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679.転売屋は防備を固める

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「さて、守れといわれたもののどうしたものか。」

畑に集合した俺達は炎天下の中で必死に知恵を絞っていた。

本来であればエリザは留守番だったのだが、魔物が来るまではまだ時間があるのでそれまでは一緒に手伝ってもらうことにした。

この非常時にジッとしていろって方が無理なんだよな、この脳筋は。

さて、どんな魔物が来るかもわからない状態でいったい何を考えるのか。

いやいやちょっと待て、俺が知恵を絞っているのがそもそもおかしい。

いくら所有者とはいえこの町の住民に過ぎないわけで、どう守るかはローランド様の仕事のはずだろ?

「ようは魔物を通さなければいいんでしょ?壁でも作ったら?」

「今から?城壁みたいに頑丈な壁?いやいや、どう考えても無理だろ。」

「知ってた。」

「とはいえそれが一番現実的です、後は何で壁を作るのか、短時間で建設できてさらには丈夫。材料は・・・大量の木材しかありませんが。」

『エルダートレントの木材。若木と違い柔軟性は無いものの芯があり頑丈。魔力の浸透性も高く魔道具に使用されている。最近の平均取引価格は銀貨1枚。最安値銅貨88枚最高値銀貨1枚と銅貨22枚。最終取引日は6日前と記録されています。』

確かに丈夫ではあるけれど、ヒッポーなんかが来たらひとたまりも無いだろう。

グレイウルフならばまぁ何とか。

「木材があるだけまだましか。とりあえず北側から建設していこう、カニバフラワーの無い部分から地面に突き刺す感じで。」

「そんなのすぐに倒されちゃうわよ。」

「じゃあどうするよ、悪いが建築系のスキルまでは持ち合わせてないぞ、完全に素人だ。」

「シロウにもできないことがあるのね。」

「俺を何だと思ってるんだよ。」

「冗談よ。」

神様と一緒にしないでくれ、俺はただの買取屋。

多少知識はあるつもりだが、専門的な知識は皆無といっていい。

「ようは魔物を近づけなければいいんですよね。」

「そうなる。」

「でしたら嫌気草の粉末を水に溶かすのはどうでしょうか。あの臭いは大抵の魔物が嫌います、その水を大量に撒けば・・・。」

「撒くのはいいがこの炎天下だ、すぐに乾いてしまわないか?」

「ならいっそ水浸しにするとか。」

「それでも結果は一緒だ。せめて川ぐらい並々ないと、この天気じゃすぐに乾くぞ。」

嫌気草は魔物の嫌う臭いを発するので、魔物除けとして重宝されている。

とはいえ効果があるのは生物系の魔物のみ、死霊系や無生物系の魔物には効果がない上に避けられるのは余り強くない魔物に限定される。

グレイウルフ程度なら十分に効果はあるだろうが、凶暴化した状態でも効果があるかは分からない。

よっぽど大量に撒けば別かもしれないが、さっき言ったとおりだ。

「夜ぐらいなら持ちそうだけどね。」

「ふむ、乾くならいっそ夜通し水を供給するかだ。町中の井戸から水を輸送して、さらには水の魔道具を大量使用すれば半日ぐらいは持つんじゃないか?今年は水不足でもないし、それぐらいは許してくれるだろう。」

「でも撒くだけじゃダメなんでしょ?」

「そうなんだよなぁ、だから水が乾かない程度に溜める必要もある。」

そうだ、別に水を流し続ける必要は無い。

半日から一日、魔物避けの水を溜めるだけでいいだろう。

「堀をつくりますか。」

「そうだな、畑の周囲に溝を掘ってそこに水を流し込む。地面に吸い込まれないようにビープルニールの皮を広げて、その上に木材を置いてから水を流し込めば吸収されずに残るだろう。まぁ、蒸発する分は止められないから継続的に水は必要だ。あとは飛び越えられないよう後ろにバリケード程度の木を立てておけばいい。多少入り込まれるのは目をつぶる、踏みにじられさえしなければ十分だ。」

