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649.転売屋は今後の動きを確認する
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セラフィムさんの実力は想像以上だった。
一人で二人分の仕事をするどころか、一人が二人分以上の仕事をするので足し算ではなく掛け算の効果が生まれる。
あれだけあった大量の書類は僅か半日できれいさっぱり片付いてしまった。
途中くっついては離れ、くっついては離れする光景にはなかなか慣れないのだが、本人たちが情報共有する為に必要なことなので慣れるしかない。
しっかし、事務方が優秀だと本当に仕事がはかどるなぁ。
ミラもハーシェさんもすごかったが、それを上回る実力だった。
「私達にとって知識を摂取する事は食事をする事と同じです。美味しい料理がたくさんあれば、食べたくなるのは当然ですよね?」
「なるほど、一理ある。」
「でも普通の食事もするのよね?」
「本来であれば不要なのですが、味覚を満たすのも楽しみの一つです。この料理は非常に美味しいですね、どなたが作られたのですか?」
「それはハワードだな。」
「考案したのはお館様ですけどね。」
「シロウ様が料理を?」
「そうよ!シロウの料理はとっても美味しいんだから!」
なぜエリザが自慢げに話すんだろうか。
書類整理を終えたその日の夜、セラフィムさんの歓迎会を急遽催す事になった。
歓迎会と言っても、少し豪華な食事をみんなで食べるぐらい。
自己紹介も兼ねているのだが、一番の目的は彼女達の素性を知ることだ。
「陛下と同じですね。」
「え、陛下って料理するのか?」
「極稀にではありますが厨房に立たれているのを見たことがあります。」
「それは意外だな。」
「そうですね。」
「でも、自分で作れば毒の心配もないわけでしょ?安心して食べたかったんじゃない?」
「ふむ、なるほど。」
それもあるかもしれない。
もしもを考えて食べる食事よりも絶対に安全だと思って食べる食事は全然違う。
材料に毒が仕込んである可能性も否定できないが、本人もそれがわかってやってるんだろう。
「陛下は食べさせてくださいませんでしたので、是非食べてみたいものです。」
「それならまた今度作ろう。なにがいい?」
「唐揚げ!」
「私は煮つけを。」
「それならハンバーグが食いたいのぉ。」
「俺はまたうどんが食いたいっすね、たしか夏用のやつがあるとか。」
俺が作るよりもハワードが作った方が美味いと思うんだが、まぁそこまで期待されて作らないわけにもいかないだろう。
これから長い付き合いになるんだ、少しずつ作ればいい。
「あ、あの!」
「なんでしょう。」
歓迎会の間ずっとだまっていたジョンが意を決したように声をあげた。
ガチガチに緊張した感じのジョンと対照的に、セラフィムさんの表情は柔らかな感じだ。
「セラフィムさんは、亜人なんですか?」
「あ、それ気になってた。」
「分裂できる亜人というのは正直聞いたことがありません。」
一番聞きたかったと事を俺達の代わりにいてくれたジョンに後でご褒美をやろう。
皆が一番気になっていたのはまさにそこだ。
この人はいったい何者なのか。
「亜人というのは魔物に属さない方々ですね、その分類であれば違うでしょう。どちらかというと魔人、いえ魔族に近い存在になります。」
「え!あのお伽噺のですか?」
「お伽噺になるほどの昔から私達は存在します。ちなみに皆様のような寿命がありません。」
「ちょ、ちょっとまって!つまり不老不死ってこと?」
「いえ、死にます。細胞も老いていきますので不老不死ではありません。ですが老いた細胞を切り離し新たな細胞に作り替えていくことで寿命と呼ばれる理からは外れているといってもいいでしょう。私達は二人で一人、どちらかの細胞が滅んでももう一方から復元することが可能です。ただし、情報共有前の場合は消滅した方の記録を確認できませんので何が行われたかを知ることは出来なくなります。」
キキが信じられないといった顔でセラフィムさんを見つめる。
なんとなくわかったようなわからないような。
二人は一つの生命体だから、片方が死んでも元の情報をもとに復元できる。
でも両方が死ねば生き返ることはない。
そもそも復元であり蘇生ではないというわけか。
ややこしいがそういう事なんだろ。
「亜人でも魔物でもない、魔族。話には聞いたことありますけど、まさか実在するなんて。」
