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774.転売屋は冬の始まりを感じる

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冬がやって来た。

外はどんよりと暗く、今にも雪が降りだしそうに重たい。

いや、昨日まであんなに秋晴れだったのに暦が変わった瞬間これだよ。

どれだけ季節感に忠実なんだろうか。

おかげで昨夜は寒さで目を覚まし毛布を引っ張り出す羽目になった。

朝からグレイスたちが慌てて暖房用の焔の石を部屋に置いて回っている。

気休め程度だが置くのと置かないのとでは全然違うんだよなぁ。

あと加湿器も絶賛稼働中だ。

これで今年の冬は完璧。

「とか思っていたんだけどなぁ。」

「シロウ様、申し訳ありませんがお話ししている暇はございませんので手を動かしてください。」

ぼそっとつぶやいただけなのに後ろに控えていたセーラさんに怒られてしまった。

左右に積みあがった書類の山、そしてその前に置かれたこの前作ったハンコ。

「ハンコじゃダメなのか?」

「ハンコでは偽造を疑われます。手紙の外書きなどであれば使用していただいて構いませんが。」

「つまり用途が限られていると。やっぱりサイン地獄からは逃れられないのか。」

冬が始まってもやることは変わらない。

朝食後のミーティングが終わればそのまま執務室に直行して書類の山と格闘する。

季節の変わり目は報告書が増える。

本業以外での業務で発生した書類が一気に運び込まれるからだ。

それをセーラさんとラフィムさんが手分けして分け、報告を受けたミラがそれを集計する。

俺に上がってくるのはその結果だけなのだが、それでも数が多いんだよなぁ。

俗にいう期末というやつだ。

会社員ではない俺が期末なんて言葉を使う日が来るなんて思いもしなかったが、どの世界でも逃れられない宿命なのだろう。

冬が始まったという事は、やらなければならない大事業がいくつも待っている。

まずはパックの販売。

それからグリーンスライムの核を放出して、冬野菜の準備や仕分けをして、さらには街の拡張事業についても進めていかなければならない。

あぁ、還年祭もあるしオークションだって待っている。

それとアレだな、ディーネがあの子を育て上げるのも冬の間だ。

何度か足を運んではいるものの姿を見せてもらうことはできなかった。

目的の物を置いたらさっさと帰れと追い出されるからだ。

頼まれた以上しっかり面倒を見てくれているのは間違いない、ここはディーネを信じるしかないだろう。

やれやれ、この冬も忙しくなりそうだ。

「失礼します。」

「アネット、どうした。」

「イレーネ様から予定数が終了したと報告があったので伝えに来ました。」

「悪いな、忙しいのに。」

「ちょうど材料を買いに行くついででしたので、では製薬室に戻ります。」

ぺこりとお辞儀をしてアネットは小走りで去っていった。

冬が始まったと思ったら早速冬風邪の知らせが来た。

単なる風邪と侮るなかれ、この時期のやつは長引けば長引くほど体力を削られて行き復帰するのが遅くなるという中々にめんどくさい奴なんだ。

とはいえ、薬を飲めばすぐに快方に向かう。

かなり感染力が高いので明日にはかなりの人数が罹患しいているのは間違いない、ということでアネットが本腰を入れて製薬することになったようだ。

依頼主はギルド協会。

値段交渉にはラフィムさんも同席したのでがっつりふんだくってきたことだろう。

そんな顔してた。

「後どのぐらいだ?」

「二時間ほど頑張っていただければ目処がたちます。」

「報告だけなら全部任せてもいいんだがなぁ。」

「そういうわけにはいきません。ご自身の資産を把握するためにもしっかりと目を通していただかなければ。たとえば婦人会のお弁当事業が過去最高益をあげている事について何か思うところはございませんか?」

