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777.転売屋は報告する

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「こりゃいい、手がかじかんだときとかに使えそうだよ。」

「喜んでもらって何よりだ。とはいえ触ると簡単に火傷するから扱いには気を付けてくれ、火は使っていないが上にものを乗せると発火する危険もある。」

「そのぐらいはわきまえているさ。」

「本当はもう少し持続時間を増やしたいんだが、そうなるとワイヤーそのものを細くする必要があるんだよなぁ。流石にこれを細くってのは素人には難しいわけで、その辺は要研究って感じだ。」

試作品第三号をおばちゃんに渡してみたが、中々いい反応が帰ってきた。

一号に比べてワイヤーを短くすることで省スペース省エネルギー化を実現している。

それでも小型魔石を使っての持続時間は一時間にも満たない。

商用化はまだまだ先になりそうだ。

「そういやミラはどうしたんだい?」

「ん?さっきまで一緒だったんだが・・・。」

「お待たせいたしました。」

「何かいいものがあったのか?」

「はい、ホワイトベリーが売りに出されておりましたので買っておきました。」

「でかした。」

冬にしか収穫できないホワイトベリー。

味もいいうえに使い道も様々なのでみかけたら買い付けて損はない。

俺も昔は店の裏庭で栽培したんだったか。

あれはたしか女豹に買われていったんだよなぁ。

まったくどこで話を聞きつけたんだか。

「元気そうじゃないか。」

「シロウ様のおかげで元気にやっています。」

「それならいいんだ。この男に無茶させられそうになったらいつでもいうんだよ。」

「そんなことはあり得ませんのでどうぞご心配なく。ヒーターの使い心地はいかがでしたか?」

「悪くないよ。これで孫の顔が見られたら満足なんだけどねぇ。」

会うたびに孫の顔を催促する母親を持つ娘はどういう気持ちなんだろうか。

元の世界でもよくネタにはされるが、それはこちらも同じこと。

特におばちゃんは一度死にかけているだけに冗談で言っているわけじゃないんだよなぁ。

「孫の顔を見たら温かくなるのか?」

「そりゃそうさ。あんたも自分の子供を見たらわかるだろ?それはもう可愛くて、見ているだけで体が温かくなるもんさ。」

「そりゃまぁそうだが。」

「もちろんこの冬に産めって言ってるんじゃない、それでも孫が産まれると分かったら気分だけでも温くなるじゃないか。」

「気分だけでよろしいんでしょうか。」

今ミラが変なこと言わなかったか?

そう思ったのは俺もおばちゃんも同じようで二人して目をまん丸にして顔を見合わせる。

えっと、ミラさんどういうことでしょうか?

「ん?どういうことだ?」

「そのままの意味です。」

「まどろっこしいやり取りは嫌いだよ、出来たのかい?」

「はい、先ほど先生に確認していただきました。現在二か月、出産は19月ごろになるだろうとのことです。」

先ほどってことは途中でいなくなったのはそれを確認しに行くためだったのか。

で、そのついでにホワイトベリーも見つけたと。

エリザとマリーさんに続いてミラまでとは・・・。

「マジか。」

「真っ先に二人に知って欲しくて。お母さん、念願のお婆ちゃんになれますよ。」

まるで女神のような笑顔を浮かべてミラが自分のお腹を撫でる。

みんなそうだが身籠ったのがわかった瞬間に今までの雰囲気が一気に変わるのは何故だろうか。

それが母親になるってことなんだろうけど、ここに来るまでの冷静な感じから心穏やかな母親の顔になっている。

何とも愛おしそうな目で自分のお腹を見た後、おばちゃんと俺の顔を静かに見つめるミラ。

おばちゃんは何も言わずそっとミラに近づくと、その場に跪き娘のお腹に自分の頬をそっと寄せた。

「あぁ、なんて暖かいんだろうねぇ。」

「こんなに待たせてしまってごめんなさい。」

「謝る事なんてないさ。でもくれぐれも無茶するんじゃないよ、もうあんた一人の体じゃないんだからね。」

「はい、お母さん。」

「そしてあんたも、ミラをこき使ったらタダじゃ置かないよ。」

「もちろんわかってる。ミラ、おめでとうそしてありがとう。」

いまだ足元から動かないおばちゃんに遠慮して、俺は横からミラの頬に口づけをした。

今は母と子の時間を優先しよう。

ふと視線を感じて横を見ると、おっちゃんが涙を流して喜んでいる。

いやいや、なんでおっちゃんが泣くんだよ。

ひとまずその場を離れ号泣するおっちゃんをなだめに場所を変えた。


「ってことでミラが妊娠した。」

「おめでとうございますミラ様。」

「「「「おめでとうございます!」」」」

屋敷の皆にも祝福されてミラが再び女神のような微笑みを浮かべている。

ハーシェさんとはまた違う微笑みなんだよなぁ。

不思議なもんだ。

「予定日は18月だがその頃はエリザもマリーさんも産後だから今まで以上に仕事が厳しくなるのは間違いない。」

「関わっていた仕事が多いだけに代役を探すのが大変よね。」

「似た仕事をしてくれているのがセーラさんとラフィムさんなんだが、二人には二人で頼んでいる仕事があるしなぁ。とりあえず俺は店に出る時間を増やして買取の方に注力しようと思っている。ハーシェさんには悪いが屋敷の方の仕事を少しずつ引き継いでいってくれ、まだまだ先とはいえ今のうちから準備を進めていかないといざッていう時に大変なことになりそうだ。」

