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835.転売屋はマフラーを編む

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よし、後はここを仕上げてしまえば・・・。

糸を止め、残りを切って仕上がりを確認する。

うん、所々ガタガタだが初めてにしては上々じゃないだろうか。

何事も終わりまで仕上げるのが肝心。

そういう意味でも形になったのは素直にうれしい。

ほつれが無いか再度確認してから自分の首に巻いてみる。

魔毛を含んだ糸はほんのりと暖かく、部屋の中でも着けていたくなるような気分になる。

チクチクするところもないしいい感じだ。

マフラーを外してからも仕上がりを何度も確認して、頷いてしまう。

初めは暇つぶしではじめた縫物だったのだが、気が付けば空き時間を探してその都度手を動かすぐらいにははまってしまった。

何度も縫っては解き縫っては解きを繰り返し、試行錯誤しながらもこうやってひとつの形として目の前に完成品があると言うのは、今まで色々作ってきた中でもまた格別な達成感がある。

どれ、折角だし散歩に出るか。

「おや、どちらに?」

「散歩だ。」

「今日は風が強いので暖かく、されているようですね。どうぞおきをつけて。」

グレイスはマフラーに気が付いたものの、何も言わず見送ってくれた。

というかパタパタと忙しくしているときに俺に気づいたって感じだったし、そこまで深くは見ていないだろう。

ま、いいんだけどさ。

外はグレイスの指摘どおり風が強く、寒さが一気に体温を奪っていく。

しかし俺にはこいつがいる。

コートの前を閉め、マフラーを胸元に差し込めば北風も中に入ってこない。

ぽかぽかと発熱する暖かさをかみ締めながら、俺は畑へと向かった。

「これはシロウ様、寒い中どうされました?」

「散歩ついでに寄ったんだが、ルフとレイの姿がないな。」

「あぁ、おそらくは北側にいると思います。先ほど冒険者の方がやってきてこの前のお礼にとボアを丸々運んできましたので。」

「丸々とはすごいな。」

「今頃お腹いっぱいになっているんじゃないでしょうか。」

ブラックホーンの襲撃は肝を冷やしたが、ルフが彼らを誘導したおかげで時間を稼ぐことが出来た。

おそらくはそのお礼なんだろう。

仕方ない、邪魔するのもあれだし他所に行くか。

「素敵なマフラーですね。」

「そうか?」

「はい、奥様方のお手製ですか?」

「いや、俺だ。」

「え?シロウ様が?」

「意外か?」

「意外といえば意外ですが、今まで色々おつくりになっていましたから不思議ではありませんね。良い仕上がりだと思います。」

ふむ、お世辞とはいえほめられるのは素直にうれしいな。

「そりゃどうも。そうだ、春先には予定通り拡張工事がはじまるからそれに向けた作付け計画を立てておいてくれ。長期間の工事になる、出来るだけ足元で消費できる奴がいいだろう。」

