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877.転売屋は肉を巻く

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ポカポカ陽気に誘われるように、朝の仕事を終えた俺は市場をウロウロしていた。

本当はミラが来るはずだったんだが、体調が悪いようで見送ることになった。

そろそろつわりも強くなるし無理はしないほうがいいだろう。

ってことで、一人でのんびりと市場を歩いて回る。

リーシャセンサーで掘り出し物を見つけるのは簡単なのだが、自分で見つける力が疎かになりそうなのでそのへんはしっかりしないと。

「んー、ハズレか。」

「どうした兄ちゃん残念そうな顔して。」

「いや、色々見て回ったんだがいいものが無かっただけだ。」

「そんな毎回ポンポン見つかったら苦労は無いよ。」

「いやまぁそうなんだけどな。」

おっちゃんには心配され、おばちゃんには呆れられる。

でもまぁこれもいつもの事、おばちゃんなりの愛情表現だと勝手に思っているわけだけど。

だって本人に言ったら怒られるし。

しかし手ぶらで帰るのもなぁ。

「そんな兄ちゃんに渡したいものがあるんだが。」

「ん?」

「この前大量にバターを注文してくれただろ?今年は小麦の不作で中々売れなくて困ってたんだが、おかげで無事に在庫がはけた、助かったよ。」

「あぁそんなこと気にしなくてもよかったのに。むしろ急な話だったのに用意してもらった俺がお礼を言うほうだ。おかげでいい贈り物ができた。」

「そいつは何よりだ。でな、これがその渡したいものって奴なんだが・・・。」

そういいながらおっちゃんがわざわざ収納かばんから出してきたのは肉の塊。

よく見ると生肉ではなく加工してあるのが分かる。

これは・・・ベーコン?

「随分大量のベーコンだな。」

「冬に仕込んだ奴なんだが、ここ最近ディヒーアやらロングホーンやらの肉が大量に流れて値段が下がってるらしくてな、この前儲けさせて貰った分で息子の所から定価で買ったんだ。とはいえここで売るのは無理だろうし、値引くするぐらいなら兄ちゃんに安く売ってやろうと思ったんだよ。全部で銀貨30枚でいいぞ、どうだ?」

