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707.転売屋はダンジョン内でデートをする

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エリザが珍しくデートしたいと言ったので、まぁたまにはいいかとオッケーを出したのが昨日の夕方。

それをいったいどこで聞きつけたのか、最近キャラがぶれまくっているアニエスさんが私も行きたいと屋敷に殴り込んできたのが昨日の夜。

そして今。

「どうして俺はここにいるんだ?」

「デートだからでしょ。」「デートだからです。」

至極当然という顔で先を行く二人が振り返る。

その顔はいつもと変わらず美しい。

エリザは少しお腹が出てきたものの鎧を身に纏えばそれもわからず、出会った頃の様な獣に近い表情で微笑む。

アニエスさんはいつものように凛々しい顔で、でもいつも以上に狼の耳をピコピコと動かしながら俺の顔を覗き込んでくる。

その手に血まみれの得物を持ちながら。

「最近はダンジョンの中でデートするのが流行りなのか。」

「だって上は遊ぶところないし、ここなら色んな景色が見られるでしょ?」

「それに加えて日銭も稼げます、お金はお好きではありませんでしたか?」

「金は好きだ、好きだが・・・。」

「「なにか?」」

「なんでもない。」

これ以上は何も言うまい。

そう、俺がいるのはダンジョンの中。

それも上層ではなく中層に差し掛かろうかという場所を移動している。

魔物の襲撃は両手で数えられなくなった辺りで気にするのをやめた。

この二人がいればまず問題はない。

一応後ろには他の冒険者もいるので何かあれば彼らと一緒に逃げることもできる。

強い冒険者がダンジョンの奥に行くのだから、それに便乗するのは他の冒険者にとっては当たり前。

魔物との戦闘を避ければ避けるだけ体力を温存できるわけだしな。

しばらくすると、ダンジョンの奥からミケにのったベッキーがもどってきた。

なにあれ、いつの間にそんなスキルを身につけたんだ?

うらやましい。

「この先にはもう何もいないし、しばらくは安全だし。」

「それでは小休止にしましょう。」

「あら、私は大丈夫よ?」

「エリザ様ではありません、シロウ様がお疲れなのです。」

「いや、俺は別に・・・。」

そこまで言った所で、目にも止まらぬ速さで俺の後ろに移動したアニエスさんが足を軽く叩く。

そんなに強い衝撃でもなかったのに、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちてしまった。

「ここまで休憩なしですからそこの岩場で少し休みましょう。あそこなら血の臭いも気にならないはずです。」

「了解。」

自分では大丈夫と思っていても体はそうじゃないらしい。

ここは安全な外じゃない、何が起きるかわからないダンジョンだ。

いくら二人が強いと言えども素人の俺を守りながら戦うのは大変だからな、いつでも逃げられるように万全の状態にしておく必要がある。

ちょうどいい場所に岩が転がっていたのでそれに腰掛け、収納カバンから水筒とお菓子を取り出す。

朝一番にエリザが焼いたやつだ、心なしかまだ温かい気がする。

「はぁ、美味い。」

「よかった、ちょっと自信なかったのよね。」

「そうなのか?」

「悪阻の後から少し味覚が変わっちゃったのよ。甘味が感じないというか、今までのだとちょっと弱いのよね。」

「マリー様も同じようなことを言ってました。甘さを身体が欲しているのでしょうか。」

よくわからんがそれこそ女体の神秘ってやつだろう。

体の中にもう一つの命を抱えているんだ、それぐらいの変化があっても不思議ではない。

「その辺は俺にはわからないが、この味付けも美味いぞ。」

「そ、ならまたメモしておくわね。」

「エリザ様のお菓子は街中で人気です、私も一つ頂いても。」

「もちろん、たくさん食べて。」

「で、ここまで来ておいてなんだが今日の目的地を聞いてない。デートの割には中々血生臭い場所だが、どこに行くんだ?」

「あれ、言ってなかったっけ。」

「え?シロウさん知らないでここに来たし?」

なにを驚いた顔してるんだお前は。

デートに行きたいからついてきて、って行ってそれで終わりだろうが。

朝に聞いた時もとりあえず鎧を着てねって言っただけだ。

まぁその時点で半分ぐらいは察したが、実際にダンジョンに入ってからもアニエスさんと盛り上がるばかりで俺への説明は一切なかった。

斥候兼罠除去係のベッキーとミケは知っているんだが、これってデートなんだよな?