「わかりました、出荷ではなく消費を意識した計画を立てておきます。」

「宜しく頼む、それじゃあまた。」

「行ってらっしゃいませ。」

さて、次はどこに行こうかなと。

色々考えては見るものの、結局向かうのはいつも決まった場所なんだよなぁ。

「お、兄ちゃんいい感じのマフラーじゃねぇか。嫁さんに貰ったのか?」

「やっぱりそう思うよなぁ。」

「違うのか?」

「俺が作ったんだよ。」

「え、兄ちゃんが?器用なもんだ。」

市場に到着した俺は、その脚でおっちゃんおばちゃんの店に向かう。

生憎おばちゃんは席をはずしているようだが、おっちゃんは俺を見るなりマフラーの存在に気づいてくれた。

しかしあれだな、ここでも俺が作ったって言うと驚かれたな。

俺が編み物をするのがそんなに意外だろうか。

確かにキャラじゃないかもしれないが、別に女性だけの特権ってわけでもないだろう。

「売り物にはならないが、悪くはないだろ?」

「よく見ると確かに仕上がりは雑だが、俺は嫌いじゃないぞ。」

「どう嫌いじゃないんだ?」

「言葉にするのは難しいが、なんていうかがんばったって感じが良く分かる。」

「ほめられてるんだよなぁ、一応は。」

「何いってんだい。その程度でほめたらすぐ図に乗るよ、次はもっと綺麗に仕上げな。」

おっちゃんが言葉に詰まっていると、戻ってきたおばちゃんがおっちゃんのフォローを一刀両断にしてしまった。

確かにおばちゃんのと比べたらまだまだだが、そんな言い方しなくたって良いじゃないか。

「厳しいなぁ。」

「当たり前だろ。でもまぁこの辺なんかはよく出来てるじゃないか。もっと精進すればもう少し見栄えも良くなるだろうさ。」

「もぅ、お母さんったら。」

「ミラか。そういや、モイラさんと一緒に先生の所にいくって言ってたな。どうだった?」

「おかげさまで順調だそうです。」

おばちゃんにマフラーを点検されていると、その後ろでミラが困った顔をしていた。

手にはこの前おばちゃんに作ってくれた手袋。

首元は・・・。

「クシュン!」

「マフラーはどうした、この前買っただろ?」

「慌てていたものですから忘れてしまって。」

むき出しの首もとを強い北風が撫でる。

この時期風邪を引いたら大変だなんて思っていると、おばちゃんが俺のマフラーを強引にはずしてミラの首に巻いてしまった。

「風邪を引いたら大変じゃないか、これで良いから巻いておきな。無いよりかはましだろうさ。」

「でも・・・。」

「いいから巻いておけ、おばちゃんの言うようにないよりはましだろう。」

「それでは遠慮なく、ありがとうございます。」

自分でマフラーを巻きなおし、首どころか口元まで覆って嬉しそうにミラは笑った。

いつもとは違う無邪気な笑顔。

それをおばちゃんが幸せそうな顔で見つめている。

こんなに喜んでもらえるのならば作った甲斐があったってものだ。

金にはならなくてもこの時間はプライスレス。

うーん、なにかのCMみたいだな。

そのまま買い付けをしてミラと共に屋敷に戻ったのだが、戻ってからもミラはマフラーを外すことなく、そのままの格好で屋敷の中をうろうろしていた。

まるで気づいてくれといわんばかりにマフラーの端を大事そうに抱いている。

そんなミラの前を食事を終えたエリザが一度通り過ぎ・・・急反転して戻ってきた。

自慢げに胸を張るミラ。

その様子はまるでおもちゃを見せびらかす子供と同じように見えた。

「あーー!ミラ、それってシロウが作っていた奴よね?」

「はい、シロウ様が下さいました。」

「えぇぇぇぇぇぇいいなぁぁぁぁぁぁ!」

「あげません。」

「ずるい!私も欲しい!シロウ、今すぐ編んで!ほら、早く!」

目当てのものが手に入らないと察すると、エリザがすごい顔で俺に迫ってきた。

胸元を掴み、反対の手で問題のマフラーを指差す姿はまさに子供。

つまりどっちも子供ということだ。

「早くって言われてもそんなすぐ編めるもんじゃないっての。」

「じゃあ予約する!次は私の分作って、約束だからね!」

「仕事の合間にしか編めないからいつになるか分からないぞ。」

「それでもいいの!あ、でも色は赤で宜しく。」

「指定するのかよ。」

「せっかくだもん、好きな色が良いじゃない。」

まぁ何色でも編むのは同じだからいいんだけど、時間無かったらマジで冬が終わるぞ。

それでも良いんだろうか。

「あれ、こんなところでどうしたんですか?」

「アネット聞いてよ!シロウがマフラー作ってくれるんだって!」

「え、そうなんですか!欲しいです!」

「おい、何でそうなる。」

「一つ作るのも二つ作るのも同じでしょ?それともミラだけ特別扱いするの?ルカに言いつけるんだから。」

いや、何でそこでルカが出てくるんだよ。

一つ作るのも大変だったのにそれが二つとか春を過ぎて夏になるぞ、マジで。

そんな俺の気持ちを察するわけも無く、エリザとアネットが好き勝手にマフラーの色について話し合いを始めてしまった。

ミラはというと再びマフラーで口元を隠して幸せそうな顔で二人を見つめている。

優越感?

