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682.転売屋は取材を受ける

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「シロウ様、お客様がお見えですがいかがしましょう。」

「客?」

「はい、なんでも取材をしたいのだとか。事前の予約は無く飛び込みとのことですが、お受けしますか?」

「俺に取材?なんで?」

「さぁ、そこまでは。」

グレイスがなんともいえない顔で首をかしげる。

ひとまず書類整理の手を止め、腕を組んで考える。

取材。

そもそも俺を取材する理由があるんだろうか。

前に雑誌に載ったことはあったが、あれは取材というかインタビュー的なものだったし。

あれ、それも一緒?

「お受けになられてはいかがです?」

「ラフィムさん、どうしてそう思う?」

「取材という言い方から、恐らくは雑誌や書籍に携わる方でしょう。認知度を上げることは商売の成功につながります。正直に申しましてシロウ様の認知度は偏っておりますので、国中に満遍なく広げるためにも受けて損はないかと。」

「別に人気になりたいわけじゃないんだが?」

「人気ではありません、認知です。名前を知っているのとそうでないのとでは商談の成功率が変わります。これはシロウ様が、というよりも依頼をしているガレイ様やアイン様、ハーシェ様に関わる内容でしょう。」

ふむ、なるほど。

俺の名前が知れ渡ることで、新しい商談の際にプラスに働くとラフィムさんは考えているようだ。

確かにどこの馬の骨とも分からない相手よりも、事前知識があるほうが判断材料としてはプラスに働く、かもしれない。

もちろんそういう関係の取材ならの話だが。

「とりあえず応接室に通してくれ、話を聞いてから考える。」

「かしこまりました。」

「ちなみに、男か女か?」

「女性です。」

「ラフィムさん、それとミラにも同席して貰ってくれ。」

「仰せのままに。」

書類作業は一時中断だ。

相手が男なら俺だけでも良かったが、女性ともなると話は別。

やれいかがわしいことをされただのかかれても困るので、密室に誰かを連れて行くべきだ。

貴族になったから余計にそういう危険があるとマリーさんからも言われている。

予防しておくにこしたことはない。

軽く身支度を整えて応接室へと向かう。

ちょうど、グレイスがお茶を持ってきたところだった。

「私が先に入ります。」

命を狙われているつもりはないのだが、可能性はゼロではない。

今まではこんなこと気にしなくても良かったんだが、コレもさっきと同じだ。

「はじめまして、シロウ様つきの奴隷セラフィムと申します。本日は取材をとのことですが、先にお話をお伺いしてもよろしいですか?」

「キャロルといいます、『話題の有名人』という雑誌の記者をしているんですけどご存知ですか?」

話題の有名人?

なんだその安直なタイトルの本は。

しらんなぁ。

「存じています、確かその年に活躍された方を特集しているとか。前号はお亡くなりになられたロバート王子の特集を組まれていましたね。」

「その記事を書いたの私なんです、知っていただいてありがとうございます。」

「色々と誇張されていた部分はありましたが、概ね事実に基づいていました。なるほど、数十年ぶりの名誉貴族になられたシロウ様を次の取材相手に選ばれましたか。」

「貴族主義の強いわが国で平民からの登用は滅多にあることではありません。聞けばロバート王子のご友人でもあったようですし、どのようにしてお知り合いになられたのか是非取材させていただきたくて。」

「それに答えるかどうかは分かりませんが、そちらの用向きはお伝えしておきます。もう少々お待ちください。」

「はい、どうぞよろしくお願いします。」

どうやら一度出てくるようだ。

少し扉から離れてラフィムさんが戻ってくるのを待つ。

静かに扉が開き、表情を変えずにラフィムさんが出てきた。

「では次は私が。」

「ん?ミラも行くのか?」

「雑談から聞きだせることがあるかもしれません、向こうも待たされるだけでは緊張するでしょうから。」

ラフィムさんと入れ替わるようにミラが部屋に滑り込む。

「シロウ様、こちらへ。」

会話が聞こえては困るんだろう、少し離れた場所に誘導された。

「雑誌はご存知ですか?」

「知らないんだよな、これが。」

「『世界の歩き方』ほど有名ではありませんが、主に貴族や商人が読む雑誌になります。知名度を上げるという意味ではうってつけでしょう。ただし、偏った内容を書くこともありますので、注意した方がいいかもしれません。当たり障りのないことだけお話ください。」

