上 下
823 / 1,027

820.転売屋は金を集める

しおりを挟む
やると決まってからが早いのが俺達のいいところ。

無理なく集められるだけの現金を集めるべく、各々が自分の仕事を片付けていく。

現金を集めるといっても集金して回るわけではなく、ただ単に挨拶回りをするだけ。

『この12か月もお世話になりました、また次もよろしくお願いします。』

還年祭を前に馴染みの取引先へ歳暮を手に挨拶するだけで不思議と金が集まってくるもんだ。

理由は簡単。

みんなお祭りの最中に仕事をしたくないから。

なので、こっちから顔を出すと喜んで今月分の売上や配当を持って来てくれる。

もちろんまだですと言われれば待つ。

別に借金取りでもないし、この時期だからこそ間に合わないケースも多々あるだろう。

もっとも、取引している殆どが好調な売上を残しているのでそんなケースはまずないんだけどな。

「では有難く頂戴します。」

「わざわざ手土産を持って挨拶周りだなんて大変ね。」

「そうでもないさ、お願いしている立場なんだし顔を忘れられたら困るだろ。」

「普通は貴族が自分でなんてしないものよ。」

「生憎と普通の貴族じゃないんでね。」

婦人会に顔を出すとイレーネさん自ら出迎えてくれた。

そして少し早いけどと今月分の売上金という名の配当金を持って来てくれたので、明細と共に頂戴する。

婦人会には常日頃からお世話になっているのでお礼を言うのはこっちの方なんだが、向こうからしてみれば大事な仕事を持って来てくれる上顧客って事になるんだろう。

未亡人の多いこの街では扶助組織となる婦人会は無くてはならな存在だ。

冒険者と違って見た目にはわからない隠れた労働力。

それを見事に束ね上げるイレーネさんの手腕には脱帽する。

「冬が終われば街の拡張が始まるんでしょう?労働者も大勢入ってくるし、彼らの食事なんかをどうするつもりか聞いてたりしないかしら。」

「残念だがその辺はまだ決まってないらしい。冒険者の流入も予想されるだけに色々と面倒な事件も増えるだろう、警備は巡回を増やすっていう話だが自分の身は自分で守る必要も出てくるかもしれないな。」

