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780.転売屋は飛び道具の性能に感動する

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「やべっ。」

「シロウさん、しゃがむし!」

「わかった!」

ベッキーの声に反応して言われるがままその場にしゃがむ、というかうつ伏せになる。

さっきまで俺の頭があった場所を何かが通り過ぎたのはわかった。

が、それも一瞬の事。

実体化したミケが音の原因を吹き飛ばす音が別に聞こえてくる。

そして周りは静かになった。

「もう大丈夫だし。」

「すまん、助かった。」

「シロウさんは悪くないし、私が見ていなかったせいだし。」

「気にするな。二人のおかげでこうやって無事でいられるわけだしな。」

立ち上がり服についた土を払えばほら元通りだ。

襲ってきたのは獣系の魔物だろうか、岩陰から飛び出してきたのだけはわかったが反応できたのはベッキーだけ。

ついて来ていた他の冒険者は反応すらできなかったようだ。

もちろんそれを咎めるようなことはしない。

これがベッキーたちのように護衛の仕事ならともかく、彼らは目的地が一緒の仲間に過ぎない。

自分の身は自分で守るのが鉄則のダンジョン、そこに他人の助けを求めていいのは金を払っている相手だけだ。

その後は特に魔物に襲われることもなく、休憩所へと到着。

しかし、大勢の冒険者が行きかうあの場所で魔物に襲われるとは。

かなりレアな体験をしたものだ。

「あ、シロウさん!」

「トトリか、元気そうだな。」

「元気いっぱいです!あれ、何でそんなに汚れているんですか?」

「ちょっと魔物に襲われてな。ベッキーとミケが助けてくれたから問題ない。」

「頑張ったし!」

「みゃ~う!」

実体化した一人と一匹が自慢げに胸を張る。

ほんと頼りになる二人だよ。

「無事でよかったです。今日はお仕事ですか?」

「あぁ、イレーネさんからの頼みで休憩所の食事について調べに来た。新米が増えただろ、しっかり食えているのか心配なんだとよ。」

「あー、確かにそうかも。でも皆さん何かしら食べていますよ、ここでも依頼はありますし上に戻らない人も結構います。」

「戻らないのか。」

「ほら、上はもう冬ですからわざわざ寒い場所で寝泊まりするぐらいなら暖かいダンジョンの中の方がいいみたいです。ここなら美味しい料理も食べられますし、寝場所さえ気にしなければ十分生活できます。」