「当たり障りないって言われてもなぁ。」

「何を聞き出そうとしているか注意深く観察していただければ分かると思います。」

いや、わからないって。

っていうかそんな事を俺に求めないで欲しい。

なんだかめんどくさくなってきた。

それから三分ほど時間を置いてから再び部屋の前へ。

中からは楽しそうな会話がかすかに聞こえてくる。

「失礼します、シロウ様が参られました。」

「どうぞ。」

ミラの返事を受け部屋に入る。

中にいたのは小動物のような人懐っこい顔をした中年の女性。

40代ぐらいだろうか、目尻に小皺が見えるが決してふけているような感じではない。

慌てて立ち上がることもなく静かに立ち上がり、深々と頭を下げた。

「キャロルと申します、このたびは貴重なお時間を頂戴しましてありがとうございます。」

「どうぞ座ってくれ。」

「失礼します。」

ミラがソファーから立ち上がり、その場所に俺が座る。

うん、あったかい。

若干威圧的な雰囲気をだしてみたのだが、生憎とそのセンスがないのか相手が動じる気配はない。

ま、穏やかに行くか。

「シロウだ、今日は取材ということらしいが特別に話すようなことは何もないぞ?俺はしがない買取屋でたまたまこの地位を得たに過ぎない。」

「ご謙遜を、たまたま麻薬の売人を捕まえ名誉ある地位に着くことはありません。とても素晴らしい功績をお持ちだからこそだと思います。」

「それも偶然なんだがなぁ。恐らくはもう街での取材は終えてるんだろ?どうだ、悪口がたくさんあったか?」

「それが不思議とそういう話は出てきませんでした。皆さん口をそろえて、シロウ様の素晴らしさを語ってくださいました。」

「遊びが好きでよく酒を奢ってくれるってか。」

「はい。」

上品に笑みを浮かべるキャロルさん。

こりゃ俺みたいな男がどうこう出来るようなタマじゃないわ、おとなしくしておこう。

俺が諦めたのを悟ったのか、後ろで控えていたラフィムさんが俺の横に立つ。

「お忙しい中シロウ様はお時間を作っております、どうぞ質問を始めてください。」

「失礼しました。思っていた以上に気さくな方でしたので、つい。ではまずはじめに、本業の買取のほか様々な事業を短期間にはじめておられますが、そのアイデアはどこからくるのかについて。その秘訣を是非教えていただけませんでしょうか。」

