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793.転売屋は休暇を満喫する

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休暇、休暇、きょ~うは休暇。

そんな歌を口ずさみながら屋敷の廊下を食堂に向かって歩く。

窓から入ってくる朝日がいつもより優しく見えるのは気のせいではないはずだ。

今日は仕事をしなくてもいい日。

書類仕事も店番も買い付けも、そういった事とは無縁の日。

好きな時に好きなものを食べて好きな時に寝ても問題のない日。

こんな日が来るなんて、エリザに感謝しないとなぁ。

女性冒険者というブーストを得た俺は、追加された在庫を片っ端から売りまくった。

もちろん無理売りはしていない。

必要なものを必要な人に提供して喜んでもらっただけ。

結果、ハーシェさんと僅差ながら俺が勝利して休暇を勝ち取ったというわけだ。

いやー、接戦だった。

でもおかげで倉庫はすっきりしたし二割引きながらかなりの売り上げにもなった。

たまにはこういうセールをしてしっかり売り切ってしまわないと同じことになってしまう。

気を付けないとな。

「おはよう。」

「おはようございます。あれ、お館様随分とご機嫌ですね。」

「当たり前だろ、仕事しなくていいんだから。」

「休暇を勝ち取ったんでしたっけ。」

「あぁ。今日のメニューは?」

「サラダとオムレツもしくは肉です。」

いつもなら朝から肉って、なんて思ったかもしれないが今日はそんな気分だ。

がっつり食べて体力をつけないとせっかくの休みを楽しめないだろ?

なら食うしかないよな。

「肉か、いいな。」

「ガッツリ行きますか?」

「あぁガッツリたのむ。ストロングガーリックフライもつけてくれ。」

「いいですねぇ。」

精をつけるといえばニンニクと肉。

それに岩塩とペパペッパーの組み合わせは譲れない。

米でもいいのだが今日はパンの気分なんだ。

「あー、いい匂い。」

「エリザか、おはよう。」

「シロウが朝からお肉なんて珍しいじゃない。」

「そういう気分なんだよ。」

「ハワード、私もシロウと同じ奴二人前で!」

寝ぼけ眼をこすりながらエリザが食堂に入ってきた。

大きな声でハワードに注文をしてまっすぐに俺の横とやってくる。

椅子を引いてやると大きくなったお腹を撫でながら満足そうに腰かけた。

「ありがと。」

「どんな感じだ?」

「今日も元気よ、お腹すいたって大騒ぎしてるんだから。」

「おぉ、本当だ。」

エリザの腹に手を乗せると皮膚の下から別の生き物がグイグイと手を押し上げてくる。

まるで触るなと言っているかのようだ。

某異星人が腹を食い破って外に出てくる映画があったが、こんな感じなんだろう。

自分の中に自分とは違う別の生命体が存在するという感覚、母親ってのはすごいもんだなぁ。

その後肉を食いながらも他の面々がぞろぞろと食堂にやってきて、思い思いの朝食を取り始める。

いつもなら朝食後にミーティングをするのだが、今日はその必要もなし。

皆それぞれ仕事があるので俺が何かを指示しなくても勝手に動いてくれるから流石だ。

「あ、しまった。」

食後の香茶を頂いていると食堂からハワードの声が聞こえてきた。

視線を向けるとどうしたもんかという感じで後頭部に手を当てている。

「どうしたんだ?」

「あ、いえ。ちょいと岩塩を切らしてしまいまして、すぐに買ってきます。」

「それなら俺が行こう、後片付けが残ってるだろ。」

「ですが、折角のお休みでは?」

「散歩ついでだ。」

どうせ買い物に出るつもりだったし、岩塩程度なら邪魔にもならない。

ついでに他の補充品リストも預かって屋敷を出発する。

冬になり気温はどんどんと下がっているはずが、今日はかなり温かい感じだ。

いつもはマフラーをつけているのに今日はその必要もない。

暖かな日差しを全身で浴びながら大通りを市場へ。

「ってなんでお前も一緒なんだよ。」

「いいじゃない、私も買い物行くところだったのよ。」

「おまえの分は買わないぞ。」

「わかってるわよ。」

休暇の功労者だけに無下にするわけにもいかずそのまま二人で市場をうろつく。

えーっと、岩塩は買ったペパペッパーもピュアシュガーも注文オッケー。

後はモーリスさんの店で手配すればひとまず終わりか。

「ねぇ、シロウ見て見て!」

「ん?」

エリザが左の袖を引っ張ってくる。

あれは・・・花か?