「いや、安すぎるだろ。」

「そうでもないぞ?」

「いいや、安すぎる。この子は金持ってるんだからふんだくってやったらいいんだよ。」

「そうそう。」

「ふんだくるって、兄ちゃんも肯定するなよ。」

おばちゃんのいうように金はあるんだ、遠慮なんてする必要は無い。

もちろん過剰に高い値段で買うつもりも無いが、おっちゃんの所の加工食品は味良し品質よしだからな、多少高くても前々問題ない。

屋敷に持ち帰ればハワードとドーラさんが美味しい料理を作ってくれるに違いない。

「銀貨50枚な。」

「いいのか?」

「それが適正価格だ、多すぎると思ったらまた息子さんの所でいい感じのを仕入れてきてくれ。」

「わかった、ありがとうな。」

「いいってことよ。で、おばちゃんどれぐらいいる?」

「そんな大量に食べられるわけ無いだろ、三切れもありゃ十分さ。」

まぁそれもそうか。

代金をおっちゃんに渡して多量のベーコンをゲット。

とはいえ、さすがにこれ全部持ち帰ってもあまってしまうので、せっかくだからおすそ分けするとしよう。

「おーい、アグリ。」

「これはシロウ様、どうしました?」

「いい感じのベーコンを買ったんで御裾分けだ。」

「これは立派な、わざわざありがとうございます。」

「この間息子達がずいぶんとがんばってくれたそうじゃないか、お礼言っといてくれ。」

この前の掃除の時、俺は北側を担当していたので詳しく知らないんだが、アグリと共に息子二人ががんばっていたとガキ共から聞いていた。

まだまだ手伝いをしている立場なのでそれで報酬が上がるわけではないのだが、がんばりに報いるのが雇用主という奴だ。

美味しい料理を作ってもらうといい。

ベーコンといえばポトフに入れると美味しいよなぁ、それかカリカリに焼いて卵に乗っけるのもありだ。

あぁ、腹が減ってきた。

「そうだ、よろしければアスペルジュを持ち帰られますか?ちょうど今日収穫したところなんです。」

「アスペルジュ?」

「見ていただいたほうが早いですね、温室へどうぞ。」

てっきり畑かと思ったが案内されたのは温室。

その前おかれた木箱「小」に詰め込まれていたのは、見覚えのある細長い野菜だった。

「あぁ、アスパラか。」

「シロウ様の所ではそういう名前なんですね。」

「アスパラガスっていってな、これみたいに緑色のとあと白いのがある。」

「ホワイトアスペルジュは畑でも栽培していますが、収穫できるのはもう少し先になるかと。」

「これにベーコンを巻いて焼くとうまいんだよなぁ。」

「その食べ方はご一緒なようですね。」

アスパラベーコン巻き。

茹でてそのままマヨネーズもはずせないが、せっかくこの二つが組み合わさるんだからこれしかないだろう。

さすがに木箱全部を貰うわけには行かないので、三分の一ほどを定価より少し安く譲ってもらい屋敷に戻る。

『アスペルジュ。春先に地面から生えてくる野菜で、その成長速度から食べると背が伸びると子供に信じられている。歯ごたえがよく、サッパリとした甘さは肉との相性がいい。最近の平均取引価格は銅貨20枚。最安値銅貨18枚、最高値銅貨35枚、最終取引日は本日と記録されています。』

まだ出始めなので取引価格は高めだが、これから地のものが出始めるともっと安くなるだろう。

「どっちもすごい量ですね。」

「今日の夕食はアスペルジュのベーコン巻きで決定だな。」

「いいですねぇ、美味そうです。」

「私はゆがいた奴がいいなぁ。」

「それならマヨネーズがお勧めだ。ハワード、卵まだあったよな?」

「もちろんです。」

「やった!まっよね~ず~。」

マヨネーズが出ると聞き、エリザが不思議な歌を唄い始める。

そんなに好きだったっけ、マヨネーズ。

とりあえずベーコンとアスペルジュをハワードたちに押し付け、俺は俺で準備をする。

押し付けはしたものの、どちらもかなりの量があるので屋敷で消費しきれないのは確実。

なら、傷む前に旬のものと合わせて売るのが一番だろう。

裏庭に大なべを用意して、お湯が沸いたところでした処理したアスペルジュを投入。

甘い匂いと共に見る見るうちに鮮やかな黄緑色に変化していくのがおもしろい。

火が通ったところでさっと取り出し、半分の長さに切る。

そうそう、爪楊枝も忘れちゃいけないよな。

『ニードルブランチ。サボティーヌが飛ばしてくる鋭い針状の枝で非常に鋭く、程よい長さから料理などに多用されている。最近の平均取引価格は銅貨2枚。最安値銅貨1枚、最高値銅貨3枚。最終取引日は本日と記録されています。』

サボティーヌが大量に飛ばしてくるので取引単位は100本で銅貨2枚。

それでも需要が尽きないので新人冒険者が小遣い稼ぎに回収している。

一口大に切ったアスペルジュを少し分厚く切ったベーコンで巻き、爪楊枝でとめればあっという間にアスパラベーコンの完成ってね。

地道な作業を延々と繰り返し、それでもベーコンが余るのでソラに走ってもらって追加で畑から買ってきてもらった。

出来上がったのは山のようなアスパラベーコン、その数400。

さすがに多すぎて途中でハーシェさんとキルシュが手伝ってくれた。

「疲れた。」

「何へばってるのよ、これを売るんでしょ?」

「いやまぁ、そうなんだがとりあえず飯食ってからな。」

「え、遅くない?」

「さすがにこの大きさで腹は膨れないからな、ツマミだ。」

分厚くベーコンに巻かれているとはいえおかずはおかず。

値段もせいぜい一本当たり銅貨5枚しか取れない。

それだけで稼げるのはせいぜい銀貨20枚程。

ベーコンとアスパラの代金がおおよそ銀貨70枚なので大赤字もいいところだ。

もちろん、これ単体で売った時の話だけどな。

これだけで赤字なら別に原価率の高いものを一緒に売ればいい。

幸いにも南方から買い付けたばかりの珍しいエールがあるので、それを一緒に売ってみよう。

カリカリに焼いたペパペッパーと岩塩たっぷりのアスパラベーコンを、程よく冷えたエールと共に頂く。

うん、最高だろ?

