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794.転売屋はお願いにいく

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「なるほど、こうやって使うのか。」

「主様上手ですね。」

「難しそうに思っていたが、要は反復作業だもんな。時間つぶしにちょうどいいかもしれない。」

「今度私にも何か作ってくださいね。」

たどたどしい手つきながら編み棒を動かし続けていくと、少しずつだが形になっていくのが面白い。

馬車移動の時ってどうしても暇を持て余すのだが、この作業なら無心になれるし話をしながらでも何とかなりそうだ。

男が編み物をするなんてと昔なら言ったかもしれないが、最近じゃオリンピックの出場者が集中するときに編み物をして話題になったこともあったな。

確かメダルホルダーも自作したんじゃなかったっけ。

あれ、違ったか?

珍しくビアンカがアネットの所に遊びに来た翌日、ちょうどアイルさんに用事があったのでアネット共にビアンカを隣町まで送ることにした。

その時にビアンカが編み物を始めたので話の流れで教えてもらったというわけだ。

編み物か、案外面白いものだな。

元の世界では老眼が入ってきていたからか細かい手元作業が苦痛になっていたが、この世界ではまだまだ現役。

そういえばハーシェさんもリーシャに色々と作ってやっていた。

今度教えてもらうとしよう。

「そういえば今日は何をしに行かれるんですか?荷物も少ないですし行商という感じではないですよね。」

「今回は買い付けと雑用って感じか。そうだ、今街に空き家はあるか?」

「空き家でしたら何件かありますよ。」

「出来れば大きな倉庫とかあると嬉しいんだが。」

「倉庫までは・・・いえ、一件あったと思います。農具用の倉庫でよければですけど。」

「そうか、それはいいことを聞いた。」

今回の目的はズバリ清酒造り用の場所を確保する事だ。

新規で目的の場所に建築すると金貨1000枚。

だが、既存の建物をリフォームするのであればその半分以下の値段で確保できるともくろんでいる。

まずは水だけ確保して小規模で生産を始め、それが軌道に乗れば大規模生産に着手。

小規模で生産すればそれなりの利益を出せるはずだから、その利益を拠点整備に回せば大きな出費にはならないという考えだ。

セーラさんとラフィムさんにも意見を聞きながら進めたのでこれで失敗しても大損することはないだろう。

まずは軌道に乗せること、そのための第一歩が今日というわけだ。

もし前に飲んだものと同じ品質の物を作れるとして、100本用意できたとしよう。

一本金貨1枚で売れるとすればそれで金貨100枚。

初期投資にはおおよそ金貨300枚掛かると見込んでいるので全く足りないが、次の生産では倍増、さらに次の生産で倍増すれば本格生産を始めて一年で金貨400枚ベースになる。

