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830.転売屋はお節介を焼く
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オリンピア様を迎え入れる事になったとはいえ、別段これといって構える必要はないんだよな。
マリーさんがいるし、王家としての振舞などはアニエスさんがしっかり教え込んでくれるらしいから俺は場所を提供しているだけ。
それだけで大金が転がり込んでくるわけだ、うん、拒む理由は何もない。
なにより一番助かるのはマリーさんの代役として化粧品販売を手伝ってくれること。
アニエスさん曰く引継ぎ期間は短いものの、そんなに難しい事はないので大丈夫だろうとのことなので全部丸投げすることにした。
これでマリーさんも安心できるだろう。
いやー良かった良かった。
「次は何を買いますか?」
「んー、とりあえず欲しい物は買えたから後は屋敷に戻るだけだな。重たくないか?」
「これぐらいなら大丈夫です、先生にも良く動くように言われていますので。」
横でビッガマウスのエコバッグを右手にぶら下げたマリーさんが、ムンと力こぶを作る真似をする。
とても愛らしいその姿から、この人がこの国の元王子だったなんて想像できる人はいないだろう。
理解している俺ですら忘れることがある。
ま、今とあってはどうでもいい話だが。
「あの先生いつも同じことを言ってるな。」
「でも必要な事ですから。あまりお肉がつくとお産の時に大変なんだそうです。」
「そういうもんか。」
「エリザ様も毎日頑張っておられますよ。」
臨月になり、もういつ出てきてもおかしくない状況らしく、その日の為にエリザは毎日大きなお腹を抱えて動き回っている。
とはいえ、元から体力も筋力もあるのでそこまで苦になっている感じはないのだが、子供が中で大暴れするときがあるらしくその時は優しい顔をして腹の上から叱っていた。
獣のような眼をしていたエリザがあんな目をするなんてなぁ。
「あら?」
「どうした?」
話の途中でマリーさんがピタッと立ち止まってしまった。
その視線を追いかけると市場の隅で暗い顔をする女性冒険者の姿があった。
足元には何かが入った袋が横たわってる。
今にも死んでしまいそう、そんな雰囲気すら感じさせる顔だ。
「冒険者だな。」
「ちょっと見てきます。」
「まぁ、そうなるよな。」
暗い顔をした冒険者なんてそこら中にいる。
仲間を失ったやつ、大事な物を落としてきたやつ、それこそ裏切られた奴だっている。
ここはそういう街だ。
だが、そんな冒険者を日頃から相手にしている俺ですら彼女の落ち込み方は気になってしまう。
マリーさんであれば尚の事そうだろう。
大きなお腹を抑えながら速足で彼女の所へと向かい、話しかける。
いきなり俺が行くのもあれなので、少し離れて様子を見ることにした。
女性同士の方が話しやすい場合もある。
いきなり切りかかってくるような奴じゃなさそうだし、助けが必要であれば俺の方を見て・・・来たな。
まだ二言三言話しただけだが、すぐに俺の方を見てくるあたり金関係なんだろう。
無論、どんな相手でも金を貸すつもりはない。
それはマリーさんも理解しているはずなんだけどなぁ。
「どうした?」
「どうやら手に入れた素材が売れず困っているようなんです、ギルドの価格では安いそうなので旦那様が見たら、と思って。」
「お願いします。今日中にお金を払わないと形見が売られちゃうんです。」
「悪いが形見がどうなろうが知ったこっちゃない。俺は金になるものを買うだけだ、とりあえず見せてみろ。」
藁をもすがる気持ちはわからないでもないが、それとこれとは話が別だ。
今回もマリーさんが声をかけたから仕方なく仕事をするだけであって、そうでなければスルーしていたしな。
もたもたと袋を開け、中から出て来たのは白い石。
いや、粉?
