒られてる。
そんなこともありながらも、無事に夜を迎えることができた。
予定よりも多くの原石を回収できたので夏までは十分持つだろう。
魚も大量に手に入ったので残った分は持ち帰って干物にするべく、サモーンのときのように即席の生簀に入れてある。
万事全て順調。
次回以降は戸惑うこともあるだろうが、道具さえ貸せばなんとかなるはずだ。
「シロウさん、お疲れ様でした。」
「おぅ、お疲れさん。予定通りたくさん見つかってよかったな。」
腹も満たされ早々に寝始める職人もいる中、焚き火に当たる俺の横にルティエが静かに現れた。
「おかげで次までは何とかなりそうです。大きいのも見つかりましたし、結構人気なんですよね。」
「そうか大ぶりなのが今年の流行りか。」
「この間シロウさんに譲ってもらった爪とか尾骨も冒険者には好評ですよ。お守りブームなんですかね。」
どうやらルティエは暖めたミルクに琥珀酒を垂らすというなかなかかわいらしい飲み方をしているようだ。
俺?
俺はいつもの通り琥珀酒の発泡水割り。
酔いが回っているからかいつも以上にルティエの距離が近い。
風呂に入れないからか香水をつけているようでいつもとは違う匂いが鼻腔をくすぐった。
甘い女の匂いがする。
「ルティエ。」
「なんですか?」
「香水付けすぎ。」
「え、嘘!」
「マジで。まったく、普段つけなれないからって量間違えただろ。首元は直接吹き付けるんじゃなくて手首につけた残りをこすり付けるんだよ。匂いで酒の香りがとんじまったじゃねぇか。」
「うぅ・・・ずみばせん。」
気合を入れたはずが裏目に出てしまい小さくなってしまった。
まぁ、そういうのも経験だ。
今後気をつければ良いだけの話だしな。
「まぁ、それはさておき。さっきディアスにも言ったが次回の回収は自分達でやってもらう。今後は完全に俺から独立して・・・。」
「それなんですけど、お断りします。」
「は?」
「よく考えたんですけど、そもそも回収まで自分達でする必要ないと思うんですよね。他の材料を商人さんから仕入れるように、原石だって今までどおりシロウさんから仕入れたらいいんです。自分で調達するようになると安定した品質の原石が手に入らない場合もあるじゃないですか。そうなったときにどこにも責任を押し付けられないんですよね。」
まさかの返事が返ってきて俺の目が点になっていた気がする。
いや、なってた。
いやいやいや、何でそんな返事になるんだ?
原石を俺から買わなくなったらその分の金を他の職人に回せるねって自分で言い出したんじゃないか。
え、どういうことだ?
「なのでシロウさんには引き続き原石の手配をお願いします。あ、でもでも人手が足りないとかなら喜んで参加するってディアスが言ってました!」
「言ってねぇ!」
「本当にそれでいいのか?」
「お金は欲しいです。でも、それならもっといい物を作って別の方法でお金を稼ぎます。来年にはガーネットルージュだって飽きられちゃうだろうし、他の子達をもっともっと輝かせる作品を作ればいいだけですから。」
お金は欲しい。
でも、そこに労力をかけるなら自分の得意なことに労力をかけたい、そういうことなんだろう。
ルティエの目は真剣そのもので、冗談とか適当な感じで言っている感じは一切無い。
というかそういうこと言うようなやつじゃないしな。
「そういうことなら了解した。」
「それに、完全独立したらシロウさん様子を見に来てくれなくなるじゃないですか。」
「え、そこ重要?」
「重要です!私、もっとがんばってもっともっと綺麗になって、胸だってハーシェさんみたいに大きくてお尻だってミラ様みたいになりますから。だから、見守ってください。」
「悪いが最後の二つは無理だろ。」
「そんなことありません!」
本人はいたって本気だが、話を聞いていた他の職人達はかわいそうな目でルティエを見ている。
その視線に気づかないまま、ルティエは俺をじっと見つめ続けた。
「まぁ、期待しないで待ってるさ。」
「はい!」
「ちなみに次回作の候補ぐらいはあるんだよな?」
「え?」
「それだけの啖呵を切ったんだ、それはもう凄い奴があるからこんな事してられないって事なんだよな?だろ、ルティエ。」
