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872.転売屋はヘルメットを開発する

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「おー、やってるやってる。」

西門から街道に出てそのまましばらく進むと、大勢の労働者が忙しそうに動き回っていた。

いたるところで土魔法や土の魔道具を使って地面が掘り返され、城壁の基礎を作るべく地盤工事が行われている。

それとは別にダンジョンから搬出された石材が各所に積み上げられ、怒号と掛け声がそこら中から聞こえてくる。

まるでここだけ還年祭が行われているみたいだ。

働いているのは老若男女問わずってかんじで、上は60を超えてそうな初老の職人から下は10を超えたばかりの子供までいる。

あんな小さいなりで何をするのかと思ったら、自分と同じ背丈の岩を軽々と運んでしまった。

この世界では見た目は子供でも中身は大人なんて言う漫画みたいな人が大勢いる。

見た目で判断しちゃいけないよな。

労働者をかき分けながら臨時の詰所へと向かうと、大きな地図を睨みながら羊男が指示を出していた。

「せいが出るな。」

「あ、シロウさん!代わってください。」

「却下だ。」

「えぇぇぇ、妻の所で講義のバイトしたじゃないですか。ここでもちょっと働いていきましょうよ。」

「土木工事は俺の専門外だよ。」

「それを言ったら私も一緒ですって。あ、そこは地盤が固めなので土魔法使いにお願いして下さい。」

俺と話しながらも的確に指示をだせるやつが何を言うか。

それにここに来たのは手伝いじゃなくて、別件で呼ばれたからだ。

これだけの巨大工事にもかかわらず、作業にあたっている人の格好はどれもバラバラ。

そりゃあ作業服なんてないから仕方ないんだろうけど、ちょっと危ない感じの人もいるんだよなぁ。

「急患!急患です!」

「またか!次はどうした!」

「崩れてきた石材の下敷きになったそうです。幸い脚の複雑骨折と裂傷だけですのでなんとかなるかと。現場で治癒魔法と無痛処置はしてあります。」

「よくやった。そこの台に乗せてくれ、ポーション持ってこい!」

詰所の横には救護所が併設されており、ひっきりなしに患者が運ばれてくる。

今運ばれてきたのは俺と同い年ぐらいの亜人のようで、担架で運ばれてきたものの結構荒々しく石材で作られた視察台に転がされていた。

脚は・・・なんていうかどちらも普通は曲がらないような明後日の方向を向いてしまっているのだが、本人はいたってケロっとした顔をしていた。

無痛処理という名の一種の麻酔薬を嗅がされているからだろう。

これもアネット手製の薬だ。

「とりあえず足を伸ばすぞ!それからポーションを飲め。良いっていうまで飲むなよ、変な方向でくっつくからな。」

「ういっす。」

「両足持ったな?よし、やれ!」

壊れた人形のように明後日を向いていた足が無理やり伸ばされ、見た目にはまっすぐになった。

その間にもボキボキだのバキバキだのいう音がこっちまで聞こえてきて正直気持ち悪い。

が、本人は特に気にした様子もなく言われるがままポーションを飲み干していた。

待つこと三分ほど。

「よし、立ってみろ。」

どう見てもヤバげな状態だったのに、彼は言われるがまま立ち上がりその場でジャンプした後に三度屈伸をして具合を確認していた。

「問題無いです。」

「ったく、どんくさいやつだな。次は気を付けろよ。」

「すんませんでした。」

ぺこぺこと頭を下げて青年は再び現場へと戻っていく。

うーむ、元の世界ならこれだけでドラマ一話分の話が作れそうなものだがあっという間に治ってしまった。

これも全てポーションと治癒魔法のおかげだが、ぶっちゃけ反則だよなぁ。

「見ているとハラハラするな。」

「そうですか?頭さえつぶれてなかったら初動の治癒魔法とポーションで何とかなりますよ。」

「それがおかしい・・・いや、なんでもない。」

この世界ではそれが当たり前なんだ、元の世界の価値観を持ち込むのは宜しくない。

気を取り直して作業を終えた医者の方へと向かう。

羊男には悪いが、今日の俺の仕事はこっちだ。

「忙しいところ悪いがポーションの追加を持ってきた。」

「お!ちょうど最後のを使い切った所だ、助かった。」

「随分消費が多いな。」

「工事の始まりはまぁこんなもんだ。まだまだ素人の集まりだし、連携もとれていないからな。」

そういうもんだろうか。

治療にあたっていたのは熊のような大男。

いや、頭に見える耳の形状から熊の亜人で間違いないだろう。

「なるほど。俺はシロウ、確かハッグさんだったな。」

「あぁ、俺がハッグだが・・・お、なかなかいいポーションじゃないか。」

「わかるのか?」

「あぁ、効果の弱いやつと違って魔素の練り込みがしっかりしている。いい錬金術師みたいだ。」

ハッグさんはポーションのふたを開け、手の甲に何滴か落としたやつを舐めていた。

味見だけで効果がわかるのか。

凄いな。

「うちお抱えの錬金術師だ、良かったらひいきにしてやってくれ。」

「名前は?」

「ビアンカだ、隣街で店を出してる。」

「しばらくはここで俺も働かせてもらう、宜しく言っておいてくれ。」

どうやらごひいきにしてくれるようだ。

せっかくなんでアネットの薬を売り込もうと思ったのだが、その後もひっきりなしに客、じゃなかった患者が運ばれてくるせいで中々話をするタイミングが無い。

