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789.転売屋は練習する

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あれからスリングショットの練習は続けている。

庭でやるには少々うるさすぎるので、的を畑の外に設置して柵の手前から狙う感じで練習中だ。

毎朝の散歩ついでに的を狙い、命中させる。

装備の補正があるとはいえ最初こそ中々的の真ん中を射抜くことは無かったが、最近ではそれなりの命中率になって来たと思っている。

もっとも、動かない的だしそれが当たり前なんだけど。

「ふぅ、今日もこんなもんか。」

日課を終えスリングを腰に装着し直して息を吐く。

ジョギングなどと違って集中するものの体は動かさないのでどうしても全身が冷えてしまうのだが、試作品6号はそんな俺の体を足元からしっかりと温めてくれている。

他の試作品と違ってかなり大型で離れていてもそれなりの熱量を感じる。

近づきすぎると丸焼きになるんじゃないかと少々不安にもなってしまうが、こういう時にしか使わないので大丈夫だろう。

電源を切ってから的を確認しに行ってみる。

今日もいい感じに的の中心部分へと命中させることが出来たようだ。

これなら魔物だって狩れるんじゃないだろうかなんて考えてしまうのがだが、ダンジョンに潜るわけではないのであくまでも護身用。

自分の身は自分で守るというこの世界の常識を俺もそろそろ身に着けなければならない。

なんせ俺を守ってくれていたエリザは妊娠、出産ももうすぐだがしばらくは子育てに専念するだろう。

今はキキとアニエスさんがいるが、キキはともかくアニエスさんが同じようになるのも時間の問題だろう。

マリーさんの大きくなるお腹を見て、次は自分だと正直かなりお誘いがすごい。

あのアネットが少々引き気味になるぐらいだからなぁ。

幸い薬に頼る程ではないのだが、それも時間の問題かもしれない。

「さて、見回りに行くか。」

「ワフ。」

「レイ・・・はまだ寝てるのか。」

ブンブンブン。

スリングを使った射撃練習は楽しいが、それだけでは運動不足になってしまう。

なのでいつも通り街の外周を回るジョギングは欠かせない。

倉庫の奥ではレイがスヤスヤと寝息を立てているようだ。

全く困った子ね、と言いたげなルフの頭を撫でてやりのんびりと二人で城壁に沿って走り出す。

空は少しずつ明るくなり、開いた門から出ていく人もちらほらいる。

馴染みの警備に挨拶をしながら西門から南門へ、そして東門へと向かっていく。

拡張計画は主に南と東を広げる方向で進んでいるようだ。

既存の下水道を先に拡張して、その後基礎工事それから住居の建設。

規模は今の1.5倍程を予定。

工事が終われば住民も一気に増えるだろうしそれに比例するように新しい店も増えていく。

今までは店を出したくても空き店舗がなかっただけに、新規の店は住民としてもうれしい限りだな。

「ん?」

東門を通り過ぎそのまま街の北側を走っていると、先を行くルフがピタリと足を止めた。

俺もすぐにその場にしゃがみ当たりの様子をうかがう。

この反応は魔物が近くにいる時と同じだ。

街の周辺ではそんなに強い魔物は出てこないのだが、全くいないわけではない。

草原ど真ん中に街を作るという事は、常に魔物の脅威にさらされるという事。

畑側はルフとレイのテリトリーだし、カニバフラワーやコッコもいるので近づく魔物は皆無だがこの辺はそこからはずれてしまっている。

ルフがそこまで敵意をむき出しにしていないという事はそんなに近くにはいないんだろう。

目を凝らして辺りを伺っていると、右前方に黒い影が見えた。

あれはディヒーアだろうか。

確かにあれならルフがそこまで警戒しないのも頷ける。

基本は向こうから襲ってくることは無いし近づけば逃げる半分獣みたいなものだ。

とはいえちょっかいを出せば襲って来るし、こいつに殺される冒険者だっている。

油断は禁物。

ふとルフに視線を向けるとなにをしているんだというような目で俺を見て来た。

いや、ほんとにそんなことを考えている感じなんだ。

早くしろとでもいう様な感じ。

え、もしかして仕留めろって言ってるのか?