「なんでしょう。」
「スパークジェリーの胴体です。最初はブヨブヨしてるんですけど、すぐにこうやって粉になるんです。」
「使い道は?」
「汚れを落とすのに使いますけど、それぐらいだと思います。」
スパークジェリー、別名電気クラゲ。
空中をふわふわと漂い、長く伸びた触手に触れた獲物を感電させる魔物。
触手の方にはいろいろと使い道があったはずだが、そういや本体の方はあまり見かけたことがないな。
見た目と効果から察するに重曹みたいな感じなんだろう。
『スパークジェリーの胴体。長い触手に電気を流して獲物を感電させるスパークジェリーだが、その胴体には発電機能は無くブヨブヨとした部分はむしろ電気を通さないようになっている。乾燥しやすく討伐してから時間が経つと粉になってしまうが、少量の水を加えると固まる性質がある。最近の平均取引価格は銅貨10枚。最安値銅貨5枚、最高値銅貨14枚、最終取引日は二日前と記録されています。』
鑑定スキルを通しても同じような結果だった。
所々固まっているのは手の水分を吸ったからだろう。
うーむ、安い。
触手は確か銅貨50枚ぐらいしたはずだから5分の1だ。
「いくら必要なんだ?」
「銀貨5枚です。」
「これで全部か?」
「宿に戻るとまだありますけど、それでも袋三つ分です。」
「なら出せても銀貨3枚だな。」
「そうですよね・・・。」
ギルドも似たような価格提示だったんだろう。
時間的にはまだ昼前、稼ごうと思えば銀貨2枚ぐらい稼げそうなものだが、彼女にその気概は感じない。
もはや諦めているという感じだ。
はぁ、こういうのはキャラじゃないんだけどなぁ。
「お節介だと理解した上での発言だと思ってくれ、甘ったれるな。」
「え?」
「本当に大切な物なら血反吐吐くまで考えて行動するもんだろうが。それをこんな所で落ち込んで、誰かに情けをかけてもらってあわよくば同情して金を貰おうなんて考えなんだったらさっさと諦めちまえ。」
「旦那様、それはいくら何でも・・・。」
「だから言っただろお節介だって。今回だってマリーさんが声をかけたから渋々相手してやってるが、ここじゃお前よりもひどい状況のやつがそこら中にいるもんだ。金貨5枚で装備どころか自分を売られそうになった奴、仲間に騙されて借金を背負わされ、奴隷に落ちたやつ、それに比べたら形見一つどうってことないだろうが。」
「そんなことありません!あれは、あれは私の大切な家族との思い出なんです!」
俺に好き勝手言われ彼女が怒りに満ち溢れた目で睨みつけて来た。
が、エリザに比べるとまだまだ凄味が足りないな。
その程度じゃ俺はビビらないぞ。
「なら、なんでそうしていられる。凹んで落ち込んで諦める程度の物なんだろ?」
「だから違うって・・・。」
「じゃあ動け。」
「動いても私なんかじゃ銀貨2枚も稼げないじゃないですか!」
「どうして決めつける、そんなに大切な物なら体を売ってでも稼げばいいだろうが。何かにつけて言い訳をして諦めてるその態度が気に食わないって言ってるんだよ。」
「旦那様言いすぎです。」
流石に今の発言はよろしくなかったようで、マリーさんが彼女との間に入り静かに睨んできた。
まぁわかって言ってるんだけども、ちょっとやり過ぎたか。
「私だって、頑張ってる、頑張ってもどうにもならないんです。」
「じゃあ聞くが、何を頑張ったんだ?」
「一人でダンジョンに潜って、倒せるだけ倒しました。お金になるって聞いてダンジョンの奥にも行きました。でもお金は貯まらないし、むしろ矢代とか薬草代でどんどん出て行くばっかりで・・・。」
「ダンジョン以外にも仕事はあるだろ、それこそ日払いで荷運びだってできるはずだ。それにギルドで事情を話せば融資だってしてくれるはずだぞ。」
「もう借りてます、だからこれ以上借りられないんです。」
彼女の得物は弓。
確かに一人じゃ狩れる魔物にも限りはあるだろうし、矢代が掛かるのもわかる。
だがそれは一人で潜ったらの話で、ギルドに行けば新人同士の斡旋もしていたはずだ。
それを利用しないのか、それともできないのか。
更には融資を断られるぐらい借金を重ねてって、もう終わってるじゃないか。
