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844.転売屋は大切な話をする

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「本当に食って良いのか?」

「あぁ、こっちにボアのバラ肉もあるぞ。」

「やさしい味、こんなの久々ね。」

「ありがたい、病気で何も食べる気がなくなっていた所に薬だけじゃなく飯まで持ってきてくれるとか。あんたは神の遣いか何かか?」

大鍋っていうか災害用の炊き出し用巨大鍋で作った、これまた大量の白菜とボア豚肉の水炊き風は、無事病に臥せっていた住民達の心、もとい胃袋を掴んだようだ。

ぶっちゃけここまで来るのはかなり大変だったのだが割愛させてもらおう。

簡単に言えば、魔物と間違えられバーンごと打ち落とされそうになったが、女豹の手紙とカーラのおかげで事なきを得た。

街は俺の想像を超える悲惨な状態だったが、薬の効果は問題ないようで薬を提供して数時間で無事にこんな感じにまで復活できたようだ。

大なべに並ぶ大勢の住民達に温かな料理を提供する。

おかしい、金を取るはずだったのにどうしてこうなった。

まぁ後で女豹から請求すればいいか。

「トト、お肉貰った!」

「よかったなぁ、ちゃんと料理してもらうんだぞ。」

「生のままじゃだめ?」

「その体じゃダメだ、大きくなったら足りないだろ?」

「うん、焼いてもらう。」

「そうしろ。」

薬のお礼ということで街を歩けばいろんな人たちからいお礼の言葉や物を頂いている。

最初は断っていたのだがそれも面倒になったので好きにさせることにした。

もらえるものは何でも貰うぞ、それが金になるのならな。

もっとも、食い物は日持ちしないものもあるので今のようにバーンに食べてもらっている。

本人からすれば俺を運んでいただけで感謝され、大量の食い物に囲まれるという最高の状態なんだけども。

「やべ、ドレスリーフが無くなりそうだ。」

「それなら向こうで元気になった人に下準備してもらっているけど、良かったかな。」

「カーラ、大丈夫なのか?」

「君の持ってきてくれた薬のおかげでこのとおりさ。しかし、まさかワイバーンに乗ってくるとは思わなかったよ。本当に君はマリーの騎士様なんだね。」

大量の白菜、もといドレスリーフを抱えたカーラが元気そうな顔でやってきた。

街に来たときは熱があるにも関わらず病状が軽いからということで患者の相手をしていたのだが、さすがに無理が出て薬を飲んだ後は倒れこんでいたはずだ。

いくらアネットの薬が優秀だからって、そんな簡単に動けるようになるものだろうか。

俺ならそのままベッドで半日ぐらいごろごろしていそうなものだが・・・。

まじめというかなんと言うか。

とはいえ、人手があるのは素直にありがたい。

とりあえず鍋に全部入れてもらい、水と別にとっておいた出汁を混ぜてしばし煮込む。

しかし騎士様ねぇ、俺には全然似合わないよな。

「そもそもなんだよ、騎士って。」

「そのまんまさ。ワイバーンに跨り颯爽と駆けつける救世主。子供なら一度は聴いたことがある御伽噺だよ。いやー、それを本当にやってしまうなんてねぇ。さすがの私も惚れそうになってしまった。」

