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684.転売屋はとっておきを依頼する

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「モニカ様が聖水を作ってくださっているおかげで聖糸は順調に仕込めています。後は仕上がった物から織り込んでいけば予定の期日までに準備できるかと。問題はフラワーリーフです、生憎とこの街では布に加工できる方がいなかったので生地そのものを仕入れる必要があります。今近隣の街に当たっていますが、間に合うかどうかは現状ではなんともいえません。」

「仕方ないわよ、急な話なんだし。私は別に聖布でもかまわないわよ?その分コサージュを増やせば華やかになるでしょ。」

「いいや、出来る限り探す。」

「頑固なんだから。」

やれやれという顔でエリザが俺を見てくる。

結婚式で使うエリザのドレスだが、順風満帆という感じではないようだ。

フラワーリーフを使おうという話になったものの、中々数が取れない上に加工が難しいらしい。

ルティエ達にも声をかけてみたが、加工できる職人はいないようだ。

流石のローザさんもお手上げらしい。

この前見つけたメレージュエルを混ぜた布を売っていた露店にまた出会えればいいんだが、一期一会なだけに期待するのはよろしくない。

今ある物で何とかするしかないんだろうか。

「では引き続き取引所に依頼を出すのと同時に、冒険者には素材の確保をお願いします。ですが最悪の事態を考えて別の策も講じておいた方がよろしいかと。」

「そうだな。」

「別の策って?」

「フラワーリーフ程明るくはなりませんが、リトルリラを使った生地であればこの街でも加工出来ます。比較的容易に手に入りますので素材にも困りません。」

「リラってなんだっけ。」

「ライラックと言えばわかりますか?紫色の綺麗な花です。」

「知ってる!あれよね、バイオレットガーデンに生えてるやつ!」

「それです。生地にすると程よい紫が聖布に合うんだとか。ちなみにシロウ様のおすすめです。」

昔試される大地で見た花だが、あの鮮やかな紫色は一目でとりこになった。

決して派手ではない。

だが淡い中にも力強さを感じるあの色は今の俺に大きな影響を与えている。

それに、紫は赤と青の中間色。

なんにでも合わせやすい上に上品な感じが出る、聖布の純白を邪魔する事無く色を添えてくれるはずだ。

それと同じ花があると聞いたら、作りたくなってしまうだろ?

「え、そうなの?」

「まぁな。」

「じゃあそれにする、フラワーリーフはなし!」

「いや、代替だから。」

「だってシロウが好きな花なんでしょ?」

「まぁ、そうだな。」

「じゃあその花に包まれた衣装がいい。はい、決まり!ミラ、依頼をリトルリラに変更して。他にどんな素材がいるの?」

聞く耳を持たないというか、もうそれしかないという感じで決めてしまった。

俺は純粋に嬉しいんだが、自分の結婚式だぞ?

もっと華やかな衣装でもいいと思うんだが。

「定着用のスターチスネイプの粘液と洗浄用のピュアウォーターが二樽ぐらいでしょうか。」

「スターチスネイプね、アレなら今の私でも取りにいけるわ。」

「お前が行くのか?」

「別に危ない魔物じゃないし、先生にも少しずつ体を動かしましょうって言われてるの。準備運動よ。」

「シロウ様の心配も分かりますが、スターチスネイプは上層の比較的安全な所に生息する魔物です。攻撃もゆっくりですし、普段は狩られることもありませんからすぐに集まるでしょう。心配でしたら一緒について行きますか?」

