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839.転売屋は新しい冬の遊びを楽しむ

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隣町に発生していると思われるロングアームモンキー、っていうかテナガザル?

とにかくそいつの討伐に関しては隣町の正式な要請を受けて、冒険者ギルドより緊急討伐依頼が発令された。

一頭討伐する毎に銀貨5枚、爪か耳の剥ぎ取りが必須だがそれだけで金がもらえるので腕に自信のある冒険者は何人かでチームを組んで隣町へと向かったようだ。

さすがに全数討伐するのは難しいだろうが、数が増えた分を間引くことが出来ればしばらくは平和な時間を確保できるだろう。

清酒作りも安泰というわけだ。

サルのほかにも繁殖している魔物がいるかもしれないし、もしいたとしてもその辺は向こうのギルドがちゃんと買い取ってくれるので一緒に狩ってくれるのは間違いない。

金になる魔物をみすみす見逃すような冒険者じゃないしな。

「うー、さぶって雪降ってるじゃねぇか。」

「おはようございます、昨日の夜遅くから降り出したみたいですよ。」

「マジか。」

「この前みたいな大雪にはならない感じですが、後で雪かきしておきます。」

「宜しく頼む。」

寒いなぁと思っていたが、まさか雪が降っているとは思わなかった。

食堂の窓から見える裏庭はうっすらと雪化粧をしている。

まだまだ積雪量は多くなさそうだが、このまま降り積もれば歩くのに支障が出るのは間違いない。

誰かが怪我をする前に念入りにやってもらうとしよう。

「ふぁ、おはようございます。」

「ミラ、今日は早く起きれたんだな。」

「いつもすみません。」

「いや、そういう時期なんだから謝る必要なんて無いぞ。」

最近は一番最後に食堂へと顔を出すミラが今日は二番手。

ホルモンバランスのせいか最近は眠たいと口にすることが多かったが、今日は寒さのせいで目が覚めたのかもしれない。

俺の右隣に立つと、そのまま二人して窓の外をぼんやりと眺める。

食堂は比較的暖かいが、外は極寒。

今日は大人しく屋敷で留守番するのが得策か。

「そういえば、今日はギルド協会に行かれるんでしたね。」

「え、そうだったか?」

「はい。隣町の討伐の件とオリンピア様の滞在に関しての意見交換が朝からあったと記憶しています。」

「・・・この雪の中行くのか?」

「そうなりますね。」

おぅ、ジーザス。

何でこんな日に外出しなきゃならないのか。

報告だけならぶっちゃけサボってやろうかとか思ったが、オリンピア様の件は国王陛下から任されているだけにスルーするわけにはいかないんだよなぁ。

はぁ、憂鬱だ。

そのまま朝食を済ませ致し方なく外へ。

屋敷の前ではジョンとソラが雪かきと同時進行で雪遊びをしていた。

「あ!お館様、いってらっしゃい!」

「い、ってらっしゃいませ。」

「雪遊びも良いが風邪引かないようにな。ちゃんと風呂は入れよ。」

「「はい!」」

「あんまりサボってグレイスに怒られないようにな、じゃあ行って来る。」

年が近いとついつい遊びたくなる気持ちは分かる。

防寒対策をしっかりとしてギルド協会へと向かう道中、街の至る所で雪かきが行われていた。

今はまだ積雪量も少なめなので道の端に積み上げるだけですんでいるが、これがもっと続くと外に排出する必要も出てくるだろう。

大抵は門を出た先に捨てるのだが、畑のほうは農作業があるから場所を考えてもらう必要もあるな。

後で一緒に交渉するか。

ギルド協会に到着後、報告やら打ち合わせを済ませているとお昼をすっかり過ぎてしまった。

『少し遅くなったが市場を見て回りながら露店で軽く昼食でも食うかな』そんな風に思いながら外に出た俺を待っていたのは・・・。

「おぅう。」

朝以上に真っ白になった街。

昼間だというのに朝以上に冷えた空気と吹き付ける風。

俺はこんな中、市場へと行こうとしていたのか?

いやいやいや、さすがに無理だろ。

いや、無理じゃないけどどう考えても風邪を引くやつだ。

ジョンたちに風邪引くなとか言っておきながら自分が引くとか恥ずかしすぎるだろ。

なら昼飯は諦めるか?

屋敷に戻れば何かあるだろうし、それで夕食までしのぐという手が一番確実だよな。

「あれ、シロウさんなにしてるんですか?」

「見て分かるだろ。」

「あぁ、どうやって金儲けしようかって考えてるんですね。でもこの雪じゃこの前みたいにレースは出来そうにないですねぇ。」

「・・・。」

「え、違いました?」

いや、違わないんだけど馴染みの冒険者にもそういう認識されてる俺ってどうなんだ?