こうして、二時間にもわたるロングインタビューは始まった。

長かった、マジで長かった。

とはいえ、ものすごい苦痛だったのかと聞かれるとそうでもない。

何度か休憩、雑談を挟みながらだったのもあるだろうがこの人の技量が凄かったに尽きるだろう。

飽きさせない質問内容、思慮深い返答、たまに出るブラックジョーク。

普段から貴族や商人相手に取材しているだけあって、そのあたりのスキルはかなりのものだ。

横にセラフィムさんがいなかったら余計なことをつい言ってしまっていただろう。

そんな話術を持つ人だった。

「では最後に、普段のお仕事ぶりを見せていただけますでしょうか。」

「仕事ぶりって言っても特別何かをしているわけじゃないぞ?」

「はい、見せられないこともあると思いますので当たり障りのない範囲で結構です。よろしいでしょうかセラフィムさん。」

「そのぐらいであれば問題ありません。ちょうど店から呼び出しが来ておりました、それと畑にも顔を出すのではありませんでしたか?」

「そうか、もうそんな時間か。」

「早速参りましょう、キャロル様は先にエントランスでお待ちください。」

「どうぞご案内します。」

ミラがすばやく立ち上がりキャロルさんを誘導する。

インタビューの次は同行取材か。

セラフィムさん的には問題ないようだけど、はてさてどうなることか。

「大丈夫なのか?」

「恐らくは大丈夫かと、敵意や詮索の多い話ではありませんでした。」

「そうか、そういうなら大丈夫なんだろう。」

「待たせるのもよくありません、すぐに行きましょう。」

心なしかセラフィムさんの声が明るい。

普段余り表情を出さないだけにちょっとめずらしい。

何がそんなに嬉しいんだろうか。

少し遅れてエントランスに集合し、その足で店へと向かう。

「呼ばれたみたいだが、何があった?」

「あ!シロウ様ちょうどいいところに!この方の装備を買い取って欲しいんです。」

「こりゃまたデカい盾だな。」

「他にも大きいのが三つ裏にあるんです、お願いできますか?」

「巨人でも来たのか?」

「ある意味巨人でした、はい。」

キキがなぜか顔を赤らめている。

一体何があったんだろうか。

『ランドドラゴンの大盾。ランドドラゴンの堅牢な鎧を加工した大盾、重さもさることながらその頑丈さはヒッポーの体当たりをも凌ぐといわれている。コレを扱うには力だけではなくかなりの技量も必要だろう。最近の平均取引価格は銀貨50枚、最安値銀貨41枚最高値銀貨66枚最終取引日は200日前と記録されています。』

ランドドラゴンか。

ついこの間ディーネが焼き払っていたなぁ。

遠くにもかかわらず肉の焦げるいい匂いがして来たっけか。

「これは銀貨30枚、残りは裏だったな。」

「はい。えっと、この方は?」

「キャロルさんで俺の取材に来たんだと。」

「取材ですか。」

「キャロルといいます、よろしければお話を聞かせてもらってもいいですか?」

「は、はい!」

「そんじゃま俺は裏を見てくる。」

ラフィムさんもいるから下手なことは言わないだろう。

裏にあった同じくランドドラゴンの素材を使った巨大な武具たち。

うーん、装備から察するに身長はそんなに高くないんだが。

何が巨人だったんだろう、ますます気になる。

「おーい、査定終わったぞって凄い客だな。」

「すみません急にお客さんが増えて。」

「シロウさん!これみてくれよ!」

「あ、ずりぃ俺が先だぞ。」

なんだかよく分からんが大勢の冒険者が店に押しかけていた。

セラフィムさんとキャロルさんは店の隅のほうに待機している。

相手をしている暇はなさそうなのでさっさと終わらせよう。

メルディとキキと共に大勢の冒険者をちぎっては投げちぎっては投げ。

一時間ほどでなんとか最後の客を捌き終えた。

同じ素材を持ってきていないところを見ると、大量発生したとかじゃないようだ。

一体なんだったんだろうか。

「悪い、待たせたな。」

「いえとても素晴らしい取材になりました。」

「そうか?」

「貴族でありながら冒険者と気さくに話しをし、値段を吹っかけるわけでもなく皆さん満足そうに帰っていかれる。コレこそが人気の秘訣なんですね。」

「よく分からんがそういうことにしておいてくれ。」

「では次に参りましょう、アグリ様がお待ちです。」

「おっと、そうだった。」

まだ仕事は終わってなかった。

最後までキャロルさんは同行を続け、ラフィムさんと親しそうに話をしていた。

うーむ、一体なんだったんだろうか。

乗合馬車でビアンカの居る街へと向かうキャロルさんを二人で見送りながら、ふとラフィムさんに質問する。

「何を話していたんだ?」

「それは雑誌が仕上がってからのお楽しみという事で。」

いや、お楽しみって言われてもなぁ。

最後までテンションの高さの理由はわからなかった。

果たして雑誌には何が書かれているのか。

楽しみよりも不安が勝る取材になったのだった。
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