「思うところなぁ。」

今年は新米冒険者が例年よりも早くダンジョンに来たからそのせいもあるだろう。

休憩所にいくまでの道は魔物が駆除されているため非常に安全、なのでそこを拠点にしている新米も多いと聞く。

休憩所の弁当は値段もかなり安くそれでいてボリュームもある。

『外で下手な飯を食うぐらいなら婦人会の弁当のほうが安くて美味い』なんていわれているぐらいだ。

採算度外視とまでは言わないがかなり利益を抑えている。

それでいて最高益をあげているってことはそれだけ冒険者が多く利用しているということ。

そこから導き出される答えは・・・。

「弁当容器の追加と新米向け依頼の増加、加えて買い取り価格アップってところか。」

「シープ系の毛糸は時期的によく出ます。ここでなくとも隣街などに素材のまま出荷するだけでもそれなりの利益が出るのではないでしょうか。」

「ついでに肉も仕入れて一石二鳥か、ジンギスカン美味かったしな。」

「個人的にはお鍋というものを色々食べてみたいものです。」

「そうか、セーラさんは食べたことなかったな。」

二人がこっちに来たのは夏。

色々食べてきたけれどそういえば鍋はまだやっていなかった。

となるとラムしゃぶか?

大量のグリーンスプラウトとオニオニオンを入れて肉でくるんで特製のタレで食べる。

〆のラーメンも美味いんだよなぁ。

卵麺もどきは作ったことがあるのでそれを入れてダンシングオニオンの新芽を入れれば出来上がりだ。

いかん、お腹がすいてきた。

「一つ提案があるんだが。」

「昼食であれば今ハワード様に作っていただいております。片手で簡単に食べられるものをとお願いしていますのでどうぞ安心してお仕事に集中してください。」

「ぐぬぬ。」

「あと二時間の辛抱です、頑張りましょう。」

こうなったのも自業自得か。

スタンプさんに作ってもらったハンコを不眠不休で箱に押し付ける作業をしていたせいで、本来しなければならなかったこの仕事が出来なかった。

でもその甲斐あってパックは無事に販売できる目処が立ったわけだし、それでいいじゃないか。

金貨数十いや数百枚の利益につながるかもしれないんだ。

それを考えればこの二時間なんて苦でも何でも・・・いえ、めんどくさいです。

運ばれてきた昼食を片手で頬張りつつ何とか仕事を終えると、セーラさんは満足そうに書類を抱きかかえて執務室を出て行った。

まだ書類は残っているが今日はもう見たくない。

俺は大きく伸びをして椅子から立ち上がるとそのまま窓際へと向かった。

ポカポカと暖かな日差しが俺の体をやさしく包む。

このままベッドに倒れこんで惰眠をむさぼりたいところだが、それを実行する前に再び執務室の戸が叩かれた。

「あ、終わった?」

返事をする前に入ってきたのはエリザ。

だいぶお腹も大きくなり鎧が入らなくなってしまったのでこの冬から完全に冒険者業を休業することにしたらしい。

臨月まではギルドの仕事とうちの仕事を手伝うんだとか。

この冬は例年以上に忙しくなりそうなのでこっちの仕事を手伝ってくれるのは非常にありがたいのだが、我慢できるのかは不明だ。

「おかげさんで。」

「こっちも終わったわよ、明後日の販売開始にはしっかり予定数準備できるわ。」

「ご苦労さん、大変だっただろ。」

「大変だったのは私じゃなくて奥様方じゃないかしら。でもミラがパックの優先販売権を考えてくれたおかげでみんな文句を言わずにがんばってくれたわ。」

「美容にかける意気込みは半端ないな。」

「告知を出したのがついこの間なのにそこらじゅう新作化粧品の話題でもちきりよ。」

本当なら冬になった初日に販売するつもりだったのだが、箱の準備が遅れてしまったせいで少しだけずれてしまった。

とはいえそのおかげで告知する時間が出来たので、結果オーライだったかもしれない。

ここと隣町、それと王都の三箇所同時発売。

ポーラさんから港町でもと言われたのだが、生憎と数を手配することが出来なかったので見送ることにした。

売れば売るだけ利益が出るのは間違いない。

が、材料がなければそれも難しいわけで。

蒸留水だって中古の機器を手配できたのでフル稼働させているものの決して余裕があるわけではない。

ネモフィラーナだって無限にあるわけではない上に凝縮するのにも時間がかかる。