「そりゃどうも。」

「向こうの残りも全部下処理しちゃっていいのかな?」

「あぁ、残してももったいないしこの感じじゃまだまだ足りなさそうだ。」

鍋の前には次を待つ住民が長い列を成している。

その手には器、それとどこで始まったのか代金代わりのお供え的な何かがしっかりと抱かれている。

薬代の他、せめてものお礼という感じで誰かが始めたのが、そのまま他の人も真似している感じだ。

現金を置く人もいれば、よく分からない何かを置いていく人もいる。

さすがにゴミを持ってくるような人はいないが、ぶっちゃけガラクタに見えないようなものも多い。

これが片付いたら仕分けして、いらないものはここで処分してもらったほうが良いだろう。

さすがにこれ全部持って帰るのは大変だからな。

「っと、火が通ったみたいだな。味も・・・まぁ、こんなもんだ。よし続けるぞー。」

「ありがとうございます、これ良かったら使ってください。」

「良さげな短剣じゃないか、いいのか?」

「僕にはもう不要なものなので。あ、息子の分にはお肉を出来れば・・・。」

「ください!」

元気いっぱいの声で器を差し出すこの子も、父親同様さっきまで高熱で苦しんでいたんだろうか。

それがこんなに元気になって。

子供が出来てから今まで以上に子供に対する見方が変わってしまった。

『いっぱい食べて元気になるんだぞ』、なんて気持ちになってしまうんだよなぁ。

そんなこんなで炊き出しは夕方まで続き、持ち込んだ野菜全てを使い切ったところでお開きとなった。

バーンも山ほど食べさせてもらったおかげで、床の上で満足そうな顔をしてスヤスヤと寝息を立てている。

宿のフカフカベッドよりもこっちのほうが安心するみたいだ。

後片付けはカーラに押し付け、俺は空き倉庫に運び込まれた大量のお供え物を片付けることにした。

「うーん、ゴミ。これもゴミ。これは・・・保留。お、願いの小石か。これはすぐ金になるから当たり。これはゴミ。こっちは・・・ゴミだよなぁ。」

手に取ったものをゴミと保留とあたりに仕分けていく簡単なお仕事。

予想通りというかなんと言うか、7割は金にならない文字通り不用品。

もちろんその人にとっては意味のあったものなのかもしれないが、金にならなきゃ意味が無いんだよなぁ。

残りは当たりと小銭と素材。

俺が何者か理解している人は金か素材が多かったように感じる。

三割でも使えるのならば大儲けなんだろうなぁ、きっと。

これとは別に薬代なんかをいただけるわけだし。

「うわ、これは中々大変だね。」

「カーラか、向こうは片付いたのか?」

「人手があればすぐ終わる程度だからね。香茶が入ったけど、どうかな。」

「ちょうど休憩しようと思っていたところだ、貰うよ。」

そこそこ仕分けた感じはあるのだが、まだ半分以上残っている。

カーラからカップを貰い、つかの間の休憩を取る。

はぁ、生き返る。

カーラも俺の横に椅子を持ってきて、黙って横に座り同じように香茶を飲み始めた。

お互い何も言わず静かな時間が過ぎていく。

もうすぐのみ終わるというところで、やっとカーラが口を開いた。

「やっぱり君は騎士なのかもしれないね。」

「なんだよ藪から棒に。そういうのはマリーさんだけで十分だよ。」

「ふふ、恥ずかしいのかい?」

「あぁ、恥ずかしい上に金にすらならない。誰かを守るよりもそれをする過程で金儲けがしたいね。」

「でも結果として誰かを助けているんじゃないかな。」

「それは結果だ。今回だって俺は薬を売りつけに来ただけだし、炊き出しも金になるからやっただけ。人が喜ぶからとかそういう高尚な思考は持ち合わせていないんでね。」

かっこつけているわけでもなんでもない。

全て事実だ。

羊男に言われたように女豹に恩を売り、さらには薬代を回収する。

相場の二割り増しで売れるんだ、やらない理由は無いだろう。

炊き出しだってこれだけのお供えを獲得することが出来た。

当たりが三割しかなくとも、その三割で十分に利益を出せる。

金になる物を転がして稼ぐのが俺の仕事、褒められたりお礼を言われたいわけじゃない。

「私も最初はそうだった。誰かが喜んでくれるというよりも、自分の作りたいものを作るだけ。だけどここに来てその考え方は変わってしまったように思う。魔法家庭学は誰かを幸せにする為の学問だったと、今はそう思っているよ。」

「そりゃ何よりだ。そしてその考えのおかげで俺は大儲けさせてもらっているわけだしな。パックは予想以上の売れ行きだし、いい物を作ってくれてありがとう。」

「お礼を言うのはこっちのほうさ。それを作れるだけの環境を用意してくれたのは紛れもなく君だからね。あの時君に会っていなかったら、今の自分はなかったと思うよ。」

「俺もここまで大儲けできなかっただろうなぁ。」

二人してしみじみと今の状況に思いを巡らせる。

化粧品は今や稼ぎの大黒柱といってもいいぐらいに売り上げを上げている。

もちろんイザベラやマリーさんの頑張りの結果ではあるのだが、それを形にしたのは間違いなく彼女だ。

あの時の出会いが無ければ今でも店で細々と仕事をしていたことだろう。

お屋敷なんて夢のまた夢。

それが今や奴隷を10人以上抱えているんだから凄いよなぁ。

「で?」

「なんだい?」

「そんなことを言う為にここに来たんじゃないよな。はっきり言ってもらってかまわないぞ、化粧品作りに飽きてきたってな。」

「・・・どうして分かったのかな。」

「もともと自分の肌が弱かったから、それに合う化粧品を作りたかったはずだよな。それがほぼほぼ形になった以上、別の事をしたくなるのが研究者って生き物だと俺は思っている。もちろん根底は変わらないんだろうが、新しい物を作りたくてうずうずしてるんじゃないか?」

