転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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842.転売屋はグローブを注文する

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「ブラックホーンの皮なんて珍しい、良く手に入ったね。」

「この前移動中に偶然手に入ったんだ。とはいえ置いておくのももったいないし、これで何が作れる?」

「そうだねぇ、皮がしっかりしているうえに柔軟性もあるし・・・、グローブがいいんじゃないかな。弓使いなら喜ぶし冒険者以外にも馬に乗る人は欲しがると思うよ。それに、この間の還年祭でスリング大会があっただろ?あれ以降ハマっている人も多いらしいから、需要は多いんじゃないかな。」

「ふむ、グローブか。」

街道整備の際に偶然手に入れたブラックホーンの皮。

角はアネットの薬に利用されたがこいつはまだ用途が決まっていなかった。

珍しいものだけに何か作れないかと思いブレラに相談しに来たわけだが、そうか、そういうのもありだな。

真っ黒い革製の手袋。

鞣す前でこの光沢だ、仕上げたらかなり上品な感じになるだろう。

馬などに乗るとどうしても手綱を握らねばならない為長時間手が出っぱなしになるので、この時期は手が真っ赤になってしまう。

もちろんそれ用の手袋がいくつも売られているが、黒ってのはあまり見かけないな。

「確かにいいかもな。とはいえ、この量じゃあまり数は作れないだろ?」

「全部同じ素材で作るから足りないんだよ。弓使い用なら内側は滑りにくい別の素材を張り合わせるし、騎乗用なら中に魔毛を織り込んだ布を張りつけるだけでも随分と違ってくる。その辺はローザさんにお任せしたら?」

「ふむ、そっちで話を聞いてみるか。」

「とりあえずブラックホーンは責任をもって加工させてもらうよ。二日、いや三日貰っていいかな。」

「急ぎじゃないしゆっくりやってくれ。後で請求書を回してくれると助かる。」

「そういってもらえると助かるよ。それじゃあ出来たら屋敷に持っていくから。」

さて、次はローザさんの所だな。

この間冬服を頼んで依頼だが、元気しているだろうか。

「シロウだ、いるか?」

一度店に寄って荷物を置いてから隣の店へ。

カランカランとベルがなり、誰か着たことは伝わっているはずなのだが今日は誰も出てこなかった。

「おかしいな。」

人の気配はするし開店中になっているから休みってわけでもなさそうだ。

不審に思っていると、少し遅れて奥から誰かが出てきた。

「あぁ、君か。悪いがローザは体調が悪くてね、また来てくれると助かる。」

「どこか悪いのか?何か出来ることがあったらいってくれ。」

「ただの風邪だと思うが、心配ありがとう。」

「そうか、お大事にしてくれ。」

奥から出てきたのは旦那さん。

いつもはローザさんが店番なのでこうやって話をするのは本当に珍しい。

この大きな体と手で繊細な服やら装備品を作っているんだからすごいよなぁ。

編み物で精一杯の俺とはわけが違う。

しかし風邪か、街でも流行っているらしいし心配だな。

「用事だけ聞いておくよ、どうしたんだい?」

「ブラックホーンの皮をブレラの所で仕上げてもらっているんだが、それをグローブに加工してもらいたいんだ。相手は弓使いか運搬関係、ブレラ曰く内張りなんかの種類を変えれば複数作れるんじゃないかって話なんだが、可能か?」

「ブラックホーン、珍しい素材だ。見てみないと分からないが、ラバーフロッグとアシッドリザードの皮があればどちらにも対応できると思う。しかし、せっかくの素材なのに自分用に加工しないなんてもったいないね。」

「確かにそうなんだが、これといって使うものでもないしなぁ。」

「聞けばワイバーンに乗るそうじゃないか、そのときに使わないのかい?」

バーンの魔法のおかげかそこまで寒さは感じなかったが、夏でも冬でも空の上は寒いはず。

長時間手綱を持つことを考えれば旦那さんの言うようにあっても悪くなさそうだ。

なにより黒革のグローブってのがかっこいい。

俺だってたまにはそういう物が欲しくなるときもあるんだよ。

「いる。」

「それじゃあ先に型だけとっておこうか。」

「いいのか?」

「作るのはまた先になるけど、君のことだそれまでに素材を準備してくれるんだろう?」

「そのつもりだ。」

旦那さんも俺がどういう人間かよく理解してくれているようだ。

いつも無理言ってしまっているので良く思われていないと勝手に思い込んでいたが、どうやらそうじゃないらしい。

ありがたい話だ。

ささっと型を取ってもらい、邪魔にならないよう早々に退散する。

もちろん帰り際に閉店の札を出しておくのも忘れない。

さて、残りの素材を集める前に・・・。

「流行り風邪がそんなにも。」

「あぁ、ローザさんも掛かっていたし結構深刻みたいだ。」

「一応薬は作っていますが、量産したほうが良いかもしれませんね。」

「特殊な材料が必要か?」

「そこまで複雑なものは不要ですが、輝き草とスリープマッシュルームがあると助かります。どちらもダンジョンで手に入りますので、依頼を出せばすぐに集まると思うんですけど。」

