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701.転売屋はジュースを作る

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「さて、どうしたもんか。」

「どうしましょうか。」

「こう原形をとどめていないとなると煮詰めるしか選択肢が浮かばないんだが、っと美味いな。」

「甘いんですけど酸味もあって、つい食べ過ぎちゃいました。」

「いいんじゃないか、製造者特権だ。」

製薬室の臨時机の上には大量の果物、のなれの果てが皿の上に積みあがっていた。

黄色(パパパイン)と緑(ラムライム)。

この間化粧品用に成分を抽出した南方産の果物だ。

皮をむき、そして特殊な装置で身をつぶして果汁を取り出す。

そしてそれをさらに特殊な機械にかけて成分を抽出するのだが、目の前にあるのはその最初の段階。

果汁を取り出したとはいえ全部ではないので、摘まんで口に入れると甘みと酸味が口いっぱいに広がる。

そのまま食べたらさぞ美味しい事だろう。

だが現物はもうない。

あるのはこのなれの果て。

このまま捨ててしまっても問題はないのだが、これだけ美味しい物を捨てるのは惜しいという事で二人で頭を悩ませているというわけだ。

こうしている間にも鮮度は落ちていく。

早めにどうにかしてしまいたいのだが、やはり残された道はジャムぐらいか。

「いっそのことこのまま食べるのはどうだ?皮も剥いてあるしこれだけ味がするなら問題はないだろ。」

「でもこの見た目ですよ?」

「スムージーだと思えばいい。いっそ、他のと混ぜてしまうか。」

「他のとは?」

「南方といえばロングバッナだろ。アレは成分抽出してなかったよな。」

「上手くいかなかったので、台所に持ち込まれているはずです。どうやって消費するかハワードさんが悩んでいました。」

それならちょうどいい。

見た目が宜しくないのなら全部ひとまとめにして食べてしまえばいいんだ。

正確に言えば飲む、のほうだが。

問題はそれをどうするか。

頭の中に映像は浮かんでいるものの、それを人力でやるのはいささか無理がある。

「ミキサーってあるのか?」

「ミキサーですか?」

「食べ物とかを入れてこんな風にドロドロにする奴だ。入れ物の下に歯がついててそれが回って細かくする感じだな。」

「あ、それは攪拌器ですね。ありますよ。」

「マジか。」

家電製品的なものは余りないと思っていたんだが、あるのか。

「これらを細かくしたのが攪拌器です、アレですね。」

アネットが指差したのは製薬室の隅の方に置かれた1mはあろうかという巨大な入れ物だった。

うん思っていたのとぜんぜん違う。

「あんなにデカいのか。」

「小型のはお店にいたときに使っていましたけど、そのほうがいいですか?」

「つまり製薬用の道具なんだな。」

「材料を細かくするだけなら乳棒とすり鉢でも出来るんですけど、量が多くなると大変なのでアレを使います。おかげで製薬時間が一気に短くなって大助かりです。」

「ちなみに値段は?」

「ご主人様が最初に買ってきてくださった奴ですが、私の時は金貨5枚ぐらいでした。」

ミキサー一つで金貨5枚。

普通に考えたらバカらしいが製薬道具としてはこんなもんなんだろう。

一般家庭には当分普及しそうにないな。

「ふむ、使ってもいいのか?」

「もちろんかまいませんが、何を作るんですか?」

「ジュースだ。」

「ジュース、え?ジュース?」

アネットが思わず二度見ならぬ二度発言する驚きよう。

そりゃそうだろう、大事な製薬道具をつかってジュースを作るとか言い出すんだから。

だが俺の目的を達成するためにはどうしても必要な道具だ。

あの冷たさと甘さが組み合わさった最高の飲み物。

その名もミックスジュース。

バナナとパイナップル、それに牛乳と砂糖。

それだけで夢のような飲み物が出来上がるんだ、作らない理由はないよな。

ってことで、眠っていた小型攪拌器を借りてひとまず食堂へ。

エキス抽出のために早くもすりつぶされたパパパインに皮をむいたロングバッナと牛乳、それと蟻砂糖と氷を加えてスイッチオン。

魔石の力でガリガリと中身を細かくしながらかき混ぜていく。

「いい匂いがします。」

「でも見た目がちょっとアレよね。」

「じゃあ飲まなくていいぞ。」

「冗談だってば。」

何か作るとなるといつの間にか集まって来るんだよなぁうちの連中は。

気づけばキルシュやジョンまでもが攪拌器の前に集まっていた。

いい感じになったところでスイッチを切り、中身をコップにうつしていく。

思ったよりもサラサラの出来上がりになったのは牛乳を入れ過ぎたせいだろう。

個人的にはもう少しドロッとしている方が好きだが、ビジュアル的にはこの方がいいのかもしれない。

「ジョン、飲むか?」

「いいの!?じゃなかったいいんですか?」

「あぁ、仕事を頑張ったご褒美だ。」

