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719.転売屋は枕を買う

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「シロウさん、素材ついでにこれも買い取れます?」

「枕?洗うなら洗濯屋に持って行けよ。」

「いや、違いますって買取です。宝箱から出てきたんですけど。」

「枕が?」

「はい、枕が。」

ダンジョンの宝箱からは色々なものが出てくる。

その大半は武具だとか薬だとか宝石の類だが、時々こういうものがまぎれてでてくるんだよなぁ。

もちろんダンジョンという特殊な場所から見つかるだけに、普通の物ではない。

それにしても枕て。

これを手に持って帰ってくる姿はものすごくシュールなんだが。

でもまぁどんなものでも値段が付くのなら買取るのがうちの仕事、特殊な枕であれ何であれ売れそうなら買うまでだ。

『夢見の枕。この枕の下に見たい夢に関係する物を仕込むと望みに近い夢を見ることが出来る。ただし夢の内容を決めることはできない為注意が必要。最近の平均取引価格は銀貨20枚、最安値銀貨11枚最高値銀貨49枚。最終取引日は190日前と記録されています。』

夢見の枕、つまり望む夢を見せる枕か。

いや、正確にはだけども。

過去にも何度か取引されているところを見ると、一点ものというわけではなさそうだ。

しかし枕ねぇ。

売れるのか?

「夢見の枕らしい、こいつの下に見たい夢の題材を仕込むと近い物が見られるらしいぞ。」

「え、本当ですか!」

「ちなみに買取の場合は銀貨10枚だ。」

「うーん、思ったより安い。」

「むしろ枕一つで銀貨10枚に化けると思ったらすごくないか?」

「でもこれ中層の宝箱から出たんですよ?苦労を考えるとちょっと・・・。」

「気持ちはわかるが、じゃあ使うか?」

確かに中層まで行く時のリスクを考えれば実入りは悪い。

だが、売らなければゼロだ。

もちろん自分で使って価値以上の効果を見出す可能性もゼロじゃないが、なんともいえないなぁ。

「ちょっと試してみます。」

「了解、もし売るときは使用感も教えてくれ。それじゃあ素材の買取金額が銀貨4枚と銅貨72枚。領収のサインを宜しく。」

「ありがとうございました!」

まだ若い、10代後半ぐらいの若い男が枕を小脇に抱えて店を後にする。

うん、やっぱりシュールな光景だ。

「ただいま。」

「エリザか、今日は早いんだな。」

「うん、無理しないようにしてるの。ねぇ、さっきの子枕抱えてたわよ?」

「ダンジョンで出たんだってさ。」

「枕が?」

「枕が。夢見の枕っていう望む夢に近いものを見せてくれるらしいぞ。」

「え、なにそれ欲しいかも。」

「とはいえそれが悪夢になるかはわからないそうだ。それでもほしいか?」

絶対にいい夢になるのなら凄いと思うけど、それが悪夢だった日には目も当てられない。

しかも、自分が望む題材で悪夢だぞ?

