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717.転売屋は結婚を申し込まれる

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「待ってましたわ!」

楽しい休暇も無事に終わり、さぁ屋敷に到着だという俺達を待っていたのは、グレイスでもハーシェさんでもない見たこともない女だった。

胸元に垂れた金髪のロングヘアーをどや顔でかきあげ、胸を張る女。

馬車の全員が信じられないという顔で見ているにもかかわらず、表情を崩す様子はない。

「誰?」

「さぁ。」

「どうします、あれ。」

「どうするって言われてもなぁ。排除されていないあたりグレイスの許可は取っているんだろうけど、いやむしろ無視してるのか?」

「その可能性は十分にありますね。」

玄関の真ん前で仁王立ち。

非常に邪魔だ。

とはいえ、俺達もさっさと休みたいので致し方なくその女の前に馬車を止める。

「そこは俺の屋敷だ、どいてくれ。」

「まぁ、女性に向かってどいてくれだなんて随分と野蛮な事を言いますのね。」

「これでも譲歩した言い方だ。必要であれば警備を呼ぶが?」

「せっかく妻が会いに来たというのに。でもいいですわ、それぐらい強い男でないと私にはふさわしくありませんもの。」

「この女、頭大丈夫?」

「お姉ちゃんいきなり失礼だよ。間違いなくおかしいと思うけど。」

姉も姉だが妹もなかなか口が悪い。

いや、むしろこれが普通だろう。

家の前を占拠して、さらには俺の妻を自称するなんて頭が沸いている以外に当てはまる言葉がみつからない。

「もう一度言う、さっさとどいてくれ。そうじゃないと警備よりも先に俺の女がお前を大通りに捨てに行く。不法侵入の上に不法占拠だ、次はない。」

「・・・わかりませんわ。この私を見て何故そこまで適当にあしらえますの?」

「迷惑だからでしょ。」

エリザの言葉に全員が大きく頷いた。

女はそれ以上何も言わず、恨めしそうな目で俺を睨みながら去っていった。

いったい何だったんだ、あれは。

「とりあえず中に入るか。グレイスが事情を知ってるだろ。」

「それもそうね。ほら、みんな最後の一仕事よ。」

「「「はい!」」」

後片付けまでが遠足ってね。

とりあえず女の事は一旦忘れて、荷物を裏に運んだり道具を片付けたりと最後の大仕事に取り掛かる。

日暮れまでに終わらせないと後で絶対に嫌になるのはわかりきってるからな。

片付けの後、食堂で遅めの夕食を取りながら話を聞くと俺達が出発した日にやって来たらしい。

グレイスとセラフィムさんが対応してくれたそうだが、埒が明かなかったため今日は朝から放置していたのだとか。

炎天下の中夕方まで立ちっぱなしって、中々根性あるなあの女。

「つまり、さっきの女は俺に求婚してきたどこぞの商人の娘って事か。」

「正確には港町の大商人ビネル家の三女トリーヌ様です。」

「げ、港町関係かよ。」

「商家としてはまだ新興で後ろ盾としてシロウ様の爵位を狙っていると考えるのが妥当でしょう。外部から入ってきた性分ですので現街長との関係はまだ浅いと考えてよろしいかと。」

「僅か一日でここまで調べ上げるとは、流石だな。」

「お褒めにあずかり光栄です。」

「とはいえ、爵位目的で近づいてくる女に用はないんだが・・・。これ、適当にあしらって問題ないよな?」

一応聞いておかないと、後々になって面倒にな事になっても困る。

ほら、一応爵位持ちだし?貴族のくせにとか言われるのめんどくさいじゃないか。

「問題ございません。こちらは貴族相手は平民、むしろ文句を言うべき案件です。」

「文句を言った所で引き下がるとは思えないけど?」

「私もエリザ様に同意見です。あの手の女は懲りずにまた来ますよ。」

「とはいえ抗議しない事には始まらないでしょう。」

「まずは理性的にお相手、それでもダメなら実力行使って感じか。ん?どうしたんだハーシェさん、そんなに難しい顔して。」

やる気満々という感じの女達とは対照的に、ハーシェさんが神妙な顔で何かを考えていた。

「いえ、ビネル家には後二人娘がいたはずですが・・・彼女たちが結婚したという話は聞いていないなと。爵位が欲しいのならば長女がまず顔を出すのが筋というもので、それを飛ばして三女というのはどういうことかと思いまして。」

