転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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855.転売屋は職人を紹介してもらう

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「よくまぁこんなに集めたね。」

「繁殖前に駆除しろってのがギルドの要求だからな。肉も手に入るし、やらない理由が無い。」
 
「それを処理するこっちの身にもなってほしいんだけど?」

「いいじゃないか、稼げるだろ?」

「それとこれとは話が違うんだよねぇ。はぁ、仕事だからやるけどさ。」

大量に積みあがったディヒーアの毛皮を一瞬だけ見て、ブレラが大きなため息をつく。

ざっと勘定しても100は越えているだろう。

ワイバーンの襲撃はあの時だけで、その後は安定的に毎日10~20頭のディヒーアが街に運ばれてくる。

角と肝はアネットに、肉は肉屋と婦人会に流されて干し肉やジャーキーに加工されているところだ。

畑北側の燻製機はフル稼働。

来るべき春に向けて街をあげての大騒ぎ的な感じなのだが、そのあおりを受けているのがブレラの所だ。

すぐに消費される肉や薬の材料と違い、需要はあってもすぐに在庫をさばけるわけではない。

かといって放置するわけにも行かないので、処理しても処理してもさほど実入りは良くならず労力だけが積み重なる。

革はさまざまなものに使われているのだが、いかんせん単価が安いんだよなぁ。

一枚処理してもせいぜい銀貨3枚ほど。

それを加工すればもう少し値段も付くが、なめすだけとなればこれが限界だ。

ぼやきたくなる気持ちも分かる。

「一応ギルドから金は出るんだろ?」

「一応ね、それでも明日から働かなくていいってほどじゃないかな。これ全部処理しても前のビープルニールみたいに大儲けって感じにはならないよ。」

「あれはすごかったなぁ。」

「儲けはすごかったけど、忙しすぎてあの後一ヶ月は仕事したくなかったよ。」

「その節は世話になった。」

何を隠さなくてもビープルニールの皮を使ったプールは、ブレラたちの頑張りがあったからこそ成功した。

今でも夏が来ると前ほどじゃないがそこそこの売上げは上がる。

春になったら準備し始めても良いかもしれないな。

「はぁ、どうしようかなぁ。」

「買ってやりたいのは山々だが、売れるあての無い品を買うわけには行かないんでね。」

「時間をかければ売れるけど?」

「そりゃ時間をかければ何でも売れるさ。とはいえ、繁殖前のディヒーアの駆除はどこでも行われてるから出荷したところで二束三文にしかならないだろう。何か付加価値がついたら話は変わるが、なにかあるか?」

「そんなのがあったら勝手にやってるよ。」

わざわざ他人に儲け話を話す商人はいない。

いや、いてもそれが別の金になるから話しているだけだ。

それか、俺みたいに自分でやるのがめんどくさい奴だな。

もちろんそれが結果として自分のプラスになるから教えるわけで、そうじゃないなら教えたりしないけどな。

「こいつらって使い道は色々あるんだが、特別感が無いんだよなぁ。アルビノとかならかなり高値で取引されるんだろ?」

「ホワイトディヒーアは神獣として崇められてるからね、金貨1枚でも安いもんだよ。」

「そんなにするのか。」

「私も一度しかお目にかかったことないし、そもそも見つかったとしても私みたいなところに流れてくる前に金持ちが掻っ攫ってしまうのさ。」

「なるほどなぁ。」

「色をつけるだけで良いならいい染め手を知ってるけど・・・。」

そこまで言ったところでブレラが口を閉ざしてしまった。

失言というよりも言っていいのか悩んでいるって感じだ。

「なんだよ、気になるだろ。」

「扱ってるのが随分と地味な色でね、私は好きなんだけど冒険者は派手な色を好むでしょ?だからあんまり流行ってないんだ。」

「そこ、詳しく。」

「インディードルブルーっていってね、ダンジョンにしか生えていないインディードルっていう植物から搾り取った煮汁で染めるんだよ。黒に近い青色でね、染め終わった後に何度も洗うと少しずつ色が抜けていくんだ。だけどいい色になるには随分時間が掛かるから、それまでに飽きられちゃうんだよね。」

ブレラの話を聞いて最初に思い浮かべたのは、昔どこかの島でやった藍染だ。

あれも最初は濃い色だが、洗えば洗う程にいい感じに色が抜けてくる。

夜のほんの少し手前に垣間見える濃紺、あれを染め上げることが出来たらと地平線を見るたびに思っている。

もし、そんな色のかばんや財布があったら間違いなく買うな。

「ふむ、興味がある。」

「え、本気?」

「なんだダメなのか?」

「そんなことないし、もし気に入ってもらえたらあの子も喜ぶと思うけど・・・。」

「けどなんだよ。」

「癖が強いんだよね。シロウさんなら大丈夫だと思うけど、先に謝っておくね。」

いや、今謝られてもまったく意味が分からないんだが?

