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829.転売屋は手紙を受け取る

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あの後も色々とあったものの港町を何とか無事に出発し、大量の商品と一緒に街へと戻って来た。

買い付けた織布は半分を街で加工して、もう半分を王都に出荷。

西方ブームはまだ続いているはずなので、彼らが然るべき形に加工してくれるだろう。

で、それをイザベラが貴族に売りつけると。

庶民ではなく貴族相手に商売ができるってのが強みだよなぁ。

普通は話すらできない相手に対して直接商品を提供できるので、一般に売り出すよりも儲けが一気に大きくなる。

もちろんそういう相手を狙って商品を転がしている訳だが、一回の利益が大きくなりすぎて報告を受けても現実味が無いんだよな。

ま、頑張れば頑張るだけ儲けが大きくなるのは事実だしいつも通り頑張ればいいだけだ。

「その場にいなくて本当に良かったと思います。」

「だな、胎教に悪すぎる。」

「まったく、シロウ様を取り合うなどありえない事です。」

「二人に悪気はなかったわけだししっかりと話も付けてきた。水を手配してもらった義理は果たしたんだし、もういいじゃないか。」

夕方には戻ってきたはずなのに、買い付けた品を然るべき場所に提供したり何なりしてるうちにあっという間に夜が更け真夜中に近い時間になってしまった。

なんとか屋敷に戻り、執務室の椅子に倒れ込んだのが30分ほど前。

今日はもう働きたくない。

そう心の決めて机の上に積みあがる書類の山を視界の中からかき消した。

そんな状況だったのだが、夜遅い時間にもかかわらずミラは俺の帰りを待っていてくれたようで、軽食と香茶を手に執務室へと来てくれたわけだ。

もちろん追い返す事なんてしない。

俺も誰かと話したい気分だったので、一足先に今回の件について報告させてもらった。

「ですが次回から港町に行く時には誰か連れて行くようにお願いします。」

「無論そのつもりだ。それで、特に変わったことはなかったか?」

「こちらはいつもと変わらず、セーラ様が書類が片付かないとぼやいていたぐらいです。」

「ならいつも通りだな。」

「ふふ、そうですね。」

書類が片付かないのなんていつもの事。

特別忙しかったりトラブルが起きていないようでホッとしている。

新しく迎えた家族も少しずつではあるが屋敷に慣れてきたんだとか。

ドーラさんの料理の腕はかなりの物らしく、ハワードがまた対抗心を燃やしているんだとか。

まったく、料理のことになるとすぐに熱くなるんだから困ったものだ。

ふと見たくもない執務机に目をやると、書類と書類の間から何かが飛び出しているのが見えた。

書類を抑えつつ半分ぐらい引っ張り出した所で手が止まる。

あぁ、見なきゃ良かったと心の底から思ってしまった。

わざわざ隠してあったのに何でこういうの引っ張り出すかな、俺は。

「どうされました?」

「書類に挟まってる手紙を見つけたんだが、正直この時間に見るものじゃなかった。」

「この刻印は、王家ですね。」

「はぁ、せっかく一つ片付いた所なのに今度はなんだよ。」

この時期に送られてくるあたり、拡張計画についてかそれとも別の内容か。

どちらにせよ面倒事であることは間違いないだろう。

あー、やだやだ。

「まだ面倒事と決まったわけではないのでは?」

「俺の勘はそうだと言ってる。ミラ、代わりに読んでくれないか?」

「申し訳ありません、国王陛下からの可能性もありますので。」

「あー、まずいか。」

「もし極秘裏な指示などであれば、私が知ると殺される可能性も。」

「わかった、俺が読もう。」

恐らくというか、間違いなくそんな極秘任務を俺が受けることはない。

だが、もしもという可能性もあるし、そんな事でミラを失いたくはない。