「えーっと、あはははは・・・。あ、私眠くなったんで寝ますね!おやすみなさい!」
「逃げた。」
「逃げたアルな。」
「うるさいうるさい!はやくねろばーか!」
捨て台詞にしては中々最低な感じだが、まぁ期待しないで待っていてやるさ。
こうして引継ぎ旅行は不発に終わったのだが、たまには職人の気晴らしを兼ねて出かけるのもいいかもしれない。
とりあえず次は夏、もう一回声かけてやろうかね。
小春日和の昼間。
馬車から降りたそこには見慣れた景色が広がっていた。
いつもは川の氾濫で崩れる簡易の調理台も今回は無事、そういや大雪は降ったけど大雨は一回しかなかったしな。
ここまで水が上がってこなかったんだろう。
ゴミもそこまで無いし、この分ならすぐに調理ができそうだ。
「ここが、シロウさんの秘密の場所なんですね。」
「別に秘密ってわけでもないけどな。実際にこうやって連れて来てるわけだし。」
「あ、そっか。」
「おーいルティエ、自分の天幕は自分で張れよ。」
「わかってるー!」
「んじゃま俺は魔除けの香を設置してくるから、しっかりがんばれよ。」
ルティエの肩をポンポンと叩いて、俺は後ろに広がるうっそうとした森へと足を踏み入れた。
いつもはキキやアネットの仕事なのだが、生憎と今回は不参加。
というかいつものメンバーはハワードぐらいか。
さっきウーラさんとソラと一緒に馬車から大量の調理器具を降ろしていた。
今日の夜は川魚のフルコースって感じだろうか。
楽しみだ。
アロマお手製の特別な魔除け香を等間隔で木にぶら下げていく。
効果は丸一日。
明日の昼前には撤退するのでそれまで持てば上々だ。
今年一発目の原石回収。
いつもは休暇も兼ねて皆で行くのだが、今回はマリーさんとエリザの出産後すぐということで見送りになった。
が、原石が無ければルティエ達は商売ができないので、それなら自分で回収してもらえばいいってことになったわけだ。
今までは俺が仕入れてルティエたちに卸すことで利益を出していたのだが、いい加減ガーネットルージュも軌道に乗っているし要らない経費をかけるぐらいならそれを職人に還元したほうが良いという話にまとまった。
これが終わればルティエ達の仕事は俺の手から完全に離れることになる。
今後は俺がルティエから商品を買いつけ王都に流す、要は対等な関係になるわけだ。
もちろんそうなることで俺の利益は減るだろう。
だがその分職人に回る金が増え結果として新たな作品が生み出される。
それが王都で流行るのなら喜んで転売させてもらおうじゃないか。
土壌を育てるというのも商売にとっては大切なこと、其れは俺みたいな転売屋でも同じことだ。
需要が無きゃどれだけ待っても儲けは出ない。
なら、その需要を作り出せばいいわけだな。
最後の香を木にぶら下げベースキャンプに戻ると、ルティエが他の職人に見守られながら天幕の設置に悪戦私闘していた。
「あ、シロウさ~ん助けてくださいよぉ。見てるだけで誰も助けてくれないんです、ひどくないですか!?」
「じゃあ俺も見とく。」
「なんでですかぁぁぁぁ!」
半泣き、いやマジ泣きするルティエを見てまた他の職人から笑みがこぼれる。
別にいじめているわけじゃない。
自分の事は自分でするというごく当たり前の事を皆で見守っているだけだ。
何でもかんでも手を出したら子供が成長しないって言う考えと一緒だな。
「はぁ、やっとできた。」
「ご苦労さんよくがんばったな。」
「天幕を張るぐらいなら工房でアクセサリーを作ってるほうが何倍もマシなんですけど。」
「そういうなって、工房にこもってたらこんな美味い空気吸えなかっただろ?」
「まぁ、確かに空気は美味しいんですけど。」
まだ誰も手伝ってくれなかったことに怒っているらしい。
まだあどけなさの残る顔でプリプリと怒るさまはレディ、とはまだいえないなぁ。
「おーい、ひと働きした後は休憩したらどうだ?香茶が入ったぞ。」
「あ、飲みます!」
「それが終わったら各自話し合った作業についてくれ。魚班死ぬ気で釣れよ、釣果が少なかったら分かってるよな?」
「安心するアル、魚がいなくなるまで釣り上げるアル。」
「俺はシロウさんと一緒に原石の採取だぜ。まってろよ俺の可愛い子ちゃんたち!」