とりあえずその職人を紹介してもらう為に、ブレラ達の使っている職人通りの奥へと進む。

薬剤と血が混ざったなんともいえない匂いの中、一番奥の扉をブレラは叩いた。

「スカイ、いる?」

「いるけど手が離せないんだ、むしろ手伝って。」

「お客さんも一緒なんだけど。」

「え、じゃあヤダ。」

いや、ヤダって・・・。

いきなりの拒絶にブレラと二人で顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

確かに一癖も二癖もありそうな感じだが、生憎そういう人間が周りにいすぎてあまり気にはならない。

俺からしてみれば金になる仕事をしてくれれば性格とか癖とかどうでもいいんだよな。

「あー、でも手伝って欲しいし・・・。いいよ、入って。」

「後で文句言わないでよ。」

「それは保障できないかな。」

結局どっちなんだよという突っ込みはさておき、本気でやばそうな感じらしくブレラが扉を開けて中へと飛び込んでいった。

少し遅れて俺も入ったのだが、最初に感じたのは地面の暗さ。

光は差し込んでいるはずなのに、地面はまるで夜空のように深い黒で染められていた。

いや違う。

黒っぽく見えるけど黒じゃない。

まるで俺の追い求めていた夜空のような濃紺。

そう意識だけで地面に転がった石がまるで星のように見えてしまうんだから不思議なものだ。

そんな夜空を踏みしめながらさらに奥に進むと、陽の光が差し込む小さな井戸の前でブレラともう一人の女性がこれまた濃紺の素材と格闘していた。

布?違うな、皮か。

丸まったそれを二人掛かりで持ち上げようとしているが、あまりに重いのかずるずると落ちかけている。

あわてて駆け寄り、地面に触れる前に救出することに成功した。

「あ!ダメ!」

「ん?」

「あーあ、服が汚れちゃった。」

「なんだそんなことか。洗えば落ちるだろ。」

「落ちないから注意したのに。私知らないよ?高くても弁償しないからね。」

抱きかかえるようにして持ったせいで、皮に触れた部分がべっとりと汚れてしまった。

よく見れば腕も足もポタポタと滴る液体で見る見るうちに汚れていく。

「別に弁償してもらうつもりはないし、そもそもそんな高い服は着ていないから気にしないでくれ。」

「ならいいけど。」

「スカイったら、皮を染めるなら声かけてっていったじゃない。」

「かけたよ。でも積みあがった皮を見上げて放心してたじゃない、だからよ。」

エルロースのうさ耳を取るとこんな感じだろうか。

すらりとした長身のその人女性は青色のエプロンをもっと濃い青に染めながら文句を言う。

染め液が付いたまま頬をぬぐったんだろう、紺色の筋が白い肌に何本か描かれていた。

とりあえずこれを何とかしないと話にならないので、指示を受けるまま作業を手伝いなんとか片付けることが出来た。

しかし、アレがこんな感じに染まるとは。

『ワイバーンの皮膜。空を高速で翔る翼竜の皮膜は、見た目以上にしなやかでどんな風の抵抗をも推進力に変えることが出来る。そのしなやかさと丈夫さから帆船や馬車のほろなど様々なものに用いられている。最近の平均取引価格は銀貨20枚。最安値銀貨14枚、最高値銀貨23枚。最終取引日は三日前と記録されています。』

バーンが仕留めたワイバーンは、街に運ばれ血の一滴余すことなくバラバラに解体された。

てっきり骨とか内臓は残ると思ったのだが、どれも何かしらの材料になるらしく地面に流れた血以外本当に何も残らなかったんだからすごいよなぁ。

その際に剥ぎ取られた皮膜がこれなんだろう。

何度も染め液につけられたそれは、鮮やかな紺色をたたえている。

「とりあえずお疲れ様、それとありがとう。ブレラの紹介だからてっきり金目当ての商人かと思ってたけどそうじゃないんだね。」

「ちょっと、どういう意味。」

「そのまんまだけど?」

「あのねぇ、私がどれだけここに来たがってる商人を吟味してると思ってるの。ほんと、失礼しちゃう。」

やれやれという感じでため息をつくブレラとは対照的に、彼女は俺をじっと見てくる。

品定めというやつだろうか。

「別に間違ってないだろ。俺も金儲けが大好きな商人の一人だし。」

「ほら。」

「本人はそう言っても、私には他の商人と一緒に出来ないんだけど。」

「そうなの?」

「多分売れるからって言う理由で何も考えずにぽんと金貨100枚出すのよ?おかしいじゃない。」

「なぁ、さすがにそれはひどくないか?」

「でも事実でしょ?」

事実かもしれないが、初対面の人相手にその説明はどうかと思うぞ。

どう考えてもドン引き・・・してないな。

ブレラの話なんて興味ないという感じでさっきと同じくじっと俺を見てくる。

なんだろう、気になることでもあるんだろうか。

「なんだ?」

「ううん、悪い人じゃなさそうだなって。」

「今のでわかるのか?」

「わかる。だって、私の紺色がこんなに似合う人は滅多にいないもの。」

そういって藍色に深く染まったズボンを指差し彼女は静かにうなずいた。

そんな理由で、なんていうのはよろしくない。

優秀な職人に変人が多いのはどの世界でも同じこと。

目の前で染まる皮膜を見て俺も似たような感覚を覚えていた。

これは売れる。

冒険者には受けが悪いとブレラは言っていたが、俺はそうは思わない。

この世界に来て前以上に研ぎ澄まされた俺の商売勘がそう告げている。

満足そうに頷く彼女を見ながら、俺はどうやって仕事の話を切り出すか考えを巡らすのだった。
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