別に完璧である必要は無い。

どれだけ来るかは知らないが、踏みにじられない程度に進入させなければいい。

入り込んだ奴は城壁の上から弓や魔法で狙うことも出来る。

とりあえず数を減らす。

それが一番大切だ。

「決まりましたね。」

「後はどういう風に堀を作るかだが・・・。」

「そんなの簡単よ、ようは近づけさせなければいいんでしょ?ならこんな感じで・・・。」

エリザが近くにあった鍬を手に取り、がりがりと地面に絵を書いていく。

なるほど、面で守る必要は無いのか。

全部を受け止めるのではなく横に流す感じで対処する。

畑から少し離れた場所に三角形の頂点を作り、そこから残りの点となる畑の端に向かって堀を作る。

三角形の中身は全部水。

こうすることで、一番面積の多い横面を防ぐことが出来る。

正面から魔物が襲ってきたとしても、三角形の辺に沿って移動するので畑が直接狙われる心配も無いだろう。

問題があるとすれば側面の方だが、北側はカニバフラワーがいるので嫌気草はつかえないとしても堀を延ばせば外の畑までカバーできる。

南側はそのまま城壁にぶつかるので、侵入できないようにそこにだけ塀を建築してしまえばいいだろう。

資材が限られているだけにそれをどう分配するかが重要になるが、これなら水で魔物をせき止めることが出来る。

まぁ、水が集まればの話だけど。

「とりあえずこの規模の堀を作らないといけないわけか。深さは?」

「出来れば2mは欲しいかな。」

「まじか。」

「出来ればね。三角形部分は浅く広く、そのかわり畑との境界線は深くすれば侵入は防げるんじゃないかしら。一応仮柵ぐらいはおくんでしょ?」

「そうしたいが、時間と人手があればの話だ。」

「採掘には土の魔道具を使いましょう、畑用のを総動員して一気に掘ってしまえばいいんです。中型の魔石を使えば一気に深く掘れますから。」

「その代わり破損するぞ。」

「背に腹は代えられません。」

「それもそうだな。」

壊れたら買いなおせばいい。

それは畑にも言えることだが、労力が違いすぎる。

それなら俺は魔道具の方を選ぶね。

「そうと決まれば大至急冒険者に依頼を出してくれ、忙しくなるぞ!」

「「「「はい!」」」」

作業時間はおおよそ一日。

夜を徹してやれば何とかなるだろう、たぶん。

ローランド様も私財を惜しむなとのお達しを出している、一夜城ならぬ一夜堀だ。


その日、ダンジョン内の偵察や、周辺の調査に出た冒険者以外ほぼ全員が畑の周りに集結した。

男も女も子供大人も関係ない。

全員が即席の道具を手にただひたすら土を掘り続ける。

平行して水の準備。

アネットは奥様方に指示を出して嫌気草をすりつぶす作業へと向かった。

自分だけならともかく、今や街の腹事情も担っているうちの畑だけに皆の真剣さがぜんぜん違う。

もちろん賃金も出しているが、それ目当てじゃないのはすぐにわかった。

「街道方面、採掘終わりました!」

「よし、次はビープルニールの皮を敷き詰める作業だ。固定には採掘した土砂を再利用してくれ。」

「りょうかいっす!おい、行くぞ!」

「「おぅ!」」

三人一組で作業を振り分け、徹底的に時短を計る。

セーラさんとラフィムさんが工程表を作ってくれたおかげで、どこで何が行われていてどれぐらい進行しているかがすぐに分かる。

今の所堀の採掘は順調に進んでいるが、敷き詰める用のビープルニールが足りなくなって来ているようだ。」

「エリザ、急ぎダンジョンにもぐれる奴を手配してくれ。ビープルニールが足りなくなりそうだ。」

「それはいいけど、ダンジョン内も結構危険よ。」

「なら熟練者に行って貰うしかないな、ディーネはどうだ?連絡取れたか?」

「それがベッキーちゃんがまだ戻らなくて。」

ふむ、ダンジョン内も余りいい状態じゃないか。

あふれるような兆候が無いのがせめてもの救いだが、ダンジョン閉鎖の決定は継続。

私財確保のために特例で入る以外には認められていない。

「見に行こうか?」

「いやいい、あいつなら大丈夫だ。なんせ死んでるからな。」

「それもそうね。とりあえずビープルニールを出来るだけ集めるように指示を出してくるわ。」