「冒険者関係はキキがいるし何とかなるけど、マリーさんの方が大変よね。美容パックだってこれからが本番でしょ?」

「そうなんだよなぁ。アニエスさんに頼むって手もあるんだが、本業は監査官だしなによりマリーさんの世話に注力するのが目に見えている。ギルドからの要請があればダンジョンにも潜るだけにこれ以上仕事を頼むのは難しそうだ。」

仕込んだ俺が言うのもなんだが、時期が悪かった。

同時ではないものの時期が微妙にがかぶっているために、ハーシェさんのように皆で仕事を補助しあうのが難しい。

早くても復帰は産後から三か月後。

それでも早いぐらいだが、在宅で出来る仕事なら何とかなるかもしれない。

ミラのことだから妊娠中も今まで通りの仕事をしそうだが、おばちゃんに言われたように今まで以上に無理はさせられないだろう。

ここにきて人材不足が深刻化。

屋敷の人間も増やさなきゃってタイミングだけに簡単に増やすって言えないんだよなぁ。

なによりそれぞれが重要な仕事を受け持っていて気軽に頼めないっていうね。

それができるのがエリザとキキぐらいなものだ。

奴隷を買うとしてもミラ並みに優秀でなければならないし、そうなれば値段も高騰する。

ぶっちゃけあの値段でミラを買えたのが奇跡なんだよ。

ここにきてアネットまで妊娠しようものならどうなってしまうんだろうか。

そんな俺の考えを察したのかアネットが首を横にかしげる。

「どうされました?」

「いや、俺が言うのもなんだがアネットまで妊娠したらどうなるのかと怖くなっただけだ」

「そうよね、順番で行くとアネットの番だものね。」

「アニエス様も次を狙っておられますが、マリー様の出産が終わってからになるとおもいます。私と違ってアネットさんは街で唯一の薬師、お仕事ができなくなると町全体に影響が出ますから。」

そもそも薬師が一人ってのがおかしいんだよ。

錬金術師のように複数いてしかるべき仕事だ。

医者の数はそれなりにいるのに薬師がいないのはこれいかに。

まぁ、一時薬師不在でやっていたわけだからいなくても何とかなるんだろうけど。

避妊薬とか今回のような風邪薬とか世話になっている人が多いだけに、クレームまではいかないけど絶対問題は起きてくる。

「あ、私は当分先で大丈夫ですよ。」

「そうなのか?」

「シロウ様には申し訳ありませんが、今はお仕事が楽しいのと私まで妊娠したら大変なのはわかっていますから。あ!でも産みたくないというわけじゃないんです、皆さんが落ち着いたらお願いします。」

「そういってもらえると助かるのは助かるが・・・。」

「幸い今は生理中ですし、終わりましたらまた避妊薬を飲もうと思っています。あ、夜のお務めはお任せください。」

本人がそう言ってくれているのはむしろありがたい。

奴隷だから子供を産まないといけないというわけではなく、俺もアネットが好きだから産んでほしいとは思っている。

でもそれよりも仕事が楽しい、その時でないと本人が感じているのであればその選択を喜んで受け入れよう。

むしろ助かるし。

「アネットが決めてシロウがそれを受け入れるのなら私たちは何も言わないわ。でもそうなると夜の順番が大変よね。」

「いやいや別に毎日しなくてもいいんだが?」

「何言ってるのよ、この前みたいになったらどうするのよ。あのしんどいのをもう忘れたの?」

「それなら別に一人で処理しても・・・。」

そもそもあれは魔法が使えない俺が魔素の多い食べ物を多量に摂取したのが原因であって、普段の生活であればそこまで困らないわけで。

そりゃあ体が若くなったせいで性欲は強くなっているけれど、その辺は理性でどうにでもなる。

なんせ頭の中は40代だからな。

「いっそのこと前に話していたみたいにルティエちゃんやモニカちゃんも巻き込めばいいのよ。そうじゃないといつまでもシロウが手を出さないわよ。」

「お前なぁ、人を何だと思ってるんだよ。」

「いいじゃない、養うだけの甲斐性があるんだからガンガン跡継ぎを作ればいいのよ。」

「いや、作ればいいのよって揉めたらどうする。」

「一代限りの貴族なんだしシロウが死んじゃったら皆平民。あ、でも普通の貴族になる可能性もあるのよね。」

いやいや、そういうのはもういいから。

一代限りで十分、俺が心配しているのは金でもめないかって話だ。

子供がいればいるほどそういうので揉めるっていうし、自分の子供が死後に争うのは正直嫌だ。

「マリー様と結婚した時点で非公式ながら王族の仲間入りをしたわけですし、出産すれば王家の跡取りとしてカウントされます。王家としては直接の血を重んじますが、それと同じくらいシロウ様家族を大切にされるでしょうから、軽んじることはないでしょう。この国が滅びない限り安心ですよ、シロウ様。」

「セーラさ・・・んじゃなかったラフィムさんまで。」

「揉めるのが怖いのであれば揉めないぐらいに稼げばいいだけです。今のシロウ様であればそれが十分可能かと。」

「因みにいくら稼げばいいんだ?」

「そうですね、金貨百万枚ほどあれば。」

金貨百万枚って、国家予算かよ。

いや、この国の国家予算がいくらなのかは知らないけどそりゃそれだけあれば揉めないだろうさ。

「果てしないなぁ。」

「そうでもないですよ?」

そんな桁違いの値段を聞いてもミラはそうでもないと言い切ってしまう。

うちの経理を担っているだけにその発言は正直怖い。

いくらなんでもそれは無理、そう自分でも言い切れないことに自分で自分が怖くなってしまうのだった。
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