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663.転売屋は熱病を迎え撃つ

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「アナタ、今少しよろしいですか?」

元の世界ならまだまだ活動できる時間でも、この世界ではもう夜更け。

この時間にわざわざ部屋に来るなんて珍しいな。

「ハーシェさんこんな時間にどうしたんだ?」

「ガレイ様からの報告書を読んでいますと気になる記載があったので。」

「こんな時間まで仕事か、って俺もそうだけど。」

「あまり夜更かししないでくださいね。」

「お互いにな。で、どの部分だ?」

「ここです。いつも干物を買い付けている漁師さんが不在の為今回は買い付けできなかったそうで、他にも数人同じような方がいたそうです。その為今回は干物の納品が少なくなりますとの事でした。なんでも熱が出たとか。」

「熱?」

ダンジョンでも夏風邪がはやったし向こうでも同じようなのが出たんだろうか。

それならそうとはっきり書くと思うんだが、何か気になるな。

「一応マスクと消毒液を使って対処されたそうです。」

「こういう場面でも役に立ったか、ギルドに備蓄として常備してもらえるか交渉してみよう。」

「いつ流行り風邪が出るかわかりませんしね。」

これがもし流行り風邪の前触れであれば向こうに行くときに注意しなければならないし、こっちに入ってくることも考えておかなければならない。

熱が出るってことは風邪だと思うんだけど、あまりにも範囲が広すぎて絞れない。

「他に何か書いてないか?」

「これと言った事は。」

「何か気になるんですか?」

「いやな、前にナミルさんと話をした時に港町に気をつけた方がいいって言われたんだ。気をつけろと言われた所で怪しいこともなかったし結果として何もできなかったんだが、まさかこの事じゃないよなって。」

「いくらナミル様とはいえさすがに病気を予言することは出来ないのでは?」

「だよなぁ。」

「でもこうなることが分かっておられたからこそ、アナタに助言したとも考えられます。決まった時期に病気が流行ることもあるでしょうし。」

「ふむ、ちょっと調べるか。」

うちの花粉症のように時期が決まっている風土病なのであれば前もって把握することは可能だろう。

自分で対応できなのか、それともわざとしないのか。

まさか儲け話ってのはこれの事なのか?

もしそうだとしたら些か不謹慎だが、ぶっちゃけ病気は儲かるんだよなぁ。

みんな必死になるからお金に糸目をつけなくなる。

元の世界でもマスクや消毒液がバカ高い金額で取引されていたっけ。

それこそ買い占める様な転売屋が後を絶たず国に規制されたぐらいだ。

同業者とはいえ、人の生き死にに関わるような品は扱ってこなかったから縁遠い話だったが、今思えば憎まれる理由の一つだったのかもしれない。

ま、そのおかげでここに来れたわけだけど。

翌朝真っ先に向かったのは図書館ではなくギルド協会。

入り口で立ち話をしていた羊男を捕まえて話を聞くことが出来た。

「港町の風土病?そう言うのは図書館に行かれたらどうです?」

「こっちの方が早そうだから聞きに来たんだよ。知らないか?」

「毎年夏ごろに暑さで熱を出す人は多かったように思いますけど、それを風土病と言っていいのかはなんとも。」

「そこ、詳しく。」

「熱と言っても風邪を引くというか体内に熱がこもって下がらなくなる感じですね。大抵は海や水に入って体を冷ませば治るそうですが稀にそれでは治らない人もいるそうです。」