手のひら位の切り花がガラスの入れ物の中で輝いている。

上はコルクで蓋をしているようだが、どうやって入れたんだろう。

「この季節に珍しいな。」

「ブリザードフラワーだって、氷でできているみたいよ。」

「あぁそっちのブリザードね。」

「すごいわね、あんなに綺麗な色してる。」

「生花ならダンジョンでも手に入るだろ?」

「氷だからすごいって言ってるのよ。」

はい、どうもすみません。

しかし冬はいいが夏になると溶けてしまいそうだな。

いや、わざとそうしているのか。

形がなくなるからこそ美しい物もあるわけで、どっちかっていうと俺は形が残る方が好きだけどな。

「買わないのか?」

「買わない。」

「そうか。」

目は買ってくれと言っているが今日はそういう気分じゃないのでパス。

こういう時にスマートに買えたら男らしいんだろうけど、そういうのを俺に求めないでくれ。

「お前の買い物はいいのか?」

「私のはモーリスさんの店だから。」

「そういうのは先に言えよ。」

「言ったら先に用事済ませちゃうでしょ、だから言わなかったの。」

別に用事を済ませたからと言って追い返したりしないのに、まったく。

市場を抜けモーリスさんの店へ。

「いらっしゃいませ。あ、シロウさんエリザさん!」

「アンナさん元気そうだな。」

「おかげさまで。わぁ、エリザさんのお腹も大きくなりましたね!」

「13月ごろに産まれる予定なの。」

アンナさんが目を輝かせてエリザのお腹に手を当てている。

うーん、何とも微笑ましい光景。

アンナさんも色々と大変だったようだが元気になって何よりだ。

「これはシロウ様、エリザ様良くお越しくださいました。なにかありましたか?」

「悪いが今日はただの買い出しだ。」

「大歓迎です、さぁ奥へどうぞ。」

ただの買い物にもかかわらずお腹の大きいエリザの為に応接室に案内してくれるあたり優しいよなぁ。

ソファーに腰かけつつ暖かな香茶を頂きながら不足分を注文する。

醤油も味噌も今や生活必需品。

この街でもだいぶん需要が増えているらしく仕入れが追い付かないぐらいだそうだ。

その原因はもちろん俺なんだが、大量仕入れはそのまま値下げに直結する。

皆がたくさん買ってくれるおかげで気軽に買える値段になってきたなぁ。

「俺は以上だがエリザは何かあるんだろ?」

「エリザ様もですか?」

「ここでスタンプウッドのお香って手に入る?」

「スタンプウッド、あぁございますよ。」

「え、あるの!?」

「ちょうど仕入れた所でして。よろしければ他にもいくつかご案内できますが、どうされますか?」

「見る!」

エリザがお香?

そういえばこの前どこかで嗅いだことのある香りがしたなと思ったのは、そのせいか。

なんでもアンナさんがお香にはまっているらしく、その流れで西方の品をいくつか仕入れていたらしい。

名前こそ違うが嗅ぎなれた香り。

ちなみにスタンプウッドとは白檀のことだった。

他にも伽羅や沈香のほかに嗅いだことはないもののどこか落ち着く香りのするお香もあった。

特別な調香師が作ったと聞けばなんだかすごいもののように感じてしまうから不思議だよなぁ。

目的の物とは別にいくつか選びエリザも満足そうだ。

「全部で銀貨22枚と言いたい所ですが20枚で結構です。」

「いいのか?」

「エリザ様にはいつもお世話になっていますから。」

「えへへ、ありがとうモーリスさん。」

「シロウ様は如何なさいます?」

「俺はまた今度にしよう。」

「そうですか、では会計をしてまいります。」

代金を受け取ってモーリスさんが席を立つ。

まだお昼前、この後は何をしようかなっと。

「ねぇ良かったの?」

「何がだ?」

「てっきり食いつくと思ったんだけど。」

「まぁ西方の品は人気だし、あの感じだと売れるのは間違いないだろう。とはいえ高いんだよなぁ。」

「まぁ、確かにね。」

「それにその香りが嗅ぎたければお前の所に行けばいいわけだろ?なら買う必要はないさ。」

「あ、そっか。」

あぁいうのはたまに嗅ぐからいいのであって毎日はちょっとな。

それなりに人気は出るだろうが、冒険者の8割を占める男性冒険者に受けるかどうかは何とも言えない。

モーリスさんの仕事を取るのもあれだし、それに今日は仕事をしない日だ。

そういうのは仕事の日に考えよう。

「お待たせしました。折角ですので別のお香も入れております、感想を聞かせてください。」

「大盤振る舞いじゃないか。」

「エリザ様の宣伝力には定評がありますから。」

「確かに。」

「今日はありがとうございました、ご注文の品は後で屋敷に届けておきます。」

「よろしく頼む。それじゃあまた。」

さて、休暇の続きだ。

エリザも用事を済ませたわけだしあとは自由時間・・・。

「シロウ様お迎えに参りました。」

「ミラ、どうしてここに?」
店の前にはいつもより気合の入った服を着たミラが直立不動で立っていた。

温かい日とはいえ寒かっただろうに。

そんなミラを一瞥だけしてエリザは無言で屋敷へと戻ってしまう。

「では参りましょう。」

「いや、参りましょうって用事は終わったんだが?」

「まだ休暇は残っていますよね?」

「あぁ残ってるけど・・・。」

「出産に向けて色々と準備をしたくて、もちろんお付き合いいただけますよね?」

ニコリと微笑みミラ。

その微笑みを見た瞬間、あの日のエリザとミラのやり取りを思い出した。

『抜け駆けはだめですよ。』

あれはつまり『優勝させて、休暇はみんなで公平に楽しみましょう』って事だったんじゃないだろうか。

そういえばエリザも珍しく化粧していたような。

マジか、もしかしてこの後も?

ミラの後ろに目をやると、同じくいつもよりも上等な服を着たアネットやハーシェさんの姿が見える。

まさかのリーシャまで一緒じゃないか。

ハーシェさんが負けて悔しそうじゃなかったのも、もしかしたら初めから仕組まれていたのかもしれない。

そういえば後半は随分と売りやすい物ばかり集まっていたような。

え、マジで?

これ全部仕組まれてたのか?

「なぁ。」

「なんでしょう。」

「いつからだ?」

「私の一存ではお答えできません。」

いや、その返答がすべてだから。

俺の休暇、それはすなわち女達とのデートを意味するようだ。

最近仕事が忙しくて皆を構う事が出来なかったのは事実。

確かに仕事はしていないけどさぁ・・・。

「さぁ行きましょう、市場で面白いものを見つけたんです。」

「分かったからそんなに腕を引っ張るな、こけるぞ。」

これ以上余計なことを考えるのはやめだ。

女たちが喜ぶならそれでいいじゃないか。

そう自分に言い聞かせて本日二回目の市場へと足を向けるのだった。
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