ぶっちゃけめんどくさいだけなんだ。

大きなため息を吐き出しながら手紙にナイフを滑らせていく。

中に入っていたのは二つ折りの紙が一枚だけ。

差出人は、やはり国王陛下だった。

そのまま文面に目線を走らせて行く。

「・・・はぁ。」

「何か良くないことでも?」

「いや、そういうわけじゃないんだが、面倒なことに変わりはなさそうだ。読んでも大丈夫だぞ。」

ミラに手紙を渡した後、大きく伸びをして肺に空気をたくさん送りそして一気に吐き出す。

ため息をつくと幸せが逃げるとよく言うが、俺はそうは思わない。

ため息は心のわだかまりを吐き出す為の行為であって、むしろそれによって幸せが守られると考えている。

だから俺はため息をつく。

それはもう盛大に。

手紙に書いてあった内容を簡単に言うと次のようになる。

『我が娘オリンピアに普通の生活を学ばせるべくマリアンナの所に行かせるから面倒を見てやってくれ。期間は1年間、細かいことはアニエス監査官に頼んでいるからよろしく。』

本当にざっくり言うとこんな感じ。

あまりにも突っ込みどころが多すぎて、盛大なため息をついてしまう俺の気持ちが分かってもらえるだろうか。

「これは、どういう理由なんでしょう。」

「わからん。そういう風習があるのかもしれないが俺達には知らない話だ。明日にでもマリーさんに確認した方が良さそうだな。」

「近々でこちらに移るという話もありますし、どういう風にするのか早めに打ち合わせするのがいいかと。とはいえ、オリンピア様に一人暮らしをさせるわけには行かないでしょうし難しいところですね。」

「それを経験させる為なのかもしれないが、さすがに無用心すぎるよな。そうなると必然的にうちで引き受けるしかないわけだ。まぁ、部屋はあるし人も増えたから何とかなると思うが、時期が悪すぎるだろ。」

「いえ、もしかするとそれに合わせたのかもしれませんよ。」

ミラがなんとも怖いことを言うが、姉の出産に立ち合わせるために本人を送り込むのはなんとなく分かる。

いずれオリンピア様も結婚して子供を生むだろうから、いい経験にはなるだろう。

だが引っかかるのはその期間だ。

1年。

出産に立ち会うだけならせいぜい一ヶ月程だろう。

だがそれを終えてもまだこっちで生活するといっている。

普通に考えて王族がそんなにも長い間王城を離れていいものなんだろうか。

庶民にはさっぱり分からない。

だが一つだけ言い切れるのは非常にめんどくさいということだ。


「なるほど、アニエスが忙しそうにしていたのはそれが理由ですか。」

「って事はもう連絡は来ているみたいだな。何か知っているのなら詳しく教えてくれ。」

翌朝。

早々に食事を終えた俺はマリーさんの店へと向かった。

いつもはアニエスさんが迎えてくれるのだが、今日はノックをしても扉が開くことはなく、声をかけてから勝手に中に入る。

店の奥で準備をしていたマリーさんに事情を説明して手紙を読んでもらい、どういう事情があるのか教えてもらうことになったというわけだ。

「平民に降りて経験を積む、それはつまり王家を出て結婚するということです。王家の生活は世間一般と大きくかけ離れていますから結婚先で粗相が無い様に、そして心が折れないように事前に経験を積むのが目的なんです。そうですか、オリンピアにそういう人が出来たんですね。」

「その辺は本人に聞いてもらうとして、一年はいくらなんでも長すぎないか?経験を積むなら数ヶ月で十分だろ。」

「旦那様の言うように普通は長くても6ヶ月程度、それが1年となると本人がそれを希望したと考えるべきでしょう。」

「わざわざ庶民の生活を1年も?」

「本人がそれを望んでいるのであれば王家がそれを拒む理由はありません。オリンピアの王位継承権は下から数えたほうが早いですし、今のうちに色々と経験しておくべきです。ここでの生活はとても刺激的ですから、いい思い出になると思います。」

