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692.転売屋は魔物に遭遇する

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「そんじゃま行ってくる。」

「どうぞお気をつけて。」

「よい取引になりますように。」

皆に見送られながら馬車はゆっくりと動きだした。

すぐに屋敷を離れ大通りへの坂を下りだす。

馬車には荷が満載。

よくまぁあの短時間でこれだけ集められたものだ。

ジャニスさんを見送ったその日のうちに準備を進め、夜遅くには馬車を満載に。

わずか半日での準備に我ながら驚いている。

「凄い荷物ねぇ。」

「せっかく行くんだから色々金に換えたほうがいいだろ?」

「もし売れなかったらどうするのよ。」

「その時はその時だ、大丈夫全部売れる。」

「シロウ様がそういうんだから大丈夫だよお姉ちゃん。」

「キキも随分言うようになったじゃない。」

「そりゃあ買い付けた品を殆ど残す事無く売り切っちゃうんだもん、そう言いたくもなるよ。」

馬の手綱を持つキキがなんとも不思議そうな顔で俺を見る。

相場スキルについては伝えているはずだが、それでも信じられないという感じだ。

今回の買い付けメンバーは俺とエリザとキキの三人。

久方ぶりのお出かけ、かつ姉妹水入らずという事で昨日の夜からエリザのテンションは高かった。

そのせいか今日は少し寝不足のようだ。

いつもなら暇だからとか言って色々と話しかけてくるのだが、今日は早々に俺の肩に頭を乗っけて眠ってしまった。

まだ街も出ていないんだが早々過ぎるだろう。

「マジか、もう寝たぞ。」

「え、あ、本当だ。」

「遠足前の子供かよ、よくまぁ熱をださなかったもんだ。」

「昔も熱出したりしてましたよ。」

「そうなのか?」

「お父様が遠乗りに連れて行ってくれるって言って、その日の夜に熱を出しました。」

何年たっても子供だなこいつは。

ムニャムニャと寝言を言うエリザの頭を撫で、心地よい揺れに身を預ける。

「しんどくなったら言えよ、交代するから。」

「座っているだけですから大丈夫です、シロウ様もお疲れでしたらお休みください。昨夜は積み込みで大変だったんですよね。」

「あー、まぁな。」

「コレだけの荷物よくありましたよね。どれもシロウ様がいつか売れるからって買い付けて倉庫に眠っていた物ですけど、こうなる事が分かって買い付けたんじゃないんですよね?」


