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849.転売屋は遺物を手に入れる

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「ねぇ、こんなところで何してるの?」

「見て分かるだろ、店だしてるんだよ。」

「それは見れば分かるけど。一体どこの世界に露店を出す貴族が・・・いえ、貴方に一般常識を当てはめるのは無理な話でしたわね。」

「喧嘩しに来たのか挨拶しに来たのかどっちなんだよ。」

14月。

いよいよ冬最後の月になり、去り行く冬を名残惜しむかのように寒波がやってきた日の昼前のことだった。

市場の片隅に屋台を出して客にラーメンを出していると、ナミル女史がどこからとも無く現れ俺の顔を見て大きなため息をついた。

喧嘩なら買うが、それが目的ではないだろう。

見た感じ顔色はよく、風邪は完全に完治したと見える。

長引いた冬風邪もやっと下火になり、いつもの日常が戻ってきた。

この感じだと女豹の街も落ちついたんだろう。

「お礼を言いに来たんだけど、ここよろしいかしら?」

「客なら断る理由は無いさ、適当に座ってくれ。」

入れ違うようにして出て行った冒険者が座っていた場所を片付けて、グラスに冷たい水を注ぐ。

メニューは一つだけしかないので、客が座ったらそれを提供するという無注文スタイル。

食べ終わったら代金を置いてさっきの冒険者のように出るだけなので回転効率が非常によろしい。

何より提供している方がマイペースで仕事が出来るのがいいよな。

「ほいお待ちどう。」

「これは、何かしら。」

「ラーメンだよ。美味いぞ。」

「香りは良いかもしれませんが、私の舌を満たせるかは別の話・・・あら、美味しいじゃない。」

お上品に行くのかと思ったが、いつの間に使えるようになったのか器用に箸を使って麺を掴みすばやく口に運ぶ。

さすがにすすることはしなかったが、どうやらお口にあったようだ。

その後もひっきりなしに客が来たせいで相手を出来なかったが、女豹は何も言わず静かにラーメンを完食、なんならスープまで飲み干していた。

「お気に召したようで。」

「冒険者向けの食事と思ったけれど、思ったより美味しくて驚いたわ。この縮れた麺がよくスープに絡んで、それに思った以上にサッパリしているのね。まったく、自分で料理を客に振るまう貴族なんて貴方ぐらいなものよ。」

「褒め言葉だよ。で、これを食いに来たわけじゃないんだろ?」

「さっきも言ったようにお礼を言いに来たの、この間私と私の街を守ってくれたお礼を言いそびれてしまったから。」

「あぁ、何だそんなことか。」

てっきりもっと深刻な話なのかと思ったが、ただのお礼参り・・・じゃなかったお礼を言うためだけにこんなところまで来たのか。

おそらくは俺を探してあっちこっちいったんだろう。

「そんなこと、なのよね貴方にとっては。」

「俺からしてみれば金になるからやっただけだしな。あぁ、それと化粧品とサプリメントの為だ。どうだ、何とか軌道に乗りそうか?」

「工場の稼動率は今七割ぐらいかしら。風邪は何とか治まったけど完治したってわけじゃないからまだ休んでいる人がいるのよね。でも、あれだけの被害が出て死者が数人で済んだのは本当に奇跡よ。あの時薬が無かったら、あの時船で逃がすことが出来なかったら、そんなことを考えたらお礼だって言いたくなるでしょ?」

「船の件はガレイが勝手にやっただけだ、礼と費用は向こうに頼む。」

動かす判断をしたのは船長であるガレイで、その件に関しては俺は一切かんでない。

なのでお礼や謝礼を俺に言うのはおかしな話だ。

「それはもう済ませてきたわ。」

「そりゃご苦労さん。ってことで俺も礼は聞いたから終わりで良いよな?代金は銅貨30枚、その上に置いておいてくれ。俺はちょっと洗い物を・・・っておいおい、多すぎだろ。」