「そうね、女だからって舐めてる奴らもいるし気を付けるように言っておくわ。」

「何か必要なものがあれば言ってくれ。例えば、防犯ブザーとかどうだ?」

「ぶざー?」

「非常時に使うと大きな音のする道具だ。この街なら音さえ出せばだれかが気付いてくれるだろ?」

住民が多いだけに街のどこかには人がいる。

夜になるともちろん無人の場所も出来るが、音が聞こえないという距離でもない。

女性に限定して持たせる事でもしもの時に役立つかもしれない。

前々から考えていた物だけに生産するのにいい機会かもしれないな。

「それはいいかもしれないわね。取り急ぎ100個程頼みたいんだけど、見積書をお願いできるかしら。」

「即決かよ。」

「貴方が提案してくれるものだもの、安心して注文できるわ。余剰金もそれなりにあるし、こんなに自由にお金を使える日が来るなんて有難い事ね。」

「別に俺への支払いはもっと少なくてもいいんだぞ。」

「それはダメよ。全員に然るべき報酬を払った上でさらに婦人会の維持運営費用も貰っているんだから。そういう契約でしょ?」

「弁当屋はな。」

弁当屋はそういう約束で事業を譲渡したが、婦人会で稼いだ分は別のはず。

運営費に余剰が出たのならその分福祉に回してほしいんだがなぁ。

そっちはギルド協会の管轄だし今後に期待か。

「それでいいのよ。」

「ま、貰えるもんは有難くもらっておく。それじゃあ邪魔したな。」

「よい還年祭を。」

さて、これで婦人会への挨拶は終わり。

後はアグリの所に顔を出して、それから冒険者ギルドに行ったらおおよそ終了だ。

アグリの所はこの前顔を出した所だからあまり話す内容はないんだが、なんだかんだでかなりの収益を上げてくれている。

ほぼ丸投げでこの売上はやばい。

「ルフ、調子はどうだ?」

ブンブン。

「そうか、元気そうで何よりだ。アグリはどこにいる?」

「ワフ。」

「レイが連れてってくれるのか、宜しく頼む。」

畑に行くと倉庫の前でルフとレイが日向ぼっこをしていた。

暖かな毛布の上に丸くなりながらも耳は真上を向き、誰が来てもすぐわかるようにしている。

尻尾を左右に振りながらレイが畑の奥へと案内してくれた。

どうやら温室にいたようだ。

「これはシロウ様、すみません気付きませんでした。」

「むしろ気付く方がびっくりだよ。どんな感じだ?」

「スイートベリーがそろそろ収穫できそうです。春先の果物ですし、還年祭で喜ばれるのではないでしょうか。」

「温室様々ってやつだな。高値で売り付けてやれ。」

「そのつもりです。今日はどうされました?」

「還年祭前の挨拶回りだ。っていってもほぼ毎日会ってるし話す事もないんだが、この冬も売上はよさそうだな。」

「ちょうど昨日報告書を作っていた所です、中へどうぞ。」

レイと共にアグリの家へと上がらせてもらい、ハロゲンヒーターの前に陣取る。

さっきまでそうでもなかったのに、ヒーターの前に来た途端に寒く感じるのは何でだろうあ。

「うー、さぶい。」

「今香茶を用意いたします。」

「別に気にしないでもいいぞ、先に書類を見せてくれ。」

「ではご確認ください。」

報告書は二枚。

春先から今までの収支が綺麗に整理されており非常にわかり易い。

前と書き方が違うのはセーラさんたちに教えてもらったからだろう。

夏を境に収支は一気に増えこの秋は過去最高を記録。

麦の不作もあり芋を量産したのが功を奏したようだ。

野菜はどれも豊作。

どうやらここだけじゃなく隣町でも葉物を卸しているようだ。

土地的に畑が少な目なんだよな、あそこは。

ナミル女史も大喜びだろう。

「どうぞ。レイにはこっちを。」

「よかったなレイ。」

「ワフ!」

塩少な目の干し肉をもらい嬉しそうに尻尾を振るレイ。

後でルフにも持って行ってやらないとな。

「如何でしょうか。」

「去年とは比べ物にならない収穫量、そして売上額だな。」

「畑も大きくなりましたし新設しました貸し畑が思いのほか人気でして。予約待ちが出ているぐらいです。」

「そんなにか。」

「可能であれば拡張したいと考えていますので、13月になりましたらローランド様にお伺いを立てる予定です。」

「同行するか?」

「いえ、大丈夫です。」

ま、子供じゃないんだし自分の任された仕事だ。

アグリなら何とかするだろう。

しかしそんなに畑の需要があるなら前々からやればよかったのに。

思わぬ需要ってやつなんだろうか。

「明日貸し畑の代金が支払われますので、今月分をお納めできる予定です。恐らくは金貨3枚ほどになるかと。」

「多いな。」

「農作物の収穫量もかなりありますから、ほんとどうなっているんですかね。」

「それを俺に言われても困る。が、金になるのは有難いな。生活に不便はないか?」

「ヒーターのおかげで凍える事なく過ごせています。シロウ様の言った通り断熱材をケチらないで正解でした。」

「だろ?」

下が倉庫なのでどうしても冷気が抜ける。

快適な生活をする為には必要な投資だったと言えるだろう。

不便していないようで何よりだ。

「まぁ風邪をひかないように引き続き励んでくれ。それじゃあまた明日な。」

「はい。」

「行くぞレイ。」

「ワフ!」

肉をもらってご機嫌なレイと共に倉庫へと戻る。

これだけ大きな畑が荒らされないのも全てはルフやレイ、それにコッコたちのおかげだろう。

いつもありがとな。

ルフにも干し肉をおすそ分けして最後に冒険者ギルドへ。

やれやれやっと最後だ。

顔なじみに挨拶をしながら扉を開けて中へ入る。

今日も中は大忙し、そんな中カウンターに寄りかかるようにして立っていた女性がこちらを見るなり手を挙げた。

「あれ、シロウ今来たの?」

「なんでここにいるんだよ。」

「仕事だもの。」

「いやまぁそうなんだが・・・、ニア何か言ってやってくれ。」

「私は来てくれた方がありがたいけど?新人も喜ぶし。」

カウンターでニアと話していたのはエリザ。

臨月に入りギルド関係の仕事はしないって話だったんだが、自主的に仕事をしに来たんだろう。

もちろん金を回収するために。

「それで、仕事は片付いたのか?」

「もちろん、素材の搬入と買取、それと使用料ももらってるわ。」

「よくやった。」

「まさかエリザにお金を請求される日が来るとは思わなかったけど、そんなに物入りなの?」

「そういうわけじゃないんだが、還年祭を前に色々片づけておきたくてな。」

「あ、それわかるかも。」

「それじゃあニアまたお祭りで。」

「またね。」

仕事をしに来たはずがエリザのおかげで早く片付いてしまった。

大きなおなかを抑えながらいつもよりもゆっくりとしたペースで歩く。

「シロウは全部回れたの?」

「おかげさんで。」

「じゃあまた大金持って歩いてるんだ。危ないから誰か連れて行けばいいのに。」

「今まではエリザがいてくれたからなぁ。今後はそれも考えなきゃダメか。」

「まったく、私がいないとダメなんだから。」

やれやれといった口ぶりだがその顔は随分と明るい。

でもエリザの指摘通り今後は注意しないとなぁ。

今はいいが、今後は大勢の人間が流入してくるわけで、それに比例するように犯罪も増加するのは目に言えている。

ひったくりだの窃盗だの、巻き込まれない保証はどこにもない。

扱っている金額が金額だけに、ロスは大きくなる。

金ならいいが命を失うわけにはいかないしな。

「そうだな。」

「なによ、今日はずいぶん素直じゃない。」

「いや本当にそう思っただけだ。」

「産後すぐは無理だけど、しばらくしたら私も動くから、それまで無茶するんじゃないわよ。」

「へいへい、了解しました。」

「まったく心がこもってないんだけど。」

「気のせいだろ。」

大丈夫だとは思うが念のためにカバンをしっかりと抱えて家路につく。

戻ってからの方が忙しい。

でも今日頑張ればオークションで自由に使えるお金が増える。

目的のためだ、頑張らないとな。

俺がカバンを抱きかかえたのを見てエリザも体を寄せてくる。

「いよいよね。」

「あぁ、どう転ぶかはわからないが何とかなるだろう。」

「新しい子に手を出すなとは言わないけど、それよりも別の子に気持ちを受けてあげてよね。」

「普通は浮気するなっていうんじゃないか?」

「だって今更だし。それに、シロウに関わった人はみんな幸せになるから、だからいいの。」

「いい女だな。」

「でしょ?もっと褒めていいのよ。」

まったくすぐ図に乗るなぁこの脳筋は。

手を出しまくっている俺が言うのもなんだが、一応は気を付けているつもりだ。

それに、幸せにしてもらってるのは俺の方。

それをわからせるために俺はエリザの尻を強く揉むのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...