「魔族とは少し違うようじゃが、大戦以来じゃな。とはいえ、人に仕えるとは珍しい、ガルに何かされたか?」
「ガルグリンダム様にはよくして頂きました。人に仕えた方が多くの情報を得られると教えてくださったのもあの方です。事実、陛下に仕えることで良質な情報をたくさん得ることが出来ました。」
「あ奴らしい騙し方じゃの。」
「ここに仕えればより多くの情報を摂取できる、それは間違いなかったようです。今日の情報量は非常に美味でした。」
「そりゃ何よりだ。まぁ、毎日あれだけの仕事が来るわけじゃないが、これからよろしく頼む。そんじゃま後は明日からについて話し合うか。」
「えー、そういうのは食事の後にやってよ。」
「全員そろってるんだからいいだろ。」
仕事の話になるとすぐにめんどくさがるんだからこの脳筋は。
帰宅したときぶりの全員集合。
今後を話し合うには今が一番都合がいいんだよ。
「あー、書類整理も無事に終わりとりあえず不在時の状況が確認できた。みんな良くやってくれた。特にアネット、俺の代わりに店と屋敷をよく運営してくれたな。損失は無い上に突発的な依頼も柔軟に対応している。少々オーバーワークな感じがあるから依頼に余裕がある今のうちに休むように。それとキキ、メルディと一緒にしっかり店を回してくれたみたいだな。素材だけでなく装備品もいい感じで消化出来ている。しばらくは俺が店に立つから冒険者としてしっかりと頑張ってくれ。新しい装備はもうもらったな?」
「はい、お姉ちゃんからもらっています。」
「早急に動かないといけないのが『紫大蟻の雫』を確保することだ。幸い買取が一個あったみたいだが、それでも目標数には後三つ足りない。そこで、なんとしてでも集めるべく冒険者に依頼を出すつもりだ。狩りつくさない程度に赤青両方の蟻を殲滅、交雑を進めて雫を持つ奴が産まれるように仕向ける。しばらくは蟻系の素材が溜まるだろうから、出きるだけ保管して値段を落とさず売り切りたい。蟻酸って錬金素材に使えたよな?」
「蟻酸は錬金素材に、足が工業用に使えます。」
「肉は食えないし倒すのは面倒だし、大損じゃない?」
「ホリアさんとの約束だからな。」
多少損をしてでもこの依頼は達成しなければならない。
王都でも色々と世話になったし恩をしっかり返したい派なんだよ、俺は。
「では冒険者には明日朝一番に依頼を出します。蟻酸についてはギルド協会を通じて各町の錬金術師へ提供できると思いますので、値段は落ちますが消化できるでしょう。」
「ならそっちはミラに任せた。」
「アナタ、ローランド様への報告はどうしますか?名誉男爵への推挙も魔力結晶があってこそ、帰還の報告とお礼を言うべきではないでしょうか。」
「また今度じゃダメだよな?」
「冒険者ギルドには私とキキも一緒に行くから、シロウはローランド様の所に行ってさっさと片付けてきなさい。報告書はセラフィムさんがやってくれるんだし、屋敷の事はハーシェさんに任せて問題ないでしょ。他、やることある?」
やることは山積みだ。
とはいえ、優先順位はあるのでそれを消化していくしかないんだよなぁ。
エリザのクセにまともなこと言いやがって。
「私は少し巣に戻る、主が不在で好き勝手しているバカ共に灸を据えてやらねばならんしな。」
「そうか、じゃあまたな。」
「呼びに来る必要は無いぞ、勝手に戻ってくるからの。」
「お部屋は常に片付けてあります、いつでもお戻りください。」
「うむ世話をかけるな。」
グレイスとディーネ、年齢差はあれどそれなりの年数生きているだけに波長が合うんだろうか。
前に二人でお茶をしている所を見たことがある。
見た目は孫と祖母だが、中身はまったくの逆だ。
「持ち帰った品々の売却はどうしましょう、人手が足りないようであれば別れて対処いたします。私より私の方がそういうのは得意ですから。」
話しながらセラフィムさんが二つに分離していく。
その様子を始めてみたジョンが悲鳴は上げないまでも、ビビッていたのがちょっと面白い。
それとは対象的にキルシュは目を輝かせていた。
「じゃあセーラに書類管理を、ラフィムに買い付け品の売却準備お願いしよう。頼まれてくれるか?」
「「お任せください。」」
同じ顔が同時に頭を下げる。
俺はまだ見分けられないのだが、女達は早くもどっちがどっちか見分けられるらしい。
お下げが右側に垂れているか左から垂れているかで判断するんだとか。
で、どっちがどっち?
