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843.転売屋は薬を運ぶ

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「どんな感じだ?」

「薬が効いてきたのか少しずつ熱は下がっています。他の症状に関しては目が覚めてからしか分かりませんが、ここと同じ流行風邪であれば大丈夫だと思うんですが。」

「後は本人次第ってやつか。手紙はどうだ?」

「今セーラさんが解読してくださっています。」

突然馬車から倒れてきたナミル女史だったが、アネットの薬のおかげでひとまず落ち着きを取り戻したようだ。

馬車を運転していた冒険者も同じく風邪を引いており、若干意識が朦朧としていたようなので同様に薬を飲んで休んでもらっている。

ここに女豹をつれてくる為にぶっ通しで走って来たらしい。

ひとまず女豹を馬車に押し込みなおし、フラフラの彼に代わって馬車を操り屋敷に戻ったのがおよそ一時間前。

そのときに一緒に発見された手紙だが、彼女が朦朧とした意識の中で書いたせいかパッと見では中身を読み取ることは出来なかった。

手紙の背には俺の名前が書いてあったので俺宛であることは間違いなさそうだ。

後は解読してくれるのを待つばかり。

はてさて何が書かれているのやら。

「ひとまずアネットには引き続き風邪薬の製薬に戻って貰うわけだが、材料はまだあるか?」

「はい、手配していただきましたので大丈夫です。」

「無理をさせるが倒れない程度でがんばってくれ。」

「これぐらいなら大丈夫です。でも、ミラ様やエリザ様、ハーシェ様には部屋から出ずにマスクを着用するようお伝えください。大丈夫だと思いますが、もしもがあると困ります。」