違う、そんな感じではない。

なんていうか、皆おそろいなのを喜んでいるような感じだ。

え、待てよ。

その流れで行くと他の全員分作ることになるよな?

いやいやいや、そんなの無理だから。

「もちろん私達の分もありますよね?」

「無い筈ありませんよね?」

今度はセーラさんとラフィムさんがやってきて自分の分も作れと言い出した。

まずい、危惧していたことが現実になってしまう。

いくら編み物が楽しくなってきたとはいえ、義務感が出てしまうのは非常によろしくない。

俺は気晴らしついでにやっていただけであって、誰かの為に作るのはちょっと違う。

うーむ、何とかしなければ。

「何の話だ?」

「ミラ様が身に着けているあの素敵なマフラーの話です。」

「確かに見た目は多少いびつですが身につけたときの温かさには影響しないでしょう。最近特に冷えてきましたから、あれがあると調査の時に非常に助かります。」

「それならローザさんの作ったいい奴があるぞ。」

「私達はシロウ様のが欲しいのです。」

「順番は奥様方の後でかまいません、色はそうですね・・・深緑なんてどうでしょう。」

「なら私は紺色で。」

いや、何で俺が作ること前提なんだよ。

プロが作った奴のほうが絶対に綺麗だし付け心地もいい。

それに、俺にそんな時間はないって事はこの二人が一番知っているはず。

にも関わらず自分達の分も要求するとは・・・、新手の嫌がらせだろうか。

「最初は私で、次はアネット。あ、ハーシェさんとマリーさんの分もいるわよね。」

「そうなるとアニエス様も欲しがりますよ。」

「あー、確かに。セーラさん達はその後になっちゃうけどいいかな。」

「かまいません。お気使いありがとうございます、エリザ様。」

「ってことだからがんばってね、シロウ。」

「断る。」

何を勝手に決めてがんばれだ。

そんなこと言うやつの分なんて作ってやるものか。

そもそも全員分作るなんて俺は一言も口にしていない。

いくら楽しくなってきたとはいえ、これはちょっと違うだろう。

「どうしてもダメですか?」

「俺は気晴らしの為に作っていただけだ、それを義務化されるのは真っ平ごめんだね。」

「じゃあ気が向いたときで良いから。」

「むしろ何でそこまでして俺に作らせたいんだよ。」

「好きな人の手作りよ?欲しくないはずないじゃない。」

「へたくそだぞ?」

「私達の為に作ってくれるんだもの気にしないわ。」

何を当たり前の事を聞いてくるの?

そんな顔をしてエリザが微笑む。

確かに何も考えずに作るよりも、喜んでもらえるのであればそれはそれでやる気も出る。

だがそれとこれとは話が別だ。

こんなことになるのであれば、早急にミラからマフラーを回収して・・・。

「あれ?ミラはどこに行った?」

「シロウが悩んでいる間に部屋に戻ったわよ。」

「いつの間に。」

「よっぽど嬉しかったんじゃないかしら。あんな顔、久々に見たわ。」

「嬉しそうでしたね、ミラ様。」

「最近ちょっと不安定だったし、あれで落ち着いてくれるならこっちも安心よね。」

ぐぬぬ、そんな事言われたら回収できないじゃないか。

一人に渡したのであれば全員にも用意しなければならない。

でも、それを回収できない以上全員分作るしか道は無い。

毎日俺の為にがんばってくれているんだ、次は俺の番って事なんだろうなぁ。

はぁ、やるしかないか。

「マジで時間掛かるからな。」

「大丈夫、夏になってもつけるから。」

「倒れるぞ。」

「本望よ。」

やるとなれば準備をしなければならない。

まずは所望の色糸と魔糸を用意して、それから・・・。

「とりあえず追加の材料を買いに行くか。」

「私も行きます!」

いつもは金儲けの為に動くのだが、たまにはそうじゃない買い物も悪くない。

冬は残すところ後一ヵ月半。

それまでに全員分作れるかは・・・まぁ、やってみてから考えるか。
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