むむむ、エリザは心配だがダンジョンについていくのはちょっとなぁ。

エリザの言う危険じゃないは一般人で言う危険と同じ。

いくら場所は安全でも命を狙ってくる魔物であることに変わりはないわけで。

はてさて、どうするか。

「別に来なくていいわよ。」

「なんでだよ。」

「だって、久々のダンジョンだし余り恥ずかしい姿は見られたくないというかなんと言うか。」

「そういうことなら仕方がない。ピュアウォーターはこっちで手配しておく。」

「よろしくね。」

念の為ニアに声をかけておけば無理をしないか見守ってくれるはずだ。

スキップするように部屋を出て行くエリザをミラと二人で見送る。

「で、だ。」

「フラワーリーフですね。」

「アレも中々捨てきれないんだよなぁ。コサージュだったか?アレを作るぐらいは集まるだろう。確かルティエの仲間に職人がいたはずだ、布は難しいかもしれないがこっちは何とかできないか聞いてみる。」

「あの、私の時もこのぐらいしてくださいますか?」

「なにを馬鹿なことを当然だろ。ミラの時はそうだな、ミントシャワーのドレスなんてどうだ?鮮やかな緑色、よく似合うと思うんだが。ちなみにアネットはサンフラワーの黄色、ハーシェさんはターコイズラベンダーの紺色だ。」

俺の中にある女達のイメージ。

それを意識したドレスなんてのはどうだろうか。

いや、これはあくまでも俺の意見であってどうするかは女達が決めることだ。

それよりも今はエリザのほうに注力しよう。

「わかりました、今のうちに準備しておきます。」

「そのうちな。」

「では花を注文してまいりますので、シロウ様は職人様のほうをお願いしますね。」

何とまぁ嬉しそうな顔をしちゃって。

普段はクールなミラだが、実は表情豊かなんだよなぁ。

俺の前でしか見せないのがまた可愛らしい。

鼻歌でも歌いそうな雰囲気でミラが部屋を出て行くのを見送ってから、俺も外出の準備を始める。

「いいないいな~、シロウさん好みのドレスいいなぁ。」

工房へと移動し事情を説明した途端、ルティエがクネクネし始めた。

「そんなにか?」

「当たり前じゃないですか!好きな人の好きな色をしたドレスとか、全女性の憧れですって。あーでもでも、純白も捨てがたい!」

「やっぱり白が人気か。」

「『あなた色に染まります』って意味がありますからね。あ~あ、私もそんなこと言ってみたいな~。」

「そんな目で見ても俺は何も言わないぞ。」

「ケチ!」

「ケチで結構。それで、フラワーリーフをコサージュに加工したいんだが、確か職人仲間にいたよな。」

「ドイル君ですね。布は無理だけどコサージュとかなら出来ると思います、押し花とか得意だし。」

「紹介してもらえるか?」

「どうしようかな~、それじゃあ『スキ』っていってくれたら・・・」「自分で探す。」

「わ~待って待って!」

まったく、調子に乗るとすぐこれだ。

外に出ようとすると慌ててルティエが追いかけてきた。

そのまま通りを奥、ではなく入り口の方へと戻る。

工房は職人通りの入ってすぐの所にあった。

「ドイル君、お客さんだよ~。」

「その声は!ルティエ先輩!?」

ドタバタと中から音がしたかと思ったら、長身の男が扉から飛び出て・・・来る前にド派手な音を立てて入り口に頭をぶつけた。

「うぉぉぉぉ。」

苦悶の声をあげながらその場で悶えている。

なんていうか、非常に残念なやつだ。

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないです。」

「大丈夫よ、いつもの事だもん。ね、ドイル君。」

「はい!大丈夫です!」

あ、そんなに勢いよく立ち上がったら。

再びゴンという音を響かせて今度は頭頂部を強打する。

「色んな意味で大丈夫なのか、こいつ。」

「大丈夫、ちょっと抜けてるけど腕は確かだから。ほら、ドイル君お客さんだよ。」

「僕にお客ですか?」

涙目で目を真っ赤にしながらその男は俺を見下ろしてくる。

デカい。

体の線は細いがかなりの長身だ。

この街でここまでデカいやつはであったことがない。

「買取屋のシロウだ、フラワーリーフを使ったコサージュを依頼したい。嫁の結婚式で使うつもりだ。」

「え、買取屋って。」

「ガーネットルージュとかの材料を降ろしてくれるシロウさん。知ってるでしょ?」

急に眼の色を変え、俺をにらみつけてくる。

なんだなんだ?頭を打って気でも触れたか?