イヤすぎるだろ。

「でもいい夢かもしれないのよね?」

「まぁな。」

「ちなみにいくら?」

「銀貨20枚って所か。」

「え、高!」

「だろ?」

「うーん、考えちゃうなぁ。」

「まぁ持ち帰ったし、また手に入ったら考えればいいさ。ほら、さっさと素材置いて屋敷に戻って着替えてこい。」

買うにしろ物がないんじゃ意味がない。

それよりも素材の血の臭いが気になるのでさっさと片づけたいんだよ俺は。


そして翌日。

カランとベルが鳴り、昨日の冒険者がやはり枕を手に店にやって来た。

「で、どうだった?」

「やばいですね。」

「それはいい意味でか?それとも逆か?」

「どっちもです。」

ここに持ち込んでいる時点で売る気なのは確定だが、それにしても両方か。

どういうやばいかにもよるがぶっちゃけ俺は使いたくないなぁ。

「次に使うやつにも説明しなきゃならないし、詳しく説明してくれ。」

「望みに近い夢は見ました、最初は彼女といい感じになる夢だったんですけど次第に怖くなって最後は殺される所で起きました。」

「何したんだよ、お前。」

「えっと、浮気?」

「そりゃ殺されるわ。」

夢見の枕は関係ない気もするが、望みに近い夢を見る効果は間違いないようだ。

「ちょっと別の子と一緒にダンジョンに潜っただけですよ?それ以上の事は何もしてないですし、それなのに浮気したって言い出して最後はナイフでブスッと。」

「夢とはいえリアルすぎる。」

「夢なんで痛みは感じませんでしたけど、起きた時は寝汗が半端ありませんでした。」

「同情するが浮気は良くないぞ。」

「だからしてませんって!」

「まぁいい、とりあえず効果は間違いないようだ。とはいえお前はいらないと。」

「一回だけですけど、やっぱり悪夢になるのは精神衛生上宜しくないので。」

「だろうな。値段は昨日言った通り銀貨10枚だ、それでいいな?」

「大丈夫です。これ、シロウさんが使うんですか?」

「俺は絶対に使わねぇ。」

直接体験談を聞いて使おうとは思わない。

とはいえ、ネタとしては面白そうなのでオークション用に使わせてもらうとしよう。

代金を渡して枕受け取る。

憑き物が落ちたような顔をして彼は去っていった。

「たっだいまーって、あれ、その枕昨日のやつ?」

「あぁ、売りに来た。」

「それで、結果は?」

「望んだものに近い夢は見れたが、最後は殺されたところで目が覚めたらい。」

「なにしたの?」

「浮気?」

「それは殺されても仕方ないわ。」

だよなぁ。

枕をポンポンと叩き、さらには空中で頭を乗せたりして興味深そうに触っている。

呪われてはいないが今の話を聞いてよく触ろうと思うよな。

「使うか?」

「興味はあるけど・・・。」

「胎教には良くないだろうな。」

「でしょ?使うなら産まれてからにしようかなぁ。」

「となると、オークションに出すから残念ながら間に合わない。残念だったな。」

あまりの恐怖に産気づいてもらっても困る。

産まれるのはまだまだ先だ、刺激しないに越したことはない。

「はー、疲れた疲れた。」

「お、フールじゃないか。久しぶりだな。」

「最近見なかったけど、どこか行ってたの?」

「ちょっと遠方のダンジョンに潜ってたんだけど、当たりが出たんで解散になったんだ。」

「盗賊職は引く手数多だもんね、羨ましい。」

「とはいえ姐さん程の実力はないから何度かヤバかったんだけどな。」

「無事ならそれでいいじゃないか。で、何か買ってくれるのか?」

「とりあえず挨拶に来ただけなんだけど・・・。枕?」

不思議そうな顔でエリザがもつ枕を見つめるフール。

それを見たエリザがニヤリを笑みを浮かべたのを俺は見逃さなかった。

確かに俺もそれは思ったが、おい、まさか。

「いい夢が見られる枕なんだって。使ってみたら?その感じだと戻って寝るだけでしょ?」

「そのつもりだけど、いいのか?」

「見たい夢に関するものを枕の下にいれておくと効果があるんだって。いいわよね、シロウ。」

「あ、あぁ。」

「明日また返してくれたらいいから。ほら、早く帰ってゆっくり寝なさい。」

枕を強引に渡してフールの背中を押して店から追い出すエリザ。

なんていうやつだ、身内に試させるなんて。

「鬼か。」

「失礼ね、いい夢が見られるのは間違いないんだから嘘は言ってないでしょ。絶対に悪夢になるとは限らないじゃない?」

「そりゃあ、まぁな。」

「これで良い物かどうか見極めてオークションに出せばいいのよ。何かあったら私が怒られるから。」

「なんていうか冒険者って体育会系だよな。」

「なにそれ。」

「強引ってことだ。どうなっても俺は関係ないからな。」

押し付けたのはエリザだ。

止めなかったと言われればそれまでだが、まぁ酒でもおごって許してもらうとしよう。

そして迎えた翌朝。

「シロウさん、いるか!」

「あ、兄さん生きていたんですね。」

「どうしたんだよそんなに血相を変えて。」

屋敷の食堂にバカ兄貴が駆け込んできた。

手にはあの枕を持っている。

あぁ、この感じダメな方だったか。

エリザの方を見るも知らん顔をしている。

いやいや、そもそもお前が元凶だろう。

「この枕、いくらで売ってもらえる!?」

「なんだ気にいったのか?」

「無茶苦茶寝心地がいい上に夢見まで最高だなんて、こんな枕初めてだ!高くてもいい、売ってくれ!」

まさかの反応に俺もエリザも目を丸くしてしまう。

わざわざ屋敷に飛び込んでくるぐらいに欲しい品には正直思えないんだが。

「ちなみにどんな夢だったの?」

「それはちょっと、だがほとんど望み通りの夢だったとだけ言える。ちょっと不穏な感じもあったが、それもまぁ夢の話だし。」

「つまり満足したと。」

「そんな事で朝からここに飛び込んでくるなんて、迷惑な話です。」

「そういうなって、買ってくれるってことは大事なお客様だ。ちなみに高いぞ。」

「稼いできたからな、遠慮なく言ってくれ。」

ドンと胸を張るフール。

よし、じゃあ遠慮なく値段をつけてやろう。

「金貨1枚。」

「げ、結構する。」

「ならやめるか?」

「いやいや、これだけの品は二度と手に入らないだろ?それでいい、譲ってくれ。」

「随分とお金持ちじゃないですか。でも、いくら積まれても私は兄さんに買われませんからね。」

「それはもう諦めた。じゃあこれが代金だ。」

エリザに言った値段の五倍、買取金額の十倍で売れてしまった。

たかが枕だと思ったのだが世の中何が売れるかわからんものだな。

「確かに。」

「それじゃあ俺はもうひと眠りしてくる、ありがとな!」

フールは枕を大事そうに枕を抱きしめ、来た時と同様に飛ぶようにして出て行った。

残された俺達は呆然とそれを見送るだけ。

「ご主人様、兄さんに何を売ったんですか?」

「夢見の枕っていう望んだ夢をほぼ見せてくれる枕だ。持ち込んだ冒険者も確かにほぼ望んだとおりの夢を見たそうだが、最後は殺されたところで目が覚めたらしい。悪夢にもなるそうだが、まぁ大丈夫なんだろう。」

「実は、兄さんって夢を見ないんです。」

「なに?」

「正確には見た夢をすぐ忘れるんです。でも、今日はそうじゃなかったみたいですね。」

「それであんなに大騒ぎしていたのか、なるほどなぁ。」

それは確かにうれしいだろう。

夢ってのはすぐ忘れてしまうものだ。

それを覚えていられる枕と思えばいい買い物なのかもしない。

もっとも、欲しいかと言われればそうでもないけどな。
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