「確かにそうよね、舐めてる感じだわ。」

「でも、本人はそんな感じじゃありませんでしたね。なんていうかイザベラさんを思い出しました。」

「あー、言いたい事はわかる。なんていうか自信満々だったよな、自分に。」

「それぐらいでないと新興の商人はやっていけないのかもしれません。自分の力を誇示して偉そうにするぐらいしか能がありませんから。」

「うわ、セラフィムさん辛辣~。」

「もちろんシロウ様はその限りではありません。分類上は新興の商人となりますが、今はそれを超えた貴族です。堂々となさってください。」

「生憎とそういうのは苦手でね。」

貴族だからと上から相手をするのは性に合わない。

身分は貴族でも俺は今でも普通の平民という気持ちで仕事をしている。

もっとも、面倒な相手はその限りじゃないけどな。

貴族という身分で面倒ごとを回避できるのなら、それを振りかざして対処するつもりだ。

「明日もまた来ると思われます。今日実際にお相手されているわけですし、その時はお相手をする必要があるでしょう。」

「それは構わない。ガツンとやってやるつもりだ。とはいえイジメに思われても困るから、公平な第三者に同席してもらえると助かる。」

「それならアニエスさんがぴったりじゃない?監査官なわけだし。」

「公平なのか?」

「マリー様と婚姻関係にあるとはいえ、世間的には周知されていません。問題ないかと。」

「シープさんとかの方がよ良くないか?」

「わざわざからかわれるネタを提供しますか?」

「それもそうだな。」

あの男ならすぐに面白おかしく広めてしまうだろう。

却下だ却下。

とりあえず話を聞かないと始まらないという事で、アニエスさんに話を通して同席してもらうことになった。

そして迎えた翌朝。

呼んですらいないというのに、その女は日の出とともに現れた。

来てしまったのは仕方がない、とりあえず応接室へと案内して向かい合うようにしてソファーに座る。

案内されたのが余程嬉しいのか、満足げな表情で俺を見てくる。

「今日は話を聞いてもらえるようですわね。」

「不本意だが客は客だ。しかし、相手をするにあたり監査官のアニエス様に立ち会ってもらうことになっている、女と密室で二人きりというのは世間体としてよろしくないからな、特に俺に結婚を申し込んでくるような女はなおさらだ。」

「そんな姑息な手段を使うつもりなんてありませんわ。」

「口では何とでもいえる。とりあえず自己紹介からしてもらおうか、俺も忙しいんだ。」

さっさと終わらせたい、そんな雰囲気を出すとムッとした顔をしたが、挑発には乗らずすぐに穏やかな表情に戻った。

どうやら勢いだけの女じゃなさそうだ。

「ビネル家三女トリーヌと申します。当家は商船業を生業としており年商金貨1000枚を超える大商人、今や港で一番の稼ぎ頭ですわ。そのビネル家にふさわしい跡継ぎをとお父様が選んだのが、シロウ様貴方ですの。名誉男爵とはいえまだまだ商家としては歴史は浅いのだとか。我が家と手を組み、更なる事業拡大は如何です?もちろん私と結婚した暁にはお金には困らせませんわ、我が家の財を好きなように使い好きな物を買うこともできる。お金儲けが好きな貴方にはまたとないチャンスだと・・・。」