今回大量活動時に販売できるのも長い時間をかけて準備してきたからであって、それがなければこの街でしか販売できなかっただろう。

「当分はそっちにかかりっきりになると思うからほかの仕事はよろしく頼むな。」

「私に出来ることはするけど、机が書類で埋もれる前に戻ってきなさいよね。」

「善処する。」

「この後どうするの?時間があるならちょっと付き合ってほしいんだけど。」

「どこかいくのか?」

「ちょっとね。」

エリザが行き先を言わないなんて珍しい。

わざわざ俺の仕事が終わるのを待っていたぐらいだからよほどのことなんだろうけど・・・。

正直想像できないんだが。

それに表情がいつもと違ってかなり硬い。

なんだろう思いつめているわけではなさそうだが。何かを必死に考えている感じだ。

屋敷を出てその足で向かったのは冒険者ギルド。

なんだよ結局ここか。

「ギルドがどうかしたのか?」

「あ、エリザおかえり。」

ギルドに入るなり真っ先にニアが俺たちを見つけ声を上げる。

それと同時にその場にいた冒険者、それも女ばかりが一瞬にして俺たちを取り囲んだ。

「エリザさん冒険者引退するって本当ですか!」

「やめないでください!」

「帰ってくるって約束したじゃないですか!」

悲鳴にも近い声を上げながら女たちはエリザを取り囲む。

俺はというとはじき出されるようにしてカウンターまで押し出されてしまった。

「何事だ?」

「エリザが冒険者証を返したのよ。」

「なんだって?」

「こそっと私に渡してくれれば良いのに、堂々とやっちゃうものだからそれを見たほかの子が大騒ぎしてね。こうなっちゃったってわけ。」

「引退する気なのか?」

「わかんない。一応返納も出来るけど、私は一時預かりという感覚でいるわ。そこんとこ二人で話し合ったんじゃないの?」

「しらねぇよ。」

冒険者を辞めるなんて話は寝耳に水だ。

俺が聞いたのはダンジョンにもぐるのをやめるということだけ、ギルドには在籍して仕事は続けるって話だった。

結局何が正しいんだ?

女たちに囲まれながらエリザは何も言わずに俺の方を見てくる。

迎えに来いということか。

正直あの中に入るのは非常に恐ろしいのだが、嫁が迎えに来いというのであれば良くしかないよなぁ。

「ちょいと失礼。」

強引に体を押し込み人ごみの中へと分け入っていく。

「シロウ。」

「で、結局のところどうするつもりなんだ?俺を連れてきたのはそれに決着をつけるためだろ。」

「まぁ、そうね。」

「辞めるのか?」

「辞めたほうがいいと思う?」

おいおいこの状況でその質問は卑怯だろ。

自分の人生なんだから自分で決めろといいたいところだが、それに関する答えはもう出ているんだろうな。

「お前から冒険者っていう生き方をとったら何が残るんだ?お前は死ぬまで冒険者だ、母親になろうが子育てしようがそこは変わらないだろ。」

「やっぱり、シロウならそう言うと思った。」

「それじゃあ返納じゃなくて一時返却でいいのね?」

「シロウが辞めろって言うはずないのはわかっていたけど、出産を機に休憩しろって言うのならいっそのこと辞めようかなって思ってたんだ。でもそうじゃなかった、私は死ぬまで冒険者なんだって。ニア、どう思う?」

「その通りでしょ。」

当たり前じゃないという反応にエリザがいつもの顔に戻った。

エリザが冒険者を辞める?

そんなこと天と地が逆さまになってもありえない話だ。

「あはは、やっぱりニアもそう言うんだ。」

「不倒のエリザはここにいる全員の憧れよ、そう簡単に引退できると思わないことね。とりあえずこれは私は預かったから代わりにこっちを受け取って。」

「何これ。」

「正式なギルド職員の証明書。臨月までしっかり働いてもらうからね。」

「私シロウの仕事も手伝わないといけないんだけど。」

「安心しろ、俺の仕事もこっち関係だ。ギルドとの折衝は全部任せた。」

「任せてよね。ふんだくるだけふんだくってやるんだから。」

「ちょっと職員になったんだからこっちの味方でしょ。」

大勢の冒険者に囲まれながらエリザが大きな声で笑う。

長く厳しい冬が始まった。

でもその始まりは、とても暖かい空気で満ち溢れていた。
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