「あら、そうかしら。」

「どこの世界に銅貨30枚のラーメンに金貨を積み上げる奴がいるんだよ。」

「ここにいるじゃない。」

「いやまぁそうなんだが。」

そんな話をしながらもお上品に取り出した革袋から金貨が取り出され、カウンターの上に積み上げられていく。

ざっと数えるだけで10枚はあるだろうか。

場違いの光景に席を立とうとしていた冒険者が信じられないという目でそれを見ていた。

安心しろ、俺も同じ気持ちだ。

結局全部で18枚の金貨を積み上げたところで女豹の手が止まった。

「で?」

「この間の薬代、それとその後の食事代も含んでるわ。明細は先に渡してあるから屋敷に戻って確認して頂戴。」

「先に屋敷に行ったんならここで払う必要なかったんじゃないか?」

「それじゃ御礼にならないじゃない。」

「そういうもんか。」

「それと、これは個人的なお礼。」

さっきのは街を救ったお礼で、本命はこっちか。

足元に置いていたと思われるビッガマウスの頬袋の中から取り出されたのは、一抱えもあるつぼだった。

随分と古ぼけており、一目で骨董品と分かる。

正直そういうのは興味ないんだが・・・。

「なんだこれ。」

「貴方にこそ相応しい壷だとおもうの、是非受け取って頂戴。」

「骨董品には興味ねぇなぁ。」

「渡した後は好きにしてくれて良いわ、売るなり割るなり好きにして。あぁ、割るのは無理かもね。」

「そうなのか?」

「鑑定してみれば分かるわよ。」

一抱えもありそうな古ぼけた壷。

反対側から腕を伸ばしてカウンターの上に置かれたソレにそっと触れてみる。

『強欲の壷。大昔、欲深い神が自らの欲を治める為に用いたとされる壷。中には様々な欲がしまわれており、最後に一杯にした者のどんな願いでも叶えてくれるという。あと金貨3422枚。最近の平均取引価格は金貨1枚。最安値銀貨50枚、最高値金貨100枚、最終取引日は1年と25日前と記録されています。』

強欲の壷。

確かに俺は強欲だが、それをネタにこういう品を送るのは無礼にならないのか?

いや、俺がそう思わなければいいだけの話なんだが・・・。

「嫌味か?」

「そんなわけ無いじゃない、貴方ならこれを満たせると思ったのよ。一体どのぐらいたまっているかも分からないし、本当に満たされるのかすら調べようも無いけど面白いでしょ?」

「ここに金を入れれば良いのか?」

「あぁ、それはやめたほうが良いわ。入れたが最後どういう仕組みかわからないけど出てこないのよ。」

貯金箱にしたら面白いかなとか思ったが、取り出せないなら捨てるのも同じこと。

危なく積み上げられた金貨を全部ぶち込むところだった。

やばかった。

「マジか。」

「でも不思議となくなるのはお金だけなのよね。物とか人は消えないの。」

「人なんて入れるなよ。」

「私が入れたんじゃないわよ、そういう話だったって教えてるだけ。」

「ふーん・・・。」

「まぁ、邪魔なら勝手に売っちゃっても良いわよ。私の所に置いておくよりも貴方のほうが相応しいと私が勝手に思っただけだから。でも、もし本当に願いが叶うなら貴方は何を願うのかしらね。」

鑑定結果を見る限り、『どんな願い』でも叶えてくれるようだ。

強欲な俺が何を願うのか、そりゃもちろん金なんだろうけど・・・。

一緒に表示されていた金貨3422枚ってのがゴールまでの金額だと仮定して、何をどうすればこの金が減っていくんだろうか。

稼ぐだけなのか、それともこの中に入れるのか。

確認したくても、試しに入れるには金貨1枚は高すぎる。

うーむ、貰ってすぐで悪いがいらねぇなぁ。

「ま、いつもどおりだろ。」

「ふふ、貴方らしいわね。」

「話は終わりか?」

「えぇ、貴方への用事は終わったわ。」

「なんだ、まだ何かするのか。」

「せっかくここに来たんだし、ちょっとシープをからかって帰ろうと思っただけよ」

「かわいそうだから程ほどにしてやれよ。」

犬猿の仲ならぬ女豹と羊の仲。

この間羊男にガツンとやってきてくれと言われたことに対するそれこそお礼参り的な奴だろうか。

ま、俺には関係ないけどな。

「やさしいのね。」

「そりゃ一緒に仕事する仲だからな。」

「でも私とは仲良くしてくれないじゃない。」

「仲良くしてるじゃないか、ラーメン美味かっただろ?」

「ふふ、そういうことにしておいてあげる。」

女豹は意味深な表情を浮かべて立ち上がるとそのまま去っていき・・・、と思ったらすぐに振り向いた。

「なんだよ。」

「言い忘れてたんだけど、ゼラチナムを探してるんですって?」

「あるのか?」

「上流から流れてきたのがいくつかあるわ。何に使うかわからないけど屋敷に運ぶように指示してるからに三日したら届くんじゃないかしら。」

「マジか、助かる。」

「噂じゃすごいものに使うって話だったけど、もちろん私にも売ってくれるのよね?」

「抜け出せなくなって仕事にならなくても文句言わないなら譲ってやるよ。」

「なにそれ。」

あの素晴らしさ、もとい恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだ。

マジであれは人をダメにする。

事実エリザは抜け出せなくなって大変だって言って、泣く泣く封印していたぐらいだ。

女豹がアレに沈みながら惚けた顔しているのが目に浮かぶ。

ぶっちゃけ壷よりもこっちの方が嬉しい贈り物とは口が裂けても言えないが、お礼は素直に受け取っておこう。

今度こそ去っていく女豹の背中を見送りながら、俺は足元に転がる壷をチラ見する。

まるで底が見えない真っ黒い口が俺を見ているようだ。

なんだっけ、『深淵を覗いているとき、深淵もまた俺を覗いている』だっけ?

これが本当に願いを叶えてくれるのならば・・・。

俺は何を願うんだろうな。
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