後ろで冒険者がさっき倒した魔物から素材を剥ぎ取ってるがデートなんだよな、これ。

「言ってねぇ。」

「これから向かうのは龍の巣です。」

「は?なんでそんな深い場所まで行くんだ?」

「んー、久々に体をしっかり動かしたいから?」

「そんな理由で素人の俺をこんな危険な場所に連れ出すのかお前は。」

「ご心配には及びません、我々が守ります。」

「いや、守りますって。」

実際守ってもらっているからここにこれたわけだけども。

もう一度言うぞ、これはデートなのか?

いやまてよ、そもそもデートってなんだ?

揃って出かけることをそう言うのならば間違いではないが、そもそもこんな場所でそんなことを考えるのがおかしいのか。

「まぁいい、行けばわかるんだろ。ディーネに呼ばれたわけではないんだよな?」

「・・・そうですね。」

「なんだよその含みのある言い方は。」

「まぁまぁいいじゃない。ほら、お菓子食べて元気になったんだったら出発しましょ!まだまだ先は長いわよ。」

ココまで来てまだ理由をはぐらかすか。

いいだろう、そこまで隠すのなら最後まで付き合ってやろうじゃないか。

それに、久々に深いところまでもぐれてエリザ自身が楽しそうなのは事実だ。

戦闘狂っていうかなんていうか。

戦うたびに腹の子が大暴れするのは寝心地が悪くて怒っているんじゃないだろうか。

そんな勘繰りをしてしまうぐらいだ。

その場でしっかりストレッチをして再びダンジョンの奥へと進む。

途中二度ほど小休止をはさんで無事に龍の巣へと到着した。

巣の向こうから普通のドラゴンが此方を伺ってくる。

龍は龍でも向こうはただの魔物、ディーネのように意思を持ちしゃべったりはしない。

ここで後数百年成長すればそういう固体も生まれてくるらしいが、そもそも龍は卵生なのか?それとも胎生なのか?

卵があるから卵生なんだろうが、うーむわからん。

「おーい、ディーネ、いるか~。」

「この声はシロウか、ちょっと待っておれ今行く。」

大声で名前を呼ぶとすぐに返事が返ってきた。

しばらくすると奥の奥から巨大なレッドドラゴンが飛んでくるのが見える。

正体を知らなかったら尻尾を巻いて逃げ出すところだが、その龍は俺たちの前に着地すると光と共にその姿を消した。

「どうした、そちらから来るのは珍しいな。」

「正確に言うと俺じゃなくて後ろの二人が呼んでるんだ。」

「二人がか?」

不思議そうな顔でディーネが後ろに控える二人を覗きこむ。

後ろの様子は窺い知れないが、わざわざデートと称して俺を連れてきた当たり何かあるんだろう。

「なんぞ気になることでもあるのか?」

「あのね、マリーさんの子供やハーシェさんの子供には祝福を授けてくれたじゃない?安定期にも入ったし、この子にも祝福をもらえないかなと思って。」

「お前、そんなことでココに来たのかよ。」

「そんなことじゃないわよ!この子は私の命よりも大切なシロウとの子供よ?あやかりたいのは当然じゃない。」

「お、おぉ。」

あまりの勢いに思わず後ろに下がってしまった。

そのままドンとディーネにぶつかってしまうが、しっかり支えられたためこけることはなかった。

「確かにエリザの言うようにシロウの子であることに間違いはない。しかし、今の話だとこれから産まれてくる子供全てに祝福を授けねばならんのだが。」

「その通りです。私はまだ身ごもってはいませんが、私も含め他の方々にも同様にしてくださるとありがたくおもいます。」

「・・・ちと大盤振る舞いしすぎたか?」

「ディーネ、祝福ってのは大変なのか?」

「大変というほどではないが、それぞれの存在を感知できるようになる分少々面倒なんじゃ。しかし、何かあっては困るからのぉ。いいだろう、祝福を授けて進ぜよう。」

「ありがとうディーネ!」

「ただし、それに見合うだけの報酬が必要じゃ。」

「そういうと思って作ってきたわよ、南方の果物を使ったフルーツケーキ。」

「うむ、いいじゃろう。」

いや、安!