一本当たりの原価率がどのぐらいになるのかはまだわからないが、仮に半分だとしても計画通りいけば一年半で投資回収、二年後には利益を生み出す感じだ。

で、その利益をプールしながら五年目までに大規模生産に着手。

仮に一回の仕込みで1000本作ることが出来ればそれはもう大儲けもいいところだ。

もちろんこれは机上の空論。

捕らぬ狸の皮算用というやつだが、事業を展開するのであれば最低でも2年は先を見越しておかないといけない。

元の世界で言う4年、そこで伸びないのであれば大規模生産をあきらめ小規模生産のままで行くしかないだろう。

この世界での初めての投資。

最初から失敗するとは思っていないが、成功を前提としてしまうのもよろしくない。

金儲けとはなんと難しいことだろう。

「わざわざありがとうございました。」

「また月末な。アネット、荷物を一緒に運んでやってくれ。」

「はい!」

二人で運べばすぐに終わるだろう。

その間に俺は用事を済ませてしまうか。

「これはシロウ様、お久しぶりです。」

「アイルさんも元気そうだな。」

「おかげさまで。このような寒い時期にどうされましたか?温泉であれば空いていますが。」

「温泉もいいが今日は仕事の話で来たんだ、奥いいか?」

「どうぞ、ご案内いたします。」

いつもと違う様子にアイルさんはすぐに何かを察してくれたようだ。

同じギルド協会職員でもこういうところが羊男と違うんだよな。

年の功という奴だろうか。

速やかに応接室に通され、それほど待たずに香茶を持ったアイルさんが戻ってきた。

「お待たせしました。」

「悪いな急な立ち寄りで。」

「いえ、この時期は暇ですので。」

「農閑期ってやつか。」

「雪が降っていませんのでまだマシですが、降り出すと静かなものです。」

「若者は外に出るのか?」

「そういう者も少なからずおりますが、ここは比較的少なめですね。」

どこの世界でも刺激を求めて若者は大きな町へと出ていく傾向があるのだが、ここはそうでもないらしい。

近くに俺達の町があるからかもしれないが、どちらかというと勤勉な人が多いんだろうな。

「さて、早速だが仕事の話だ。聞けば農具を入れる倉庫の付いた空き家があるそうだが、見せてもらうことはできるか?」

「それは構いませんが、こちらでも農業を?」

「いや、やるのはまた別の事なんだが。」

「わかりました、まずは見て頂きながらお話ししましょう。」

何も聞かずに話を進めてもらえるのは本当にありがたい。

別に犯罪になるようなことをするわけではないので堂々としていればいいのだが、世話になっているだけに正直に言えないのが心苦しい所だ。

ひとまずギルド協会を出て目的の空き家へと向かう。

場所は街の一番端、森のすぐそばで近くに家もない静かなところだ。

「住居は小さ目ですが二階も含めて三部屋ございます、そして農具用の倉庫へはこちらを通って直接移動できますので外を通る必要はありません。」

「お、それは便利だな。」

「元は備蓄用の倉庫に使っていたようで、壁はしっかりとして雪にも耐えられます。また上部に開閉出来る小窓もありますので換気も可能です。欠点らしい欠点としましては、見ていただいた方が早いですね。」

しっかり欠点を伝えてくれるあたり親切だよな。

今回は隠し部屋とかはなさそうなのでちょっとだけ残念だ。

一階二階と見て回り、問題の倉庫へと通じる扉を開ける。

かみ合わせが悪いのか少し力がいるが、鈍い音と共に引き戸が右から左に開かれた。

「結構広いな、それに地面もしっかりしている。」

「ここでいろいろと作業をしていたようでして・・・覚えておられますか、ビアンカを追い出したという話を。」

「あぁ、そういえばいたなそんな奴ら。」

「そして欠点と言いますのが奥に見えますあの山でございます。前回の持ち主が置いていったものなのですが、廃棄するにもお金がかかりますのでそのままになっております。使用できるか定かではありません。」

がらんとした倉庫の隅の方にうずたかく積まれた大量の何か。

薄暗いが倉庫の四分の一を埋め尽くさんとするそれはここからでもかなりの量だと分かる。

そしてど真ん中に鎮座する巨大な鍋。

寸胴鍋といって差支えのないそのフォルムは俺と同じぐらいの背丈があった。

あんなのいったい何に使うんだ?

「あのゴミを自分で何とかしろってことだな。」

「元の使用者が使用者だけに危険なものがあるかもしれません、そう考えると下手に触らない方が良いと判断しました。あまりいい話ではありませんからビアンカにも見せておりません。」

「随分と前の話だし使うからにはどちらにせよ分別する必要があるだろう。捨てるにしても燃やすわけにはいかないし、使える物があればむしろ万々歳だ。因みに賃料はいくらだ?」

「一月で金貨5枚、一年であれば金貨100枚で結構です。」

「安いな。」

「処分費も含んでですので。あの一件を知るものは好んで使いたがりませんので、借りて頂けるのであればありがたい話です。」

なるほどなぁ。

家は放置すればするほど傷みやすいだけに、誰かに使ってもらえるのならば安値でも構わないわけか。

それにこのままおいていても銅貨1枚にもなりやしない。

それならば安心して貸せる人から賃料をもらう方が何倍もマシって感じだろう。

ごみ処理までしてくれて万々歳ってか?

「因みに購入するといくらだ?」

「そうですね、金貨500枚で如何でしょうか。」

「ま、そんなもんだろう。」

「お値下げしたい所ですが我々も大変でして。」

「いやいや、その辺は気にしないでくれ。とりあえず一度戻ってから話を進めるが前向きに検討していると考えてもらっていい。家は悪くないし倉庫も広い、なにより近くに家がないから安心して使用できそうだ。問題は魔物だよなぁ。」

「森が近いだけに襲われない保証はありません。もちろん我々も巡回はしますが、ある程度は自衛していただく必要があるかと。」

俺達の所と違い魔物が近くまで来てもわかりにくいうえに、数も多い。

幸い凶暴な魔物は少ないがいないわけじゃないので、何かあった時に一番最初に襲われるのがここだ。

冒険者が多いわけでもなし、最低限戦えるようにしておく必要があるだろう。

いっそのこと常に護衛を常駐させるという手もある。

職人兼護衛ってな感じか。

となると人件費もかかるわけで。

世の中そんなにうまく話は進まないってか。

ひとまず物は確認できたし、後は戻って本人に説明して実際に見てもらうのがいいだろう。

そのためにもゴミの片づけと分別をしておかないと。

ミラとキキには悪いが鑑定の手伝いをしてもらって、他にも何人か冒険者に来てもらうとしよう。

この冬に仕込みをするのであれば時間はあまりない。

急ぎ動く必要があるだろう。

「あ、ご主人様いかがでしたか?」

「いい感じだった。荷物は運び終わったか?」

「はい!」

「それじゃあ残りをアイルさんに買い取ってもらって帰るとしよう。」

「お手柔らかにお願いします。」

そう言いながらも毎回いい感じの値付けをしてくれるんだよなぁアイルさんは。

買い叩こうとするどこかの羊男とは違うよな。

こうしてちょっとした小旅行を終え、編み棒を動かしながら帰路に就くのだった。
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