「頑張ったのね。」
「うぅ、私なんかが冒険者なんて初めから無理だったんですよ。でも、冒険者になるしかないじゃないですか。私みたいに何の取柄もなくて力も弱いんじゃ家に帰ってもいる場所なんてどこにもないし、冒険者じゃなくなったら飢えて死ぬしかないんです。」
ぽろぽろと涙を流しマリーさんの胸で泣き始めてしまった。
はぁ、どうしたもんかなぁ。
俺にとってはたった銀貨2枚。
だが、冒険者にとっては死ぬ気で稼ぐ銀貨2枚。
同じものでもその重さは違いすぎる。
だが、彼女を助けてどうなる。
ここには同じような冒険者が山ほどいるわけで、一人を助けた所で何の意味もない。
っていうか冒険者に向いてなさすぎる。
「それでも冒険者はお前には向いてない、早く辞めた方が身のためだ。」
「じゃあ何をしたらいいんですか!」
「働くんだよ。自分にできる仕事を探してそれに縋って生きろ。命を賭けなくてもいい仕事がこの街にはいくらでもあるんだ、冒険者ギルドじゃなく婦人会やギルド協会にも行けばいい。視野を広く持て、なんとかなる。」
「なんとかって・・・。」
「預けた物は本当に大事な物なんですね?」
「・・・はい。」
「その為にはどんなことでもする?」
「で、出来ることは何でもします。体を売るとかは、したくないけど・・・。」
それが甘えだと言いたくなるのをぐっと堪える。
俺にとってはそうかもしれないが、彼女にとっては越えられない越えてはいけない部分なんだろう。
それを俺が決めつけるのは良くない事だ。
マリーさんは彼女の手を取り、真剣な目でじっと見つめる。
「足りないのは銀貨2枚ね?」
「その、さっきの値段で買ってもらえるのなら。」
「旦那様、銀貨3枚で買ってもらえますか?」
「それは別に構わないが、まさか金を貸すのか?」
「いいえ違います。」
横に首を振りながらマリーさんはハッキリと言い切った。
何か考えがあるみたいだな。
「旦那様が銀貨3枚そして私が銀貨2枚を渡します。でも、渡すには条件があります。」
「条件、ですか?」
「明日の朝一番に私のお店に来てください。大通りの化粧品屋、わかりますか?」
「わかります。」
「裏に大量の在庫があるんですけど、見ての通りこのお腹じゃ動かすのもなかなか大変なんです。だから片づけを手伝ってもらえませんか?数はありますがそれほど重い物ではないですし、貴女にも出来ると思います。賃金は銀貨2枚、それとご飯も付けますよ。」
一日働くだけで銀貨2枚、大盤振る舞いもいい所だがそれを指摘するのはそれこそお節介というやつだ。
マリーさんは彼女を助けたい。
でも、お金を渡すことはしない。
だから労働を対価に先払いで彼女を助けようとしているわけだな。
もちろん貰うものをもらって逃げる可能性だって十分にある。
それをわかった上で手を差し伸べようとしているわけだ。
突然の提案に手を握られたままボーっとしている彼女に向かって、マリーさんは静かに微笑む。
「大切なものの為なら何でもする、そう言いましたよね。」
「はい。」
「明日待ってますから。旦那様、お願いします。」
「これが買取金の銀貨3枚だ、これは担保にもらうから明日の朝残りをマリーさんの店に届けてくれ。」
「そして私からお給料の銀貨2枚です。」
手の上に乗せられた銀貨5枚。
それが彼女にとってどれだけ重い物なのかは俺にはわからないが、実際の価値以上の何かがあるのはわかる。
乗せられた銀貨を握りしめるように、マリーさんの手が彼女の手を静かに閉じる。
「さぁ、行ってらっしゃい。」
「は、はい!ありがとうございます!」
ハッと我に返ったかと思うと、大きく頭を下げて彼女は走っていってしまった。
残されたのは白い粉が一袋。
さーて、何に使うかなぁ。
「お節介でしたよね。」
「良いんじゃないか?マリーさんがそうしたかったわけだろ。」
「そうなんですけど。」
「俺は物を手に入れたし、マリーさんは明日の労働力を手に入れた。それでいいじゃないか。」
「お金って、怖いですね。」
「そうだな。」
当たり前のように利用しているこの硬貨一枚が、いとも簡単に人の命を奪ってしまう事だってある。
