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644.転売屋は絵をかいてもらう

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王都でやるべき仕事は全部終わった。

勘案材料だった魔石の買い付けが思った以上に上手く行ったこともあり、取引後は非常にすがすがしい気分になった。

残り時間は後一日半。

さぁ、後はのんびり美味い物でも食ってのんびりしようかな。

そんな気持ちで戻った俺を待ち構えていたのは、ニコニコ顔のフェルさんだった。

王家お抱えの売れっ子画家、フェル=ジャン=メール氏。

彼の描いた絵は金貨100枚を超える値段で取引されることもあり、この国一番の画家といっても問題が無い実力派だ。

そんな凄い人が何故俺を?

確かディーネと契約して色々と描かせてもらっていたはずなんだけども。

「随分といい顔になったんでね、描かせてもらえないかと頼みに来たんだ。」

「俺を?何で?」

「貴族になったお祝いって所かな。」

「お祝いって言っても一代かぎりの名誉職。それにだ、ディーネのように花があるわけでもない。」

「それは関係ないさ。僕が描きたいと思ったんだ、それに大きな屋敷に飾る肖像画も必要だろう?」

「あぁいうのって必要なのか?」

「置いている家は多いね。家主の威厳を示すものだから。」

そういうのは興味ないなぁ。

家に帰るなり自分の顔と向き合うわけだろ?

それならば美人の嫁さんの方が何倍もいいなぁ。

「私はおくべきだと思います。これまでと違い名誉職とはいえ貴族になったわけですし、来訪の人数も増えることでしょう。お商売柄お顔を覚えて貰うのは大切ではないでしょうか。」