各自気合十分って感じでなによりだ。
今回参加したのは俺達を入れて総勢12人。
それを調達、釣り、調理の三班に分けておいた。
ルティエが調理なのはいささか不安だが、まぁハワードがいれば不味い物はでてこない、はずだ。
釣りにはウーラさんが調達にはソラがくっついてくる。
水はまだまだ冷たい、いつもは俺が潜るのだが今回は若いのに任せるとしよう。
休憩を追え各自持ち場へ。
夏場はともかく春先は川辺にも火をたいておかないと大変なことになる。
いや、マジで。
「おぉぉぉぉ!可愛い子ちゃんがあんなにたくさん!待ってろ!今行くぞ!」
「勝手に行くのはいいが、準備運動して入らなかったら死ぬぞ。」
「俺の愛を舐めないでくださいよ、そんな障害この熱い思いに比べたら・・・ってぇ!冷たい!無理!死ぬ!何だあれ!」
「だから言っただろうが。」
火起こしをしている最中にディアスは服を脱ぎ始め、制止を聞かずにロープを巻いて水の中へ。
だが、勢いよく腰まで入ったところで悲鳴を上げながら引き上げてきた。
残念な奴め。
ガタガタと震えながらぬれた足を必死に暖めようとするも、まだ火はそこまで大きくなっていない。
だから待てって言ったのに。
「なんだ、お前の愛はそんなもんか?」
「そそそんなことはない!俺の愛はもっと深く強いんです!」
「ならもう一回いけるよな。」
「せめてもう少し火が大きくなってからでお願いします。」
腰をきっかり90度にまげて頭を下げられても困るんだが。
相変わらず面白い奴だよ、お前は。
もちろんディアスはしっかりと自分の愛を証明して見せ、唇を紫色にしてガタガタと震えながらも回収してきた原石を離す事は無かった。
なんだかんだで俺も二度ほど潜ることになったけど、まぁ覚悟はしていたし過去にやっているので問題は無い。
とはいえ寒いのは寒い。
ディアス同様震えながら毛布を被り火の傍で暖を取る。
「夏はもう少しマシになるし、外が暑いからそこまで寒くないはずだ。できるよな?」
「正直もうやりたくない。」
「可愛い子達がまだまだ眠ってるのにか?ここだけじゃなく釣りが終わったら上流にも行くぞ、あっちにもまだ山のようにあるからな。」
「マジか。」
「むしろ今までの需要をたったこれだけで賄えると思ってるのか?ガーネットルージュは今やお前らの主力、この数倍回収しても使えるのは半分以下だってわかってるだろ。今後は自分達で回収から仕分け、選別までするんだからしっかりしろよ副リーダー。」
いまや職人集団となった彼らを取りまとめているのがルティエ。
そのサポートとしてディアスとフェイが、他にも大勢の職人が各々の得意とするところで助け合っている。
一応俺も相談役という形で所属はしているも、形だけだ。
今回の回収が成功すれば正式に手を引くつもりだし。
「俺を待っている子がまだいるのか。」
「あぁ、まだまだいるぞ。向こうは特に大きいのが多い。」
「大きいのはいいことだ!待ってろ俺の可愛い子ちゃん!」
突然がばっと立ち上がり、毛布を下に落としたままディアスは上流へと走っていってしまった。
いや、まだ向こうで魚釣ってるから。
ほら、フェイに怒られてる。
そんなこともありながらも、無事に夜を迎えることができた。
予定よりも多くの原石を回収できたので夏までは十分持つだろう。
魚も大量に手に入ったので残った分は持ち帰って干物にするべく、サモーンのときのように即席の生簀に入れてある。
万事全て順調。
次回以降は戸惑うこともあるだろうが、道具さえ貸せばなんとかなるはずだ。
「シロウさん、お疲れ様でした。」
「おぅ、お疲れさん。予定通りたくさん見つかってよかったな。」
腹も満たされ早々に寝始める職人もいる中、焚き火に当たる俺の横にルティエが静かに現れた。
「おかげで次までは何とかなりそうです。大きいのも見つかりましたし、結構人気なんですよね。」
「そうか大ぶりなのが今年の流行りか。」
「この間シロウさんに譲ってもらった爪とか尾骨も冒険者には好評ですよ。お守りブームなんですかね。」
どうやらルティエは暖めたミルクに琥珀酒を垂らすというなかなかかわいらしい飲み方をしているようだ。
俺?