手が空くまで患者の様子をみていたんだが、頭部のケガで運ばれてくるやつが多いようだ。

手足なんかは治癒魔法の使い手があちこちで待機しているからすぐに治して貰えるんだろうけど、頭部となると念のために見てもらわないといけないのかもしれない。

そういえば、工事現場にもかかわらず例のブツを装備した人がいないな。

「ったく、もう少し気を付けて仕事しろ。もう少しズレてたら中身ぶちまけてるぞ。」

「すんません。」

包帯の巻かれた頭をバッグさんが容赦なく叩く。

うーむ、医者がするんだからだ丈夫なんだろうけど、ハラハラするな。

「バッグさん、ここじゃヘルメットを被る人はいないのか?」

「へるめっと?なんだそりゃ。」

「頭部を守る帽子みたいなもんだ、硬くて少々の物が当たってもケガがしにくい。」

「そんなのを被るやつはいねぇなぁ。ランプホースの瘤を被ってる奴なら見たことあるが、兜だと視界が悪くて邪魔になる。かといって帽子程度じゃなぁ。」

「そうか、無いのか。」

俺が覚えていた違和感。

これだけ激しい工事が行われているにもかかわらず、ヘルメットをかぶっている人がいない。

あの黄色くて硬い奴を被るだけでも頭部のケガを大幅に減らせると思うんだが、ないのか。

「そういうのがあったら便利だと思うか?」

「そりゃあ頭のケガがへりゃ俺の仕事が少なくて済むってもんだ。」

「そうか。とりあえずポーションの在庫はまだあるから、追加が必要ならそこのシープさんに伝えてくれ。それじゃあまた。」

とりあえず仕事は果たした。

先生と羊男に挨拶をして、そのまま図書館へ足を延ばす。

ヘルメットの話題を出した時『ランプホース』っていうヒントをもらったので、まずはどういう奴か調べる必要があるよな。

「ランプホースか、確か背中に巨大な瘤を乗せた馬だったはずだ。」

「あー駱駝か、なるほど。」

「それがどうかしたのか?」

「いやな、その瘤を頭にかぶってケガを防げるって話を聞いたんだ。ほら、工事が始まっただろ?」

「あぁ随分と騒がしくなった。」

「けが人も増えてるからどうにかできないかって思ったんだが、ダンジョンにもいるのか?」

「それは自分で調べろ、今本を持って来てやる。」

キキがいればすぐに話を聞けたんだが、エリザの代わりに魔物の講義をしているようで大忙しのようだ。

しばらくして運ばれてきたのは三冊の本。

どれも魔物の生態について書かれた本のようで、流し読みしておおよその生態がわかって来た。

見た目は普通の馬と似た感じだが、毛深く背中に一つないし二つの巨大な瘤がある魔物で昔はその瘤の中に魔石が入っていると信じられていたらしい。

実際はただ脂肪が詰まっているだけだが、瘤そのものは非常に丈夫で切り取って帽子代わりにすることもあったんだとか。

瘤自体は非常に軽く、耐衝撃性に秀でていると別の本に書いてあった。

うーむ、読めば読むほど完璧なヘルメット用商材。

とはいえ、生息地は限られていてダンジョンの下層、もしくは岸壁地帯に生息しているんだとか。

背中の脂肪は食糧が無い時のための栄養として考えられているものの、食べても美味くなく肉も硬くて食用に向いていないようで率先して狩られるような魔物ではないらしい。

つまり、素材があまり出回らず出回っても安く買い叩かれる程度。

なら俺が買い占めても何ら問題はないよな。

「どうだい?」

「非常に参考になった。」

「それは何よりだ、お礼はこの前のジャムでいいよ。」

「気に入ったのか?」

「あぁ、アレはなかなかに美味しいね。」

気に入ってもらえて何よりだ。

図書館を後にして今度は冒険者ギルドへ。

もちろん大量のランプホースの瘤を依頼するためだ。

店で高値で買い取る事も出来るが、元値が安いので割増ししてもたかが知れている。

それなら高い依頼料を出した方が冒険者に知ってもらえるし、なによりギルドがすぐに勘づくはずだ。

「ねぇ、シロウさん。」

「なんだよバイトはしないぞ。」

「そうじゃないわよ。ランプホースの瘤なんてどうするの?」

「そりゃ使うんだよ。」

「それはわかるんだけど、あんな派手でブヨブヨしたやつ使い道なんてあるの?」

「ん?現物があるのか?」

「随分前に買い取った奴だけど、いる?」

いるにきまってるだろ。

倉庫の奥から運び出してもらって現物を確認する。

確かにブヨブヨはしているが、こんにゃくほどではない。

押すと少し凹む程度。

それよりも目を引くのが本物のヘルメットと見紛う程の鮮やかな黄色だ。

ここにあります!と自己主張するような色は現場でもよく視認される事だろう。

この感じなら加工するのもさほど難しくなさそうだ。

頭に乗せてみると適度な柔らかさが頭部をしっかりフィットする感じになる。

うーむ、まさにヘルメットとして使うために産まれた素材のようだ。

「ふふ、良く似合ってる。」

「だろ?」

「でもファッションとしては受け入れられなさそうね。」

「そもそもその為にかぶるもんじゃない、現場の環境をよくするための物だ。とりあえず一個銅貨30枚で100個、大至急で頼む。依頼料はもちろん別でな。」

「場所が場所だけど、その値段ならすぐに集まるんじゃないかしら。期待していいわよ。」

「そりゃ楽しみだ。」

よし、これで準備は完了だ。

とりあえずサンプルを持ち帰り、顎紐をどうするか考えるとしよう。

これは売れる、っていうか売る。

今後これが現場でのスタンダードになるんだ。

何事もご安全に、ってね。
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