まぁ、今に始まったことじゃないけどさぁ。

たまには金儲け以外のことを考えようとは思っているんだが、つい儲かりそうだなとか考えてしまう。

それがダメだとはいわないが、なんだかもったいない気もするんだよな。

たまには何も気にせず自分のことだけを考えても良いかもしれない。

自分のこと。

「なぁ、こんな寒い日は何するんだ?」

「そりゃ、熱い風呂に入って冷たいエールを飲みますね。そこに美味いつまみもあって綺麗なねーちゃんいてくれたら最高なんですけど。」

「あー、分かる。」

「シロウさんはいいじゃないですか、美人の嫁さんがいて。」

「いいだろ。」

「惚気なら他所でやってくださいよ。じゃ、俺ダンジョン行くんでまたいい感じで買い取ってくださいね。」

俺の横をすり抜けて雪の舞う大通りを冒険者が勇ましく進んでいく。

それは映画のワンシーンのよう・・・でもないか。

この世界ではごくありふれた当たり前の光景。

もちろん、勇ましいと思うのは本当だ。

彼らが命を駆けて戦っているおかげで、俺の懐は潤っている。

ありがたい話だ。

だが、今の俺の頭は別のことでいっぱいだった。

寒い中飲む酒は美味い。

なんならのぼせるぐらいにあったまった後に呑むキンキンに冷えたエールは最高だ。

なんならそこに美味いツマミがあれば言うことない。

あの冒険者が言ったシチュエーションを自分に置き換えて、そしてどう実行するかシミュレーションする。

よし、決まった。

「あ、シロウさんちょうど良いところに。さっきの話なんですけど・・・。」

「悪いが俺は忙しい、また明日にしてくれ。」

「え、あ、ちょっと!」

羊男が後ろから声をかけてきたが仕事は終わりだ。

酒が、ツマミが、そしてサウナが俺を呼んでいる。

まずはマスターの店に行って最高の酒を調達、その足で市場へと向かいいい感じのツマミと肉を調達だ。

肉はいい、塩とペパペッパーだけで最高のツマミになる。

あぁ、腹減った。

それだ、それでいこう。

空腹こそ最高のスパイス。

やることが決まってからの俺は早かった。

酒と肉を手配し、その足で畑に向かってサウナの準備。

熱しているうちに肉の下準備と焚き火を準備。

エールの入ったボトルは、熱気の届かない場所に積み上げてもらった雪の山にぶっさしておけばキンキンに冷えてくれる。

後は美人のお姉ちゃんが・・・。

「あ、シロウさん!やっと見つけましたよ。」

「何でお前なんだよ。」

「え、何がですか?」

最高のテンションでさぁ今から!ってタイミングで何でこいつが来るんだよ。

美人はどこに行った美人は!

「仕事の話は明日にしろっていっただろ。」

「分かってますって。」

「じゃあ何しに来たんだよ。」

「マスターからシロウさんが面白いことしてるって聞いたものですから。この寒さですしサウナであったまるって贅沢ですよねぇ。」

「そういいながら何脱いでやがる。待て、勝手に入るな!」

「えぇ、風邪引くじゃないですか。」

いや、そんなの知らないから。

勝手に服を脱いでパンいちでサウナに入ろうとする羊男を必死に止める。

なんで俺の最高の時間を邪魔されなきゃならないんだ。

そんな思いで何度か抵抗したものの、最後は強引にサウナに侵入されてしまった。

まったく、めんどくさいやつだなぁ。

「はぁ、さいっこうですね。」

「だろ?」

入られたものは仕方が無い。

そのまま俺もサウナに入り、くだらない我慢大会などしながらギリギリまで自分を追い込む。

そして二人ほぼ同時に雪の舞う外へと飛び出した。

最高、その言葉以外にぴったりな言葉が見つからない。

湯気を上げる体に雪が落ちて溶けていく。

はぁ、涼しい。

「いつもなら凍える北風も、火照った体にはそよ風と同じ。あぁエールが美味しいなぁ。」

「それ、一杯銀貨3枚な。」

「え、高すぎです。いくらなんでも公平じゃありませんよ。」

「うるせぇ、勝手に飲んでる奴が文句言うんじゃねぇよ。」

お前の為に用意したエールじゃないっての。

グラスをふんだくり、雪山でキンキンに冷えたエールを注ぐと、シュワシュワとあわ立つ金色の液体を一気にのどに流し込み、肺の空気を吐き出した。

さいっこう。

「あ、お肉もいい感じに焼けてますね。」

「それも俺のだって。」

「知ってますよ。だから別の持ってきたじゃないですか。」

いつの間に用意したのか、焚火の横で干物の魚がいい感じの色に焼けていた。

「なんだよ、あるなら出せよ。」

「そのかわりさっきのチャラですからね、公平に行きましょう公平に。」

「それは味次第だな。ってかそもそも何を持って公平なんだよ。」

「え、美味しかったら?」

「適当すぎるだろ。」

一人のんびりと楽しむはずが羊男に邪魔されてしまったが、たまにはこういう時間も良いかもしれない。

だが一つ、ただ一つ不満がある。

「美人がいない。」

「ニアはダメですよ。」

「うっせぇ、嫁バカ黙ってろ。」

「ちょっと!どういうことですかそれ!」

雪の降る夕方。

たまにはこういう時間も良いもんだ。
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