それぐらいならすぐに手配できそうだな。

皮のついでにギルドに依頼を出せばいい。

念のため取引所も除いてあれば買い付けておくとしよう。

今はまだ大流行とまでは行かないが、そうなるのも時間の問題。

幸い命に別状があるほどのひどい症状は出ないそうだが、なんでも呼吸器にダメージが大きいんだとか。

基礎疾患があるとそこから悪化する可能性もあるし、傷はポーションで直せても病気は簡単に治らないんだよなぁ。

街の中をあっちこっちに動き回り、気づけば夕方になっていた。

ありがたいことに取引所で薬の材料は手配できたので、今頃持ち込まれた素材をアネットが調合している頃だろう。

皮は当たり前だが取引所には出ていなかったので、冒険者ギルドに依頼を出しておいた。

そこでもケホケホゴホゴホとせきをする冒険者が多かったように感じる。

念のためマスクを付けていって助かった。

家でも消毒と手洗いうがいを徹底させる必要があるな。

大人はともかくリーシャやルカにうつったら大変だ。

「あ、シロウさん!」

「ん?」

ギルドの帰り道、突然声をかけられ後ろを振り返る。

そこにいたのは・・・。

「キャンディか?」

「覚えていてくれたんですね、うれしいです!」

「久しく姿を見ていなかったが、元気そうだな。」

「あはは、元気だけが取り柄なので。」

そこにいたのは旧ストーカー女ことキャンディ。

その昔、俺やエリザ、レイラをストーカーして困らせていた新人冒険者だったが、今目の前にいる彼女からはそんな雰囲気を一切感じない。

ベテランに近いやる気と余裕に満ちたオーラを感じる。

「今までどこにいたんだ?」

「隣町に移ってそっちで護衛とかしてました。こう見えて射撃の腕は上がったんですよ。」

「得物はスリングか、いいセンスじゃないか。」

「最近は使いやすい弾とか増えてるので私みたいなのでも何とかやっていけるんです。」

「誰かを守りながら戦えるだけで立派なもんだ。」

腰にぶら下げたスリングは程よく使い込まれているようだ。

昔は頼りない危なっかしい感じだが、今ではもう大人の女って感じがする。

夢見る少女は卒業ってか?

いいことだ。

「そういってもらえるとうれしいです。」

「今日は護衛でここに来たのか?」

「そうなんですけど、依頼主が風邪で倒れてしまって中止になりました。」

「それは残念だな。」

「なので、久々にレイラ様に会いに行こうと思っているんです。」

「あー、それなんだが、レイラなら12月に王都に引っ越したぞ。」

「え!?」

寝耳に水とはこのことだろう。

突然の事実に前をまん丸にして驚いている。

その顔は前とあまり変わらないな。

「結婚するんだそうだ。同じ冒険者って話だが、知らないのか?」

「しりませんよ!そんな、レイラお姉様・・・。」

「今でも好きだったんだな。」

「もちろん好きですけど、今は別に好きな人がいるんですよね。」

相変わらず恋多き女のようだが、下手に聞きだすと後々めんどくさそうなのでそろそろ話を切り上げたほうがよさそうだ。

エリザが出産したことも伝えないほうが良いだろう。

「そりゃよかった、それじゃあまたな。」

「はい!また珍しいもの手に入れたら買ってくださいね。」

「商売なら大歓迎だ。」

いい感じで会話を終えられたので急ぎ店に引き返す。

悪い子じゃないんだが、ちょっと思い追い込みがなぁ。

得物がスリングだったのでグローブの使用感とか色々聞いてみたかったんだが、別に彼女である理由は無い。

コンテストの優勝者や参加者からヒアリングをしてどういったものが欲しいか聞くという手もある。

まさか還年祭の後も人気が続くとは思わなかったが、何を隠そう俺もまたその一人なんだし不思議は無いよな。

そういう状況なわけだし、せっかく作るんならブラックホーン以外にもいくつか種類があってもいいかもしれない。

安くてもそれなりの見栄えと使い心地なら売れるはず。

そうと決まれば早速ギルド協会で参加者を確認しようと、店に入るのをやめきびすを返したそのときだった。

突然店の前に馬車が急停車し、馬の嘶きがあたりに響く。

さらに、客車の扉が勢いよく開かれ乗っていた何者かが転がり落ちるように、いやマジで俺のうえに転がってきた。

あわてて手を伸ばしてその体を抱きとめる。

てっきり男と思ったのだが思ったよりも柔らかく、そして良い匂いがした。

っていうか、この匂いはどこかで嗅いだことがあるような・・・。

「おい、大丈夫か。」

力なく俺のほうに倒れこんでくる体を強引に引っぺがして顔を見る。

「は?」

そこにいたのは隣町の女豹ことナミル女史。

だが、いつもの感じはどこへやら顔を真っ赤にして力なく項垂れるだけだった。
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