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704.転売屋は石窯を使う

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「この前の花火凄かったね。」

「ね!びっくりしたけど。」

「お前ビビってベッドに潜ってたじゃないか。」

「そそ、そんなことないもん!」

「嘘ばっかり。」

「嘘じゃないよ!」

ガキ共が畑の雑草をむしりながらはしゃいでいる。

まったく元気なもんだ。

夏の暑さも少しはましになったが暑い事に変わりはない。

大きな麦藁帽子を被り、おれも地面に目を向けて雑草むしりに精を出す。

あぁ、腰が痛い。

「シロウ様までやらなくてもかまいませんよ。」

「そういうわけにもいかないだろう。っていうかやらせてくれ。」

「仕事を忘れるにはいいかもしれませんが、先程ラフィム様が探しに来られていました。」

「しゃべったのか?」

「こちらには来ていないとだけ伝えてありますが時間の問題でしょう。」

「恩に着る。」

「え、シロウさぼりなの?」

「いっけないんだー。」

「うるせぇ、さっさと手を動かせ!」

別にサボりではない。

ちょっと仕事量が多すぎて嫌になっただけだ。

外の空気を吸ってくると言って裏口へと移動し、そのまま北の倉庫用通用口から畑へ。

コッコとカニバフラワーがこちらを見たが、特に気にする様子もなくカカカカと歯を噛み合わせただけだった。

そしてそのまま畑へと移動、暑さ対策で大きな麦藁帽子をかぶってガキ共と一緒に雑草をむしっているだけ。

そう、決してサボりではない。

再び心を無にしながら雑草を抜いていると、なんとも食欲をそそるいい匂いがしてきた。

これは、トトマを焼いたのか?

違う、もっとこうジャンキーな香りがする。

これは・・・。

「なんだそれ。」

「石窯です。」

「いや、みたらわかる。何でそんなのがあるんだ?」

「この間アーロイ様が急に設置されまして、作業をしていない時は好きに使っていいとの事でしたので昼食を作っています。シロウ様も如何ですか?」

アグリの手には見覚えのある三角形の食べ物。

トトマの赤と焼けたチーズのクリーム色が食欲を誘う香りを発している。

「ピザか。」

「妻の実家の方で食べられる郷土料理でしてピチュアと呼んでいます、恥ずかしながらお肉は入っていませんが美味しいですよ。」

「頂こう。」

この香りをかいで食べないでいられるわけがない。

軽く手を拭いてからアグリから受けとったピザことピチュアを頂く。

うーん、美味い。

ピザっていうかトルティーヤっていうか、薄い感じの生地がカリカリしていてその上のトマトソースが中々に濃い味つけだ。

オニオニオンが結構ゴロゴロ入っている。

それとストロングガーリックだな。

『ピチュア。小麦を薄く延ばし、そこにトトマをベースにしたソースを塗ってチーズをのせて焼いた郷土料理。その地域の名産を乗せて焼かれることが多くバリエーションが豊富。フライパンで焼かれることもあるが、石窯を使ったものが一般的。最近の平均取引価格は銅貨10枚。最安値銅貨7枚最高値銅貨25枚。最終取引日は本日と記録されています。』

「美味いな。」

「そうでしょう、石窯があるというと喜んで作ってくれました。」

「野菜を載せても美味そうだな、それとやっぱり肉だろう。」

「お肉はちょっと。」

「どうしたんだ?」

「息子共が食べてしまいまして。」

「食べ盛りなら仕方ないだろう、持ってきてやる。」

「いやいや、そこまでして頂かなくても。」

「その代わりもっと作ってくれ、もっと食いたい。」

肉無しでこの味だ、塩味のきいた厚切りベーコンを乗せたら絶対に美味いぞ。

それと夏野菜だな、幸いこれは山のようにある。

という事でサクッと北の倉庫へ走り備蓄しておいた干し肉の塊をいくつか拝借した。

後で報告すれば大丈夫だ。

多分。

「持ってきたぞ。」

「わ、お肉だ!」

「お肉だ!」

「生地はどうしてるんだ?発酵させたり大変だろ。」

「シロウ様がお肉を持ち込んでくださると言いましたら大急ぎで仕込み始めました。」

そりゃ大変な事をさせてしまった。

後で詫びを入れておこう。

「とりあえずアグリは肉を頼む、俺は生地にソースを塗ろう。って、かなりの量だな。」

「昨夜喜んで仕込んでいました。なので部屋中凄い匂いです。」

「いいじゃないか。」

「生地はそちらに、作業台はこちらです。」

「まかされた。」

石窯の前に仮設された台の上に生地を置き、すりこ木棒で伸ばしていく。

ある程度伸ばしたらソースを塗り、アグリが切った肉を散らしてチーズをぶっかける。

遠慮はしない、大量の方が美味い。

さっきガキにおっちゃんの所でチーズを買うように言っておいたからすぐに追加が来るだろう。

準備が出来たら火の回った石窯に巨大な木のヘラで押し込む。

よくまぁこんなのがあったもんだ。

薄い生地なので見る見るうちに火が通り、あっという間に焼きあがった。

「出来たぞ。」

「わ!美味しそう!」

「僕も!僕も!」

「わかったからそんなに押すな、アグリ切り分けてやってくれ。」

「お任せください。」

その間に再び生地を伸ばして同じ動きを繰り返す。

作って焼いて、作って焼いて、作って焼いて。

おかしい、なぜか俺の口に回ってこない。

「おい、食いすぎだぞ。」

「えー、だって美味しいんだもん。」

「美味しいんだもんってお前なぁ。」

「シロウ様代わりましょうか?」

「いや、それはいいんだが・・・。」

かなりの量を焼いているはずなのにひとかけらも残っていないのはどういうことだ?