「生憎南方の知識はゼロだったからなぁ。とはいえ、取引履歴を見ればなんとなく分かるもんだ。」

素材はまだいい、取引所の履歴や相場スキルで需要を確認できる。

だが念のためのつもりで開きスペースに詰め込んだオマケの武具たち、コレに関して言えば自信は余りない。

襲撃騒動前ならともかく、落ち着いてから武器を持ち込んでも売れることは少ないだろう。

しかもこの前一度使った奴だ。

一応面整備はしてあるが、汚れや傷がついたものが多い。

いい品物だけにどこかで売ってしまいたいんだが。

「ま、何とかなるさ。とりあえず最初の宿場町で半分は売るから手伝いよろしくな。」

「お任せください。」

馬車は街道に出ると同時に一気に速度を上げる。

宿場町への到着予定は夕方。

横に感じるエリザの体温に俺も眠気を誘われてしまう。

気付けばあっという間に夢の中。

昼過ぎにキキに起こされるまで、二人で肩を寄せ合うように眠ってしまった。


「おはよ~。」

「もぉ、寝すぎだよお姉ちゃん。」

「仕方ないでしょ眠いんだから。」

「魔物の襲撃があったらどうするの?」

「その時はその時よ。キキがおっきな魔法でドッカーンってやっちゃうでしょ?その音で目が覚めるわ、きっと。」

きっとかよ。

でもまぁ、あの派手な音を聞けば嫌でも起きる。

それぐらい強力な魔法の炸裂音はデカい。

「まぁこの辺は比較的魔物も少ないし問題はないだろう。昼飯を食ったら運転を交代しよう、見張りはエリザ、お前は寝るなよ。」

「もう十分寝かせてもらったわ。」

「ならいい。とりあえず飯にしようぜ。」

街道を少しだけ外れ、馬車を停止させる。

小休止なので設営をすることはしない。

ハワードに作ってもらったおにぎりを手に軽く食事とトイレを済ませる。

二人が用を足しているうちに現在地と周辺の状況を確認・・・。

「何だあれ。」

今から向かおうという方向に土煙がかすかに見える。

その下に豆粒大の何か、だがそれはどんどんと大きくなっているようだ。

何かが街道を猛スピードでこちらへ向かってくる。

いくら高速の荷馬車でもあの速度で走ることはしない。

そうじゃないと積み込んだ荷が大変なことになってしまうからだ。

じゃあ何故あの速度なのか、そりゃ何か問題が起きたからだろう。

盗賊か魔物か。

街道で出くわす問題といえばこの二つだ。

どちらにせよ戦わなければならない。

「エリザ!キキ!前方に不審な土煙だ、戦闘になるぞ。」

慌てて馬車まで戻ると二人とも身支度を整えた所だった。

エリザが武器を取り、キキが運転台の上に立つ。

「見えました、確かに近づいていますね。」

「シロウは荷台に入ってあの大きな盾を持って待機!絶対に出てきちゃだめよ、最悪私達を置いて逃げて。」

そんなことできるかなんて言わない。

戦い慣れている二人と違って、俺はただのお荷物。

下手に捕まってややこしいことになるぐらいなら二人に任せておいた方が生存率はぐっと上がる。

もっとも、やばそうなら早々に二人が逃げてくるはずだ。

「わかってるが無茶するなよ、一人の体じゃないんだぞ。」

「言われなくても。それに、お腹の子はこの状況を楽しんでいるみたい。」

「なんだって?」

「だって、さっきからお腹の中を動きまわっているもの。」

そう言いながら自分のお腹を優しく撫でる。

どうやら腹の子は脳筋の血を濃く継いでいるようだ。

腹の中にいるのに戦うのか?

いや、ありえそうだ。

エリザとすれ違うように馬車に飛び込み、持ってきた巨大な盾を両手で引っ張り起こす。

それを外に向けて立て、後ろに身を隠した。

次第にドドドドという振動が大きくなってくる。

「見えた!馬車が一台、それとホーンジャッカル!」

「盗賊じゃないなら何でもいいわ、すれ違いざまに大きいの宜しく!」

「任せて!」

どうやら魔物に追われた馬車が逃げてきたようだ。

ホーンジャッカルは名前の通り角を生やしたジャッカルで、素早い動きと統率された動きが脅威だ。

さらにいえば角に空いた穴で音を鳴らし、はるか遠くにいる仲間を呼び寄せることが出来る。

最初は少数でも気づけば大量の魔物に囲まれていたなんてのは良くある話。

恐らくはそうならないために逃げ出したんだろう。

だがそれも時間を掛ければの話だ。

ここにいるのはジャッカルなど雑魚と思っている最強姉妹。

接敵する前に結果は見えたな。

地響きが一番大きくなり、馬車の横を通り過ぎると同時に小さくなっていく。

ドップラー効果ってやつだ。

去り際に何か怒号が聞こえた気もするが、美味く聞き取れなかった。

「今!」

「爆ぜろ!」

エリザの合図に合わせてキキの魔法が発動する。

一瞬、キーンと耳鳴りのような気配を感じたかと思ったら、運転席側、つまり後ろから強い衝撃を感じるた。

遅れてドドンという炸裂音が響く。

「ごめんお姉ちゃん、四頭残った!」

「それぐらいなら余裕よ!」

魔法で数を減らした後エリザが土煙の舞う中突っ込んでいく。

荷台からは何も見えないが不思議と心配はしなかった。

それから三分もかからずにエリザが戻ってくる。

「もう終わり、出てきていいわよ。」

「大丈夫だな?」

「傷一つないわ、お腹の子も大人しくなってる。」

「将来は戦闘狂か?」

「どうかな、意外にシロウみたいにお商売が好きかもね。」

血の気の多い商人とかはちょっとなぁ。

盾を元の場所に戻して荷台から降りる。

馬車の横ではエリザが長剣を軽く振って魔物の血を吹き飛ばしていた。

久々の戦闘だったのいうのに特に顔色を変えることもなく魔物を切り捨てる。

さすが俺が惚れた女だ。

「お姉ちゃん大丈夫?」

「キキの魔法のおかげで仲間を呼ばれずに済んだわ、首だけ切り飛ばしたからさっさと角を折ってしまいましょ。」

ホーンジャッカルの角は薬の材料になる。

戻ったらアネットが喜ぶだろう。

剥ぎ取りには俺も参加し、死骸を積み上げていると後ろから逃げたと思われる馬車が戻ってきた。

「おーい、無事か!」

停車した馬車から飛び降りるようにしてオッサンが降りて来た。

そしてそのままこちらへ駆けて来る。

エリザが剣に軽く手を乗せているのでまだ気を抜いてはいけないようだ。

「見ての通りだ、そっちは大丈夫か?」

「追いかけられた時はどうなる事かと思ったが、おかげさんでこの通り。」

「そいつは何よりだ。」

「俺はダンテ、アンタらのおかげでまだ生きていられそうだ。」

「シロウだ。ちなみに戦ったのは俺じゃなくて嫁とその妹な。俺は荷台でビビってただけだから。」

「確かにそのとおりね。」

「ちょっとお姉ちゃん。」

エリザがやっと警戒を解く。

ダンテと名乗るオッサンは二人のやり取りを聞いてガハハと大きく笑った。

何はともあれ魔物は退治できた、素材も手に入ったし知らないオッサンの命は助かった。

それでいいじゃないか。
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