本当はマスターの店で売ってもらうつもりで預けておいたんだが、早速使い道ができたな。

とりあえず腹が空いては何とやら。

ささっとハワード手製のアスパラベーコンをおにぎりと一緒に頂く。

うーん、美味い。

腹が満たされたところで用意した方を風蜥蜴の皮膜で包んで、畑へと向かう。

後はいつもの流れだ。

「やべぇ、むちゃうめぇ!」

「しゃきしゃきの食感と分厚いベーコンの塩気、最高だ。」

「なんだこのエール、少し苦いな。」

「それがいいんじゃねぇか、塩気とむちゃくちゃよく合うぞ。」

鉄板の上で転がしたアスパラベーコンの香りに冒険者が一人また一人と吸い寄せられる。

美味い酒とツマミがあれば商売はどこでもできるといういい見本だ。

春先のまだ冷たい風の中、焚き火に当たりながら飲む酒というシチュエーションもまた最高。

これもまた一種の転売・・・ではないな、さすがに。

「ったく、お前の持ち込んだ酒だからお前がどう使おうがかまわないが、こういうのをやるときは事前に連絡しろ。」

「悪かった。」

「反省してるならいい。しかし、どれもありふれた食材なのに、美味いな。」

「ありふれているからいいんだよ。食い物は旬の物に勝るものはない。」

「違いない。」

ひょいと出来上がったばかり奴がマスターの口の中に消えていく。

急な頼みにもかかわらず文句を言いながらも手伝ってくれるんだよなぁ、この人は。

ありがたい話だ。

「で?」

「ん?」

「俺に用があってわざわざ引っ張り出したんだろ?」

「何だ分かるのか。」

「一応お前との付き合いももうすぐ二年だからな。」

そうか、この秋でもう二年になるのか。

早いもんだなぁ。

この世界に来てすぐは右も左も分からなかったが、気が付けばえらそうな身分まで持つようになってしまった。

あの頃じゃ考えられなかったような立ち位置で俺は今生きている。

もちろんそれに不満はないし、それを後悔しているわけじゃない。

だが、その位置にいることで本来は考えなくてもいいことが起きてしまうのもまた事実だ。

「バーンの件、ローランド様はどう考えてる?」

「どうもこうも我関せず。いや、一応気にはしているみたいだが、それをどうこうするつもりはないと思うぞ。」

「そうか。」

「まぁ、興味を持っている連中はそれなりにいるようだが何せ裏に控えているのが王家と古龍種だからな。『神に触れねば怒りは落ちぬ』って奴だ。今はそこまで気にしなくてもいいだろう。大昔なら狙われたかもしれないが、今の世でよかったな。」

「本当にそう思うよ。また何か分かったら教えてくれ。」

「それが俺の仕事だ、お前は好きなようにやればいい。」

そういってマスターは俺の背中を二度、叩いた。

この人と最初に知り合って本当によかった。

そういう意味ではダンにも感謝しないとなぁ。

あの時拾ってもらって無かったら今頃この世界にはいなかったわけだし。

そういえば最近姿を見ないんだが、元気にしているんだろうか。

「そうさせてもらうさ。」

「シロウさん、三本ください!」

「俺、四本!」

話が途切れたところで冒険者が空いたグラスを手に追加を買いに来た。

まったく、子供かっての。

「何だお前ら酒は飲まないのか?」

「いやー、ちょっと飲みすぎちゃって。」

「バカ言え、それっぽっちで酔っ払うタマかよ。ほら、追加だ。」

「え、おごりっすか!?」

「なわけ無いだろうが。」

問答無用で空いたグラスに追加を注ぐマスター。

こういう事をしても許されるぐらいに冒険者からの信頼を得ている。

ま、俺もそれに近いことをやるけどな。

とりあえず心配の種が一つ消えたので、引き続き商売にいそしむとしよう。
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