「報告が終わり次第俺は店に篭る、何かあったら呼んでくれ。」
「「「「はい。」」」」
戻ってきたとはいえまだ日常が完全に戻ったわけではない。
いつもの時間を取り戻すために、もう少し頑張るとしよう。
「で?」
「なにがだ?」
「それだけ?」
「旅の報告は戻ってきた日にしたと思うぞ。」
「そうじゃなくて、結婚式はいつするのかって話よ!マリーさんは陛下の関係で先にやったけど戻ってきたら私達も式を挙げるんでしょ!いつにするのよ!」
バンと机を叩き勢い良く立ち上がるエリザ。
今の話の流れでそれを思い浮かべるのはさすがに無理だと思うんだが。
「別にいつでもいいんだが、やるにしても準備がいるだろう。それにだ、お腹が大きくなってからじゃ難しくないか?」
「確かにこのお腹ではちょっと・・・。」
「ハーシェさんは難しいけど私は大丈夫、だからお腹が大きくなる前にしちゃいたいの。私の方が先になっちゃってハーシェさんには申し訳ないんだけど・・・。」
「つまり羨ましいわけだ。」
「そうよ!悪い!?」
「いいや悪くない。ならドレスを作れ、話はそれからだ。場所は教会を借りればいいからモニカに連絡して、参列者に紹介状を出せ。」
「え、私がするの?」
「さっきの話を聞いて俺にその時間があると思うか?式を挙げるのは問題ない、だがそれに動けるだけの時間がない。比較的自由に時間を使えるお前にしか頼めないというわけだ。」
まさか自分に丸投げされると思っていなかったようでキョトンとした顔をするエリザ。
「お姉ちゃん、自分の式なら頑張らないと。」
「でもそういうのって新郎側がするんじゃないの?」
「それはどこの貴族だ?」
「え、でも・・・。」
「私達も出来る限りお手伝いはさせて頂きますが、今の所自由に動けるのはエリザ様だけなんです。私達の式を挙げる為にも頑張っていただけますか?」
「え、あ、はい。頑張ります。」
さっきまでの勢いはどこへやら、ミラに説き伏せられしゅんと縮こまってしまった。
晴れやかな式だ、本来であれば俺も手伝うべきなんだろうが生憎とセラフィムのように分裂することはできない。
お腹が大きくなる前という時間的な縛りもあるので出来るだけ急ぎで準備をする必要があるだろう。
エリザの為だ、俺も出来る限り時間を作る。
今は許してもらえるだろうか。
「夏の終わりまでには何とかしよう。とはいえ、フワッとしたままじゃ始まらない。どんな式にしたいか、色々と考えてみてくれ。」
「わかった。」
「さぁ、まだまだ夏は始まったばかりだ。引き続き頑張るとしよう。」
そう、夏はまだ始まったばかりだ。
この夏も素敵な夏になるように頑張ろうじゃないか。
一人で二人分の仕事をするどころか、一人が二人分以上の仕事をするので足し算ではなく掛け算の効果が生まれる。
あれだけあった大量の書類は僅か半日できれいさっぱり片付いてしまった。
途中くっついては離れ、くっついては離れする光景にはなかなか慣れないのだが、本人たちが情報共有する為に必要なことなので慣れるしかない。
しっかし、事務方が優秀だと本当に仕事がはかどるなぁ。
ミラもハーシェさんもすごかったが、それを上回る実力だった。
「私達にとって知識を摂取する事は食事をする事と同じです。美味しい料理がたくさんあれば、食べたくなるのは当然ですよね?」
「なるほど、一理ある。」
「でも普通の食事もするのよね?」
「本来であれば不要なのですが、味覚を満たすのも楽しみの一つです。この料理は非常に美味しいですね、どなたが作られたのですか?」
「それはハワードだな。」
「考案したのはお館様ですけどね。」
「シロウ様が料理を?」
「そうよ!シロウの料理はとっても美味しいんだから!」
なぜエリザが自慢げに話すんだろうか。