「わかった、伝えておこう。」

アネットの薬があれば感染してもすぐに治る感じはするが、それが原因で流産したら大変だし子供達にうつっても困る。

本来は屋敷の中に患者を入れるべきではないんだろうが、顔見知りだし病状が良くなかったので致し方ない。

さてと、俺は俺でもしもの為に動くとしますかね。

製薬室に戻るアネットを見送り、俺は再びコートを羽織った。

「ちょっと出てくる、グレイス達もマスクをはずさず定期的に手の消毒をしてくれ。少しでも異変を感じたらすぐに薬を飲むように、分かったな?」

「かしこまりました、お館様もどうぞお気をつけて。」

「もしセーラさんが解読に成功したらギルド協会にいると伝言を頼む。それと、馬車はハワードかウーラさんに言って移動させておいてくれ。消毒も宜しく。」

乗っていくことも考えたんだが、さすがに危険すぎるので歩くことにした。

その足で向かったのはギルドでも冒険者ギルドでもなく、畑だった。

「アグリ、いるか。」

「お館様、どうしました?」

「ドレスロールの成育はどんな感じだ?確かそろそろ収穫だって言ってたよな。」

「ちょうど今朝から収穫を始めました。半数は街の飲食店に卸す予定ですが、残りはまだ未定ですね。」

「どのぐらいある?」

「中の木箱で3箱ほどでしょうか。」

王都への海上輸送に合わせて木箱の規格化に取り組んだわけだが、現在では小中大の三種類を運用している。

荷馬車の大きさも決まっているので、それに合わせる事で大幅な省スペース化成功した。

木箱大は木箱小四つ分。

木箱中が三つで木箱二つ分。

パズルのように組み合わせる事で隙間なく荷物を積み込めるという事で、出入りの輸送業者もうちの木箱を採用してくれているのだとか。

あまりにも規模が大きくなりだしたので別部署を作って運用する予定だ。

すぐに真似されるのは分かっているので、焼き印をつけて誰が作ったのかわかるように差別化すれば多少の時間稼ぎはできる、はずだ。

「そこそこあるな、ロングオニオンはどうだ?」

「そちらも中の木箱1箱はあるかと。」

ドレスロールは白菜のように葉が幾重にも重なり合った野菜で、ロングオニオンは白ねぎ。

仮に女豹の街で大流行しているとなれば、高熱からくる食欲不振と栄養不足に陥っている人が多数いることが予測される。

そんな状態で分厚い肉を食うのはエリザぐらいな物だろう。

栄養をつければ熱も下がるって言う理屈は分かるが、消化出来なければ意味は無い。

そんなときは卵粥や白菜と白ねぎをくたくたに煮た奴が美味いんだよな。

ポン酢は醤油と昆布もどきの出汁とユジュの果汁で代用できる。

さっぱりした酸味に醤油と出汁が合わされば食欲が落ちていてもある程度は食べられるはずだ。

「急ぎ梱包して隣町に送っておいてくれ。それとファットポークのバラ肉も。この寒さなら痛むことは無いだろう。」

「ファットポークであれば向こうにあるのでは?」

「それはそれ、これはこれ。向こうで探す手間を考えたら運んだほうが早い。」

「向こうで何かされるのですね?分かりました、急ぎ準備して出荷いたします。」

「無理を言って悪いな。」

「いえ、それが仕事ですので。シロウ様もくれぐれもお気をつけて。」

よし、これで準備は出来たな。

病気のときに固まり肉を食うのはしんどくても、ゆでたバラ肉ぐらいは食べたほうがいい。

野菜と一緒に煮込めば脂も野菜が吸って食べやすくなるし、ポン酢に合うんだよなぁ。

あぁ食べたくなってきた。

今日夜は鍋にするかな。

今の予定では向こうに運び込んだ食材を向こうで提供するわけだが、もちろん無償で提供する気はさらさら無い。

病気のときは外食が一番、加えてそれが栄養満点となれば食べない理由は無いだろ?

「あ!シロウさん、探しましたよ。」

「別に探される理由は無いんだが?」

「そういうの良いですから。すぐにギルド協会に来てください、セーラさんも待ってますよ。」

「お、って事は解読が終わったか。」

「大変な状況みたいです、早く行きましょう。」

あの羊男が冗談を流すとはあの手紙に書かれていたのはよほどの内容なんだろう。

とりあえず事前準備は出来たので急ぎギルド協会へ。

会議室に入ると、部屋の全員が机の上の紙を見て難しい顔をしていた。

「悪い、待たせた。解読が終わったって?」

「間違いはないと思われますが、書き手を良くご存知なお二人にも確認していただければ助かります。」

「別に親しいわけじゃないんだが・・・。」

冗談を言いながら複製された一枚に目を通す。

おいおいマジかよ。

そんなにひどいことになってるのか?

「これ、街全滅してないか?」

「さすがにそこまでではないと思いますが、感染拡大に歯止めがかからないようですね。致死率の低い風邪でよかったと今は思うべきでしょう。」

翻訳された手紙には、隣町の惨状が事細かく記載されていた。

手紙に書かれている時点で街の半数が罹患し、被害は拡大する一方。

いち早く基礎疾患持ちや子供等感染していない住民をガレイの船を使って港町に輸送したそうだが、それもごく少数のようだ。

住民全員が罹患するという最悪の可能性を考え、感染したナミル女史は助けを求めて単身この街に来たというわけか。

店の前で馬車が止まったのは一縷の望みを駆けてだったのかもしれない。

「とはいえ症状は重く、高熱に倦怠感それと腰痛?何で腰痛?」

「さぁ・・・。ここではそんな症状出ていないんですけど、場所によって違いがあるのかもしれません。」

「幸いにもアネットの薬が効くことはナミルさんで証明済みっと。となると、やることは一つだな。」

「え、行ってくれるんですか?」

ものすごく失礼な顔で羊男が俺を見てくる。

何だよその顔は、俺が行ったら悪いのか?