「お断りします。」

「なに?」

「なんで好き好んで恋敵の仕事を受けないといけないんですか?嫌です。」

「だから、私はドイル君の気持ちに応えられないって言ってるでしょ。それにこれは大事な仕事なんだよ?そういうのでお客を選ばないってこの前教えたじゃない。」

「でも・・・。」

「でもじゃない。私の大切なエリザさんの結婚衣装なんだから、綺麗に作ってよね。」

ルティエに窘められ渋々という雰囲気を出してくる。

本当にこの男に頼んで大丈夫だろうか。

「エリザさんって不倒のエリザですか?」

「そうだよ。ファンなんでしょ?」

「でもこの人のお嫁さんになるんですよね。」

「そうなるな。」

「うぅ、世の中不公平だぁぁぁぁ。」

今度は地面に膝をつき、頭を抱えてしまった。

職人に変人は多いというがこいつは筋金入りだろう。

本気で心配になってきた。

「大丈夫なんだろうな。」

「私の方からよく言い聞かせておくから大丈夫です。この私にどーんと任せてください!」

「これが上手くいったら他の嫁たちの分も頼みたい、その都度材料は変わると思うが宜しく頼む。」

「うぅ、何で僕はモテないのにこの人ばっかり・・・。」

「うーん、ドイル君の場合はまずその性格からかなぁ。」

「全否定じゃないですかぁぁぁ。」

一度ルティエの工房に戻りはしたが、長身男の嘆きは工房に中にまで聞こえてくる。

選択肢がないとはいえ、ここまで不安の残る依頼は初めてかもしれない。

「なぁ、くれぐれも宜しく頼むぞ。」

「だから大丈夫ですって、私がバッチリ作らせますから。それで、他に何を作ればいいんですか?その為に戻ってきたんですよね?」

「ネックレスとイヤリングを依頼したい、素材はこいつだ。」

「わ、真っ白で綺麗。」

『スノーホワイト。ブラックシェルが極稀に体内で生成する真っ白い魔素の結晶。混じりけの無い白は縁起物として扱われている。最近の平均取引価格は金貨3枚。最安値金貨2相最高値金貨5枚最終取引日は108日前と記録されています。』

冒険者が持ち込んだ珍しい素材。

真っ黒い巨大な貝の中から極稀に手に入るんだそうだ。

始めてみた時にこれだ、と思い買取った。

これまで集めたのは全部で21粒。

このうちの3つを持ってきた。

「スノーホワイトっていう魔素の結晶だ。調べるとそれなりに強度があるらしいから加工に使えると思う。これで結婚式で使うアクセサリーを依頼したい。報酬は金貨3枚、どうだ?」

「え、そんなに?」

「王都でも噂の職人に予約をすっ飛ばして依頼するんだ。お前、自分の知名度をもう一度確認した方がいいぞ。」

「でも、それはみんなの力があって・・・。」

「それは前に話しただろ?嫌でもお前の名前が独り歩きする、それをしっかり受け止めろよって。ともかくだ、結婚式に間に合うように作ってくれれば問題ない。飛び切りのやつを作ってやってくれ。」

これは俺からエリザへのサプライズプレゼントだ。

まぁ、他の女達にも作るのでサプライズなのは今回だけだが。

マリーさんには別の機会に作って渡すとしよう。

「わかりました、とっておきを作りますね。」

「宜しく頼む。まぁ、時間はまだまだあるからまずはあの男の方を宜しく頼むな。」

「だから、心配し過ぎですって。」

「心配するだろあの声を聞けば。」

今でも聞こえてくる呪詛のようなうなり声。

はぁ、マジで大丈夫だろうか。
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