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659.転売屋は海獣を食す

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「シロウさん、買取お願いします!」

「なんだこれ。」

「え、知らないんすか?イッカクっすよ。」

イッカク?

八角っていう魚なら知っているが、これはどう見ても獣。

それも海獣の方だ。

見た目はアザラシとアシカの中間ぐらい。

だがその頭には身の丈以上の長さを誇る鋭い角が刺さっていた。

いや、刺さるという言い方は語弊があるか。

生えていた。

うん、これだな。

「で?」

「いや、買取を。」

「せめて角を折るとか皮を剥ぐとか肉をさばくとかそういう事は考えなかったのか?」

「ぶっちゃけそんな余裕なくてですね。」

「仕方ないわよ。船の上で大量に襲われたら捌いてる暇なんてないんだもん。」

獣丸まるの持ち込みは初めてだ。

どうしたもんかと悩んでいると、珍しく店にやってきたエリザが冒険者を擁護した。

「ん?船の上?ダンジョン産じゃないのか?」

「ダンジョンっすよ?」

「ん?」

「ん?」

いや、よくわからないんだが。

何とも言えない空気を悟ったのか、エリザがカウンターに歩み寄り何を血迷ったか海獣の角をへし折った。

「とりあえずこれは薬になるでしょ。で、皮は防水用のマントに仕えるしお肉は・・・あんまり美味しくないけど、まぁ食べられるわ。捌く?」

「すまん手伝ってくれるのは有難いんだが、いまいち情報を整理できていない。ダンジョンの中に船があるのか?」

「あります。」

「で、それに乗ってたらこいつらが襲ってくるのか?」

「いきなりは襲ってこないんですけど、巣に近づきすぎると群れで襲ってきますね。」

「つまり海があるのか。」

「はい。」

え、何言ってるんだこいつみたいな顔で俺を見てくる冒険者とエリザ。

確かに龍の巣も地下にしては巨大な空間だし、断崖絶壁もあれば火山もあるんだから海があってもおかしくない。

おかしくないんだが、何で今まで知らなかったんだろうか。

「今までこんな素材持ち込まれたか?」

「普通はバラして納品するからないんじゃないかしら。」

「でも今回は持ち込まれた。未発見地域とかじゃないんだよな?」

「あそこは余程の事が無いと行かないんですよ、実入りは悪いし危険だし。でも今回はどうしてもあの奥にある島に用があって、それで仕方なく地底海に船を出したんです。」

「え、あのお化け島?」

「いやー、近づくもんじゃないっすね。あまりのアンデッドの量に上陸前に引き返しましたもん。」

よくわからない話で盛り上がっている二人。

そうか、ダンジョンにも海があったか。

そうかそうか。

そういう事にしておこう、うん。

とりあえず鑑定だ。

『一角。海に生息する魔物で頭に生える長い角で相手を貫き殺す。目にも止まらぬ早さで水中を泳ぎ、海中から矢のように飛び出して相手を突き刺す為に一角のいる海域では盾無しで歩くと死ぬと言われている。最近の平均取引価格は銀貨3枚。最安値銀貨1枚最高値銀貨15枚。最終取引日は22日前と記録されています。』

水中からいきなり襲ってくるのか。

こんなデカい角で貫かれたら即死するんだろうなぁ。

で、こっちの角はっと。

『一角の角。一角の持つ鋭い角には解熱効果があり熱中症などに効果がある。また、海毒に侵された部位を浄化できる。最近の平均取引価格は銀貨2枚。最安値銀貨1枚最高値銀貨3枚最終取引日は22日前と記録されています。』

