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806.転売屋は子供と出かける

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「ん?どうした?」

横から感じる熱のような視線に気付き声をかけると、本人は何も言わず俺の顔を見つめてくる。

いつ見ても可愛いしどれだけ見ても飽きない顔。

たとえ仕事をしていても、それを放り投げてそちらを優先してしまいそうになる。
 
いや、実際優先する。

仕事の手を止め本人のそばに近づくと、異変に気付いた。

「あぁ、汚れたのか。」

「あぶ。」

「そうかそうか、今替えるからしばし待て。」

棚からウェットティッシュもどきと布おむつを取り出し、本人を簡易のベッドから持ち上げて床に降ろす。

もちろん床にはしっかり毛布を敷いてあるとも。

あ、替える前に一応別の布を敷いておくか。

前開きの服を一枚ずつ脱がせていき、生まれたままの姿にってこの言い方はちょっとあれだな。

「お手伝いしますか?」

「いやいい、これぐらいは出来る。」

「でも、お館様がすることじゃないと思いますよ?」

「むしろ親がやらないで誰がやるんだ?」

「そうなんですけど。」

横で様子を窺っていたミミィが何とも言えない様子で声をかけてくるが、俺の答えはさっき言った通りだ。

俺は親でリーシャは俺の娘。

たとえミミィの仕事がこの子の面倒を見ることだとしても、親がやらない理由にはならない。

っていうか接する時間が少ないだけに、こういう時にしっかり相手をしないと顔を忘れられてしまいそうだ。

手際よく汚れをふき取り、新しい布おむつをつけてやる。

吸水ポリマー入りの使い捨ておむつなんてのはないが、布おむつがあれば何とかなる。

要は洗濯するか捨てるかの違いだ。

最初は手こずったが今じゃご覧の通り。

不快感がなくなったのでリーシャはきゃっきゃとはしゃいで手足をじたばた動かしている。

最近やっと首が座ってきたのか動きが活発になっている。

抱っこしても頭を押さえなくていいのはちょっと楽だ。

「これでよし、もう少し我慢してくれよ。」

「手慣れたものですね。」

「これからどんどん増えるからな、これぐらいになっておかないと大変だろう。」

「赤ちゃん一杯、楽しみです。」

「ミミィは本当に子どもが好きなんだな。」

「はい!だって可愛いじゃないですか!」

確かに可愛い、うちの子が一番可愛い。

とかなんとか親バカな事を言いながら再び視線を感じつつ仕事を終わらせる。

いつもならハーシェさんがリーシャの相手をしてくれるのだが、今日は行商の関係上どうしても外せない相手との仕事だったので俺が代わりに見ているというわけだ。

たまには親子水入らずってのもいいだろう。

今までで最速のペースで仕事を終わらせ、リーシャを着替えさせてから外に出る。

着替えは複数枚、涎掛けも複数枚、タオル良し。

寒くないように毛布でくるみつつ体温調節しやすいようにしておく。

一人でも大丈夫だと思うのだが、女たちの強い願いでミミィも同行することになった。

うーむ解せぬ。

「おやおや、可愛いじゃないか。」

「だろ?」

「目元が兄ちゃんに似てるな、よかったなぁ他は似なくて。」

「まぁ、そうなんだがもっと良い言い方があるんじゃないか?」

散歩のついでに市場に向かい、おっちゃんおばちゃんに挨拶しに行く。

あまり人の多いところには外出させていなかったのだが、この時期は人も少ないし医者の許可も出でているのでやっと顔見せすることができた。

喜んでもらっているようで何よりだ。

おばちゃんはほっぺたをつつき、おっちゃんは変顔をしてあやしてくれている。

何とも幸せな光景だ。

「私ももうすぐ抱けるんだねぇ。」

「本人にはくれぐれも自重するように言ってるんだが、たまに無茶するから安静にするようにって言っておいてくれないか?」

「任せときな。」

「次の子ももうすぐだろ?」

「あぁ、来月だな。そのあとももう一人生まれる予定だ。」

「大家族だが、兄ちゃんにはその甲斐性もあるし安泰だろう。頑張れよ。」

頑張るのは俺じゃなくて女達だが、こうやって心配してもらえるのはありがたい。

その後も顔見知りに挨拶をしながらゆっくりと市場を見て回っていた時だった。

「あぶ!」

「ん?どうした?」

突然リーシャが声を上げじたばたと暴れだす。

てっきり熱いのかと思いミミィと共に確認したんだがそういう感じでもなし。

縦抱きしてもまだ暴れている。

なんだろうか。

ふとリーシャの視線を追うとその先にあったのは一件の店。

きょろきょろするのかと思いきや、じっとその店を見ている。

店主は暇そうに下を向いているのであやしてくれているという感じではなさそうだ。

「ミミィ、リーシャを頼む。」

「はい親方様。」

ミミィにバトンタッチするとリーシャの動きがピタリと止まるのは釈然としないが、それよりもあの店だ。

「ちょっと見ていいか?」

「ん?あぁ、悪いね、いらっしゃい。」

下を向いているというか寝ていたようだ。

見た目は老人ながら思った以上に活力のある声をしている。

並んでいる品はどこにでもありそうな日用品に骨董品。

売れないのも無理はないが・・・ん?