「ありがとうございます!」

見た目よりも匂いに反応したので大丈夫だろう。

コップを渡すとスンスンと匂いを嗅ぎ、恐る恐るという感じで少しだけ口に含んだ。

「美味しい!」

「だろ?」

感想を言った後は気持ちのいい飲みっぷりであっという間に飲み干してしまった。

「次はキルシュ、それとミミィだ。」

「頂きます。」

「いただきまーす!」

こういうのはまず子供からだろう。

二人ともジョンの反応を見たからか最初から一気にごくごく飲む。

「美味しいです!」

「すごい!甘くて冷たくて酸っぱい!」

「パパパインが入ってるからな、ボンバーオレンジにしてもまた味が変わるだろう。」

「俺もいいですか?」

「まぁまて、今作ってやるから。」

今度は大人が待ちきれないという感じだ。

再び材料を入れ同じように作ってやる。

今度は少し牛乳の量を減らしたので少しドロっとした感じになった。

よしよし、これだよこれ。

昔駅の改札前にミックスジュースの店があり、何かのついでの度によく飲んでいた。

今もあるんだろうか。

「これは、見た目以上に甘いですね。」

「たくさんのフルーツを一気に食べてる感じ、シャリシャリしてて美味しいわ。」

「これはまた飲みたくなります。」

「風呂上がりとかに飲むと最高だぞ、あと疲れた時でもいい。バッナはエネルギーの塊だからな、これ一杯で元気になるだろう。」

「見た目はこんななのに不思議ねぇ。」

「基本は牛乳と砂糖それとバッナで、他に何を入れるかで後味が変わる。ラムライムだともっとさっぱりするだろうし、ボンバーオレンジさと酸味がより際立つ。ストロベリー系をいれてもいいかもな。」

「つまり季節に応じて楽しめるわけですね。」

「そういう事だ。」

最後に自分用のジュースを作ってコップに注ぐ。

うーん、美味い。

昔飲んだあの味にはまだまだ敵わないが、それでも個人で楽しむには十分だろう。

風呂上がりの一杯は当分これで決まりだな。

一人ミックスジュースの味に酔いしれていると、厨房の前でハワードとミラが何やら話し込んでいた。

近くまで行くと紙に何か書き込んでいる。

「蟻砂糖が少し高いですが、はちみつなどで代用すれば費用を抑えられますね。」

「ロングバッナの在庫は山ほどある、全部使っていいぞ。」

「でしたら後は牛乳と、氷はニア様にお願いして安く譲ってもらいましょう。」

「今の旬はピチピーチにストロンググレープか、グレープは味が強いから量を加減した方がいいと思うぞ。」

「つまりその分量を減らせる、これは行けますね。」

「何がいけるんだ?」

「これだけ美味しい物を私達だけで独占するのは宜しくありません。皆さんにお代金を頂戴しながら広めるべきだと判断しました。」

つまり売りに出したいと。

それは俺が考えることのはずなんだが、まさかミラに先を越されるとは。

「ちなみにストロンググレープはダンジョンで棚が見つかりましたので一気に値段が下がるでしょう、狙い目です。」

「セーじゃなかったラフィムさんまで。」

「冷たさが売りの商品です、今売らずにいつ売るのです?」

「いやまぁそうなんだけどな。」

「まずかったでしょうか。」

「いやいや、そんな事はない。売るときに売る、儲かるならやらない理由はないだろう。だが大変だぞ?」

ゴリゴリ削るのは機械任せだが、材料を切ったり氷を割ったり中々に重労働だ。

氷は前に雪の妖精から貰った結晶を使えば保冷できるが、炎天下で売るのはなかなかに大変ってまぁ、その為のタープなんだけども。

「最初は俺がやるんで大丈夫です。あ、もちろん屋敷の仕事はやりますよ。」

「その辺は心配してないが無理するなよ。」

「100杯分を準備するとして一杯当たりの原価は銅貨8枚ぐらいでしょうか。出来れば銅貨12枚で売りたいところですが、少し割高ですかね。」

「最初は厳しいかもしれないけど、一杯売れてからは早いんじゃない?みんな珍しもの好きだし。飲めば良さがわかるわよ。」

「いっそのこと銅貨15枚でいいんじゃないですか?」

「いくらなんでも高過ぎよ。」

「じゃあ大盛でその値段なら。」

「どんぶりかよ。」

その後おはみんな揃って大騒ぎだ。

あーだこーだと話し合って、ひとまずコップとジョッキを用意してそれぞれ銅貨12枚と銅貨15枚で売り出すことになった。

いつもなら俺の発案だが、今回はミラ主導での販売になる。

まぁ失敗することはないだろう。

季節はまだ夏。

暑い日に飲む氷たっぷりのミックスジュースはマジで美味い。

それに値段の付け方も完璧だ。

安すぎず高すぎず、でもしっかり利益は確保している。

大儲けは出来そうにない。

だが、捨てるだけの素材が金になるんだから悪くはない。

大量に残ったロングバッナの使い道が出来ただけだしな。

何よりあのジュースがもう一度飲める。

それだけで俺は十分だよ。
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