本体と角が同じ値段ってことは、角にしか価値が無いのか。

エリザは防水用のマントに使えると言っていたがこの大きさだとあまり大きいのは作れなさそうだ。

で、肉は生臭いと。

そこそこ油ものってそうだし食えないことはなさそうだけど。

「とりあえず角は銀貨1枚、他を銀貨1枚全部で銀貨2枚で買ってやる。」

「え、そんなに高くっすか!」

「あまり数が出回ってないみたいだし、薬ならアネットが加工できるからな。だが条件がある、全部捌いて持ってこい。」

「ういーっす。」

買取るにせよこんな所で解体されても困る。

いくら空気清浄機があるとはいえわざわざ血生臭くすることもないだろう。

角はそのまま買取、解体後皮と肉を回収した。

「そのお肉どうするの?」

「とりあえず食ってからだな。」

「え、食べるの?美味しくないわよ。」

「見た目はそれなりに脂ものってるし悪くなさそうだが、まずいのか?」

「生臭いのよ、焼いても煮ても臭いが取れないの。」

「煮ても駄目か。」

「唯一行けたのは香草をガンガン振りかけて焼いたやつね。でもアレはエールで飲み干したんだっけ。」

「どこで食ったんだよ。」

「もちろんダンジョンで。」

人間の太ももぐらいの肉の塊が俺の前に鎮座している。

見た感じはそうでもないのだが、食べた本人からはあまりいい情報をもらえなかった。

とりあえず塊のままじゃどうにもならないのでサクサクと切り分けていく。

そしたら途端に香ってくる生臭い肉の匂い。

あぁ、エリザが言ってるのはこれか。

「確かに臭いな。」

「でしょ~。」

「でもこれぐらいなら何とかなるだろう。」

「え、マジで?」

確かに臭い、でも思ったほどじゃない。

昔海外で食べたトドはもっと臭かった。

それに獣臭い肉なんてざらにある。

一番いいのは塩漬けにしてハーブとかで香りづけした後燻製にするやり方だが、ぶっちゃけ時間が掛かる。

それなら煮込んだ方が早い。

それも酒で。

ワイン煮とかがいい例だろう、あれも生臭さを消すのにちょうどいい。

臭いの原因はいろいろあるが、腐敗系の場合はそぎ落とせばいいし中身なら煮込んでしまえばいい。

アルコールはマジで優秀だ。

とはいえ今回はそれをしない。

海獣系といえばこれだろう。

「シロウ、取ってきたわよ。」

「助かった。」

「今回もカレーにするのね。」

「あぁ、どれだけ臭みがあっても香辛料があれば何とかなる。しかも今回はチリペッパーもどきも入るからな、辛いぞ。」

「え、辛いの?」

「暑い夏に汗をかきながら食うカレーほど上手いものはない。ちょうど夏野菜もあるし野菜のゴロゴロ入った奴にしよう。」

「じゃあ次は畑に行けばいいのね。」

「大丈夫か?」

「コレぐらいなんとも無いわよ、なにがいるの?」

「ロングキャロットとトポテがあれば。それとオニオニオンがまだ残っていたはずだからそれも頼む。」

「はーい。」

夏といえばカレーだろ。

においを香辛料で中和しつつ辛味で刺激を与えてごまかす。

とはいえ噛めばどうしても生臭さが出てしまうので、しっかりと塩で下処理をしてできるだけ臭みを取る必要はあるだろう。

うーむ、この肉の量は流石にここじゃ無理だな。

仕方ない、裏庭にタープを張って外で煮込むか。

下準備をしつつ外でタープとコンロの設置。

こっちに来てからこういう作業も随分と得意になったなぁ。

貴族なんだから他人にやらせればいいのにって言われるけれど、俺は自分でやりたいんだよ。

エリザが戻ってきたので野菜を切って貰いながら香辛料をブレンドしていく。

もちろん肉に塗りこむのも忘れない。

作り始めてからおよそ二時間ほど。

店をほっぽりだした甲斐もあって無事に一角カレーが完成した。

「いい匂いねぇ。」

「あれから香辛料の量も増やしたからな、実験してきた甲斐があったってもんだ。」

「毎日香辛料の山とにらめっこしてはブツブツ言いながら味を確かめていたもんね。」

「その頑張りの結果がコレだ、美味いぞ。」

「えへへ、じゃあ遠慮なく。」

「「いっただっきまーす!」」

「え、それ私の!」

いつの間に戻ってきたのか、キキとメルディが自分の器にカレーをかけていた。

いやまぁ俺は気付いていたけども。

「わ!美味しい!でも辛い!」

「舌がピリピリします、でもお肉が美味しい!おコメに凄く合いますよ!」

「ちょっと待ちなさい、私も食べるから!」

慌てた様子でルーを口に運ぶエリザ。

あーあー、そんな大量に口に入れたら・・・。

「辛い!」

「いや、辛いって言っただろ。」

「ちょっとこれ辛過ぎ!お水お水!」

「水じゃなくて牛乳にしろ、辛味がマシになる。生卵もありだぞ。」

「いいひゃら、ひゃやくちょうひゃい!」

大騒ぎするエリザを他所に、キキとメルディは黙々とカレーを口に運んでいる。

この食い方はどうやら美味いようだ。

味見はしてあるがこんな風に食って貰えると作った甲斐があったって思うよなぁ。

とはいえ料理人になりたいわけではない。

毎日コレを作るのは流石に骨が折れる。

「あの~・・・。」

「ん?」

ふと後ろを振り返ると、カウンターから身を乗り出すように客が此方を覗き込んでいた。

「悪い、サボってた。買い取りか?」

「いえ、この匂いはなんですか?すっごい良い匂いなんですけど。」

「あー、そんなに匂う、よなぁ。」

「これってアレですよね、カレーって奴ですよね?」

「え、お前知ってるのか?」

「前に嫁が作ってくれたんだよ。アレもシロウさんが教えたんじゃなかったかな。でも今回はアレとも違うんだよなぁ。」

前回店に押しかけてきたのは奥様方。

でも今回は冒険者がにおいにつられて押しかけてきた。

「一角のカレーだ、食うか?」

「え、一角ってあの一角っすか?」

「あのくさい奴だろ?」

「元の肉はくさいがコレなら食えるはずだ、感想次第では追加発注しないことも無い。」

「食います!」

「いくらですか!?」

「一人銅貨十枚、それと皿もってこい。」

「了解です!」

どたばたと大慌てで冒険者が店を飛び出す。

さて、鍋を外に出しておくか。

この感じじゃ大勢押しかけてきそうだしな。

「お手伝いします。」

「ん?もういいのか?」

「はい。お姉ちゃんに凄い目で見られるので。」

「すっごい怖かったです。」

「美味いのは分かったが身内に喧嘩売るなよな、まったく。」

見ていないが裏では必死の形相でカレーを食ってるんだろうなぁあの駄犬は。

だがそれもここまでだ。

後は別に仕込んだ塩漬け次第だが、一角の肉が食えるとなれば新しいネタが仕込めるかもしれない。

とりあえずこれから来る客を捌きながら考えよう。

「シロウさん持ってきました!」

「米もあります!」

「よし、並べ!コメありは銅貨十枚、コメ無しは銅貨5枚でいいぞ。」

「「「「はい!」」」」

飢えた獣達の登場だ。

この日、このにおいにつられて他の家でもカレーが食卓に並んだのは言うまでもない。
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