うーむ、住居不足はそういった問題にも広まっているのか。

別に野宿が悪いとは言わないが、やはり硬い地面では疲れは取れない。

その為のマットレス的な物もあるがそれを設置しようものなら取り合いになってしまう。

宿をとるという話も出ていたが、ここ以上に安全な場所を探すのはなかなか難しいそうだ。

そもそもダンジョン内でこういった休憩所を作ることの方がおかしな話なんだよなぁ。

「なるほどなぁ。」

「私はやっぱり上で休みたいのでちゃんと帰りますよ。あ、そうだたまを補充しなきゃ!」

「たま?」

「スリングに使う弾です。いくら逃げるのが得意っていっても、逃げられないこともありますから。さっきも狼に使った所なんです。」

「スリング・・・。あぁ、あのパチンコみたいなやつか。」

色々と種類はあるみたいだが、簡単に言えば強力なゴムを使って色々な物を弾丸の様に打ち出す道具、いや武器だな。

弾は様々あり、鉄球や矢じり銃弾のようなものもあれば匂い玉や香辛料などの非戦闘品も使われる。

ゴムを引く力さえあれば比較的誰でも使えるので新米や盗賊などの後衛が使うことが多い。

簡単とは言え命中させるのはなかなか大変だ。

特に振り回すタイプのやつは勢いはつくものの当てるのは難しい。

それに弾は基本消耗品になるので意外に金がかかるんだよなぁ。

倒した魔物を捌いて回収する事も多いが、獲物が多いとそういうわけにもいかないのと接近されると弱いのが欠点だ。

「あれが無かったら今頃魔物のご飯になっちゃってますよ。」

「私も使ったことあるし!でも下手で当てられなかったし。」

「練習ですよ、練習。」

「つまり練習すれば俺でも使えるのか。」

「え、シロウさんがですか?」

「もちろん戦わないのが一番だが何かあった時に対処できるのは有難い。短剣があるとはいえ、離れた魔物に対処できれば後は誰かが何とかしてくれるだろう。」

別に魔物を狩ろうって言うわけじゃない。

自分の身を守れればそれで十分。

それこそ非戦闘系の弾丸は色々と使い道が多い。

帰ったら相談してみるか。


「なるほどね、それでスリングを使ってみたいんだ。」

「ダメか?」

「ダメじゃないわよ。積極的に攻撃するわけじゃないんだったら有りだと思うわ。でも、結局襲われている最中には不向きなのよね。」

「だよなぁ。」

「ですが何もせず襲われるぐらいなら使い道はあると思います。特に非戦闘系の弾は退却時にも有効です。」

仕事を終え屋敷に戻るとマリーさんとアニエスさんが遊びに来ていた。

ひとまず事情を説明するとこんな感じの答えが返ってきたわけだ。

可もなく不可もなくという感じだが、悪くはないみたいだな。

「じゃあアリって感じなんだな。」

「そうね私は賛成かな、新米でも使えるし持ち運ぶのも楽だもの。練習すれば獲物だって狩れるようになるわよ。」

「それは別にいいんだが、お勧めはあるか?」

「最初はスリングショットがいいでしょう、腕を固定できる分命中率が高く扱いやすい上にゴムの抵抗力をあげれば威力も向上します。」

「倉庫に行けばダンジョン産のがいくつかあるんじゃない?」

「あー、あった気がする。」

剣や槍などの直接的な武具はよく売れるが、弓やスリングなどは中々買い手が付かないので倉庫にたまりがちになる。

軽量化や消音、反発増加など珍しい効果が付与されていたはずだ。

まてよ、それに命中力の上がる装備品をつければ俺でも戦える・・・。

いやいや、戦うために使うんじゃないんだって。

武器を持つとついついそんな事を考えてしまうが俺は冒険者じゃない。

そこは間違えないようにしないと。

倉庫からめぼしい物を発掘してついでに弾もいくつか用意してみた。

裏庭に的を設置してエリザとアニエスさんの指導を受けながら実際に使ってみる。

『月神のスリングショット。月の女神は弓の神様として讃えられており、その名を冠した装備はその祝福を授かっており命中率が高い。最近の平均取引価格は金貨1枚、最安値銀貨84枚最高値金貨2枚と銀貨55枚。最終取引日は410日前と記録されています。』

なんとまぁ豪華なものが眠っていたものだ。

っていうか金貨1枚もする装備品を放置するなって話だが、そういうものは結構ゴロゴロしている。

売ろうにも買い手が無くベルナの所に持って行っても買い叩かれるので眠らせているものは相当数ある。

販売件数よりも買取件数の方が上回っているので正直それは仕方のない事だ。

とはいえいつかは売らないといけないわけで。

この前掃除もしたわけだし装備品一掃セールとかやって現金化する時期が来たというわけだな。

「主に使用しますのは石・鉄・属性石等の攻撃型の弾と煙玉、錯乱弾、閃光玉などの非戦闘型の弾です。今回は石と鉄、それと骨を用意しました。」

「骨?」

「この前大量に出回ったでしょ、それを加工したのよ。」

『ドリルホーンの弾。鋭利なドリルホーンの先端を残したスリング用の弾。鋭利な先端部が標的を貫通し当たり場所によっては即死させる。最近の平均取引価格は銀貨1枚。最安値銅貨60枚最高値銀貨2枚最終取引日は本日と記録されています。』

まさかあの骨を削って弾にするとは思わなかった。

でも岩にだって刺さるぐらいだ、魔物の体なんて楽々貫いてしまうだろう。

とはいえ一発銀貨1枚って高すぎじゃないか?

「とりあえず石からいこう。」

「利き手は右ですね、では左手をまっすぐ伸ばしてしっかり持ち手を握ってください。右手で球を持ちゴムの固定部にしっかりと当て左手がぶれないよう最初はゆっくりと引きましょう。標的を中央に入れ狙いを定めて離します。」

アニエスさんが俺の後ろに回り、手を添えて実際にフォームを教えてくれる。

足は肩幅に開いて重心を少し下げ軸をぶれないようにする。

いい匂いがするが今は練習に集中だ。

標的は10m程先に置かれた少しいびつな丸の描かれた鉄の板。

思ったよりも軽い抵抗に驚きながらもしっかりと狙いを定めて指を離した。

「当たった!」

「なかなか筋がいいですね。」

「当たりはしたが真ん中からずいぶん離れたぞ。」

石は標的の中心から右上にずれて命中すると同時に粉々に割れてしまった。

跳ね返ってこなくてよかったが、正直想像以上の威力だ。

「装備のおかげもあるかもしれないけど、初めてで当てられるのは凄い事なのよ。へぇ、シロウにこんな才能もあったのね。」

「ただの石の玉でこの威力、そりゃ新米が使うわけだ。」

「でも結局は弓とか魔法の方が応用が利くのよね。でもお守り代わりに持っている子は多いし、持っていて損はない装備だと思うわ。私は使わないけど。」

「知ってる。」

「弾は容易に手に入ります、練習を続ければ本当に獲物を狩れるようになるかもしれません。」

確かに練習すればそうかもしれないが、今は動かない的でこの感じだ。

それが動くようになると随分と勝手が変わるだろう。

当たったのだって装備品がすごいおかげだ。

とはいえ褒められるのは素直にうれしいわけで。

あれだ、スリング関係の道具や装備を揃えると結構売れるかもしれないな。

弾だって既存のもの以外にも色々使える素材があるかもしれない。

これは新しい商機が見つかったかもしれないぞ。

元の世界だったらパチンコだの子供の玩具だの言われたかもしれないが、普通に考えれば大昔から使われてきた武器なんだよなぁ。

よくまぁ悪用されなかったものだ。

そんなどうでもいい事を考えながら、俺は次の球を掴み標的に狙いを定めるのだった。
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