ぶん殴りたくなる手を必死に押さえ、とりあえず羊男の足を蹴っておく。

「そりゃ行くだろ。薬を作ってるのはアネットだし、その主人は俺だ。加えてあの人に恩を売る絶好の機会なんだぞ?それに金にもなる。」

「あ、お金は取るんですね。」

「むしろ取らない理由が無い、慈善事業じゃないんだ当然だろ?とはいえ、うちの稼ぎの少なくない割合を占めている化粧品とサプリメントの製造が止まるのは由々しき事態だ。それを再稼働する為にも薬の提供は必須、一持っていくなら十持っていくのも一緒ってわけだ。」

「つまり全部は自分の為と。」

「それがどうした。」

「いえ、こういうときでもブレないシロウさんはさすがだなと。貴族の中には恩着せがましく物資の提供を申し出てくる人もいますからね、これぐらいサッパリしているほうがこちらとしても助かります。」

慈善事業で腹は膨らまないし懐は暖まらない。

需要があるからそれを持っていくだけで、それを非難される筋合いは無い。

世の中綺麗事で片付くはずがないんだ。

もちろん、自分が同じ状況に陥れってもタダでよこせなんて言うはずがない。

例え相場の二倍三倍でも、それで家族が助かるのならば安いもの。

むしろそうなった時のために金を稼いでいるといっても良いだろう。

金はそうやって使うものだ。

需要と供給のバランスが崩れているんだから値上がりするのは当然のことだよな。

「ちなみに別件で隣町に向けて馬車を出すんだが、何かついでに持っていくものはあるか?安くで運んでやるぞ。」

「ほんと、ちゃっかりしてますね。」

「ほめ言葉だよ。俺は一足先に薬を持って隣町まで飛ぶつもりだ、書類ぐらいなら運んでやれるからあるならすぐに持ってこい。こっちはタダにしといてやる。」

「いえ、御代は払います。シロウさんに貸しを作るとか、後が怖いので。」

「よく分かってるじゃないか。」

俺の貸しは二倍三倍に膨らむからな、それをわかって貸しを作るほど羊男もバカじゃない。

ひとまず話し合いは終わったので、急ぎダンジョンにもぐってベッキーにバーンを呼んでくるようにお願いしてから屋敷に戻った。

この街用に作った薬のほとんどをまわしてもらい、急ぎ届けられた書類をしっかりと収納かばんに仕舞う。

後は防寒対策をしっかりして準備完了だ。

「トト来たよ!」

「悪いな、急に呼び出して。」

「大丈夫、また飛べるのうれしい。」

「今日はディーネなしだからな、くれぐれも安全飛行で頼むぞ。」

ダンジョンからすっ飛んできたバーンと畑で落ち合い、出発の準備をする。

前回はディーネと一緒だったが今回は二人だけの飛行だ。

何も無いとは思うがいつも以上に気を引き締める必要がある。

なんせ落ちたら死ぬ。

馬車から落ちても怪我で済むが、空中はそういうわけに行かない。

パラシュート的なものも今後は用意しておいたほうが良いかもしれないが、今日は間に合わないから仕方が無い。

紐でしっかりと体を縛っておくとしよう。

「シロウさん、あのナミルに恩を売る絶好の機会です。宜しくお願いします。」

「街をよろしくお願いしますとかじゃないんだな。」

「当たり前じゃないですか。」

「そういうとこ、嫌いじゃないぞ。」

「ありがとうございます。どうか、気をつけて。」

「おぅ、馬車の方は任せた。」

少し離れた所でバーンが元の姿に戻り、漆黒の体をブルブルと震わせ空に吼える。

それを聞いたルフがうれしそうに尻尾を振ったのが見えた。

息子のがんばりを見届ける母親って感じかな。

「じゃ、ちょっくら稼いでくる。」

「ご主人様、いってらっしゃい!」

「アネット、皆を頼むぞ。」

「はい!」

見送りに走ってきたアネットに声をかけてバーンの背に乗る。

鞍に跨り、体をしっかりと固定。

よし、準備完了だ。

「バーン、行くぞ!」

「グァゥ!」

首元を叩いて合図を送るとグン!と体が空に向かって文字通り飛び上がる。

向かうは隣町。

さぁ、一稼ぎさせてもらいましょうかね。
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