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664.転売屋は相手を欺く

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港町の状況は思った以上にひどいものだった。

前にガレイとアインさんが来たときにはそこまでいなかった患者も、いまや町の三割を占める状況に。

今の所ほとんどの患者の命に別状があるというわけではなさそうだが、皆体に熱を溜め込み苦しそうにしている。

いつもなら海に飛び込めばすぐに下がるはずの熱が下がらず、だるそうにしていた。

「これは中々の惨状だな。」

「元気そうな人もいますが、皆さん不安そうですね。」

「とりあえず原因が分からない以上俺達も細心の注意を払う必要がある。マスクの装着と消毒を徹底してくれ。」

「「わかりました。」」

さて、とりあえずは状況確認だ。

いつものように港へと向かったが、そこにいた漁師はいつもの半分。

いや、三分の一ぐらいしかいない。

「よぉ。」

「ゾイル、大丈夫なのか?」

「俺はな。だが他の漁師は皆やられちまった。」

「毎年この時期は熱病が流行るんだろ?それとは違うのか?」

「ぜんぜん違う、いつものやり方でまったく効かないまるで別の病気みたいだ。」

「別の病気か。」

「あんたらも仕入れならさっさと帰ったほうがいいぞ、死にはしないがわざわざ苦しむ必要はないだろ。」

自分の事よりも他人を心配するあたり、根は善人なんだよなぁ。

ぼったくるのは金持ちだけなんて事をするくせにさ。

「生憎と今回は仕入れじゃない、何か出来ないかと思ってきたんだ。」

「へぇ、人助けするような顔には見えないが?」

「人を顔で判断するのはどうかと思うぞ。ここにイッカクの角で作った解熱薬がある、それと後ろに連れているのはうちの薬師だ。解熱剤のほかに体内の水分を戻しやすくする果実水と冷感パットも持ち込めるだけ持ってきた、お前の口利きでいいどこにもって行けばいいか教えてくれ。」

「マジか。」

「俺だってこの街の世話になってるんだ、何もしないわけにはいかないだろ。」

「金の事しか考えて無いと思ってたんだが、悪かった。」

「失礼な奴だな、まぁその通りだけど。」

一に金、二に金、三も四も全部金。

金になるなら何でもやるってわけではないが、俺なりのやり方で金に執着してきたのでゾイルの言うことに間違いは無い。

とはいえさっきまでふざけた感じだった雰囲気が一気に変わった。

「で、どうすればいい?」

「街長は俺達漁師の事なんか気にかけちゃくれないからゴードンの親方のところに行ってくれ、いいようにしてくれるはずだ。」

「わかった親方のところだな。」

「俺は何をすればいい?」

「ならそっちは荷降ろしの手伝いを頼む。」

「任せとけ!」

最初は街長のところに行くつもりだったのだがどうやらこっちに来て正解だったようだ。

港を離れ武器屋へと移動する。

いつもは外まで聞こえる金床を叩く音も今日は聞こえてこない。

「ゲイルに言われてきたんだが、ゴードンさんはいるか?俺は買取屋のシロウだ。」

「おぅ、そんな馬鹿デカイ声ださなくても聞こえるぞ。」

「親方、元気そうだな。」

「俺も病にかかってるようだが、普段からもっと暑いところで作業してるからかこのぐらいどうって事ないだけだ。で、何しに来た?分かってるだろうが商売するきはねぇぞ。」

「もとよりその気じゃないっての。俺の船にイッカクの角で作った解熱薬と水分補給用の果実水、それと冷感パットが大量にある。ここにくればいいようにしてくれるって聞いたんだが、どこに運べばいい?」

「今の話街長に持ち込んだか?」

「いいや、ここが最初だ。」

「そりゃなによりだ、街長の所に持ち込んだら最後尻の毛まで抜かれてるぞお前。」

男に尻の毛を抜かれる趣味は無いんだが、あれ?ここの街長って男だったっけ。

「どういうことですか?」

「言葉通りの意味だぜお嬢ちゃん。うちの街長は自分達の事しか考えちゃいねぇ、俺達職人や漁師、それと冒険者の事なんてどうでもいいのさ。大切なのは港と、それを目当てに来る金持ちだけだ。」