「それと、ゴードンさんからもらった武具があっただろ?あれもギルドに渡しておいてくれ。」

「え、いいの?」

「壊れなきゃ回収すればいい。」

「こんなときだもんね。」

本当は売りに出して大儲けしてやろうとか思っていたのだが、そんな事を行ってられる状況ではない。

使えるものは何でも使って来るべき時に備えるべし。

この街なんてまだいいほうだ、冒険者が山のようにいるからな。

問題は隣町。

向こうは向こうで何とかするんだろうけど、心配は心配だ。

とはいえ助力している暇もない。

作業は夜になっても続けられ、東の空が明るくなる頃に調査に出ていた冒険者が戻ってきた。

「お帰り!疲れているところ悪いけど状況だけ教えて。」

「あんまりよくないっすね、今回はグレイウルフだけじゃなくランドドラゴンまで見えました、数は多くないですけど周りを他の魔物が追随してるんでそれだけ狙うのは無理ですよ。」

「そんな、ドラゴンまで出てくるなんて。」

「グレイウルフだけなら何とかなるけど、その大きさじゃ嫌気草も効きませんよ。」

「万事休すか。」

皆が徹夜で作業してくれたおかげで堀はほぼほぼ完成。

今北側に延伸しているところで、メインの部分には中型魔石を強制的に接続した水の魔道具が中身を吐き出し続けている。

日が昇ればまたバケツリレーで底上げは出来るだろうけど、それでもドラゴンをとめることはできない。

「到着は今日のお昼前になるかと。すみません。」

「お疲れ様、時間は余り無いけどギリギリまで休んで頂戴。」

「はい。」

フラフラとした足取りで調査に出ていた冒険者が街の中に戻っていく。

最悪の報告を聞き、運悪く話を聞いた人間の士気はボロボロだ。

「さて、どうするか。」

「どうするもこうするも無いわよ。シロウさんには申し訳ないけど、ここは城壁の整備に重きを置くしかないわ。ウルフ程度どうって事無いけど、ランドドラゴンはちょっとね。」

「ダンジョン内ならまだしも、その他大勢を相手にしながらは流石に無理ですよ。」

「まぁ、そうなるよな。」

現物を見たことないのでなんともいえないが、ニアがそこまで言うのなら間違いないんだろう。

今までの頑張りは無駄になるかもしれないが、命があれば何とかなる。

畑だって、ゼロからまた作ればいい。

時間と手間をかければ済む話だ。

何もせずに諦めるのと何かをした上で諦めるのはまったく違う。

アグリたちも城壁の中に退避してもらって、そのときを待つとしよう。

コレは戦いだ。

魔物と我々の命を懸けた戦い。

なに、こっちには百戦錬磨の冒険者が大勢いるんだ。

なんとかなる。

とは、流石に言えないよなぁ。

「なにを情けない顔しておる。」

「その声は。」

「魔物たちが急にそわそわし始めたと思っておったら、あの幽霊娘が壁の上から落ちてきおったわ。なるほど陽隠れ、実際に見るのは久々じゃから楽しませて貰うぞ。」

「ディーネ、悪いがその余裕は。」

「魔物が来るようじゃな、においで分かる。なに、雑魚は私に任せてシロウは安心して陽隠れを見る準備をしておけ。寝起きの準備運動じゃ。」

絶望感満載の俺達を飄々とした顔で見ていたのはまさかの人物。

どうやらベッキーはちゃんと目的を果たせたようだ。

俺の横まで来たかと思ったら、指でしゃがむように指示されたので少しだけ屈む。

「私が来たのじゃからそんな顔をするな、お前は美味い飯と菓子をたんまり用意しておけばいい。分かったな。」

「このタイミングでその台詞は惚れそうだ。」

「なんじゃ、まだ惚れておらんかったか。まぁいい、ならば改めて私の姿をしっかりと目に焼き付けておくんじゃぞ。」

それだけ言うと俺の頬に唇を押し付け、軽々と堀を飛び越えた。

そして少し離れた所で本当の姿に変化する。

誰もがその光景を息をするのも忘れ魅入ってしまった。

真紅の鱗が昇ってきた朝日に照らされ神々しく輝く。

草原に現れた一匹のレッドドラゴン。

俺達の視線に気付いたのが首を空高く伸ばし、一声吼える。

その咆哮は朝日昇る草原にどこまでも響き続けるのだった。
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