王家にい続ければ悠々自適な生活を送ることが出来る。

だがその生活に刺激があると聞かれればそうではないんだろうな。

わざわざマリーさんが刺激的というのはそういうことなんだろう。

大切な妹に自分と同じ経験をさせてやりたいのかもしれない。

庶民の生活がどれだけ大変か身をもって知ってもらういい機会。

それを知っているのと知らないのとでは、仮に王家に戻った時の考え方も変わってくるだろう。

もしかするとエドワード陛下はそれを考えて送り出したのかもしれないな。

とはいえめんどくさいことに変わりはないわけで。

そもそも庶民の生活を経験させるって一体何をさせればいいんだ?

ここはダンジョン街。

さすがにオリンピア様を冒険者にするわけにはいかないだろう。

いくらエリザに憧れているとしても、それだけは勘弁して欲しい。

「思い出作りねぇ。」

「もちろん王家を離れて平民として生活するわけです、最低限の護衛はつけることになりますが基本自分のことは自分でして貰いますし、働いてお金も稼いでもらいます。」

「マジか、働かせるのか。」

「はい。オリンピアなら化粧品についてそれなりに知識がありますし、社交界の経験もありますから貴族相手にも臆することはないでしょう。ここのお客様は皆さんいい人ばかりですから、これで安心して店を開けることができます。」

「確かにうってつけかもしれないが、本当に大丈夫なのか?」

「そのために私がおります、心配には及びません。」

待ってましたというタイミングでアニエスさんが姿を現す。

手には大量の荷物を持ったままだ。

本当に今帰ってきたところなんだろう。

「アニエス、お帰りなさい。」

「ただいま戻りました。ひとまずオリンピア様が使うと思われる品は全て買ってあります。足りない物がありましたらそのつど買えば問題はないかと。」

「やっぱりここに住むのか?」

「ここに来て数日はそうなると思いますが、その後はシロウ様のお屋敷でご一緒させて頂く予定です。ミラ様とグレイス様には事情を説明し、快諾を頂いております。」

「まぁその方が安心だよな。」

「ここに残ればマリー様が、マリー様に付けばオリンピア様が危険にさらされる可能性があります。しかしながらシロウ様のお屋敷であればそのどちらも守ることが出来、さらには生まれてくる赤子の相手も出来ますから。こちら、国王陛下からの手紙になります。」

ん?二通目?

俺のところに届いた封筒と色も形も同じだが、中に書いてあった内容はぜんぜん違った。

最初から俺のところで世話になる気満々だったらしく、生活費や賃料などについても詳しく記載されている。

ちなみにオリンピア様がこちらに来た後、アニエスさんはオリンピア様の教育係兼護衛という形で動くらしい。

社会経験を積ませるだけでなく立派な妻となるべく修練を積むんだとか。

王家って本当に大変なんだな。

「全部陛下の計画通りってか。」

「そうかもしれませんが、これだけ大胆なことが出来るのもシロウ様の所に全て揃っているからだと思います。婚約者ならともかく無関係な貴族の所へ王女を送り出すなんて事は普通しません。」

「まぁそれもそうか。」

「陛下が全幅の信頼を置いている、その事実にどうぞ胸を張ってください。」

「胸を張るのは良いが、それだけで腹は膨れないけどな。」

「もちろんそれについても考えがございます。こちら、生活費と報酬になりますのでご確認ください。」

ふむふむなるほど。

うちに転がり込んでくるだけで毎月金貨1枚もらえるのか・・・。

じゃあ仕方ないな。

「せっかくだし二人がこっちに来るのも早めたらどうだ?出産も控えているわけだし、早めに環境に慣れた方が安心すると思うんだが。」

「でも、ご迷惑では?」

「一気に四人増えたんだ、今更二人増えたって問題ないさ。」

そこにオリンピア様が増えたとしても、うちの女達が動じることはないだろう。

到着は一ヵ月後。

それまでにあれこれ用意しておかないとな。
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