大量にあった生地ももう底をついている。

今焼いている奴だけでも胃袋に入れたい所なんだが。

「注文で~す、ベーコン1枚と夏野菜1枚!大至急お願いしま~す。」

「いや、注文て。」

「ほらシロウ早く作ってよ。お客さんが待ってるんだから。」

焼きあがったばかりのピザを器用に取り出し、勝手に大皿の上にのせるとささっと風蜥蜴の被膜をかけてしまった。

「待ってるってどういうことだ説明しろ。」

「美味しいから教会のみんなに持って行ったんだけど、その途中でつまみ食いした冒険者から注文貰ったんだ。一枚銅貨20枚って言っても出してくれたんだよ。」

「出してくれたって、生地はどうするんだよもうないぞ。」

「えぇぇぇぇぇ!」

教会の仲間に食べさせたいという気持ちは理解しよう。

だがそれを冒険者に食わせ、さらには勝手に注文を受けて来るとかどういうことだ。

しかも一枚当たり銅貨20枚。

あまりにもドンピシャな値段過ぎてぐうの音も出ない。

さすが元祖デリバリー班、値段設定がガチすぎる。

「シロウ様、生地でしたらございますが。」

「いやいや、嫁さん大変だろう。」

「それが、作り出したら止まらなくなったようで。皆さんに食べてもらえるなら喜んで作るそうです。それに、売れれば売れるほどお肉を買うお金が増えるわけですからやらない理由はありません。」

なんでアグリまでやる気なんだよ。

気づけばさっきなかった生地の山が復活している。

嫁さん農家をやめてピザ屋に鞍替えするのか?

アーロイも作業用の石窯がまさかこんなことに使われるとは思っていなかっただろう。

いや、まさかこれを狙って作ったとか?

まさかな。

「マジでやるのか?」

「ほら早く!焼き立てが一番美味しいんだから!」

「早く早く!」

「わかった、わかったからお前らも手伝え。」

「「「は~い!」」」

こうなったら自棄だ。

とことんやってやる。

それからというもの、俺はひたすらピチュアを焼き続けた。

俺が生地の伸ばし、ガキがソースを塗り、アグリが注文の品を乗せ、別のガキがチーズを掛けたのを俺が石窯に入れる。

焼きあがれば別の誰かがそれを取り出して皿に乗せて、被膜をかけて持っていく。

その繰り返し。

途中焦げたやつとかを摘まみながらも、延々と焼き続けているとあっという間に夕方になってしまった。

流石に生地が無くなりデリバリーは終了。

残ったのは疲労感と大量の小銭だった。

いやー、疲れた疲れた。

「お疲れさまでした。」

「おぅ、お疲れ。」

「子供達は先に帰らせました、後片付けはこちらでしますのでシロウ様はどうぞお戻りください。」

「儲かったのか?」

「どうでしょう、材料費を考えるとそれなりの儲けになったかと思いますが・・・。」

一枚銅貨20枚で売った事を考えるとせめて半分は回収したいところだ。

ぶっちゃけ何枚売ったかはわからないが、この銅貨の山を勘定すれば総数は出るはず。

俺の普段の儲けからすると微々たるものだが、一般家庭の収入で考えるとそれなりにといっていいだろう。

「野菜を原価無しと考えた場合、生地とソースの原価が各銅貨2枚にチーズが銅貨3枚ですので夏野菜のピチュアが銅貨7枚。干し肉の原価が銅貨3枚になりますので銅貨10枚。原価率50%は中々の数字かと。」

「うげ、ラフィムさん。」

「本当であれば早々にお声をかけるべきでしたが、楽しそうですので終わるのを待っておりました。気晴らしは終わりましたか?」

「・・・おかげさまで。」

「それは何よりです。では屋敷に戻りましょう、書類の山が主人の帰りを待っていますよ。」

「マジか、今からやるのか。」

「後でピチュアを注文しておきますのでどうぞ心行くまでお食べ下さい。もっとも、全て終わってからですが。」

ラフィムさんがにこりと笑う。

だがその目は全く笑っていなかった。

ヤバイ、殺される。

「頑張ってくださいシロウ様。」

「おのれアグリ。」

「それではアグリ様、後ほど販売実績を報告してくださいますようお願い致します。」

「ピチュアと共にお持ちします。」

「私は夏野菜を、セーラにはベーコンをお願いしますね。」

「あ、俺は。」

「では参りましょうシロウ様。」

「・・・はい。」

注文すらさせてもらえず、まるで首根っこを掴まれた猫のように屋敷へと連れ戻された。

ちなみに俺がピチュアにありついたのはその日の夜遅く。

冷めても美味しかった事は今度アグリに伝えておこう。
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