それが金貨であれ銀貨であれ銅貨であっても同じこと。
それがあれば助かるし、無ければ身を滅ぼす。
だからこそ大切にしなければならないし、俺は手元に置いておきたい。
俺が金儲けをやめないのはそういう理由も含んでなんだよなぁ。
「さぁ、そろそろ帰らないとアニエスさんが心配する。荷物、持つぞ。」
「じゃあ半分お願いします。」
「了解した。」
買取った品をビッガマウスの袋に入れ、持ち手を片方ずつ掴んでゆっくりと歩きだす。
翌日。
大切な物を持った彼女は約束通りマリーさんの店に顔を出したんだとか。
マリーさんがいるし、王家としての振舞などはアニエスさんがしっかり教え込んでくれるらしいから俺は場所を提供しているだけ。
それだけで大金が転がり込んでくるわけだ、うん、拒む理由は何もない。
なにより一番助かるのはマリーさんの代役として化粧品販売を手伝ってくれること。
アニエスさん曰く引継ぎ期間は短いものの、そんなに難しい事はないので大丈夫だろうとのことなので全部丸投げすることにした。
これでマリーさんも安心できるだろう。
いやー良かった良かった。
「次は何を買いますか?」
「んー、とりあえず欲しい物は買えたから後は屋敷に戻るだけだな。重たくないか?」
「これぐらいなら大丈夫です、先生にも良く動くように言われていますので。」
横でビッガマウスのエコバッグを右手にぶら下げたマリーさんが、ムンと力こぶを作る真似をする。
とても愛らしいその姿から、この人がこの国の元王子だったなんて想像できる人はいないだろう。
理解している俺ですら忘れることがある。
ま、今とあってはどうでもいい話だが。
「あの先生いつも同じことを言ってるな。」
「でも必要な事ですから。あまりお肉がつくとお産の時に大変なんだそうです。」
「そういうもんか。」
「エリザ様も毎日頑張っておられますよ。」
臨月になり、もういつ出てきてもおかしくない状況らしく、その日の為にエリザは毎日大きなお腹を抱えて動き回っている。
とはいえ、元から体力も筋力もあるのでそこまで苦になっている感じはないのだが、子供が中で大暴れするときがあるらしくその時は優しい顔をして腹の上から叱っていた。
獣のような眼をしていたエリザがあんな目をするなんてなぁ。
「あら?」
「どうした?」
話の途中でマリーさんがピタッと立ち止まってしまった。
その視線を追いかけると市場の隅で暗い顔をする女性冒険者の姿があった。
足元には何かが入った袋が横たわってる。
今にも死んでしまいそう、そんな雰囲気すら感じさせる顔だ。
「冒険者だな。」
「ちょっと見てきます。」
「まぁ、そうなるよな。」
暗い顔をした冒険者なんてそこら中にいる。
仲間を失ったやつ、大事な物を落としてきたやつ、それこそ裏切られた奴だっている。
ここはそういう街だ。
だが、そんな冒険者を日頃から相手にしている俺ですら彼女の落ち込み方は気になってしまう。
マリーさんであれば尚の事そうだろう。
大きなお腹を抑えながら速足で彼女の所へと向かい、話しかける。
いきなり俺が行くのもあれなので、少し離れて様子を見ることにした。
女性同士の方が話しやすい場合もある。
いきなり切りかかってくるような奴じゃなさそうだし、助けが必要であれば俺の方を見て・・・来たな。
まだ二言三言話しただけだが、すぐに俺の方を見てくるあたり金関係なんだろう。
無論、どんな相手でも金を貸すつもりはない。
それはマリーさんも理解しているはずなんだけどなぁ。
「どうした?」
「どうやら手に入れた素材が売れず困っているようなんです、ギルドの価格では安いそうなので旦那様が見たら、と思って。」
「お願いします。今日中にお金を払わないと形見が売られちゃうんです。」
「悪いが形見がどうなろうが知ったこっちゃない。俺は金になるものを買うだけだ、とりあえず見せてみろ。」
藁をもすがる気持ちはわからないでもないが、それとこれとは話が別だ。
今回もマリーさんが声をかけたから仕方なく仕事をするだけであって、そうでなければスルーしていたしな。
もたもたと袋を開け、中から出て来たのは白い石。
いや、粉?