書類整理を終えたその日の夜、セラフィムさんの歓迎会を急遽催す事になった。
歓迎会と言っても、少し豪華な食事をみんなで食べるぐらい。
自己紹介も兼ねているのだが、一番の目的は彼女達の素性を知ることだ。
「陛下と同じですね。」
「え、陛下って料理するのか?」
「極稀にではありますが厨房に立たれているのを見たことがあります。」
「それは意外だな。」
「そうですね。」
「でも、自分で作れば毒の心配もないわけでしょ?安心して食べたかったんじゃない?」
「ふむ、なるほど。」
それもあるかもしれない。
もしもを考えて食べる食事よりも絶対に安全だと思って食べる食事は全然違う。
材料に毒が仕込んである可能性も否定できないが、本人もそれがわかってやってるんだろう。
「陛下は食べさせてくださいませんでしたので、是非食べてみたいものです。」
「それならまた今度作ろう。なにがいい?」
「唐揚げ!」
「私は煮つけを。」
「それならハンバーグが食いたいのぉ。」
「俺はまたうどんが食いたいっすね、たしか夏用のやつがあるとか。」
俺が作るよりもハワードが作った方が美味いと思うんだが、まぁそこまで期待されて作らないわけにもいかないだろう。
これから長い付き合いになるんだ、少しずつ作ればいい。
「あ、あの!」
「なんでしょう。」
歓迎会の間ずっとだまっていたジョンが意を決したように声をあげた。
ガチガチに緊張した感じのジョンと対照的に、セラフィムさんの表情は柔らかな感じだ。
「セラフィムさんは、亜人なんですか?」
「あ、それ気になってた。」
「分裂できる亜人というのは正直聞いたことがありません。」
一番聞きたかったと事を俺達の代わりにいてくれたジョンに後でご褒美をやろう。
皆が一番気になっていたのはまさにそこだ。
この人はいったい何者なのか。
「亜人というのは魔物に属さない方々ですね、その分類であれば違うでしょう。どちらかというと魔人、いえ魔族に近い存在になります。」
「え!あのお伽噺のですか?」
「お伽噺になるほどの昔から私達は存在します。ちなみに皆様のような寿命がありません。」
「ちょ、ちょっとまって!つまり不老不死ってこと?」
「いえ、死にます。細胞も老いていきますので不老不死ではありません。ですが老いた細胞を切り離し新たな細胞に作り替えていくことで寿命と呼ばれる理からは外れているといってもいいでしょう。私達は二人で一人、どちらかの細胞が滅んでももう一方から復元することが可能です。ただし、情報共有前の場合は消滅した方の記録を確認できませんので何が行われたかを知ることは出来なくなります。」
キキが信じられないといった顔でセラフィムさんを見つめる。
なんとなくわかったようなわからないような。
二人は一つの生命体だから、片方が死んでも元の情報をもとに復元できる。
でも両方が死ねば生き返ることはない。
そもそも復元であり蘇生ではないというわけか。
ややこしいがそういう事なんだろ。
「亜人でも魔物でもない、魔族。話には聞いたことありますけど、まさか実在するなんて。」
「魔族とは少し違うようじゃが、大戦以来じゃな。とはいえ、人に仕えるとは珍しい、ガルに何かされたか?」
「ガルグリンダム様にはよくして頂きました。人に仕えた方が多くの情報を得られると教えてくださったのもあの方です。事実、陛下に仕えることで良質な情報をたくさん得ることが出来ました。」
「あ奴らしい騙し方じゃの。」
「ここに仕えればより多くの情報を摂取できる、それは間違いなかったようです。今日の情報量は非常に美味でした。」
「そりゃ何よりだ。まぁ、毎日あれだけの仕事が来るわけじゃないが、これからよろしく頼む。そんじゃま後は明日からについて話し合うか。」