「却下だ。」

最後まで聞いてやろうと思って必死になって耐えていたのだが、最後の最後で我慢できなくなってしまった。

俺もまだまだ我慢が足りないな、なんてことは言わない。

いや、どう考えても無理だろ今のは・

「何故ですの!」

「何故?そんなの言わなくてもわかるだろ。商家としての歴史が浅い?事業拡大?さらには金に困らせないとか、たかだか年商金貨1000枚で何をバカな事言ってるんだ?」

「な、金貨1000枚ですのよ!」

「アニエスさん、俺の稼ぎってどのぐらいだっけ。」

「昨年提出された資料によりますと、一年で金貨2800枚という事になっています。」

「金貨にせ・・・。」

「あー、それはオークションの儲けが入ってるからな。昨年はちょっとおかしいか、なら今年は?」

「その資料はこちらに。」

待ってましたと言わんばかりのタイミング、いや実際待っていたんだろうけど。

ともかく素晴らしいタイミングでラフィムさんが戸を開け、資料を手に応接室に入ってくる。

それを俺と彼女の前に優雅に置いた。

「ラフィムさん、用意がいいな。」

「お褒めにあずかり光栄です。」

「資料によると・・・8月までで金貨633枚か。」

「まだ届いてない資料がありますが、今月末の時点で金貨720枚となる予定です。これにはオークションに出品される分は含まれておりませんので実際には800枚を越えるかと。」

「つまりこのペースで行けば年商2400枚って感じだな。」

「左様でございます。」

この夏は王都で一儲けさせてもらったから実際にはその三倍とまでは行かないだろうけど、金貨2000枚は行けると思っている。

あくまでも売上高なので、経費などを抜いた純利益はもう少し目減りするだろうがそれでも金貨1000枚は固いだろう。

片や売上高、片や純利益。

比べるまでもない。

「ここまで言えばわかると思うが、高々金貨1000枚程度の儲けで自慢するような家と手を組むほど暇じゃない。それに、商船業に関しては王都と直接取引をさせてもらっているからコネは不要だ。俺を満足させたかったら金貨1万枚は用意してもらわないと困る。」

「それで足りますか?」

「足りるだろう・・・多分。」

別に金にものを言わせてあれこれ買い漁っているわけじゃないし、ぶっちゃけ金貨1000枚でも十分満足すると思う。

だがこれぐらい言ってやらないと後で面倒そうなんだよなぁ、この手のタイプは。

「お判りいただけたかともいますがシロウ様はビネル家との婚姻に満足されなかったようです。どうぞお引き取りを。」

「・・・。」

「どうした?」

「宿までお送りしましょう、さぁトリーヌ様。」

「・・・お断りしますわ。」

「なに?」

「そ、その程度の理由で、私はあきらめませんわ!必ず、必ずや貴方を我がビネル家に迎え入れて見せます!」

てっきり引いてくれると思ったのだが、何故そこで諦められない。

そもそも恋仲でもないし、そこで意固地になる理由が見当たらないんだが?

何で帰ってくれないんだ?

「さっきも言ったように金では俺はなびかない。というか、そもそも結婚する気はない。知っていると思うが俺にはもう妻が何人もいるし、これ以上増やすつもりはないからさっさと諦めてくれ。」

「諦めません。」

「いや、だから・・・。」

「諦めませんわ!私がここで諦めたらお父様は、我がビネル家は!」

「なんだって?」

「な、なんでもありません。」

ハッとした顔で慌てて口を紡ぐ。

おいおい訳アリかよ。

益々勘弁してくれ。

その後はだんまりを決め込み、最終的にアニエスさんにしょっ引かれるようにして屋敷を出て行った。

はぁ、疲れた。

「お疲れさまでした。」

「とりあえずお断りは成功した、そう考えて問題ないよな。」

「とりあえずは、でしょうか。」

「だよなぁ。」

「よろしければこちらで再度お調べしますが。」

「いや、いいだろう。」

「どうしてですか?」

「どう考えても面倒ごとだろう。わざわざこっちから首を突っ込む理由はない、お家騒動とか勘弁してくれ。」

名のある商人かもしれないが、家がつぶれようがどうなろうか知った事じゃない。

そういうのはイザベラの件で十分懲りた。

あぁ、疲れた。

深々と椅子に腰かけ深い溜息を吐く。

グレイスが香茶を運んでくれるまでそのまま動けないぐらいに、俺は疲労していた。

疲れた時には甘いものが食いたくなるなぁ。

そんな事を思いながら俺は香茶に癒されるのだった
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