「打てって?」

ブンブン。

マジか。

こいつはあくまでも護身用で、自分から魔物を攻撃するつもりは全くなかった。

さっきまでは。

だがルフに促されて別の感情がどんどん膨れ上がって来る。

仕留めたい。

狙ってみたい。

的ではなく本物を。

油断は禁物、素人が手を出すような存在じゃないみたいなこと考えといてこれだよ。

ぶら下げたスリングショットを取り外しゴムが絡んでいないかを確認。

弾は鉄とこの前のドリルホーンの角。

勿体ないとかそんなのを考えている場合じゃない。

一撃必殺。

躊躇なく角を掴みスリングに設置、地面に片膝をついて姿勢を固定してから再び獲物を確認する。

大丈夫だ、ルフがいる。

ゆっくりと右手でゴムを引っ張って自分の鼻先に自分の手が触れるまで引っ張る。

獲物は正面。

左手首は固定、右手は力まず的の中央を狙えばずれてもどこかに当たる。

そう教えてもらった。

ルフがより身を屈めその時を待つ。

ディヒーアが再び草をはむべく頭を下げた次の瞬間。

俺は右手の力をゆっくりと抜くとギリギリまで引っ張られたゴムが勢いよく戻り、目にもとまらぬ速さで角を打ち出した。

ヒュンという音と同時にさっきまで頭を下げていたそいつが素早く頭を上げた。

が、逃げるよりも先に角は体の横っ腹を貫通。

衝撃で体をクの字に折ったディヒーアだったが、倒れる事もなく怒りの矛先を俺に向けて来た。

「やば!」

慌てて立ち上がると同時に身を伏せていたルフが迫りくるディヒーアへと勇敢に向かっていく。

角を華麗なステップで避け、そのまま首元へと鋭い牙を突き立てる。

暴れるディヒーア、振り回されながらも決して口を離さないルフ、そして逃げる俺。

ルフの事はもちろん心配だが、それよりも自分の身の方が心配だ。

猛ダッシュで東門まで戻ると警備が驚いた顔で俺を見て来た。

「どうしました?」

「すぐそこでディヒーアに遭遇した。仕留め損なってルフが首に噛みついたんだが、来てくれるか?」

「まさかそれで狙ったんですか?」

左手にはスリングショットがしっかりと握られている。

あまりにも気が動転してしまうのを忘れてしまったようだ。

そんな話をしていると、逃げてきた方角からドサッという何かが勢い良く倒れた音が聞こえて来た。

剣を抜いた警備と共に音のしたほうへと近づくと、息も絶え絶えのディヒーアが血まみれ体を横たえていた。

まだルフが牙を突き立てているという事は息絶えていない証拠。

とはいえ襲われる心配はなさそうだ。

「どうやら大丈夫なようですね。とはいえ、無茶はしないでくださいよ。」

「あはは、悪い。」

「でも助かりました、この巨体が街道まで出てしまうと誰かが襲われていたかもしれません。」

「メスはともかく雄はなぁ。」

「今日の昼食は決まりですね、差し入れ待ってます。」

剣を納めた警備が俺の肩を叩いて持ち場へと戻っていく。

解体はしてくれないようなので後で肉をエサに冒険者を呼んでこよう。

しばらくしてディヒーアは静かに最期の時を迎えた。

「ありがとうな、ルフ。」

ブンブン。

口と体を血に染めながら満足そうな顔で尻尾を振るルフ。

先に血抜きをするべく首元を短剣で切り裂き、身体の状況を確認。

毛皮に大きな傷は無し、でもど真ん中に小さな穴が開いている。

ここを角が貫通していったんだろう。

致命傷にはならなかったが出血量を見るにかなりの痛手を与えたのは間違いない。

すごいな、俺みたいな素人でもこんな傷を負わせることが出来るのか。

武器と弾に頼っているとはいえ、恐ろしい物だ。

そりゃ新米達が使いたくなるわけだよ。

でも武器が良く無かったらここまでの傷を負わすことはできなかっただろうなぁ。

命中補正に威力補正。

とはいえ、良い武器を使う事で助かる命もあるわけで。

俺はそれを売って彼らの命を救い、自分の懐を豊かにする。

そして今日は自分の腹も膨らみそうだ。

新鮮なディヒーア肉を使って今日はステーキにしよう。

もちろん一番の功労者でもあるルフには一番良い所の肉を進呈しようじゃないか。

角はアネットに渡して薬に、これだけの毛皮なら色々と使い道がありそうだ。

肉やらなんやらを金額に換算するとおおよそ銀貨15枚にはなるだろう。

新米からしてみれば大儲け。

一人で無理なら複数で倒す、やっぱりこれが重要だよな。

そしてもう一つ気付いた事がある。

やっぱり俺一人で魔物と戦うのは無理そうだ。

出来るとかちょっと思ってしまったが、ふたを開ければ尻尾を巻いて逃げ出す始末。

ルフが居なかったらあの角で突かれて死んでいたかもしれない。

練習は続けるがまだまだ自分で獲物を取るのは難しいようだ。

「あ、シロウ畑にいないんだもん探しちゃったわよ。ってなにこれ。」

「見たらわかるだろ、ディヒーアだよ。」

「え、シロウが仕留めたの?」

「あー、最後はルフだな。」

「そうよね、びっくりした。」

「なんだよそうよねって。」

「だって、最初から仕留めちゃったら調子にのっちゃうでしょ。」

「安心しろ、それはもう解決した。」

俺を探しに来たエリザが解決したと聞いて不思議そうに首をかしげる。

ちょうど良い所に来てくれたので解体を手伝ってもらうとしよう。

とはいえそのためには後二人ぐらい必要なわけで。

流石にエリザに肉体労働させるのはマズイ。

まだまだ練習は続けよう。

そしていつか自分で仕留める日が来ることを、ほんの少しだけ楽しみにするのだった。
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