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778.転売屋は風邪を引く

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「クシュン!」

「どうした、冷えたか?」

「かもしれません。」

「ここんとこ無理してるからな、今日は早めに休めよ。」

「これを処理したら寝ます、ご主人様も早めに休んでください。」

「これが終わったらな。」

夕食後、アネットと共に製薬室で作業をしていると部屋の主が複数回くしゃみをした。

日が暮れると地下室は一気に冷え込む。

そのためにハロゲンヒーター試作品第二号を導入してあるのだが、部屋全体を温める能力はないので寒いものは寒いんだよな。

街で流行りだした風邪のピークは過ぎ去ったものの、まだまだ薬の需要は多い。

なのでこうして簡単な作業を手伝っているというわけだ。

俺もさっさと片付けて風呂に入るとしよう。

乳鉢でココクリの実を潰して仕上がったものを別の容器に入れておく。

さて、これで俺の仕事は終わりだ。

「それじゃあ先に部屋に戻らせてもらう、くれぐれも無理はしないように。」

「お手伝いありがとうございました。」

心なしかアネットの声に覇気がない気がする。

それに頬もなんだか赤い気がする。

帰るつもりだったがアネットに近づき、首にそっと右手を当ててみた。

「あっ。」

「やっぱり熱があるな。」

「そんなことないです、ちょっと集中したせいで・・・。」

「言い訳無用。」

触ってみると思っていたよりもかなり熱い。

今度は左手をおでこに当ててみたがやはり熱を帯びていた。

風邪薬を作って風邪をひくとはこれいかに。

あれか、患者の所に薬をもっていったりしていたからその時にもらったんだろう。

幸いにもこの風邪は薬を飲めばすぐに症状が治まるタイプだし、さらに言えばその薬は目の前にある。

が、薬を飲んだからという理由でまだ作業を続けそうなので今日は強制的に休ませよう。

なにも薬が全くないわけじゃない、早く寝たからと言って誰も文句は言わないさ。

っていうか言わせないし。

無理やり手を止め、引きずるようにして食堂へ。

水をもらって目の前で薬を飲ませる。

発覚してからほんの数分しか経っていないのに、アネットの熱はさらに上がり立っているのもやっとという感じになってしまった。

「連れていきましょうか?」

「いやいい、そのかわり水の入った桶と布を用意して持ってきてくれ。部屋に入るときはマスクを忘れずにな。」

「わかりました、お館様も気を付けて。」

「大丈夫です、歩けます。」

「いいから黙ってろ。」

体力の指輪があっても熱が出れば誰でもしんどい。

無理やり歩こうとするアネットの膝の下に手を入れ、お姫様抱っこの格好で部屋へと連れて行った。

屋敷に来てからというもの、こういうことが簡単にできるぐらいには鍛えている。

というか鍛えさせられている。

されるがままのアネットをベッドに座らせ、恥ずかしがるのを無視して寝間着に着替えさせてベッドに寝かせた。

下着はまぁいいだろう。

「ご主人様、マスクを。」

「いいから寝てろ、すぐにハワードが来るから。」

「失礼します。頼まれた品を持ってきました、それとマスクも。」

「入ってくれ。」

ナイスタイミング。

真っ白いマスクをしたハワードが桶とタオルをサイドテーブルの上に乗せ、マスクを手渡してくれた。

今更な気もするがつけないよりかはいいだろう。

「さっき薬を飲んだから大丈夫だと思うが、念のため他の皆には部屋に近づかないように言ってくれ。入るときはマスク必須な。とりあえず落ち着くまでは俺がつきそう、グレイスにもそう伝えてくれ。」