俺はいつもの通り琥珀酒の発泡水割り。
酔いが回っているからかいつも以上にルティエの距離が近い。
風呂に入れないからか香水をつけているようでいつもとは違う匂いが鼻腔をくすぐった。
甘い女の匂いがする。
「ルティエ。」
「なんですか?」
「香水付けすぎ。」
「え、嘘!」
「マジで。まったく、普段つけなれないからって量間違えただろ。首元は直接吹き付けるんじゃなくて手首につけた残りをこすり付けるんだよ。匂いで酒の香りがとんじまったじゃねぇか。」
「うぅ・・・ずみばせん。」
気合を入れたはずが裏目に出てしまい小さくなってしまった。
まぁ、そういうのも経験だ。
今後気をつければ良いだけの話だしな。
「まぁ、それはさておき。さっきディアスにも言ったが次回の回収は自分達でやってもらう。今後は完全に俺から独立して・・・。」
「それなんですけど、お断りします。」
「は?」
「よく考えたんですけど、そもそも回収まで自分達でする必要ないと思うんですよね。他の材料を商人さんから仕入れるように、原石だって今までどおりシロウさんから仕入れたらいいんです。自分で調達するようになると安定した品質の原石が手に入らない場合もあるじゃないですか。そうなったときにどこにも責任を押し付けられないんですよね。」
まさかの返事が返ってきて俺の目が点になっていた気がする。
いや、なってた。
いやいやいや、何でそんな返事になるんだ?
原石を俺から買わなくなったらその分の金を他の職人に回せるねって自分で言い出したんじゃないか。
え、どういうことだ?
「なのでシロウさんには引き続き原石の手配をお願いします。あ、でもでも人手が足りないとかなら喜んで参加するってディアスが言ってました!」
「言ってねぇ!」
「本当にそれでいいのか?」
「お金は欲しいです。でも、それならもっといい物を作って別の方法でお金を稼ぎます。来年にはガーネットルージュだって飽きられちゃうだろうし、他の子達をもっともっと輝かせる作品を作ればいいだけですから。」
お金は欲しい。
でも、そこに労力をかけるなら自分の得意なことに労力をかけたい、そういうことなんだろう。
ルティエの目は真剣そのもので、冗談とか適当な感じで言っている感じは一切無い。
というかそういうこと言うようなやつじゃないしな。
「そういうことなら了解した。」
「それに、完全独立したらシロウさん様子を見に来てくれなくなるじゃないですか。」
「え、そこ重要?」
「重要です!私、もっとがんばってもっともっと綺麗になって、胸だってハーシェさんみたいに大きくてお尻だってミラ様みたいになりますから。だから、見守ってください。」
「悪いが最後の二つは無理だろ。」
「そんなことありません!」
本人はいたって本気だが、話を聞いていた他の職人達はかわいそうな目でルティエを見ている。
その視線に気づかないまま、ルティエは俺をじっと見つめ続けた。
「まぁ、期待しないで待ってるさ。」
「はい!」
「ちなみに次回作の候補ぐらいはあるんだよな?」
「え?」
「それだけの啖呵を切ったんだ、それはもう凄い奴があるからこんな事してられないって事なんだよな?だろ、ルティエ。」
「えーっと、あはははは・・・。あ、私眠くなったんで寝ますね!おやすみなさい!」
「逃げた。」
「逃げたアルな。」
「うるさいうるさい!はやくねろばーか!」
捨て台詞にしては中々最低な感じだが、まぁ期待しないで待っていてやるさ。
こうして引継ぎ旅行は不発に終わったのだが、たまには職人の気晴らしを兼ねて出かけるのもいいかもしれない。
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