「私もマリー様の意見に賛成です。」

「ふむ、ハーシェさんとマリーさんは賛成派か。エリザはどうだ?」

「私はどっちでもいいんだけど、毎日シロウの顔を見られるのは嬉しいわよね。」

「あ、それは私も思います。」

「マジか。」

「奥様方は賛成のようだ。どうしてもイヤなら集合絵でもかまわないよ?」

多数決は圧倒的に不利。

ならせめて俺一人じゃなく皆の顔が乗った集合写真ならぬ集合絵であればマシじゃないかとのご提案なんだが。

「それはまたの機会にするつもりだ。せっかく描くならアネットやキキがいるときの方がいい。」

「確かにそれもそうだね。」

「ならシロウの肖像画で決まり。そうと決まれば礼服借りてくる?」

「そんな面倒な事はしなくていいさ。」

「今も十分お似合いですよ。」

「だ、そうだ。どのぐらい時間がかかる?」

「そうだね、二時間もらえれば大丈夫だ。細かい所は君達が帰ってから仕上げるよ。」

なら夕飯までには終わるか。

こういう機会でもないと肖像画なんて一生頼むことは無いだろう。

マリーさんの言うように俺も貴族、それを誇示するつもりはないが最低限の準備ぐらいはしておいていいだろう。

「やるからにはさっさと終わらせよう、どこに座ればいい?」

「それじゃああっちの窓を背にしてみよう。ちょうどいい感じで光が差し込んでいる、うん、その辺だ。エリザさんありがとう。」

「かっこよく描いて貰いなさいね。」

「当社比二倍ぐらいかっこよくよろしく頼む。」

「残念ながらそういう注文は女性限定なんだ。」

「あっそ。」

せっかく絵に残るならと思ったんだが、フェルさんは男性に厳しいらしい。

エリザの設置した椅子に座りフェルさんの指示をうけポーズをとる。

「少し体を斜めにして、顔だけ正面。そう、そんな感じで。」

「このまま二時間か、きついな。」

「しんどくなったら声をかけてくれ、でも出来るだけ我慢で。」

「頑張ってくださいシロウ様。」

「ではその間に新たに仕入れた分の報告をしてしまいましょう。」

「マジか、今ここで?」

「時間がありますから。それとも夕食後の方がよろしいですか?」

「いや、今で頼む。」

ハーシェさんも中々にスパルタだなぁ。

顔を動かさずにハーシェさんから追加の取引についての報告を受ける。

せっかく税金が浮いたわけだし追加で仕入れないのはもったいない。

ということで、利益率の関係で手を出さなかった素材を追加で手配して貰った。

どれも小さい物なので邪魔にはならないはず。

これをみたルティエの顔が目に浮かぶようだ。

一時間ほど経った所で小休憩を取ることに。

すぐに椅子から立ち上がり大きく伸びをすると、バキバキと体中の骨が鳴る。

「あーー、きつい!」

「まだまだ掛かるよ、大丈夫かい?」

「大丈夫じゃない。」

「何弱音はいてるのよ、これでも短い方なんだから。」

「マジかよ。」

「お父様の肖像画ともなると半日もしくは一日掛かることもあります。」

「エドワード陛下は絵になるからね、つい描き込んでしまうんだ。」

「つまり俺みたいな顔は書きやすいわけだな。」

一日同じ体勢でいるとか勘弁していただきたい。

二時間で終わらせてくれるんだから我慢するしかないよな。

「そういうわけじゃないけどね。」

「ま、その辺はフェルさんに丸投げだ。残すところあと一日、明日は何するかなぁ。」

「買い物!」

「買い物はもうしただろ?」

「違うわよ、お土産とか私達個人の物とか色々買わないと。」

「あー、土産なぁ。」

「珍しい薬草を売るお店がありましたのでアネット様にはそれを、キキ様には魔装具を予定しています。」

「土産というか実用品だな。」

「いいじゃない、喜ぶわよ。」

「ま、それもそうだ。ローランド様やアナスタシア様にもいるよなぁ。」

「いくつか候補を絞っておりますのでどちらかいい方をお選びいただければ。」

さすがミラ、その辺もしっかり準備してくれている。

ミラがいなかったら今頃どうなっていただろうか。

それこそ、名誉貴族なんてもってのほか、もしかすると事業に失敗して奴隷になっていたかもしれない。

いやまぁ、相場スキルがあるから大損はしていないだろうけど大儲けは出来ていないだろう。

一人でするには限界がある。

今の仕事量もぶっちゃけ俺一人じゃ無理だ。

さすがにあれこれ手を広げ過ぎてミラにも限界が来ているし、前にハーシェさんと話していたようにそれ専用の部署を設けて専属の人間を手配するべきだろう。

ま、それはまた今度でいいか。

今は土産をどうするかだ。

「後は適当に配れるやつでいいよな。」

「ダメよ、せっかく王都に来たんだからちゃんとしないと。」

「モーリスさんご夫妻に、マスターとイライザさん、それとドルチェ様や職人の皆様にも必要ですよね。アナスタシア様にお渡しするならばエレーネ様にもお渡ししないわけにはいきません。」

「マジか。」

「モニカやアグリさんご家族にも必要よね。あ!ニアにも頼まれていたものがあったんだった、忘れてた!」

「ではシープ様の分と一緒に手配いたしましょう。」

「つまりほぼ全員分の土産がいるわけだな。」

「そうなるわね。」

いったい何人分の土産を買わなければならないのだろうか。

いっそのことみんな同じで大量にばらまくとかダメなんだとうか。

王都銘菓とかないの?

ほら、鳥の形をしたやつとかバナナの形をしたやつとかあったよな、あんな奴。

え、ダメ?

あっそうですか。

「なかなか大変だねぇ。」

「大変ってもんじゃねぇ、いったいいくら掛かるのやら。」

「もちろん私達の分も忘れないでよね。」

「それはもう買ったんじゃないのか?」

「個人では一応買いましたが・・・。」

「やっぱり旦那様に買ってほしいですよね、ハーシェ様。」

「そうですね。素晴らしい物を見つけてくれると思います。」

いやいや、そんな話聞いてないんだけど?

っていうかそういうのがあるならもっと事前に言ってもらわないと。

10日もあればそれなりの品を探したりも出来たが、明日一日で全員分とか。

え、マジで言ってる?

「明日が一番大変かもしれないね。」

「どうやらそうらしい。はぁ、全部終わったと思ったのに最後の最後にデカいのが待っていた。」

「心中お察しするよ。でも、顔には出さないでもらえるかな。まだあと一時間あるんだから。」

「そんな器用なことできないっての。」

休憩は終わり。

女達の楽しそうな声を聞きながら、再び前を向きポーズをとる。

こんなことになるのなら追加で買い付けとかするんじゃなかった。

表情に出ているとフェルさんに怒られながら、俺は残りの予算を頭に思い浮かべつつ何を買うか悩み続けるのだった。
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