「なんでしょう。」
「スパークジェリーの胴体です。最初はブヨブヨしてるんですけど、すぐにこうやって粉になるんです。」
「使い道は?」
「汚れを落とすのに使いますけど、それぐらいだと思います。」
スパークジェリー、別名電気クラゲ。
空中をふわふわと漂い、長く伸びた触手に触れた獲物を感電させる魔物。
触手の方にはいろいろと使い道があったはずだが、そういや本体の方はあまり見かけたことがないな。
見た目と効果から察するに重曹みたいな感じなんだろう。
『スパークジェリーの胴体。長い触手に電気を流して獲物を感電させるスパークジェリーだが、その胴体には発電機能は無くブヨブヨとした部分はむしろ電気を通さないようになっている。乾燥しやすく討伐してから時間が経つと粉になってしまうが、少量の水を加えると固まる性質がある。最近の平均取引価格は銅貨10枚。最安値銅貨5枚、最高値銅貨14枚、最終取引日は二日前と記録されています。』
鑑定スキルを通しても同じような結果だった。
所々固まっているのは手の水分を吸ったからだろう。
うーむ、安い。
触手は確か銅貨50枚ぐらいしたはずだから5分の1だ。
「いくら必要なんだ?」
「銀貨5枚です。」
「これで全部か?」
「宿に戻るとまだありますけど、それでも袋三つ分です。」
「なら出せても銀貨3枚だな。」
「そうですよね・・・。」
ギルドも似たような価格提示だったんだろう。
時間的にはまだ昼前、稼ごうと思えば銀貨2枚ぐらい稼げそうなものだが、彼女にその気概は感じない。
もはや諦めているという感じだ。
はぁ、こういうのはキャラじゃないんだけどなぁ。
「お節介だと理解した上での発言だと思ってくれ、甘ったれるな。」
「え?」
「本当に大切な物なら血反吐吐くまで考えて行動するもんだろうが。それをこんな所で落ち込んで、誰かに情けをかけてもらってあわよくば同情して金を貰おうなんて考えなんだったらさっさと諦めちまえ。」
「旦那様、それはいくら何でも・・・。」
「だから言っただろお節介だって。今回だってマリーさんが声をかけたから渋々相手してやってるが、ここじゃお前よりもひどい状況のやつがそこら中にいるもんだ。金貨5枚で装備どころか自分を売られそうになった奴、仲間に騙されて借金を背負わされ、奴隷に落ちたやつ、それに比べたら形見一つどうってことないだろうが。」
「そんなことありません!あれは、あれは私の大切な家族との思い出なんです!」
俺に好き勝手言われ彼女が怒りに満ち溢れた目で睨みつけて来た。
が、エリザに比べるとまだまだ凄味が足りないな。
その程度じゃ俺はビビらないぞ。
「なら、なんでそうしていられる。凹んで落ち込んで諦める程度の物なんだろ?」
「だから違うって・・・。」
「じゃあ動け。」
「動いても私なんかじゃ銀貨2枚も稼げないじゃないですか!」
「どうして決めつける、そんなに大切な物なら体を売ってでも稼げばいいだろうが。何かにつけて言い訳をして諦めてるその態度が気に食わないって言ってるんだよ。」
「旦那様言いすぎです。」
流石に今の発言はよろしくなかったようで、マリーさんが彼女との間に入り静かに睨んできた。
まぁわかって言ってるんだけども、ちょっとやり過ぎたか。
「私だって、頑張ってる、頑張ってもどうにもならないんです。」
「じゃあ聞くが、何を頑張ったんだ?」
「一人でダンジョンに潜って、倒せるだけ倒しました。お金になるって聞いてダンジョンの奥にも行きました。でもお金は貯まらないし、むしろ矢代とか薬草代でどんどん出て行くばっかりで・・・。」
「ダンジョン以外にも仕事はあるだろ、それこそ日払いで荷運びだってできるはずだ。それにギルドで事情を話せば融資だってしてくれるはずだぞ。」
「もう借りてます、だからこれ以上借りられないんです。」
彼女の得物は弓。
確かに一人じゃ狩れる魔物にも限りはあるだろうし、矢代が掛かるのもわかる。
だがそれは一人で潜ったらの話で、ギルドに行けば新人同士の斡旋もしていたはずだ。
それを利用しないのか、それともできないのか。
更には融資を断られるぐらい借金を重ねてって、もう終わってるじゃないか。
「頑張ったのね。」
「うぅ、私なんかが冒険者なんて初めから無理だったんですよ。でも、冒険者になるしかないじゃないですか。私みたいに何の取柄もなくて力も弱いんじゃ家に帰ってもいる場所なんてどこにもないし、冒険者じゃなくなったら飢えて死ぬしかないんです。」
ぽろぽろと涙を流しマリーさんの胸で泣き始めてしまった。