「これはなんだ?」

「それは鈴だよ。」

「いや、見たらわかるが何か特別な奴なのか?」

「さぁねぇ、森に入るときに時々鳴るぐらいでそれ以外はあまり鳴らないんだよ。」

ふむ、鳴るってことは壊れているわけではないのか。

許可を取ってから二つ並んだ鈴に手を伸ばしてみたがやはり音は鳴らなかった。

『魔知らせの鈴。魔物や魔力の強い存在が近くにあると知らせてくれる不思議な鈴。普段は揺らしても音が鳴ることはない。音が大きくなることはないので距離を測ることはできないので注意が必要。最近の平均取引価格は銀貨40枚。最安値銀貨1枚、最高値銀貨51枚、最終取引日は63日前と記録されています。』

なるほど、そりゃ音が鳴ったり鳴らなかったりするわけだ。

おそらく森で反応したのは魔物が近づいてきたからだろう。

でも魔道具なんかには反応しないんだろうか?

まぁその辺は色々と調べてみる必要がありそうだが、まさかリーシャはこれがあるのがわかって暴れたんだろうか。

もしそうだとしたら・・・って流石に偶然だろう。

「いくらだ?」

「買ってくれるのかい?」

「あぁ、加工して娘の玩具にするよ。あまり音が鳴ると困るがたまに鳴るぐらいなら大丈夫だろ。」

「あぁ、後ろの。可愛い子じゃないか。」

「だろ?」

価格は銀貨20枚。

相場の半値という格安で面白そうな物が買えてしまった。

あの時リーシャが暴れなかったら見向きもしなかったであろう品だけに思わず笑みを浮かべてしまう。

世の中こういった品が山ほど転がっているんだろうなぁ。

「ただいま。」

「おかえりなさいませ、リーシャ様もご機嫌ですよ。」

「お前が見つけた品はちゃんと買ってきたぞ。」

目の前で鈴を揺らしてやると欲しそうに手を伸ばしてくる。

流石に紐が絡んでしまいそうなので渡す事はできないが、見た感じ嬉しそうだ。

これが買ってほしかったんだろうか。

再びリーシャを抱いて歩くこと20歩。

またさっきと同じようにじたばたと暴れだし、視線を別の露店に向ける。

おいおいまさか。

まさか二回目はないだろう、そう思っていたのだがその後も同じようなことが続くともう信じるしかない。

どうやらリーシャには金になりそうな品が分かるようだ。

「ってことなんだがどう思う?」

「流石アナタの子ですね。」

屋敷に戻りそのことを報告すると、ハーシェさんは菩薩のような顔でそう言い切った。

俺の子だからそんなことができて当然、そんな風にも見える。

不安は一切感じないようだ。

「これ全部リーシャちゃんが見つけたんですか?」

「あぁ、どれも見た目には普通そうだが効果が申し分ない。とはいえ、魔力を帯びているわけではないからそういうのに反応したって感じじゃないんだよなぁ。」

アネットが手元にあった鈴を手にして振ってみるがやはり音はしなかった。

机の上にはリーシャに指示されるがまま買い取った品が並べられている。

鈴に短剣、水晶玉にモノクル。

どれも金貨を超える値段はつかないが、売れば地味に銀貨10枚とか30枚の儲けが出そうなのでトータルで考えれば金貨1枚に届きそうだ。

齢数か月で金貨1枚稼ぐ女。

俺の子だからで済む話なんだろうか。

また神様の奴が何かしてるんじゃないか、そう邪推してしまうんだが。

「ですが何かを感じているのは間違いないでしょうね。」

「あぁ、今後も何度か試してみるつもりだ。」

「もしそうだとしたらリーシャちゃんだけでひと財産出来ちゃいますよ。」

「さすがシロウの娘ね。私の子もそんな能力持ってたりして。」

「いや、その子はお前似だ、間違いない。」

「なんでそう決めつけるのよ!」

いや、だって反応するタイミングが全部同じじゃないか。

こいつは間違いなく大物になる。

いろんな意味でな。

「あぶ。」

「あ、笑った。」

「皆に見てもらって幸せね、リーシャ。」

「仕事の方は上手くいったのか?」

「はい。南方の業者を新しく紹介してもらえることになりました。」

「そりゃすごい、さすがハーシェさんだ。」

「アナタの名前を半分借りたようなものですが、これでアネット様の薬を南にも卸すことができます。避妊薬の材料もより手に入りやすくなりますよ。」

材料向こうから仕入れて、製品をこっちから出す。

取引価格をお互いに安くしあうことで可能になるやり方だ。

アネットの薬はこの辺じゃかなり評判なだけに、仕事が大変になりそうだなぁ。

すぐ無茶をするからその辺気を付けないと。

いっそ弟子でも取ればいいんだ。

そしたら人手不足も解消できるし量産もできる。

って、じゃあどこからその弟子を手配するんだって話だ。

「アネット。」

「はい!」

「くれぐれも無理するなよ。」

「あはは、分かってます。」

「この反応は無茶する気ね。」

「だよな。」

「そそそ、そんなことないですよー?」

絶対嘘だ。

皆の笑い声にリーシャの笑い声も混じる。

もう立派な家族の一員、そしてやっぱり俺の子だ。

そう感じた。
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