「お館様は大丈夫ですか?」

「これぐらいどうってことないさ、なんなら夜食を持ってきてくれてもいいんだぞ。」

「了解しました、食べやすいものを用意します。」

冗談のつもりだったんだがまぁいいか。

タオルを濡らしてしっかり絞り、頭の上に乗せてやるとやっと表情が和らいだ。

夏に使った冷感パットをつけることも考えたんだが、あれは体内の魔力を吸うので病気の時には不向きだ。

まったく、無理するからこんなことになるんだ。

薬が効くまでしばらくかかる、それまではついていてやろう。

「ケホッ、ご主人様うつってしまいます。」

「そんなの今更だろう。いいからゆっくり休め、働きすぎなんだよお前は。」

「ごめんなさい。」

「忙しいしやりがいがあるのはいいことだが、それとこれとは話は別だぞ。風邪薬をもっていって風邪をもらっていたら世話はない。ミイラ取りがミイラになってどうするよ。」

「マスクはしていたんですけど・・・。」

「そのあと消毒しなかったんじゃないか?大丈夫だろうって思っているとこうなるんだ。」

「気を付けます。」

油断大敵ってやつだな。

何度かタオルを変えてやると少し落ち着いてきたのか荒かった呼吸も落ち着き、寝息を立て始めた。

これでもう一安心だろう。

そっとベッドの横を移動して扉を開けて外へ出る。

すると足元におにぎりが二つ乗ったお皿が風蜥蜴の被膜をかけて置かれていた。

さて、俺も残りの仕事を片付けて寝るとするか。

部屋に戻りマスクを外した俺はおにぎりを頬張りながら夜遅くまで書類の山と格闘するのだった。


「で、こうなったと。」

「面目ない。」

「どうせちゃんと消毒しなかったんでしょ。手洗い消毒が大事だって自分が言っておきながらそれをしないんじゃ世話ないわ。」

「一応気を付けてはいたんだけどなぁ。っていうか早く部屋から出ろよ、風邪もらうぞ。」

「マスクしてるから大丈夫よ。シロウと違ってちゃんと消毒するしね。」

翌朝。

ものの見事に風邪をもらった俺は、高熱のままベッドから出られなくなった。

幸い薬をすぐに飲んだアネットの熱は下がり、少しだるさは残っているものの日常生活に問題はないそうだ。

とはいえ今日は仕事をしないように伝えてある。

流石にそれを破ることはしないだろう。

これ以上感染を広げないために部屋に入るときはマスク着用を徹底させ、女達にはドア付近から近づかないように伝えてある。

気休め程度かもしれないが感染して子供に何かあっても困るしな。

首だけ動かしてエリザを見送りまた天井を見つめる。

あまりのしんどさに体を動かすのも億劫だ。

薬は飲んだ。

だからすぐに熱は下がるはず。

何とか昼ぐらいには動けるようになりたいんだが、熱が下がったところで仕事はさせてもらえないんだろうなぁ。

アネットと同じで。

なんて事を考えながらその後も何度か夢の世界と現実を行き来すると多少は体が動くようになってきた。

上半身を起こして横に置かれたコップの水を一気に飲み一息つく。

「お館様、よろしいですか?」

「ハワードか、入っていいぞ。」

マスク姿のハワードが素早く部屋に入ってくる。

そのままドアの前・・・ではなく俺の横までやってきた。

「如何ですか?」

「まだ熱はありそうだが、とりあえず体は起こせた。何かあったのか?」

「いえ、食欲があるのなら何か作ろうかと思いまして。ダンジョンでドリルホーンが大量発生したらしくて、いい肉が入ってきたんです。」

「肉なぁ・・・。」

多少腹は減っているがいきなり肉は流石に厳しい。

いや、弱っている時ほど肉を食って元気を出すべきなんだろうけど。

ぶっちゃけ自分の体がどこまで行けるのかわからないんだよなぁ。

「やっぱりきついですよね。」

「でもアネットは食べたんだろ?」

「あはは分かりますか。エリザ様なんて何枚食べたか、いくらお子さんがいるからとはいえ胃袋どうなっているんでしょう。」

「食うそばから消化してるんだろ。」

「そんな気もします。ではテールスープはどうですか?脂をすくって溶き卵を入れるんです、ダンシングオニオンの新芽を入れれば食べやすくなりますよ。」

「お、それいいな。」

聞いているだけでお腹がすいてきた、まったく現金なものだ。

ドリルホーンはその名の通りドリルのように絡まりあった角を持つ牛の見た目をした大型の魔物。

その角はダンジョンの壁すらもたやすく抉ってしまうのだとか。

そいつが大量発生したってことは、今頃街は肉祭りだな。

角やら皮やらも大量に持ち込まれているだろうし、店は大忙しだろう。

そんな時に手伝いに行けないのがなんだか申し訳ない。

いや、そんなこと考えるなら休めって話なんだが。

「なんだかなぁ。」

「なんです?」

「いいやなんでもない、悪いがスープの方は任せた。」

「美味いのを持ってきますんで、食欲が出てきたらまた教えてください。」

「おぅ、よろしく。」

とりあえず今は休んで体力を回復させよう、仕事はそれからだ。

その後、ハワードお手製のスープを完食した俺は見事夕方には復活しもう大丈夫だろうとステーキにかぶりつくのだった。

やっぱり肉が一番。

肉はすべてを解決する。

もっとも、そういっていた本人は夕食後トイレに駆け込んだのは想像に容易いだろう。

病み上がりにはご注意を。
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