パック作りが集大成といえる出来栄えだったからこそ、なんとなくそんな感じがしていた。

ルティエ達を見ているからだろうか、彼らは一つのものをずっと作り続けることが出来ない人種だと一緒に仕事をしながら感じていた。

もちろん仕事なので同じ物を作りはする。

だけど、それよりももっとすばらしいものを作りたいと、常々思っているんだよな彼らは。

だからカーラもそうなんじゃないかと思っていた。

正直新作が出なくなるのは俺の儲け的に厳しいのだが、既存の商品でも当分はしっかりと利益を残すはずだし、それを作る為の工場もしっかり運営されている。

そこにカーラが残る理由は無い。

「そうなんだ。私はもっと新しい物、喜ばれるものを作りたい。」

「作れば良いじゃないか。」

「でも。それだと君との契約を見直す必要がある。私は化粧品を作る為に君と契約をした、それをしなくなるということは、契約は満了ということだ。」

「まぁそうだな。」

「だけど、今の環境を捨てるのが怖い自分もいるんだ。ここはあまりにも恵まれすぎていて、それを捨ててまで本当に新しいことをしたいのか、正直分からない。わからないけど、このままでもいけないと思っている。私はどうすればいいと思う?」

カーラの切実な声と瞳にでかかった言葉が引っ込んでしまった。

ここに残れというのは簡単だ。

俺の財力とこの環境があれば好きなだけしたいことが出来るだろう。

だが、本当にそれで良いんだろうか。

カーラほどの研究者ならば王都とか、もっと大きなところでも仕事が出来るはず。

それこそ誰かの為になるヒントを得ることが出来るかもしれない。

それならば黙って見送るのも一つなのかもしれないけれど・・・。

「好きにしたらいい。ここに残って化粧品を作るもよし、ここを出て自分探しをするもよしだ。どちらにしろここの工房は残しておくようにナミルさんには伝えておく。」

「いいのかい?」

「良い悪いの話じゃない、したいかしたくないかの話だ。その何かが見つかっていないのならばここに残って化粧品を作ってくれ。まだまだ金になりそうなネタはある、塗る、飲む、張ると来て、次は嗅ぐってのはどうだ?」

「嗅ぐ?」

「西方の香には心を穏やかにする成分が含まれているそうだ。精神が安定すれば必然的に生活が落ち着き、結果として肌の調子が良くなる。それとか、口紅を塗ってプルプルになるようにするとかどうだ?綺麗になりつつ肌も良くする。やり方はいくらでもあるだろ。」

どれもこれも元の世界で女性向けに売り出されていた品物ばかりだ。

転売屋として化粧品中にもアンテナを張っていたのでそれなりに知識はある。

魔物って名前の口紅がいつも品薄で高値で売られていたとかな。

「私も西方の文化や商材には興味があったんだ。なるほど、そういうアプローチの仕方もあるんだね。」

「ようは使う人に喜んで欲しいんだろ?ならここでそれを探してみて、出なきゃいけなくなったら教えてくれ。それまでは俺に金を運んでくれればいい。」

「なんとも魅力的な提案だ。やっぱり君は・・・。」

「俺は買取屋だ。今日はまぁ炊き出しとかやったけどな。」

「あはは、そうだね。」

「ってことで次に売れそうな素材を探しているんだが何か知らないか?出来れば寝かせれば寝かせるだけ金になるのがいいんだが。」

俺達は知らなくても研究者なら知っているネタがあるかもしれない。

彼女がここを出て行くまでは、カーラは俺を俺はカーラを利用させてもらうだけ。

鍋のように色々と混ざりあって美味いものを作り出す、そういう関係でいいんだよ、俺達はさ。
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