ふむ、それならば合点がいく。

おそらくは熱中症かなにかの類いだろう。

確かに風土病という感じではなさそうだがあそこは日影が少ないから、そのせいで熱中症になる人が出てくるんじゃないだろうか。

素人考えだが悪くない線をいってるはずだ。

そしてそれに対応する薬の材料を、俺は持っている。

まさかこんな所でつながるとは正直思ってなかったが、儲かるのならそれでいいじゃないか。

「そうか、わかった。」

「さすがのシロウさんでもどうにかできないですよね。」

「近々で港街まで行くんだが、何か仕入れる物とかあるか?」

「え?何とかなるんですか?」

「聞いてるだけだ。」

「何とかなるんですね。そうだなぁそれじゃあワインをお願いします、できれば東方のいい感じのを。」

「なんだよいい感じって。」

「安くておいしくて量があれば最高です、秋の祭りで振る舞うには量が必要なんですよねぇ。」

好き勝手言う羊男を放っておいて急ぎ屋敷へと戻る。

そしてその足で地下室の製薬室へ駆け込んだ。

「アネット!」

「御主人様どうかされましたか?」

「イッカクの角を使った解熱薬があったよな?あれを大量に作ってくれ、今すぐだ。」

「今すぐですか。」

「急ぎの仕事がないなら最優先で頼む、何なら在庫全部使ってもいい。」

「大至急ということは流行り病かなにかですか?」

「恐らくはそんな感じだろう。まだまだ少数のようだが、可能性は十分にある。」

断定はできない。

ガレイの話では熱が出ている人がいる程度だし、毎年の事なら対処方法も知っているだろう。

だがあの女豹がわざわざ俺に情報提供したんだ。

どうやって予見したのかは謎だが、金にならないような話をする場ではなかった。

もしかすると程度なのかもしれないが可能性があるなら量産してもいいだろう。

どうせいつかは薬にするんだ、早いか遅いかの違いしかない。

「娼館に配達する避妊薬を作りましたらすぐにでも取り掛かれます。在庫全部は難しいですが一日、いえ二日いただければそれなりの数が準備できるかと。」

「それだけあれば十分だ。こっちも色々と準備するんだが、熱病の時にあった方がいい物はあるか?」

「解熱が最優先ですが水分補給と塩分摂取も重要です。冷感パットもあるといいですね。」

「体を冷やしつつ水分補給か、レレモン水なんかに塩を混ぜると飲みやすくなったはず、それならはちみつもあった方がいいな。」

「でしたらアクアホーネットの水蜜がお勧めです、水に溶けやすく甘みも控えめですので。」

「わかった、手配できるかどうか聞いてこよう。」

薬は手配した。

後は必要素材を集めて来るべき時の為に準備をするだけだ。

もちろん情報収集も忘れない。

アインさんを通じて陸路で港町へ向かう運送業者に連絡を取ってもらい、似たような話を聞いていないかリサーチしてもらうことにした。

二日もあれば情報が入ってくるだろう。

『アクアホーネットの水蜜。水中花であるアクアリリィの蜜のみで作られたはちみつの一種。さらさらとした蜜は飲み物に溶けやすく様々な物に利用されている。特にワインの水蜜割は飲みやすく東方の食前酒として好まれている。最近の平均取引価格は銅貨45枚。最安値銅貨30枚最高値銅貨57枚。最終取引日は七日前と記録されています。』

水中花にも色々と種類があるのだが、うちのダンジョン内に生息するアクアホーネットは特に雑味の少ない水蜜を生産するらしく養蜂家もどきの冒険者がいたので彼らから分けてもらう事が出来た。

それをレレモンの果汁と水で割り最後に塩を加えて即席のイオン水的な物を作り出す。

後は冷感パットの在庫を全部港町用に手配した。

一時的に在庫が無くなるが、ビアンカに蒸留水を作ってもらい婦人会にまた手伝ってもらって量産すれば問題ないだろう。

風土病であればこっちに入ってくる心配はない。

ここ数年そう言った病がこの街で流行していないのでおそらくは大丈夫だろうという考えだ。

「よし、全部積み込んだな?」

「積み込みました。」

「今後の動きはとりあえず現地に入って様子を見てから考えよう。一週間で戻るから後は任せた。」

「くれぐれも気をつけなさいよ。」

「おぅ、マスクは外さないし消毒も随時する。やばそうならさっさととんずらするさ。ハーシェさんを頼むな。」

「先生も生まれるのはまだ先だろうと仰っておられました、戻られるのを待っていますね。」

「それじゃあミラ、アネット、行くぞ。」

「「はい。」」

同行するのはミラとアネット、それとキキの三人。

 どういう病気かわからないので妊娠中の二人には留守番をお願いした。

あとで何かあって後悔するのは真っ平ごめんだ。

馬車には手配した大量の薬と水が積み込まれている。

現地でも精製できるように水蜜も結構積んである。

いつもなら行商用の素材をいくつか入れていくのだが、今回はその余裕はなさそうなのではなから持っていくのをやめた。

薬だけでもいい金になりそうだしな。

一先ず隣街へ移動し、船に乗り換え港町まで急ぐ。

到着までにガレイとアインさんが集めてくれた情報を聞いたのだが、思った以上に状況は悪いようだ。

予想が当たったと喜ぶべきか、それと嘆くべきか。

港に停泊した俺たちを待っていたのは、想像を越える状況だった。
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