はぁ、どうしたもんかなぁ。
俺にとってはたった銀貨2枚。
だが、冒険者にとっては死ぬ気で稼ぐ銀貨2枚。
同じものでもその重さは違いすぎる。
だが、彼女を助けてどうなる。
ここには同じような冒険者が山ほどいるわけで、一人を助けた所で何の意味もない。
っていうか冒険者に向いてなさすぎる。
「それでも冒険者はお前には向いてない、早く辞めた方が身のためだ。」
「じゃあ何をしたらいいんですか!」
「働くんだよ。自分にできる仕事を探してそれに縋って生きろ。命を賭けなくてもいい仕事がこの街にはいくらでもあるんだ、冒険者ギルドじゃなく婦人会やギルド協会にも行けばいい。視野を広く持て、なんとかなる。」
「なんとかって・・・。」
「預けた物は本当に大事な物なんですね?」
「・・・はい。」
「その為にはどんなことでもする?」
「で、出来ることは何でもします。体を売るとかは、したくないけど・・・。」
それが甘えだと言いたくなるのをぐっと堪える。
俺にとってはそうかもしれないが、彼女にとっては越えられない越えてはいけない部分なんだろう。
それを俺が決めつけるのは良くない事だ。
マリーさんは彼女の手を取り、真剣な目でじっと見つめる。
「足りないのは銀貨2枚ね?」
「その、さっきの値段で買ってもらえるのなら。」
「旦那様、銀貨3枚で買ってもらえますか?」
「それは別に構わないが、まさか金を貸すのか?」
「いいえ違います。」
横に首を振りながらマリーさんはハッキリと言い切った。
何か考えがあるみたいだな。
「旦那様が銀貨3枚そして私が銀貨2枚を渡します。でも、渡すには条件があります。」
「条件、ですか?」
「明日の朝一番に私のお店に来てください。大通りの化粧品屋、わかりますか?」
「わかります。」
「裏に大量の在庫があるんですけど、見ての通りこのお腹じゃ動かすのもなかなか大変なんです。だから片づけを手伝ってもらえませんか?数はありますがそれほど重い物ではないですし、貴女にも出来ると思います。賃金は銀貨2枚、それとご飯も付けますよ。」
一日働くだけで銀貨2枚、大盤振る舞いもいい所だがそれを指摘するのはそれこそお節介というやつだ。
マリーさんは彼女を助けたい。
でも、お金を渡すことはしない。
だから労働を対価に先払いで彼女を助けようとしているわけだな。
もちろん貰うものをもらって逃げる可能性だって十分にある。
それをわかった上で手を差し伸べようとしているわけだ。
突然の提案に手を握られたままボーっとしている彼女に向かって、マリーさんは静かに微笑む。
「大切なものの為なら何でもする、そう言いましたよね。」
「はい。」
「明日待ってますから。旦那様、お願いします。」
「これが買取金の銀貨3枚だ、これは担保にもらうから明日の朝残りをマリーさんの店に届けてくれ。」
「そして私からお給料の銀貨2枚です。」
手の上に乗せられた銀貨5枚。
それが彼女にとってどれだけ重い物なのかは俺にはわからないが、実際の価値以上の何かがあるのはわかる。
乗せられた銀貨を握りしめるように、マリーさんの手が彼女の手を静かに閉じる。
「さぁ、行ってらっしゃい。」
「は、はい!ありがとうございます!」
ハッと我に返ったかと思うと、大きく頭を下げて彼女は走っていってしまった。
残されたのは白い粉が一袋。
さーて、何に使うかなぁ。
「お節介でしたよね。」
「良いんじゃないか?マリーさんがそうしたかったわけだろ。」
「そうなんですけど。」
「俺は物を手に入れたし、マリーさんは明日の労働力を手に入れた。それでいいじゃないか。」
「お金って、怖いですね。」
「そうだな。」
当たり前のように利用しているこの硬貨一枚が、いとも簡単に人の命を奪ってしまう事だってある。
それが金貨であれ銀貨であれ銅貨であっても同じこと。
それがあれば助かるし、無ければ身を滅ぼす。
だからこそ大切にしなければならないし、俺は手元に置いておきたい。
俺が金儲けをやめないのはそういう理由も含んでなんだよなぁ。
「さぁ、そろそろ帰らないとアニエスさんが心配する。荷物、持つぞ。」
「じゃあ半分お願いします。」
「了解した。」
買取った品をビッガマウスの袋に入れ、持ち手を片方ずつ掴んでゆっくりと歩きだす。
翌日。
大切な物を持った彼女は約束通りマリーさんの店に顔を出したんだとか。
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