「えー、そういうのは食事の後にやってよ。」
「全員そろってるんだからいいだろ。」
仕事の話になるとすぐにめんどくさがるんだからこの脳筋は。
帰宅したときぶりの全員集合。
今後を話し合うには今が一番都合がいいんだよ。
「あー、書類整理も無事に終わりとりあえず不在時の状況が確認できた。みんな良くやってくれた。特にアネット、俺の代わりに店と屋敷をよく運営してくれたな。損失は無い上に突発的な依頼も柔軟に対応している。少々オーバーワークな感じがあるから依頼に余裕がある今のうちに休むように。それとキキ、メルディと一緒にしっかり店を回してくれたみたいだな。素材だけでなく装備品もいい感じで消化出来ている。しばらくは俺が店に立つから冒険者としてしっかりと頑張ってくれ。新しい装備はもうもらったな?」
「はい、お姉ちゃんからもらっています。」
「早急に動かないといけないのが『紫大蟻の雫』を確保することだ。幸い買取が一個あったみたいだが、それでも目標数には後三つ足りない。そこで、なんとしてでも集めるべく冒険者に依頼を出すつもりだ。狩りつくさない程度に赤青両方の蟻を殲滅、交雑を進めて雫を持つ奴が産まれるように仕向ける。しばらくは蟻系の素材が溜まるだろうから、出きるだけ保管して値段を落とさず売り切りたい。蟻酸って錬金素材に使えたよな?」
「蟻酸は錬金素材に、足が工業用に使えます。」
「肉は食えないし倒すのは面倒だし、大損じゃない?」
「ホリアさんとの約束だからな。」
多少損をしてでもこの依頼は達成しなければならない。
王都でも色々と世話になったし恩をしっかり返したい派なんだよ、俺は。
「では冒険者には明日朝一番に依頼を出します。蟻酸についてはギルド協会を通じて各町の錬金術師へ提供できると思いますので、値段は落ちますが消化できるでしょう。」
「ならそっちはミラに任せた。」
「アナタ、ローランド様への報告はどうしますか?名誉男爵への推挙も魔力結晶があってこそ、帰還の報告とお礼を言うべきではないでしょうか。」
「また今度じゃダメだよな?」
「冒険者ギルドには私とキキも一緒に行くから、シロウはローランド様の所に行ってさっさと片付けてきなさい。報告書はセラフィムさんがやってくれるんだし、屋敷の事はハーシェさんに任せて問題ないでしょ。他、やることある?」
やることは山積みだ。
とはいえ、優先順位はあるのでそれを消化していくしかないんだよなぁ。
エリザのクセにまともなこと言いやがって。
「私は少し巣に戻る、主が不在で好き勝手しているバカ共に灸を据えてやらねばならんしな。」
「そうか、じゃあまたな。」
「呼びに来る必要は無いぞ、勝手に戻ってくるからの。」
「お部屋は常に片付けてあります、いつでもお戻りください。」
「うむ世話をかけるな。」
グレイスとディーネ、年齢差はあれどそれなりの年数生きているだけに波長が合うんだろうか。
前に二人でお茶をしている所を見たことがある。
見た目は孫と祖母だが、中身はまったくの逆だ。
「持ち帰った品々の売却はどうしましょう、人手が足りないようであれば別れて対処いたします。私より私の方がそういうのは得意ですから。」
話しながらセラフィムさんが二つに分離していく。
その様子を始めてみたジョンが悲鳴は上げないまでも、ビビッていたのがちょっと面白い。
それとは対象的にキルシュは目を輝かせていた。
「じゃあセーラに書類管理を、ラフィムに買い付け品の売却準備お願いしよう。頼まれてくれるか?」
「「お任せください。」」
同じ顔が同時に頭を下げる。
俺はまだ見分けられないのだが、女達は早くもどっちがどっちか見分けられるらしい。
お下げが右側に垂れているか左から垂れているかで判断するんだとか。
で、どっちがどっち?