「流石にそれは言いすぎじゃないのか?」

「いいや本当だ。現に備蓄していた解熱薬なんかは全部貴族と商人が持っていった。高い金を出しゃぁ売って貰えるだろうが、俺達にそんな金はねぇよ。」

「金を出す奴しか助けないということですか?」

「その通りだ。」

ここの街長のことはぶっちゃけ何も知らないんだが、ゾイルとゴードンさんが言うにはかなりめんどくさそうな相手だ。

ここで俺が解熱薬を提供するといい顔はしないだろうなぁ。

「ちなみに解熱薬の値段は?」

「良心的な価格で銀貨5枚だな。」

「そりゃぼったくりもいいとこだ。材料費と製薬費用を加味しても銀貨3枚で十分つりが出るぞ。」

「ちなみに当初の予定は銀貨2枚です。」

「その値段ならどれだけの仲間が助かるか、頼む譲ってくれ。」

「そりゃかまわないが・・・。」

「お前の気にすることは分かる、だが俺が責任を持つから任せてもらえねぇか?もちろんお前には一切を迷惑をかけねぇし、もしそんなことになったらうちで一番高い武具をタダで譲ってもいい。」

ここで一番高い武具といったら壁にかけられてるドラゴン製の装備だ。

エリザがよだれをたらしてでも欲しがる奴、それをタダで譲るなんて余程切羽詰っていると見える。

港に入ってすぐに見えた光景は街長のせいだったのか。

「他でもない親方の頼みだ、好きに使ってくれといいたいが払うものは払って貰う。解熱薬500人分で金貨10枚、それと果実水と冷感パットが金貨10枚。合計金貨20枚耳をそろえて払って貰うぞ。」

「それで仲間の命が買えるなら安いもんだろ。」

「ミラ、急いで船に行って荷物を運び出すように言ってくれ。」

「今すぐですか?」

「親方の話から察するに面倒なことになりそうだ。親方、他に必要な薬とかはないか?材料さえあればアネットが作れる、俺達がいるうちに作ってもらってくれ。」

「いいのか?」

「私に出来ることはそれぐらいですから、遠慮なくおっしゃってください。」

「わかったよろしく頼む。」

「俺はちょっと上の様子を見てくる。」

港付近はかなりの状況だが、本当に親方の言う通りなんだろうか。

もし本当なら街を二分にするような状況だ。

暴動が起きてもおかしくないと思うんだが・・・。

武器屋を出てそのまま坂を上がり城門付近へと移動する。

坂を上がれば上がるほど元気そうな顔が増えていく。

つらそうな顔をする人ももちろんいるが、その大半が冒険者や漁師達だ。

体が資本の冒険者が病に侵され本領を発揮できないでいる。

それをギルドが許しているとか、やばすぎないか?

「おいお前。」

「ん?俺か?」

「見ない顔だなどこから来た。」

「港だよ、荷物を運んできたんだ。」

「荷物?よからぬものじゃないだろうな。」

坂を上りきり城壁付近の商店を覗き込んでいると頑丈な鎧を身に着けた兵士に声をかけられた。

値踏みするように上から下に俺を見てくる。

確かに港から上陸すると検問とかスルーだもんな、怪しまれるのも無理はない。

「そんなもの運んだ所で町がこんな状況じゃ誰も買わないだろ。っていうかこの辺の連中は皆元気そうだな。」

「薬があるからな。」

「全員分あるのか?」

「生憎と全員分は用意できていない、だからこうして動ける連中に配って薬代を稼いでもらってるんだ。お前もしっかり買って貢献するんだぞ。」

「冒険者や漁師はどうなんだ?稼いでるだろ?」

「そんなものここの連中に比べれば微々たるものだ。お前の船はどこだ、見せてみろ。」

ここで抵抗するとややこしいことになりそうだ。

おとなしく従い、ゆっくりとした足取りで船へと向かう。

「おや、兵長様じゃあないですか。こんな男を連れてどこへ?」

「ゾイル、今忙しい後にしろ。」

「そんな事いわないでくださいよ、こんな男でも俺の商売相手でしてね。けちな奴なんですがいい感じの品を持ち込んでるんです。ほら、前に美味い塩漬け肉が出回ったじゃないですか。あれを作ったのはこいつなんですよ、知ってました?」