なんか凄い大変な事みたいなこと言っていたのに、まさかのフルーツケーキ1ホールで買収されてしまった。

いやまぁ、本人がいいならそれでいいんだけど。

ディーネがエリザの近くまで移動し、腹を優しくなでる。

手が少し光ったかと思ったら、その光はエリザの腹に吸い込まれるようにして消えてしまった。

「随分と元気な子じゃの、誰に似たのやら。」

「そりゃ母親だろ。」

「分からないわよ、シロウかもしれないじゃない。」

「性別は言わない方がよさそうじゃな。それで、話は終わりか?」

「いえ、もう一つ。」

そうか、今のお願いはエリザだけでアニエスさんはまだだったか。

急に変わった雰囲気、私にも祝福をって感じではどうやらなさそうだな。

「今日は街の監査官としてやってまいりました。ディーネ様、いえ古龍ディネストリファ、庇護者であるシロウ様に力を貸していただけませんでしょうか。」

「ほぉ、我に何を望む。」

「降りかかる火の粉を払っていただきたい。」

「それはまた大それたことをするのだな、国でも滅ぼすのか?」

「いやいやいや、そんな事するはずないだろ。アニエスさん、一体何を言ってるんだ?」

ここにはデートに来たんだよな?

にもかかわらず監査官としてって・・・。

「ローランド様をはじめとした近隣の街長から港町の現状を確認、可能であれば改善してほしいと嘆願書が届きました。監査官としてこれを無視することは出来ません。また、その大役をシロウ様に任せるようにと、ロバート陛下より下命されております。」

「いや、ロバート陛下からってなんで俺なんだよ。」

「そりゃ貴族になったからでしょ。」

「もしこれを達成出来れば平民上がりの名誉貴族などと蔑まれることも無くなります。しかしながら、商人であるシロウ様にとっては畑違いもいい所。」

「そこで私の出番というわけか。なるほど、ガルが考えそうなことじゃな。」

ガルってことはガルグリンダム、つまり元旦那の入れ知恵か。

名誉職なんていう中途半端な俺の足場をしっかりと固めるためなんだろうけど、ぶっちゃけいい迷惑だ。

別に貴族に固執しているわけじゃない。

中途半端で結構、どうせ一代限りの身分だしな。

と、俺は思っていても周りはそうではないという事か。

あーめんどくさいめんどくさい。

「お願いできますでしょうか。」

「ガルの掌で踊らされるのは癪じゃがシロウのためと思えば悪くはない、安心して任せてよいぞ。」

「出来るだけ穏便に頼む、下手な連中に目を付けられたくないからな。」

「そういった連中は私が受け持ちましょう。」

「シロウは安心して自分の役目を果たせばよい。して、この報酬はどうする。先程ほど安くはないぞ。」

さっきのが安い自覚はあったのか。

「シロウ様の子種を。」

「おい!」

「よし、乗った!」

「乗ったじゃねぇよ!勝手に決めるな!」

俺の子種ってなんだよ、本人の了承なくそんなこと決めるな。

「なんじゃ、私では不服か?今はこの姿じゃが望めばどのような体にでもなってやるぞ。」

「そういうのはいいから。」

「ですがシロウ様、いずれは抱かれるんですよね?」

「何でそうなる。」

「お嫌いですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど。」

「なら問題ありません、ディーネ様すぐには難しいのですがかまいませんか?」

「私は其方たちよりも長寿じゃからな、いくらでも待つぞ。それに子を成せば一人でここにいるのも寂しくなくなるからの。安心しろ、お前の子は私が大事に育ててやる。」

まだいない我が子を愛おしむように自分の腹を撫でるディーネ。

いや、まだ何もしてないから。

想像妊娠とかしないでマジで。

「はぁ、とんだデートになったな。」

「いいじゃない、ディーネが一緒なら向こうも変なことしてこないでしょ。」

「そういう事です。仮に古龍を前にしてそのような態度をとるのであれば・・・。」

「火でも噴くか?」

「やめろ。」

そういう面倒なことは国の偉い人に任せろよな、まったく。

国王陛下もそうだが、みんな俺への期待が大きすぎる。

俺はエージェントでもスーパーマンでもない。

ただ異世界から飛ばされて来た転売屋、なんだけどなぁ。
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