「報告が終わり次第俺は店に篭る、何かあったら呼んでくれ。」
「「「「はい。」」」」
戻ってきたとはいえまだ日常が完全に戻ったわけではない。
いつもの時間を取り戻すために、もう少し頑張るとしよう。
「で?」
「なにがだ?」
「それだけ?」
「旅の報告は戻ってきた日にしたと思うぞ。」
「そうじゃなくて、結婚式はいつするのかって話よ!マリーさんは陛下の関係で先にやったけど戻ってきたら私達も式を挙げるんでしょ!いつにするのよ!」
バンと机を叩き勢い良く立ち上がるエリザ。
今の話の流れでそれを思い浮かべるのはさすがに無理だと思うんだが。
「別にいつでもいいんだが、やるにしても準備がいるだろう。それにだ、お腹が大きくなってからじゃ難しくないか?」
「確かにこのお腹ではちょっと・・・。」
「ハーシェさんは難しいけど私は大丈夫、だからお腹が大きくなる前にしちゃいたいの。私の方が先になっちゃってハーシェさんには申し訳ないんだけど・・・。」
「つまり羨ましいわけだ。」
「そうよ!悪い!?」
「いいや悪くない。ならドレスを作れ、話はそれからだ。場所は教会を借りればいいからモニカに連絡して、参列者に紹介状を出せ。」
「え、私がするの?」
「さっきの話を聞いて俺にその時間があると思うか?式を挙げるのは問題ない、だがそれに動けるだけの時間がない。比較的自由に時間を使えるお前にしか頼めないというわけだ。」
まさか自分に丸投げされると思っていなかったようでキョトンとした顔をするエリザ。
「お姉ちゃん、自分の式なら頑張らないと。」
「でもそういうのって新郎側がするんじゃないの?」
「それはどこの貴族だ?」
「え、でも・・・。」
「私達も出来る限りお手伝いはさせて頂きますが、今の所自由に動けるのはエリザ様だけなんです。私達の式を挙げる為にも頑張っていただけますか?」
「え、あ、はい。頑張ります。」
さっきまでの勢いはどこへやら、ミラに説き伏せられしゅんと縮こまってしまった。
晴れやかな式だ、本来であれば俺も手伝うべきなんだろうが生憎とセラフィムのように分裂することはできない。
お腹が大きくなる前という時間的な縛りもあるので出来るだけ急ぎで準備をする必要があるだろう。
エリザの為だ、俺も出来る限り時間を作る。
今は許してもらえるだろうか。
「夏の終わりまでには何とかしよう。とはいえ、フワッとしたままじゃ始まらない。どんな式にしたいか、色々と考えてみてくれ。」
「わかった。」
「さぁ、まだまだ夏は始まったばかりだ。引き続き頑張るとしよう。」
そう、夏はまだ始まったばかりだ。
この夏も素敵な夏になるように頑張ろうじゃないか。
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