「む?そうなのか?」

「まぁな。」

「アレは美味い肉だった、聞けばイッカクの肉らしいじゃないか、あの生臭いのをよく加工したものだ、次も期待してるぞ。もちろん格安でな。」

坂を下っている途中でゾイルが声をかけてきた。

兵長と呼ばれたおっさんは見下したような眼でゾイルを見るが、本人は気にする様子も無く調子よく話を続ける。

恐らくは時間を稼いでくれているんだろう。

今は辛抱するしかない。

「話は終わりか?お前もいい加減港を離れてこっちに上がってきたらどうなんだ?お前次第じゃそれなりの場所に収めてやってもいいんだぞ。」

「生憎と俺は海が好きなんで下でいいんですよ。それじゃあ、失礼します。」

「じゃあなゾイル。」

「あぁ、またな。」

どうやら時間稼ぎは終わったようだ。

話している途中に俺達の横を通り過ぎた漁師がいたが、ゾイルが一瞬だけそっちを見た途端に話を切り上げた。

ミラに指示を出しておいて良かった。

「まったく、ずるがしこい男だ。」

「金に忠実なだけじゃないか?」

「違いない。」

大笑いする兵長に続いてガレイの待つ船へと向かう。

「コレがお前の船か、小さいが悪くないな。」

「そいつはどうも。」

「シロウ様お帰りなさいませ、荷物の搬出は終わってますよ。」

「どれがお前の荷物だ?」

「これですが。」

「荷改めだ、全部開けろ。」

「わかりました。」

兵長の指示に抵抗することなくガレイが荷物へと近づく。

あの印は間違いなくうちの木箱。

中身は薬か果実水か冷感パットそのいずれかのはずだ。

バキバキと音を立てて釘がはずされ、蓋が開く。

「なんだこれは!」

ニヤニヤとした顔で木箱を覗き込んだ兵長の顔が、背中越しのはずなのに見えた。

驚きのあまり目を見開き口を大きく開けている。

絶対にそうだ。

「全てスモールペコラの糞ですがなにか?」

「ふざけるな!全部開けろ!」

「わかりました。」

怒髪天を突くとはこのことだろう。

木箱の蓋が全てはずされるも中身は全てペコラの糞。

そりゃ怒りもするさ。

「穀倉地帯で小麦が不作と聞いたんで、来年用に肥料を運ぶ予定なんです。見た目も中身も糞ですが向こうの人にとっては宝の山ですよ。なんでしたら中身を全部出しますか?」

「もういい!くそ、ゾイルといいお前らといい下の連中はクソばっかりだ!」

「糞だけに?」

「うるさい!」

顔を真っ赤にして怒鳴り散らし兵長は去っていった。

その背中を見送りつつガレイにそっと耳打ちする。

「よくこんなの手配できたな。」

「他の船に積まれていた荷を回してもらえたんです、元の荷はゴードンさんという親方の店に運び込んであります。ここの皆さんは上の人を嫌っていますからね、もちろん私もですが。」

「はは、あの顔見たか?最高だったな。」

「えぇ、熱に浮かされた漁師さんたちも少しは気が晴れたことでしょう。」

「後は病気を治すだけだな。しかし、ここがこんな面倒な相手のいる町だったとは知らなかった。今後は気をつけよう。」

「それがよろしいかと。では荷を返してきます。」

「手伝う。」

「ですが糞ですよ?」

「見た目は糞でも中身は宝物だろ。」

こいつのおかげで難を逃れたんだ、運ぶぐらいどうってことない。

こうして港町の熱病は最悪の事態になる前に沈静化したのだが、今後の動き方をしっかりと考える必要が出てきた。

ゴードンさんは俺の名を出さないといってくれたのだが、そううまくいくんだろうか。

ま、なるようにしかならないか。

帰りの船の上で風を感じながら大きくため息をつくのだった。
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